封印演義・第1話『封印破れるとき』

作:Shadow Man


 それは遥か彼方の世界。天に浮かぶ星に一つの王国があった。
その王国は建国2000年を向かえますます盛んであり、人々は平和に暮らしていた。
誰もこの平和が終わることなど想像していなかっただろう。
しかし永い間続いた平和は却って悲劇を増幅させることになったのだった…

かつて『禁断の大地』と呼ばれた場所があった。だが、今はその場所も、なぜそのように呼ばれたかも謎となってしまった。
その大地を見つけようと学者たちは研究を続け、そしてついに過去の文献から大地の場所を発見した。

そこは樹海になっていた。奥深いところは軽く1000年は人類が全く足を踏み入れていないと思えるほど原始の自然が残っていた。
その大地を探検していった者たちは一人、また一人と倒れていく。しかしそれでも恐れずに多くの探検隊が足を踏み入れていく。
その内の一団が古代の遺跡と思われる石造りの建物にたどり着いたが、100人近いメンバーの中で残っていたのは
わずかに隊長のフォーマルハウトと数人の若者だけであった。
「やれやれ、さすがに『禁断の大地』とはよく言ったものよ」
そう言ってフォーマルハウトは遺跡の入り口を探し始めた。すっかり植物が繁茂し、一部は土の中に埋もれていたが彼は何とか入り口を見つけ出した。
毒虫に気をつけながら中を捜索すると、大きな壁画と古代文字らしき記号を見つけた。
学者でもあるフォーマルハウトは解読を試みたが殆ど読めず、仕方なくその文章を写し取ることにした。
一方で若者は壁画の埃を払い、全体像を露わにした。
その画は2枚の場面に分かれていて、最初の画は人々と妖怪が互いに魔術のようなものを使って争っているような感じで、
次の画には人間たちが一人の女性を崇め奉っているような姿が描かれていた。

しばらくして画の描かれている壁を調べていたフォーマルハウトは、壁の向こうに空洞があることに気がついた。
画を取り外して彼は奥に入っていく。中は真っ暗だったが松明をともして進んでいくと今度は女性の石像にたどり着いた。
服装から判断するとその像は先ほどの画に描かれていた女性をモデルにしたのであろうか、どことなく神々しい雰囲気を醸し出していた。
その像をよく調べていくとその後ろに扉があった。扉は両開きで、ちょうど像が開かないように塞いでいるような配置になっていた。
「おい、おまえたち。この像の後ろの扉を開けるから手伝ってくれ。」
フォーマルハウトは若者に命じて像を動かそうとした。だが、扉の取っ手と石像の腕が紐で括られていて動かせない。
若者がナイフでその紐を切ろうとしてもどういうわけか刃が立たなかった。
「これは…もしや魔法の力か?おまえ達はちょっと下がっていろ」
そう言ってフォーマルハウトは呪文を唱えた。
「魔法の風よ、この紐を切り刻め!ウインドカッター!!」
だが、紐は僅かに揺れただけで何も変化はなかった。
「うむむ…ならば!全ての魔力を解き放て!ディスペル!!」
フォーマルハウトは渾身の力を込めて次の呪文を放った。すると紐だけでなく石像や扉も光り輝いた。
その光はどんどん強くなり、暗闇に慣れていた彼らの目は眩んでしまった。
さらにゴゴゴ…と地響きが起こり、部屋中が揺れ始めた。
「まずい!一旦ここから脱出だ!!」
フォーマルハウトは脱出しようとした。だが、動き出そうとしたときに扉が開き始め、さらに地面が大きく揺れて立てなくなった。
そして扉は完全に開き、中から妖気が噴き出していった。

「……」
フォーマルハウトが目を覚ましたのはそれから数時間後のことであった。
周りを見ると遺跡は崩れ落ち、外の景色が見えている。
しかしともに発掘した若者たちはみな崩れた建物の下敷きになって事切れていた。
「とうとう仲間を全て失ったか…」
肉体的にも精神的にも傷を負ったフォーマルハウトは激しい脱力感に悩まされて動けなかった。
それでもこの禁断の大地の情報を伝えようと腰を上げたとき、見慣れない女性が倒れていることに気がついた。
彼女はまだ息をしていたが気絶していた。よく見ると顔も服装も女神像のそれと同じだった。
「まさかな。」
フォーマルハウトはあの女神像が元は人間だということを信じたくなかった。この世界では人体を石化する魔法は全く伝わっていなかった。
確かに氷漬けにして半永久的に生き延びさせるという魔法はあるが、それにしても多くの時間と人を要するものである。
ましてや生物を構成する物質を変えてしまうなど、到底彼の常識からは考えられないものであった。
だが、とにかく彼はその女性を抱えて帰ることにした。
帰るときは彼専用の帰還魔法があり、女性一人くらいなら抱えて一瞬で自宅まで戻ることが可能であった。

自分の家に戻ったフォーマルハウトは疲れでそのまま寝入った。次に彼が目を覚ましたときは、丸1日経って夜が明けるところであった。
そしてこの探検の成果を纏めようとゆっくりと起きた彼は女性のことを思い出した。
『あの女性がもし本当に扉の前にあった像だとするなら…少なくとも1000年以上、いや、おそらく歴史に記されないくらい昔の人間なのでは。』
そう考えると末恐ろしくなり、彼は女性が起きたときに何を聞こうかと悩んだ。
だが、考える暇もなくその女性がお手伝いさんに連れられて入ってきた。
女性はまだ事態が飲み込めていないようで、しきりに扉のことを尋ねていた。これに対して彼は、とにかく自分の見たままの事実を話した。
「ああ!何ということ!!」
その女性は天を仰ぎ、そして自分の身の上を語り始めた。
フォーマルハウトにとってその話は一つ一つが新鮮であり、驚きの連続であった。
そして遺跡や門のことについて語り始めると、フォーマルハウトのみならず周りで聞いていたメイドたちも色を失った。

―――女性の語るところによると、古代の文明は今よりも遥かに魔力が発達していて世界は1つの王国に統一されていた。
だが魔法を悪用するものも後を絶たず、特にトレミー団と呼ばれる黒魔法結社は最も強く、極悪な集団であった。
そこで大臣は一計を案じて連中を一網打尽にすることにした。トレミー団に裏取引するという情報を流し、
集まった連中をその空間ごと封印するというものである。

作戦は成功した。トレミー団の有力どころはみな大臣の作り出した異空間に閉じ込められ、全てはうまく行ったかに思えた。
しかし底知らずの魔力を誇るトレミー団は、その力で空間を破って外へ出ようとした。
それにいち早く気づいた彼女は身を呈して空間の穴を塞ぎ、周りのものに命じて自らの身体に石化の魔法をかけさせた―――

その後どうなったのか、彼女も石化していたので誰も知らない。だが、フォーマルハウトが持ち帰った文章を彼女に見せたところ、
封印された連中はその中で永遠に生き続けているということが判った。それは即ち連中がこの世界に出てきたことを意味していた。
フォーマルハウトはこの危機を知らせるべく『神速』の魔法を使い、女性とともに天帝の住む城へと向かっていった。

時に王国暦2001年、人々は新千年紀の祝賀のさなかであった。

続く


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