マジカルヒロインズ 石化館の罠 第四章

作:狂男爵、偽


「あははは、ほぉーらこっちですよ、美咲さん、さっきまでの元気はどうしたのですか?」
 床じゅうに石に変えられ手足を埋め込まれた嘆きや苦痛で美しい顔が歪ませ身体を捩じらせたまま石像にされた少女の、石の身体や石の顔を川遊びでもしているように軽快にステップで踏みつけながら、怪人は美咲の周りをまわっていた。
「はぁー、はぁー……くっ!このぉー!!」
 床に無数に埋め込まれた石像のわずかな隙間に足を踏み入れつつ、美咲は魔力のこもった杖で怪人に殴りかかる。だが、怪人は石化された少女を踏むことに躊躇しないため、隣の嫌悪で美しい顔を歪めた大人びた雰囲気の少女の石像に飛び移って美咲の攻撃を軽々と避けた。
 なら攻撃魔法を使えばいいものだが、四方の壁にも同じように恐怖や怒りで顔を歪めたまま石化された少女が無数に埋め込まれていて、部屋自体がそれほど広くない上、内壁の大半が曲線で構成されている奇妙な形をしていたため、上位の魔法使いでも石化され壁に埋め込まれた少女達を破損せずに戦えるかは怪しい。
 薄暗い天井にもなにやら同じような人陰のようなものが見えるが、美咲は極力見ないようにしていた。
「美咲さんもずいぶんこの部屋に慣れてきたみたいですね、ほらそちらの右足。」
 おぞましい光景で苦しげな美咲が青ざめた顔を怪人が指さす左足に向けると、避けたと思った床に埋め込まれたシャープに引き締まった少女の身体の脇に、怒りのあまり鬼のような石仮面と化した気の強そうな顔から少し離れて、半分浮きあがった長いツインテールの片方を爪先が当たっていた。
 美咲はとっさに足を除けようとすると、ハイソックスに包まれた踝まで部分石化されすぐには動けなくなった。
「何度も…くっ…何度も…うぅ……飽き飽きなのよ……、いい加減にぃ!」
 精神と肉体に疲労は蓄積していたが、全身にみなぎる魔力でなんとか部分石化を気合いで解いた美咲は怒りにまかせ、先ほど怪人が踏みつけていた痛々しいほど必死に懇願している表情と姿で石化された髪の長い大人しそうな少女のほっそりした石の体の胸の前で組み合わされた手を丸い目に涙を浮かべて心を痛めながら踏みつけて、大上段に杖を振りかぶって怪人に詰め寄る。
「残念ながらあなたのルール違反でこのゲームはお終いです、それでは次の部屋でお待ちしております。」
 迫る美咲に勝手な事を言いながら、怪人は無数に壁の石の浮き彫りの中から、一階に置いてあってもおかしくない美しいセミロングの知性的な雰囲気の顔を恐怖にゆがめ下唇をきつく噛んで無理やりそらしたまま固まった少女の、何かを掴もうとして伸ばしたただこの部屋で一つだけ浮き上がった石の手を掴んだ。
 それはノブになっている隠しドアになっていて後ろに倒れこむようにして開けて美咲の攻撃を避けた。
 次の部屋は、ビリヤード台や装丁が厳めしい洋書が並んだ本棚や高そうなティーセットが置かれた小さいながら立派なソファーと机があって一見優雅な空間に見えた。
 しかしビリヤード台を支える柱は様々な表情で腰まで床に埋め込まれた少女の石像で、洋書が並んだ棚の両端の壁には、それぞれどこかの壁にすがって怯えた表情でこちらを向いて立ち尽くしたポーズで固められた少女の石像の浮彫があった。
 革張りのソファーは誰かを抱きとめようとしたのか両手を広げて目を開いてなにかを訴えているような表情で石化した気の強そうな少女が後ろから支え、両脇で半ばソファーに身体が埋まっている姉妹なのかよく似た二体の少女の石像の外側の石の手が手すりになっていた。
 やはり、慣れることのない石化された少女の異常な扱いに呆然と部屋の入口で美咲が声もなく立ち尽くしていた。
 するとどこからか甘い香りがして振り向くと、いつの間にか四つん這いに跪いて俯き半ばボブカットの髪に顔が隠れるほど頭を下げたまま石化された女の子を、浮彫のように半ば埋め込んだ小さな大理石のテーブルの上にティーセットが用意されていた。
