封印演義・第4話『三角村の悲劇』

作:Shadow Man


「そういえばサジ、本拠地を手に入れたといったが、どうやったんだ?」
本隊へ合流する途中、キグナスは案内役のサジに尋ねた。
「そうですね、まだ先は長いですし、じっくりとお話いたしましょう。」
そう言ってサジはこれまでの経緯を話し始めた。

―――話はまた封印がとかれた日にさかのぼる。
トレミー団の面々は遺跡を脱出した後、まずは一目散に樹海から逃げ出した。封印をした女に再び封印されることを恐れていたからである。
しかし思いの外何事も起きなかった。というか、時代が下って魔法に関する技術が落ちていることを彼らは知らなかった。
そのことに気づいたトレミー団は極秘に力を蓄える作戦に出た。キグナスたちに羅針盤を探させたのもその作戦の一環である。

まず本隊は行動を起こすためのアジトを探すことにした。出来るだけ人里離れた場所を探したところ、南方に適当な土地を発見した。
そこは高地にある三角形の岬で、海に面した側は急な崖であり、残りの陸地に繋がる方角も洞窟を通らねば入れない秘境であった。
トレミー団の諜報担当コールバスは早速その地に潜入し、情報を送った。
『当地は秘境なれど先住民あり。その数100に達せず。
 われらの力を持ってすれば殲滅も可能。』
その報を聞いたリーダーのコロナ=ボーリアリスは制圧作戦を立てることにした。
「誰かこの村の連中を全員生け捕りに出来るものはおらぬか?」
「ならば私めにお任せを。」
まず口を開いたのは科学者風の男だった。
「オフューカス、答えてみよ。」
「はっ。このような土地に住んでいるものは下手に人間が訪れたら警戒するでありましょう。
 だが逆に神秘的なものには簡単に心を許すものです。そこで私のバイオモンスター、ホワイトサーペントが適任かと。」
「ほお、それは面白そうだな。皆のもの、異論はないか?」
誰も何も言わなかったが全員賛意を示していた。
「ならばお前に任せよう、オフューカス。」
「はっ!」
そしてオフューカスは全員に細かな作戦を指示した。


さて、当の三角村。そこでは普段と変わらない生活が送られていた。
ただ、村の若き巫女アトリアだけは心穏やかでなかった。
『占いで近くこの村に不吉なことが起こると出た。
 それも今までにない最悪の結果で…このことを皆に報告すべきだろうか?』
悩んだ挙句、彼女はひたすら祓いをすることで災いを避けようとひたすら祈ることにした。

そんなある日の朝、日の出とともに白い光が村の中心に降り注いだ。それを見たある村人がその場所を掘ってみた。
「おお、これはなんと美しい!」
その光の当たったところから真っ白で小さな蛇が現れたのである。
白い蛇のうわさはたちまち村中に広まった。村人たちは口々に神の使いだと大騒ぎし、早速祭りを執り行った。
しかし肝心の巫女がいなくては話にならないと子供たちがアトリアを呼びに行った。

悲劇はその間に起こった。

アトリアが子供たちに連れられて祭壇にたどり着いたとき、村人たちは老若男女問わずみな真っ白に固まっていた。
ちょうど祭りの始まった頃で、全員広場に集まっていたのである。
傍目から見たら石膏で固めたようにも見え、近づいて触ってみると実際に石のように冷たくて硬かった。
皆、口をぽかんと開けて立ちすくんだ姿であった。おそらく何が起きたのか本人たちにも判らないまま固められたのであろう。
「お姉ちゃん…」
子供の一人が半泣きになりながらひとつの固まりに近づいた。アトリアが近づいてみると間違いなくその子の姉の姿をとっていた。
だが、触れてもカチカチに固まっているだけで何の反応も示さなかった。
『……』
アトリアは俯くだけだった。そのとき、邪悪な気配を感じた彼女は咄嗟に振り向いた。
「危ない!」
思わず飛び退いたアトリア、彼女が見たものは人間の背丈ほどもある大きな白い蛇だった。
それはまさしく朝に村人が見つけた白蛇であり、オフューカスが作り上げたモンスターのホワイトサーペントの真の姿でもあった。
白蛇は口を開くと白いガスを吐き出した。アトリアはそれを避けるが、姉のそばで泣いていた子供に息がかかった。
「ツェータ!」
アトリアはしまったと思ったが時すでに遅く、その子供は涙を流したまま白く固まってしまった。
「許さない…アンタなんか、絶対に許さないー!!」
生まれて初めて彼女はブチ切れた。そして自身の持っている霊力が全て解き放たれる。
白蛇はそれに構わず白い息を吹きかけるが、彼女の霊気の前に弾き返される。
「邪悪なるものよ…地に帰れ!!」
アトリアが祈りながら胸の前で印を結ぶ。するとたちまち白蛇は最初の大きさに戻り、そして干からびて砕け散った。
「ハァハァ……」
全力を出し切った彼女はその場にしばらくしゃがみ込んで動かなかった。

