固めマン 第四話

作:狂男爵、偽


 王城の地下にある大魔法の間では、姫様の留学の準備が厳かに進んでいた。
 広間の唯一つある出口の開いた分厚い魔法銀でできた扉の向こうでは、数人の見目麗しい王子達が別れの挨拶も済ませ、可愛い妹の旅立ちを見送っている。
 ただし、王子達の目的は親族としての務めだけではなく万が一の場合の備えも兼ねているため、ある程度のおとぎ話に出てくるような煌びやかな王族専用の武装はしていた。だが、妹への想いが純粋であることには変わりはなかった、多少歪んではいたが。
 そして、大広間を取り囲むように豪奢なローブをまとった戦略用儀式魔道師達が重々しい声で異世界への転送魔法を唱えている。
 魔道師達の声に共鳴して彼らの足元を頂点とした広間の床いっぱいに描かれた大きな魔方陣の中央に描かれた複雑な形の図形の輝きが増してゆく。
 その中央には、今まさに異世界へ旅立とうとしている銀色に染めた長い髪を頭の両脇に分けて束ねたまだ幼さが目立つがどこか気品も感じさせるお姫様に、ほっそりした身体に不似合いな大きな鞄をこともなげに持ったお付きのメイドが、いつもの調子で説教をしていた。
「いいですか、これから姫様が行こうとする世界は大変危険なのです、いつものように無鉄砲に物事に当たられては困ります、ですから、このリーネの言うことをきちんと聞いて礼儀正しく王族としての威厳ある態度で……。」
 旅立ちの最中でさえ説教を垂れるメイドに、この魔法の国ではまるで船乗りが着るような黒い制服に身を包んだお姫様は異界への希望と不安が霞んでゆくのを感じながら言い返した。
「わかってるわよ、カイジンとかいう魔人みたいなのがいるって言うんでしょ、大丈夫よ、私も立派な王族の一員らしくいつまでも子供じゃないってこと見せてあげるわ。」
 宝石のような青く透き通る目を吊り上げてお姫様はメイドの言葉を遮る様に叫ぶが、王子達のほうに意識が向かっているのがメイドには目に見えて分かった。
 王子達はかわいい妹の熱い視線に気づき、中身を知らない女性なら九割くらいは恋に落ちそうな甘い笑顔を向けて手を振ってきた。
 お姫様は、視線の温度を平均的な女性と正反対に上げるが、王子達は気にしない様子だった。
 メイドは溜息を付くと、兄弟の温かいココロノ交流を紺のメイド服をまとった均整のとれた体で遮りながら説教を再開した。
「わかっていません、いいですか姫様、正面から正々堂々怪人達が戦いを挑まれるのでしたら、
 きっと姫様に歯が立たないでしょう、ですが、怪人達は秘密結社という現地にある組織の支援を受けていて姫様の背後から不意を突いて襲いかかることができるのです。」
「後ろからこそこそと来る程度の小物なら、王家の者に手を出したことをたっぷり後悔させればいいのよ、私にはこれがあるんだから、物理攻撃を無効化出来たって軽く蹴散らしてやるわよ!」
 薄い胸元の奥に隠したペンダントを襟元から出しながら、お姫様は挑戦的な笑みを浮かべた。
 足元まであるツインテールの魔法で染めた銀色の髪がいよいよ輝きを増した魔方陣の光を受けて光っているためお姫様の強気のポーズは絵にはなっているが、仕える主がまだ実戦を知らないことを知っているメイドは、聡明そうな顔を心配に曇らせながら溜息をついて言葉を続けた。
「そうそう何度もそれに頼っていては留学期間を修了する前に連れ戻されてしまいますよ、王族たるもの、格が低いものをまともに相手にしてはいけません、そのような荒事は私たちにお任せください。」
「でも、向こうじゃ庶民の学校に入るんでしょ、それに学校までにリーネはついて来ないじゃない、どうすればいいのよ。」
「同じ学校に通う身であればどうぞ好きなようにお付き合いください、それでなければ修行の意味がありません、それと護衛でしたら向こうの方が怪人をつけてくださるそうですよ。」
