封印演義・第2話『少女とマジシャン』

作:Shadow Man


それはまだフォーマルハウトが自宅で眠っていた頃のこと。大きな川の中州にある小さな村に一人のマジシャンと助手がやってきた。
小さな村に外からこういう芸人が現れることは珍しく、たちまち村中の噂となった。
ところで、この世界のマジシャンはタネや仕掛けを使うよりもむしろ魔法を派手に見せることがメインであり、そういう意味でも
一流のマジシャンというのはこの世界ではステータスなのである。

さて、この村にデネブという少女がいた。年のころ14,5で色白であり、銀色の長い髪がトレードマークであった。
ただ、何にでも興味を示すのはいいのだが、少々ドジっ娘なのが玉に瑕だった。
この日もマジシャンが来るという噂を聞きつけると早速泊まっている宿屋へ向かった。
表は野次馬で一杯だったので彼女は裏から部屋を覗きこんだ。
部屋の中にはおそらくマジックに使用するのであろう舞台装置などが整然と並んでいた。
その中で一人の男がなにやら連絡を取っているような雰囲気だった。
「こっちは予定通りだ。アキラ、お前らのほうは大丈夫だろうな。」
「…」
デネブは相手の声を聞こうと思わず身を乗り出し、そこで転んでしまった。
「何者っ!!」
雷のような声が部屋から響き、デネブは思わず逃げ出した。マジシャンは部屋から逃げ出すデネブの姿を確かめると人を呼んだ。
「デルフィナ、ちょっと来てくれ。」
「はい、キグナス様。」
デルフィナと呼ばれた助手の女性がやって来た。そしてキグナスは彼女に耳打ちをした。
「明日の予定を少し変更する。いいな…」
「了解しました。」
一方デネブは自宅まで走って帰ると何も言わずに食事を摂ってすぐに寝た。

そして翌朝、派手な花火の音とともにマジックショーの幕が落とされた。
キグナスは魔法で作った舞台の上に立つと挨拶を始めた。
「まずは私のショーのために集まっていただいた皆様に感謝いたします。
ちょうど今年は新千年紀の最初の年、私も通常の1000倍のマジックをお見せいたしましょう!」
それを聞いた村人たちは一人残らず大喜びし、歓声を上げた。
デネブは昨日のことがあったのでこっそりとしているつもりだったのだが、いつもの癖で思わず一緒に歓声を上げた。
そんな彼女の姿をあざとく見つけたキグナスはこう言った。
「では、今回はこの村の人から特別に私のショーに参加していただきたいと思います。」
また村人から歓声が上がった。
そしてキグナスは巨大な箱を取り出し、布を被せた。
「栄えある今回の特別ゲストは…この人です!!」
そう言って布を取り払うとそこにはデネブの姿があった。

それを見て一番驚いたのは本物の彼女である。
『え、え?どういうこと?私がもう一人?!』
パニック寸前の彼女の横にいつの間にか助手のデルフィナが来ていた。
「お嬢さん、ちょっとよろしいかしら?」
「え?は、はい…」
デネブは混乱したままデルフィナに舞台裏まで連れて来られた。
「お嬢さん、お名前は何というのかしら?」
「デネブ…ですけど。」
「じゃあ、デネブさん。ちょっと今回のショーに参加していただけませんか?参加するといっても私やあの人の言うとおりにするだけでいいから。」
「そんな、急に言われても…
あ、いや、やらせてください!」
とにかく興味が先に立つ彼女、こんなチャンスは滅多にないと思った。
「そう、ありがとう。」
そう言ってデネブを白い箱の中に案内した。

そのころキグナスは偽デネブに対してわざとマジックを失敗させ、遥か彼方へ吹っ飛ばした。それを見た観客は悲鳴を上げる。
だが、そこで本物のデネブが登場して悲鳴は拍手喝采に変わった。
で、当のデネブは何が起こったか判っていないながらも空気を読んで観客に笑顔を振りまいた。
『余計なことはしなくていい。』
突然デネブの耳に声が響いた。その声は間違いなくキグナスのものだったが、彼は口を動かしていなかった。
『これからお前に魔法をかけるが心配することはない。ただされるがままにしておけ。』
またキグナスは口を動かさずに喋った。デネブは気にはなったが言うとおりにすることにした。
「それでは皆さん、最後にお目にかけますは究極の魔法、ここにいる美少女デネブさんを氷漬けにして大脱出させます!」
今度は大きく口を開けてキグナスは叫んだ。そして再び観客から大歓声が上がる。
「天空に漂う雪の精霊たちよ!我がもとに集い少女を凍らせたまえ!!アイスストーム!」
デネブの周りの空気が急速に冷えていく。『寒い!』と思った彼女だったが、早くも身体が凍り付いて動かなくなっていた。
『うわぁ…これが本物のマジシャンの魔法なんだ〜』
全く身体が動かなくなってきたにも関わらずデネブはそれに感心していた。

魔法をかけて僅か10秒でデネブは氷に覆われた。その中で息はできなかったが苦しくはなかった。
観客たちは氷漬けのデネブを固唾を飲んで見守っていた。
「では、この少女を一瞬にして脱出させます。ワン、ツー、スリー!」
そういってマントを氷に被せた。するとそのマントの中からデネブが現れた。そしてまた観客は拍手喝采の嵐になった。
「私のマジックショー、いかがでしたでしょうか?それでは皆さんにも幸せな将来のあらんことを!」
再び観衆はスタンディングオベーションでこれに応え、ショーは大盛況のまま終幕した。

だが、
『脱出するって言ったのに、遅いな〜』
デネブはまだ氷の中だった。
マントの中から出てきたのは偽者の(実は作り物の動く人形である)デネブだったのである。
本物は未だ氷の中で身動きできないまま舞台の下で固まっていた。
やがてキグナスたちは舞台を撤収して片付けていき、氷漬けのデネブを小さくして袋の中に押し込んだ。
「しかしキグナス様、どうして彼女を始末しなかったのですか?」
「デルフィナ、お前もわかっているはずだ、我々には活きのいい生贄が必要だということを。
むしろ彼女の方から転がり込んできてくれたのは都合が良いのだよ。」
そう言って荷物を纏めると2人は足早に村から立ち去った。

村人たちがデネブが作り物の人形だという事実に気がついたのはまだしばらく後のことである…

続く


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