 不審げに美咲が見つめていると、シルクの手袋がカップを優雅に摘みあげた。いつの間にか現れた仮面の怪人が、先ほどの石の少女達が支えるソファーでくつろいでいた。そのあまりの滑稽さに、遂に美咲の頭から何かが切れる音がした。
 うつむいて前髪で表情の見えなくなった美咲の口から、禍々しい呪文が流れる。
「煉獄にとらわれ永遠に毒の液を浴びしものよ、天界に災いをなしたそなたの魔宝の力の一つを我に貸し与えよ。」
 愛らしい顔を憎悪に歪めた美咲が怪人を睨みつけながら、黒く歪んだ魔法陣を展開した杖を怪人に向けた。
 だが、怪人は美咲の方に振り向きながら仮面に軽快な笑みの模様を浮かべると、再びカラクリ細工のように開いて中の不気味な目を露出させて杖ごと美咲の手を部分石化した。
 途端、禍々しい魔法陣は煙のように霞んで消え失せ、美咲の魔力が満ちた杖を構えた腕が一瞬で冷たく固い感覚に蝕まれて、美咲は呆然となった。
 その一瞬、誰の目にも止まらなかったが光の速さで不可視の何かが放たれ、仮面を掠った。
 そのほんの一瞬、石化した杖に意識が取られた美咲と仮面の怪人の視界の外で木の枝のような姿を現し、すぐに幻のように消えた。
 だが、美咲は右手を杖ごと石化されて呆然としていて、怪人は遂に魔法少女の本体である魔法アイテムを一時的ではあるが石化出来るほど美咲を弱らせたことで勝利の美酒に酔いしれていたため、かすかな本当に微かな異変など気にもしなかった。
「おやおや、そんな術者にさえ効果も範囲も威力も推測できない危険な邪法を使おうとするなんて、正義の魔法少女も堕ちたものですね。」
 そっと、ティーカップを永遠の屈辱に捕らわれた石像が埋め込まれたテーブルに置いて、怪人は優雅な仕草で三体の少女の石像が支えるソファーから立ち上がった。
「うるさい!うるさい!うるさい!お前ら怪人がみんな悪いんだ!だから、僕がお前を倒せばみんな解決するに決まっている、きっとそうだ!?」
 うつむいていた愛らしい顔を怒りにたぎらせた表情で睨みつけ、石にされたままの杖をもっているまだ魔力の光で部分石化の解除が途中の右手を怪人に向け、美咲は喚いた。
「おおー、こわい、こわい、このままでは美咲さんにこの階にある作品を全部壊されてしまうかも知れないので美咲様には…」
 自分に向けられた石化解除が途中の杖を前にゆっくりと立ち上がり、おどけた様子で震えて見せた怪人の言葉の途中で、魔力が消耗したためまだ右手の部分石化が指先だけ残っていた美咲の視界が一瞬で漆黒に包まれた。

「…ご退場願います。」
「くっ…また倉庫に飛ばしたのか、飽きもせずに、何度も、何度も人を弄んで、雌雄を決するだなんて、最初から嘘だったんだな。」
 漆黒の闇の中、先ほどの物置のように石にされたのか周りには全く身動きしない人影のようなものを感じて、美咲はあたりかまわずどなり散らす。
「それは違いますよ、今から雌雄を決しようではありませんか、私と貴方の間にはもう何もありませんよ。」
 声に美咲が振り向くと、漆黒の闇の中でぼぉーと全身を燐光に包まれた仮面の怪人が仮面に手をかけて立っていた。
 美咲には確かに怪人との間には人影のようなものは感じ取れない。
 そして、怪人が仮面をゆっくり外そうとするその姿に、美咲は戦慄のようなものを感じたが、決着をつけようと杖の飾りの星を天井に向けて柄を握った杖を掲げた両手の拳を胸元のブローチの前に翳して必殺の技を放とうと準備に入った。
「嘘だったら承知しないよ、こっちは本気なんだからね。」
 怪人の仮面がゆっくりと外され表面が濁った緑色の言葉では表現できないほど醜い顔が徐々に現れるのを、美咲は物おじせず睨みつけながら宣言した。
 そして、美咲は随分消耗してはいたが通常の魔法使いの術をはるかに上回る魔力が杖の先に集まり、杖を矢に見立てたような光の弓が漆黒の闇に浮かび上がる。