 その言葉に、なぜかお姫様は嬉しそうな笑みを浮かべながら答えた。
「それって、遠まわしにこの国への宣戦布告ってことなの、じゃあ派手なのをぶちかましていいの?」
 お姫様の言葉に頭を痛めながら、美しい曲線を描く眉をひそめ軽く目を閉じて怒鳴りそうになるのを我慢しながらメイドは答えた。
「違います、怪人は所属している組織が壊滅すると正気にかえるのだそうです、それらを保護してのち訓練をして新たに出現した怪人への対策に協力してもらっているそうですよ。」
「ふーん、飼いならされた負け犬ってこと、まあいいわ、駄犬なら駄犬で使い道もあるはずだし。」
 嫌いなはずの兄の真似をしているあたり兄弟というのは複雑なものだと思いながらメイドが独白しているお姫様を見ていると、考えていることが顔に出たようで同じ年の娘より幼げな顔をむっとさせ見返してきた。
「フン、べっ別にいいじゃない、敵のいいところをきちんと認めることこそリッパナセンシへの近道だとお父様が言ってるのよ、まあ見てなさい、見事怪人を飼いならしてお兄様達にひと泡吹かせてやるんだから!」
 小さなこぶしを振り上げたお姫様の宣言と同時に魔方陣の光が爆発して、二人は異世界へと旅立った。

 固めマン第四話「出会いの朝」

 さわやかな朝の光が差し込む部屋の住民の誠実な精神がよくわかる純和風の畳敷き間。
 だがいつもは数時間前に起きだして日課の鍛錬と仕事の打ち合わせを行っていた凛とした顔つきと仕草の、少女は、今朝は昨日の怪人の石化攻撃の後遺症で身体がまともに動かず、友人達が部屋を訪れても布団から上半身を起こすのが精一杯だった。そして、一緒に訪れた昨日の騒ぎの一方の怪人達の話を聞いた御剣はため息を一つ吐いて答えた。
「話はわかった、某局の申請も正規のものと確認できたし、昨日のお前の見せた能力も戦力として評価できる、いいだろう、一週間大人しくしていろ、そうすればこちらとしてもお前たちの滞在について前向きに検討しよう。」
 御剣の言葉に、人間に化けることのできる怪人である自称保護者のセミロングの少女と並んで布団のそばで一緒に正座した人形のように容姿の整った銀髪の少年はムスッとして答えなかった。
 すると、隣の自称リオの姉の少女のミサが小さな手でリオの学生服の裾を引っ張りながら囁く。
「ほらっリオ、きちんと頭を下げる、さっきちゃんと教えたでしょ!」
「僕はちゃんと役目を果たしたんだ、だからこいつらに頭を下げる必要なんてない。」
「あのねぇ、ここは施設じゃないし、御剣さんは施設に所属する職員じゃないの、だから断る権利もある、でもご厚意で私たちを引き受けてくれるって言ってくださるんだから、私たちは頭を下げないといけないの。」
 姉の必至の説得に一応納得したのか、リオは小さな声でお願いしますと言いながら目をそらして頭を下げた。
「まったく、見た目だけじゃなく中身もまるで餓鬼だな、ホントにこれで俺達と同じ年齢なんて信じられないな。」
 その様子を御剣の傍らで見ていた、昨日御剣が着ていたのと同じ黒いセーラー服を着た、日本人形のような清楚なお嬢様のような外見の少女が呟いた。
「まあそういうなかなめ、こいつは結社や施設の中ばかりにいてあまり世間にもまれていないのだろう、だから多少の不作法には目をつぶってやるさ。」
 あまり聞き慣れない友人の言葉の響きにかなめは驚いて御剣の方を見ると、病床に横たわった少女は頬を赤く染めて、ぷいっとあらぬ方を向いた。
 その様子にかなめは、上品な顔立ちに透き通るような笑みを浮かべながら、似合わない下世話な調子で友人に呟いた。
