夜明け前より瑠璃色な〜石化した月の王女〜 第1話

作:七月


コンコン
「あら、フィーナ様いらっしゃいませ。」
 とある日の午後の事。控えめなノックの音にパールピンクの輝く髪の、月の司祭服に身を包んだ少女がゆっくりと部屋のドアを開けて言った。
 ここは弦ヶ崎中央連絡港市内にある月人居住区の礼拝堂の中の一室。この礼拝堂の司祭であるエステル・フリージアの私室だ。
「ふふ、こんにちは、エステル。」
 そして、エステルの開けたドアの外に立っていたのは月の王国「スフィア王国」の王女。フィーナ・ファム・アーシュライトだった。
 月の大使館での公務の帰りなのだろう。フィーナはの銀色の長い髪には金色のティアラが、その身には青と白を基準とした、所々に澄んだ瑠璃色の宝石の装飾が施されるドレスを身に付けていた。
 エステルはフィーナを部屋に招きいれながら言う。
「お仕事帰りのようですが、何か御用事でしょうか?」
 そんなエステルの言葉にフィーナはクスリと微笑みながら
「あら、親しい友人の家を訪ねるのに理由なんて要るのかしら。」
 フィーナの手がエステルの髪を優しく撫でた。ふわりと髪が舞う感触にエステルの頬が紅潮する。エステルにとってフィーナは月の王女としての申し分ない気品と才気をもつ憧れの存在であり、自分にとって遥か高みにいる人物であった。対するフィーナはエステルに対してあくまで友人としての付き合いをエステルに求めていた。エステルとしては恐れ多い事だが、同時にフィーナと親密になれる事がうれしかった。
「そうですね。」
 エステルは依然その頬をほんのり赤く染めたまま言った。
「とりあえずお茶にでもしましょう。丁度おいしい紅茶と月麦のクッキーが手に入りましたので。」
「あら、それは楽しみだわ。」
 フィーナのうれしそうな声が聞こえた。



「反応はこの辺りのはず・・・」
 時を同じくして礼拝堂の裏でのこと。金色の髪の黒いネコの耳のようなニット帽を被った少女が茂みを掻き分け何かを探していた。
「いない・・・か・・」
 少女の名はリースリット・ノエル。月人で普段は礼拝堂で生活をしている無口な少女だ。
 だが、今は彼女の目はいつものエメラルドの翠色ではなく、ルビーの紅色をしていた。
フィアッカ・マルグリット。
 リースの中に潜んでいた、かつての月の科学者である彼女の人格が表に出てきているのだ。
「ふう・・・」
 フィアッカは一息つくと木陰に座り込んだ。
 それなりに広範囲を探したとは思ったのだが、なかなか“アレ”は見つからない。
「早く見つけなければ・・・」
 被害が出てからでは遅い。“アレ”はそういった危険性があるものだ。
「外にいないとなるとあとは・・・」
 フィアッカはすぐ隣に建つ建物を見た。
 礼拝堂。あとはこの中しかいない。
 事態は緊急を要するのだ。
 ロストテクノロジー「Medusa」を見つけなければ・・・



「ありがとう、おいしかったわ。」
 空になったティーカップをお皿に戻しながらフィーナが言った。
「喜んでいただけたのなら、うれしいです。」
 エステルは綺麗に片付いたお皿(クッキーが山盛りだったはず)を片付けながら言う。
 フィーナとの何気ない会話。お互いとてもいい時間を過ごせたと思う。こうした時間を過ごせるようになっただけでも地球に来て良かった。そうエステルは感じた。
 二人がそんな楽しい時間の余韻に浸っていた時
ガタガタ
「あら、どうしたのかしら?」
 窓の外から奇妙な音が聞こえてきた。
「何の音でしょう?」
 音の正体を確かめる為、エステルがガチャリと窓を開けた。すると・・
「きゃっ!?」
 突然何かがスッと窓から部屋に入り込んできた。
「エステル、大丈夫!?」
 突然の事に尻餅をついてしまったエステルに駆け寄るフィーナ。
「ええ、大丈夫です・・・それより・・・」
 フィーナとエステルはその“何か”を見た。
 それは宝石だった。
 綺麗な緑色の玉だったが、その周りはいくつもの蛇の装飾に包まれていた。
 例えるなら・・・そう。
「まるでメデューサね・・・」
 見たものを石化させるという髪の毛が蛇の女性の怪物。そんな怪物の頭部にそっくりだった。
 そして、その奇妙な玉はフィーナたちのほうに向かって動き出した。
 ゆっくりと近づく玉にフィーナとエステルは身構えた。
「なんなのかしらこれ・・・」
「・・・もしかして・・・」
 月のロストテクノロジーでは?とエステルが考えた時、玉はフィーナたちの目の前で動きを止めた。
 訪れる沈黙。そして不意に玉が強い光を発した。
「きゃあっ!?」
「なに・・これ・・!?」
 エステルの部屋が一瞬で眩い緑色の光に包まれた。



