作:狂男爵、偽
豪華なシャンデリアに照らされた、洋館のエントランスに駆け込んだ江梨香の目に入ったのは、自分の名前が刻まれた台座を取り囲むように設置された気品や魅力あふれる女子生徒の石像だった。
それらは一見、一瞬で石化されたのかそれぞれの美しい容姿を恐怖や悲しみに表情やポーズをそれほど歪めているようには見えなかった、だが。
「嗚呼…、千歳さん、こんなに怯えになって、見ていて下さい、貴方が味わった苦痛と恐怖の時間をあの怪人に倍にして返しして差し上げますわ!」
長い髪に純和風の顔立ちの華奢な体つきのまさに大和撫子といった外見の起立した大理石の像にされた他校の制服姿の美少女を見上げながら、江梨香は呟いた。
その石像のいつものきりりとしまった口元がわずかに開き、楚々とした手が何かを求めるようにわずかに閉じられ、百合のような美しい立ち姿が僅かに上半身を少し仰け反らせているポーズに、自らを厳しく律している彼女がどれほど長い時間をかけて石にされたのかが江梨香には痛いほど分かった。
「江梨香さんは随分その作品がお気に入りのようですね、でも心配いりませんよ、わたしがあなー。」
突然目の前に現れた怪人の幻像を一瞬で見抜いた江梨香が、意匠の凝らした飾りが要所に散りばめられた鞘に収まった黄金色に輝く小刀を一振りさせて消し去った。
そして、流れるように黄金色の飾り小刀を高く掲げ叫んだ。
「真白き盟約の証よ、我が身を守る壁となり我の意思を浄化の光と変えよ、変身」
どこか儚さを感じる真っ白な花の輝きが江梨香を中心に広がる。
肉つきのいいすらりとした手足は、飾り気の少ないミスリル銀の小手と脛当てに覆われる。
江梨香の見事なプロポーションの身体は眩しいほどに純白の着物に、鮮やかな緋袴の巫女服に包まれ、形も大きさも見事な胸元を曲線そのままに純銀の胸当てに包まれる。
そして浅葱色の紙は深い湖のような濃い青にそまり、前髪を止めていた品のあるヘアバンドは勾玉が中央にある古風な髪飾りに変わった。
そして、瞳も青く染まった。
「「「美しいー!私の注文どおりだ!!一曲付き合ってもらえませんか、お嬢さん。」」」
巫女服姿の江梨香を取り囲むように無数の仮面の怪人の姿が現れた。
そして、優雅に手を差し伸べて江梨香を取り囲んだ。だが、江梨香の小刀から、真白な輝きが放たれると一瞬で消え去った。
江梨香は、そのまま二階に飛ばされた美咲と合流しようと、奥に見える優雅な曲線で曲がりくねった階段に向かって豪華な絨毯が敷き詰められたエントランスを通り抜けようとすると、その耳に声が聞こえた。
〜サムイ〜、〜ココカラダシテ〜、〜ク…ルシ、イ〜、〜タ、ス、ケ、テ〜、
江梨香は切れ長の目を大きく開き、つい辺りを見回してしまった。
傍らには自らの名の刻んだ空の台座。
そして、自分を取り囲む凛々しく美しい姿をほんの僅かに崩した女神のように美しい女子生徒達の石像の冷たい虚ろな目。
ボリュームある短いツインテールの凛々し印象の女生徒の石像はほんの僅かに引き締まった腰をよじらせて、恐怖を押し殺し勇ましく睨みつけたまま石仮面のように虚ろな大理石な大理石の顔の冷たい瞳から、何故か嘆き苦しむ彼女の訴えが聞こえてきたような気がした。
とっさに目をそらした江梨香の視線の先には、儚さと意思の強さを併せ持った幼げな顔の小柄な少女の生きたまま石化された姿があった。
大理石に変えられてなお小さな手をきつく握り胸にまっすぐ突き刺さるガラスのナイフのような、キリッとした鋭い怒りの姿で彼女の冷たく固まった身体からは、何故か必死に助けを求める気配が絡みついてくる。
江梨香は聞いたことがあった、身体だけを変身させて意識を狂わないように心を変身前の状態に縛られて何年も捕らわれていた人たちの話を。
〜アア、アア、クライ〜、〜ワタ…シ…セキゾ…ジャ…ナ…イ…〜、〜ダレカ、ダレカ〜、
その声に操られるように石化解除の舞を踊りそうになって、江梨香は耳を塞ぐように両手で思い切り頬を叩いた。
石化解除の秘法は消耗が大きく、怪人の本拠地の真ん中でパートナーの美咲と分断され援軍の見込めない現状で使うことは自殺行為に等しい。
千歳も分かってくれるはずだ。江梨香はそう思ってつい振り返ってしまった。
〜アア、シラナカッタ、カラダガツメタイイシニサレルコトガ、コンナニクルシイナンテ、アア、ウゴケナイ、コゴエテシマウ、タスケテチョウダイ、エリカ〜
冷たい大理石の彫刻になった友人の虚ろな表情の冷たい石の顔から血を吐くような苦しげな声が聞こえた気がして、江梨香は気品ある表情を凍りつかせ足を止めた。