「なんだよ、うちの学校の綺麗どころを何人も袖にしてやがると思ったらそういうことかよ、まあいいんじゃねぇか、自称同い年だしな。」
「何を勘違いしているのかは知らんが違うからな、私はただ受けた恩義をあだで返すような礼儀知らずではないということを……。」
「僕は祝福するよ、姉さん!いいじゃないか、世間がどう言おうと、姉さんにだって幸せになる権利くらいあるよ!」
 御剣の言葉を遮るように襖が大きな音を立てて開いた青年が、家族の情愛があふれた笑みを浮かべ叫んだ。
「光太郎、ふざけたことを言ってないで忘れ物の準備でもしろ、今転移の魔法が発動したらお前は魔法の国で手ぶらで一年過ごさないといけなくなるんだぞ、そのことをわかっているのか。」
「そんなことどうでもいいよ、それより出来のいい弟としては姉さんの幸せを祝福したいんだ、それでこの子が姉さんに交際を申し込んだ命知らずだね、なかなかかわいい顔してるね。」
 この場の発言は怪人の人並み外れた感覚で聞こえていたリオ達は、とりあえず知らないふりを決め込んでいたのだが、いきなりあらわれた青年にリオが背後から抱きつかれてそうはいかなくなった。
「気安く触るなよ、俺は怪人だぞ、お前なんか片づけるのはわけないんだからな。」
 リオは自称姉が丁寧に着付けた学生服に皺がつくのにも構わず、白く細い手足をばたばたと振り回して、青年の腕の中から逃れようともがくが何故か解けなかった。
「はぁー、この程度の技が抜けられないなんてリオは情けないね、お姉ちゃん恥ずかしいよ。」
 隣でミサが溜息をつくと、そばにやってきたかなめがなぜか自慢げに呟いた。
「すげーだろ、光太郎は剣技が全くものにならなかったけどな、体捌きなら柔道や空手の有段者に遅れはとらねぇんだぜ。」
「この程度じゃ怪人には牽制しかならないわよ。」
 ミサはそう言って、じゃれあう二人の間に小さな手を差し込むと何をどうしたのか、青年の腕の中から抜けたリオが床に倒れ、青年はミサに向かって構え立っていた。
「へぇー、なかなかやるなぁ、怪人ってのはすごいね、ますます我が御剣家の婿にほしくなってきたよ、うるさい小姑なんかに負けるなよ、姉さん!」
「だから、違うと言っているだろうがっ、ゲホッ、ゴホッ。」
 声を荒げ怒鳴ったせいで、石化の後遺症で弱っていた身体に風邪がかかったのか御剣は咳をしだした。途端、軽薄な笑みを浮かべていた光太郎は心配そうな顔になったが、皮肉にも転移の魔法の前兆である輝きがうっすらと彼を包んだ。
「やれやれ時間切れか、じゃあ姉さん行ってくるよ、どうせ昼には石化の後遺症は治ってると思うけど、無理はしないで今日は一日休んでなよ、姉さんは日ごろから働き過ぎなんだしさ。」
「うるさい、ゴホッ、さっさと行け、光太郎はエリクサでも、ドラゴン鍋にでゲフッ、当たってしまえ。」
 大丈夫そうな姉の様子に安心して振り返って出て行こうとした光太郎に、リオが素早く立ち上がってふさがった。
「なんだい、少年、僕は今から遠くへ行かないといけないんで時間がないんだけど。」
「うるさい、お前の事情なんて知るか!人間のくせに怪人をからかいやがって、今から僕が怪人の怖さを思い知らせてやる。」
 そう言ってリオは野生の獣のようなのスピードで青年に飛びかかった。
 ミサは、その時リオが手加減をしているのがわかっていたので止めなかった。
 身体を覆う輝きが増していく中、青年は飛びかかるリオに素早く構えながら人の悪い笑みを浮かべたその瞬間、青年を包む光が爆発したかのように溢れ転移の魔法が発動した。
「ひゃあ!!なに、なんなの、ちょっとなにしてるのよ!」
 手加減したとはいえ、あっさり床に押さえつけたニヤケタむさい青年が、一瞬で長い銀色の髪と白い肌のほっそりと折れそうな体つきのどこか高貴なオーラを感じさせる美しい少女に変わったため、リオは思考が数秒凍りついた。