「見つけた。」
 フィアッカはとある一室から漏れ出していた緑色の光に気づき、礼拝堂へと足を踏み入れた。
 さっき光が見えた場所はエステルの私室だ。フィアッカは嫌な予感を感じながら一目散にそこへ走った。
 やがてエステルの部屋が見えた。フィアッカはドアを勢いよく開けるとまず真っ先に「Medusa」を捕まえた。特製のケースに入れその力を封印するフィアッカ。これでこれ以上「Medusa」の被害者を増やす事はないだろう。
 そう、“これ以上”・・・
 フィアッカは部屋の中を見渡した。そこに存在したのは・・・
「間に合わなかったか・・・」
 フィアッカは歯噛みした。
 フィアッカの視線の先、そこには2体の石像が立っていた。
 フィーナとエステルの石像だ。
 二人とも驚きの表情に満ち溢れた姿で石像になっていた。おそらく何が起きたのか理解する間もなく石にされてしまったのだろう。
大きく見開かれた目も、口も、そのままの形で動きを止めていた。輝くように美しかった髪も、白く透き通るような肌も、深く吸い込まれそうなほど澄んだ瞳も、ふっくらとした桃色も唇も、今は灰色一色に染まり、固く冷たいただの石へと変化してしまっていた。
 物言わぬ石像になってしまった二人だが、二人とも元々が超のつくほどの美少女であった為、整った顔立ちに体のすらりとしたライン。石になって尚その美しさは健在であった。
「・・・っといけない、いけない。」
 つい二人の石像に見とれてしまったフィアッカだが、事態は深刻だ。
 月の王女と、月人居住区の礼拝堂の司祭が石化してしまったなんて知られたら大問題になってしまう。
「何とかしなければ・・・」
 フィアッカは手元にある「Medusa」を見た。
 本来のロストテクノロジー「Medusa」の役目。それは“保存”だ。
 形あるものはいつか壊れる。それが生きているものならなおさら脆い。
 この「Medusa」はそんな生きている物を無機物に変える、つまり石化することによってその物の時を止め、その存在を永遠のものとするのだ。
 そして今回この「Medusa」が本能のままに暴走してしまった。
「Medusa」の本能それは・・・
「保存されるべきものを保存する事・・・」
 フィアッカは今回「Medusa」が保存しようとしたもの。フィーナとエステルの石像を見た。
 フィアッカの視線に反応する事もなく、フィーナとエステルは先ほどと変わらぬポーズでその場にたたずんでいる。
 なるほど確かにこの美しさを永遠のものとして残そうとした「Medusa」の気持ちは分かる。
 だが、彼女達は“現在”の住人だ。私やお前のような過去の遺物が干渉していい道理はない。フィアッカは心の中で「Medusa」に話しかけるように聴かせた。
「さて・・・。」
 まずは今からやるべきことの確認だ。
 やるべきことは一刻も早くフィーナとエステルの石化を解く事。
 あまり遅いと大事になってしまう。二人が石化したことを隠し続けるのは、時間で言えば精々1〜2日が限界だろう。
 その間に解決方法を探さなくてはいけない。難しいことだとは思う、だが
「やるしかないな。」
 フィアッカはそう決意すると、今後の動向についての思索をめぐらし始めたのだった。



<次回予告>
ロストテクノロジーの力によって石化され、ただの石像になってしまったフィーナとエステル。
果たして石像となってしまった二人は元に戻る事ができるのか?
二人を元に戻す為にフィアッカが取った行動とは!?
「とりあえず・・・脱ぐか・・・」

次回『第2話:脱いだら意外とすごかった。』
乞うご期待!





・・・・・・・・・・・・・・・うそです(* ´∀`)

つづく


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