「江梨香さんは意外と冷たいんですね、でもそれがいいですよ、人間は全員自分が一番K−。」
動揺して立ち尽くした江梨香は、突然傍らに現れた怪人の幻像を最後までセリフを言わさずに派手な幻術破りの光で消し去った。
例え、脅しや誘惑でも怪人の言葉は最後まで我慢して聞け!それが怪人の特徴と弱点を探り出す有効な手段の一つである、と教えられてきたはずの冷静さを失った江梨香の行動に、再び江梨香の進路を塞ぐように現れた怪人の仮面の模様の口の両端がわずかに釣り上った。
〜サムイ〜、〜…クルシ…ィ…〜、〜ナニモ、ミエナイ、ダレカ…ダレカ…〜
だが、江梨香の頭に響く石化した少女達の声は消えなかった。
〜クッ、本当に幻覚ではないんですの!?ですが、このままではミイラ取りがミイラになってしまいますわ〜
頭上で輝くシャンデリアの華やかさに、少し目まいを覚えながらも江梨香は頭に響く悲痛な叫びを黙殺して、長い髪をリボンでまとめ儚げな顔は恐怖を押し殺して華奢な体を凛々しい立ち姿のまま大理石の像と化した深窓のお嬢様という外見の女学生の設置された台座と、縦巻きの大きなウェーブのかかった腰まである長い髪の怒気を込めた無表情で毅然と前を睨みつける姿で大理石に変えられた、江梨香と大差ない整った体つきの女王様のような気品溢れる女子学生の像の台座の間を抜けて、階段へと続く通路へ向かう。
そこには、先ほどと異なり、整ったプロポーションの美しい裸体を晒した、呆然とした表情で立ち尽くしたふんわりした長い髪の人形のように可愛い少女や、均整のとれた裸体を晒した細い手で胸と局部を隠して俯くヘアバンドで前髪を止めた長い髪のしっかりした印象の顔を恥じらいに染めた少女などが、何故か髪飾りだけ残して服を全てはがされて瑞々しい命の輝きを冷たい大理石の艶に塗り変えられた美しい裸婦像にされて、オブジェのように並べられていた。
「……なんて、破廉恥な……!!命を何だとおもって……!?」
美しい顔を嫌悪に歪め裸婦像にされた少女達の表情から裸にされてから固められた事を悟った江梨香の口から、思わず非難の言葉が漏れた、異界の存在である怪人には無意味であることは知っているはずなのに。
だが、江梨香が台座の並んだエントランスを抜け通路の前に立つと、瞬く間に階段へ続く通路が細かく枝分かれした迷路のように変貌していた。
「この私が意中の相手をそうあっさり通すと思いますか、江梨香さまも上の美咲さまとココの出来が変わりませんね。」
呆然と立ち尽くす江梨香の目の前に現れた怪人の幻像が、左の人差し指で自分のこめかみのあたりを差した。
「この程度の邪法で私を惑わしたつもりだなんて、馬鹿にするにも程がありますわ!!」
うっぷんを晴らすがごとく、江梨香の派手な舞とともに鈴のような音を鳴らし、かざされた飾り小刀から清浄な光があふれ幻の通路が消え去った。
「こちらか呼びつけたにもかかわらず、この程度の催し物で申し訳ありません。」
怪人の声を呆然と聞きながら立っていた江梨香は、自分の名を刻んだ台座からそれほど離れていなかった。
先程の儚げな少女の石像と華やかな少女の石像の間には、鋼鉄の乙女の二つ名を江梨香は知っている、凛としていて同じくらいゆっくり石化されたはずなのに、微塵も動揺も苦痛も見せていない、長い髪を飾り気のない布で一本に縛って右肩から前に垂らした肉食獣を思わせる流線形の少女の石像が飾られた台座があった。
幻覚は通路だけではなく石化された女子学生の台座以外の周りの風景そのものほとんどだった。
そして、実際には台座の周りの石像の数は倍に増えていた。
江梨香は顔を半ば疲労と苦痛に、呆然と立ち尽くしてしまった。
〜タス…テ…〜
突然頭に響いた声に江梨香は驚きから立ち直った。
「「そうですね、江梨香さんが相手をしていただけないのでたら、私はこの石像の手入れでもしましょうか?」」
いくつかの石にされた女子学生の石像の何体かに僅かにぶれた明らかに幻像と分かる怪人が、胸のふくらみやうなじや脚の付け根などに不気味にうごめく指を近づけようとしていた。
怪人の魔の手は千歳が変わり果てた美しい大理石の像にも伸びているのも見える。
これが、こちらの消耗を誘う手だと江梨奈には明確に理解できた。そして先ほど聞こえてきた声は凛々しい姿のままの鋼鉄の乙女の変わり果てた姿からも必死に助けを求める声が江梨香の頭に響いてきた。
江梨奈の顔つきがわずかに変わり、全身に魔力をみなぎらせて、ひと際派手な舞を華麗に舞った。