 そのため、少女の抗議もまるで耳に入らなかった。
「リオ、やりすぎだよ、じゃれるにしても相手の都合をきちんと考えなさい。」
 すぐそばで言った姉の言葉がリオの硬直を解いた。
「うわあ、ごめんなさい、ごめんなさい。」
 弾かれたように、リオは後ろの飛び上がると何度も倒れたままの少女に、何度も頭を下げた。
「フン、別にいいわよ、それより立ち上がるから手を貸しなさい。」
 鈴が鳴るような透通る声と何処かの自称姉と正反対の印象の白く奇麗な少女ののばした手を、リオは何も考えずに掴んだ。
 その時、確かにあいつの目が光ったとその場にいた女性達全員の証言が一致していた。
「王族に無礼を働いた罪をその身で知りなさい、ライトニングボルト!」
 一瞬全身を貫いたすさまじい電流に、リオは目を見開き口を大きくあけたが、ひきつったような音しか出なかった。そのままほっそりした体は白い煙に包まれながら力なく倒れ伏した。
「やっぱり、リオはスケベだね、姉としては恥ずかしいよ。」
 世界が暗闇に染まる瞬間、確かにリオは悲しげな姉の言葉を聞いた気がした……。
「ほぅ〜すごいな、これが本場のゲホッ、ウ……というのもか?術師とは桁が、うっ、さむ…い、からだ……の……ハァ……調子……が……。」
 すさまじい電撃の関心したセリフが咳でとんでもない言葉になったことを自覚する余裕もなく、 御剣の体調不良で白く染まった顔や体が突然青白い光に覆われ、突然身体を襲った凍りつくような寒気に何か言おうとしたその瞬間、ピキッと音を立てて周りの空間ごと青い氷に包まれて凍りついた。
 御剣の氷漬けは、体調不良のためわずかにかすんでいた瞳と白く染まった肌は青い氷の色に侵され、精巧な彫刻のようにも見え、凛とした表情はかすかに戸惑いのまま、きびきびと動く身体は布団からわずかにすらりと引き締まった上半身を起こした姿で凍りついたため、別人のように弱弱しく見えた。
「おいっ、なんだよ、これは、いったいなんなんだよ、また怪人の仕業か?」
 突然病床に健康的に引き締まった体を横たえいつもは後ろに結んでいる髪を背中に垂らした友人がいきなり氷漬けになったため、かなめは驚き叫んでいると再び襖が開き今度は見慣れないメイドがいつの間にか先ほど光太郎が大きく襖を開いた入口に仁王立ちになって、うっすらと青く光る手をかざしていた。
「われらが王家の魔法を体調が悪いから言い間違えたとはいえ下法呼ばわりするような輩には、少し頭を冷やしてもらいます、それにこの氷は王家の泉の水で出来ているから溶ける頃には魔法の偉大さがその身にしみているでしょう。」
「また、馬鹿が増えたわ、まあいいわ、世話をするのはリオの役目だし。」
 姉の期待に答えるはずの少年は、未だに畳の上で白い煙を上げて倒れ伏していた。

「はじめまして、僕の名前はリオといいます、今日からお世話なります。最近まで事情があって山奥の方にこもっていたので、皆さんにとても迷惑、えーと、かけると思いますが、どうぞよろしくお願いするよ!?」
 朝の騒ぎのせいでところどころ怪しい調子ではあったが、なんとか覚えさせられた長い転校生としての挨拶を言い終えたリオが軽く息をついた。
 美しい銀色の髪の人形のように容姿の整った明らかに年下に見える美少年と言って差し支えない男の子の物憂げな溜息に、ところどころ席のあいた教室から感嘆の声が上がった。その様子をつまらなそうに見ていたお姫様が、そっとリオの横に立ち軽く肘で突きながら囁いた。
「どうして、あんたと同じ教室なのよ、まさかストーカー?それとも体に爬虫類が混じっているせいで、まさか心まで染まってて、変な性質とかあるんじゃないでしょうね?」