「本当に私は本気ですよ、だってほら醜い醜い私の顔があなたに見せてあげているんですから。」
 完全に仮面をとった怪人の素顔のあまりに醜さに、美咲は全身を凍りつくようなおぞましさに包まれた。
「…ひぃっ………っ………くぅ………………ぁぁ…………。」
 あまりの恐怖に、とっさに上げようとした美咲の悲鳴はかすかな呟きにしかならなかった。反射的に美咲は顔を逸らそうとしたが、凍りつくようなおぞましさに全身が縛られて、美咲は脅えた表情のまま指先一つ動かせなくなっていた。
 そして、足元から全身を包むおぞましいさが染み込むように、血肉が凍り冷たい異質なものに変えられていく感覚がした。
 もはや、身体が凍りついたように動けなくなった美咲には見えなかったが、可愛いデザインのシューズが形そのままに美しい大理石に変わる。そして、美咲の足元の異質なものに侵食していく感覚は、透明な水に墨を垂らしたように足首へと広がってゆく。
 そして浸食は見た目にも現れ、ひざ下まであるハイソックスを冷たい艶で染め抜いて、美咲の膝下まで広がり、引き締まった太ももへ範囲を広げゆく。
「………くぅ………!……ぁぁ……!?……ぁっ………!」
 全身をおぞましい魔力に縛られ、太ももから引き締まった身体へと広がってゆく、異質な感覚に美咲は必死に悲鳴をあげようとしたが、かすかに開いたままの口からはわずかに喘ぎのような息が漏れだけだった。
 その様子を確認した怪人は指をパチリと鳴らした。
 途端、漆黒の闇や払われ、美咲はかすみ始めた視界で人影の気配が自分と同じような姿の魔法少女の石像であることが分かった。
 それぞれ、可愛いデザインのコスチュームに身を包んではいたが、手に持っているアイテムは何故か、邪悪な姿でどこか不気味な輝きを放っていた。
 そうしている間にも、美咲の邪悪な魔力に冒された青ざめた肌を硬く美しい艶を放つ大理石に変えてゆく変化が、細く引き締まった太ももを飲みこんでゆく。
(僕の身体がー、冷たく固い石にされてゆくー、いやぁー、やめてよー)
 心の必死の悲鳴すら上げることのできないまま、青ざめて凍りついた美咲の顔に、石に変えられていく恐怖と悲しみの涙が流れる。
 だが、涙は冷たい艶を放ちだした頬を滑り落ちるころには小石のようになり、硬い音を立てて床に落ちた。
 立ち尽くしたままの引き締まった美咲の足が完全に石化して、美咲の可愛いデザインのショーツに包まれた下腹部や、緩やかに波打つフレアスカートの縁から大理石の浸食が始まった。すると、美咲の身体の芯に冷たく固い感覚が下から根を張り、体中に広がってゆくおぞましい感触に襲われ、一瞬凍りついたように動けない美咲の身体が、かすかに震えた。
(なっ!なんなの、この感かクハ!?イヤァァ!!マルで、ワタシノココロ…デ、冷た…シ…なっ……、……ナ、イヤあァアアぁぁ)
 水に浮かべた球根が根を自在に張っていくように体中に広がる冷たい石に暖かい血肉が変質していくあまりに異質な感覚に、遂に美咲の瞳から意思の輝きが薄れ、冷たく虚ろな色に徐々に染まり始めた。今にも風になびきそうな柔らかな形のままのフレアスカートと引き締まった下腹部を美しい大理石に変えた邪悪な魔力の浸食は、コスチュームのブラウスの部分へと広がっていく。
 彩り鮮やかなワンピース風コスチュームが大理石の色に染まって固まってゆく。
 そしてその中で同時に美咲の引き締まったスレンダーな身体の中で満ちた邪悪な魔力が心臓に達した。
(うああぁぁ…ぼくノ……こコろまで……つメたく…ウツクシイ…チョ…くっ…いシに…)
 僅かに虚ろな色に染まっていた瞳がガラスのような光沢を放ち、美咲の心までが、身体の石化の影響で侵食され始めた。
(チガう、ぼくは魔法少女なのよぉー、ダカラウツクシイチョウコクニナレッ、ちっ、ちガう、あの怪人をたオしてッ、みんナノヨウニ、スバラシイショクダイニ……、こっ、こんなことオモって…ナいっ!!?)