一方、オフューカスはホワイトサーペントからの信号が途絶えたのを知り、村の中央へ急いだ。
そこで彼が見たものは砂のようにボロボロになったホワイトサーペントだった。
「あ、あぁ、ああああぁあああああ!!!!」
膝をつき、白蛇の遺骸を集めるオフューカス。そのとき初めて彼は近くでしゃがんでいるアトリアの姿を見つけた。
「お前か!お前が私のホワイトサーペントを殺したのか!!」
その言葉を聞いたアトリアは気力を振り絞って立ち上がると反論した。
「あなたね…この村の人たちをこんな姿にしたのは〜」
彼女は上目遣いの眼差しで激しくオフューカスを睨む。だが、彼も負けていない。
「何を言うか、ひ弱な者どもが!お前らはわれらトレミー団の力になればいい!!」
そう叫び、アトリアの胸ぐらをつかむ。だが、彼女も負けじとオフューカスの足を命一杯踏んだ。
「ぐあっ!!」
オフューカスは思わず手を離した。だが、すぐに彼女の足を払うと自分のポケットの中を探り、1粒の種を取り出した。
これでも食らえとばかりにアトリアに文字通り種を食べさせようとする。
アトリアは口を塞いで抵抗するが、オフューカスは彼女の腹にパンチを1発見舞い、口を開かせて種を押し込んだ。

ゴクリ。

種はアトリアの意思を無視して食道を通り胃の中に入っていった。
彼女は必死で吐き出そうとするが既に種は胃の壁に埋まり始めていた。
「さて、お前は特別に大樹にしてやろう、ハハハ…」
そしてオフューカスはパチンと指を鳴らす。
すると胃の中の種が発芽し、アトリアの身体を蝕む。
「あ、あ"あ"…」
アトリアは声にならない声をあげた。彼女は自分の身体が内部から冒されていくのが解った。
そして身体が徐々に緑色に変色し始めた。
「た、だす…けで…」
「フン、私のホワイトサーペントをボロボロにしてくれたお礼だ。本当ならすぐに殺してやりたいところだがそれでは私の気がすまない。
 だからこそお前はこれから私のためにその命を捧げるのだ!」
『なんて非道な…』
だが、アトリアはもう声を出すことさえも適わなかった。さらに足元は地面に根を張り始め、腕からは枝が延びて葉っぱが生えてくる。
そして1時間と経たないうちに約100体の真っ白な石膏像に囲まれるように1本の木が出来上がった。

その後、トレミー団のリーダーであるコロナをはじめ本隊の連中が村に入り、みな白く固まった村人を観賞した。
「ほぉ、これは見事だ。オフューカス、誉めてつかわすぞ。」
「コロナ様、ありがたきお言葉でございます。」

「これはまた珍しい木だな。巫女の服を着ているぜ。」
誰かがそう言った。
「ハハハ。それは俺がやったんだよ。よく見てみな、人間の顔が見えるだろ。」
オフューカスは自慢するように返答した。
「なんだって!」
その男はまじまじと幹を眺める。よく見ると幹の中央に人の顔のようなものが浮かび上がってきた。
人間の輪郭をなぞるようにその木を触った男はハハハと笑いながら
「違えねえ。こいつぁ元人間だぜ。」
その言葉を聞きつけたトレミー団の連中は一気にその木に集まった。
すっかり木になっていたアトリアだが、いきなりたくさんの視線と触られる感覚を覚えた。
『やめて…なんでまだ私は意識が残っているの…』
まだ意識を残していた彼女の心にオフューカスの思念が響く。
『娘よ喜べ、生きているのはお前だけではない。村人もまだ意識は残っているはずだ。
 そしてお前たちは生体ユニットとしてこれからわれらのエネルギー源となってもらうことになっている。
 そうなればお互い1000年の命も不可能ではないのだよ。』
『1000年…!?』
アトリアの心を大きな絶望感が襲った。

―――
「とまあ、こういうことだ。」
「サジよ、説明はよくわかったが随分詳しいな。」
「ハハ…細かいことは気にするな。さて、長話のおかげでもう着くぞ。」
「おお、どこだ?」
「あそこだな。」
岬の先を指差したのはアキラだった。
「いつもながら流石にお前の目はいいな。」
キグナスは感心した。だが彼は前に素焼きの像にした少女を握り締めながらさらに先のことを考えていた…

続く


戻る