 心まで石化の魔力に侵食されようとしているのを、必死に抵抗していた美咲は目の前の杖が抜き取られるまで、長手袋を付けた腕が完全に石化していたのに気付かなかった。
「貴方に私から贈り物です、喜んでくれると嬉しいですよ。」
 そして代りに、魔物のような異形の手が燐光を放つオーブを掴んだような杖が美咲の石化した両手に差し込まれた。
 そして、美咲の控えめな胸元まで彩り鮮やかなブラウスの部分ごと、冷たく固い感覚に冒された大理石に変わった。
 だが、美咲は不思議に息苦しさを感じなかった。
(あア、こノマまでは……ワタシハ、…スバラシイ燭台ニ…ぃ…ょ、ナレ、なりタく…)
 もうほとんど心が彫刻に換えられていたため、美咲は息苦しさを感じることさえ出来なくなっていた。
 だが、首から下が大理石の彫刻に変えられた身体を冷たく固い感覚に冒されていることは明確に感じていた。
 ガラス玉のようになった美咲の瞳から大粒の涙が再びこぼれようとしたが、青ざめてすでに冷たい光沢に覆われた頬に触れたとたん、宝石のようになって張り付いた。
 そして、ポニーの先からも石化が始まった。
(………ャァ…………ァッ…………ァァ……………………)
 そして、石化が美咲の唇や丸みを帯びた頬に達するころには、心がほとんど石の彫刻に変えられたため、石化された苦しみの意味さえ理解できず生理的な苦しみと恐怖をわずかに感じるだけだった。
 そして、心のほとんどが石化された美咲は、愛らしい顔を虚ろな表情の石の仮面のような姿になって美咲の身体は、完全に大理石の美しい彫刻と化した。
「我ながら、あまりの素晴らしい出来に感動しました。」
 呟きながら、美咲の石像に持たせたオーブに仮面の模様の口を口づけしようとすると、下の階から幻惑が解けた気配がした。
「さすがに、江梨香様にいつまでもごまかしは利きませんか、それでは今宵のメインディッシュをいただきに参りましょうか。」
 うそぶきながら怪人は、名残惜しげに美咲の変わり果てた姿に見てから一礼した。
 再び辺りは漆黒の闇に包まれ、怪人の姿は溶け込むように消えて去った。そのとき、怪人は美咲の苦しげに立ち尽くしたまま大理石の彫刻にされた美しい姿に見とれ、先ほど枝のようなものが掠ったわずかな傷が仮面の目の開閉する部分まで
 致命的なほど、持ち主さえ気づかないほどじわじわとゆっくり広がっていくのに気がつかなかった。
 そして、後には虚ろな表情で禍々しい杖のような形をした灯りを抱え燭台となり果てた、魔法少女の美しい大理石の像が残された。
 引きしまった手足は長手袋や可愛いデザインシューズとハイソックスから伸びた肌が、まるで濡れているような冷たい輝きを放っていた。
 彩り鮮やかなワンピース風のコスチュームは、今にも揺れそうなほど柔らかな曲線と可愛いデザインそのままに冷たい大理石の色と成分に染め上げられ、よく出来た造花のような味わいを醸し出していた。
 表情豊かな愛らしい美咲の顔は大理石の冷たく固い質感に染め上げられ、虚ろな表情の石の仮面のような姿になり果てていた。
 ポニーにした髪の一本一本も繊細で儚げな石の彫刻に変わっていて、大きなリボンだけが元の姿を留めているのが、見る者により一層石化された美咲の哀れさを感じさせた。
 そして、頬に張り付いた宝石のような姿で石化した涙に、手に持たされた邪悪な形の灯火の輝きが煌めいた。

続く


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