「違うよ、僕は君を守るためにここにいるんだから、いざというとき近くにいた方が便利だろ。」
「雷撃にあっさりやられた奴が言っていいセリフじゃないわね、とにかく私の邪魔だけはしないようにしてね、それとあまり私の周りをうろうろしないでよね。」
 護衛対象の厳しい言い方にリオはムッとなって言い返そうとしたが、二人の肩を叩く教師に気づいて二人は離れた。

 そのころ校門を不吉な気配の一陣の風が通った。
「ヒュー、ヒュー、儂に運が向いてきたぞ、これで帰れる、この汚れた大地を離れることができるぞー。」
かすかに漏れた囁きは、校門の風紀委員や生活指導の先生と遅刻の生徒たちの喧噪にまぎれ、誰の耳にも入らなかった。

「ところで、ミサ様が通学なさらないのですか?」
 暫定的にリオとミサに宛がわれた畳敷きの御剣邸の客間で、ミサが昨日の事件の報告書を作成していると、掃除用の道具を持ったメイドが部屋に入ってきた。
「あんただってこの世界じゃまだ学生できる年でしょう、それに私はまだ馬鹿な弟の後始末に忙しくてそれどころじゃないの。」
 ちらっと目でメイドを見てから、再びミサは書類に集中した。
 不作法な相手の行動を気にした風もなく、メイドは掃除を始めながら再びミサに話しかけた。
「私はこの世界に来たばかりで事情はよくわかりませんが、そういう書類の作成は本人も立ち会わないとあまり意味がないじゃないでしょうか?」
「後で必要な分は手伝わせるわよ、それにあんただってなんで呑気に掃除なんかしてるのよ、まだアノ騒ぎの後始末が完了したなんて話は聞いたことがないんだけど。」
「ミサ様のご心配には及びません、それも姫様の修行のうちです。」
 その言葉に、丁度ミサの背後で立ち止まったメイドが、丁寧な言葉遣いと裏腹にどこか冷たい目で作業中のミサを見下ろしながら言葉を続ける。
「あんたが見張ってなくても別に首を突っ込んだりしないわよ、それよりあれはちゃんと溶けるんでしょうね。」
 ミサが先ほどの部屋の方を軽く向きながら背後のメイドに問いかけると、軽く会釈する気配があった。

「星歴1823年4月1日、アルバート博士率いる研究所が開発中の魔導兵器の実験中に発生した空間の歪みから現れた魔人が起こした災害が、我が世界と本日いらしたルーナ姫様の魔法の世界の最初の接触でした。」
 授業中の教室に響く教師の単調な声にリオが欠伸を噛み殺していると、隣のルーナ姫が何かに驚いて身体をビクッと揺らした気配に気づいた。
「当初はこの世界には魔人の存在を認識していなかったため、メリキア国は事件が怪人によって引き起こされたと推測して大掛かりな秘密結社狩りを行いましたが、もちろん災害の範囲は広がり犠牲は増えていきました。」
 不審に思ったリオが、小柄な身体をもぞもぞさせるルーナ姫に声をかけようとした瞬間教室が急に寒くなったように感じた。
「なんだ、まさかいきなり敵が攻めてきたのか、お前いったい何をやったんだよ。」
 身体を襲う冷気に尋常ならざる気配を感じて、席から立ち上がったリオは隣のルーナに問いかけた。
「ちょっと変な言いがかりつけないでよね、それにこれは敵の仕業よ。」
 ルーナも返事をしながら立ち上がったが、教師と生徒のいきなりの出来事に凍りついた、否、リオとルーナ以外の教室のものはすでに通常では人には耐えがたいほど厳しくなった冷気に包まれ、机も壁も生徒や先生まですべて青白い霜に覆われてまるで氷の像のような姿に変わった。
 かなめも、二人に振り返り何か言いたげな表情を浮かべた日本人形のような顔やほっそりとした体が白く凍りつき、いつもの荒々しい物言いができないため、本当に人形のような姿になっていた。
「つっ、なんだよこれ、北極怪人か、いやでもこんな大規模な攻撃はEクラスかCクラスでなきゃ無理だ、それにさすがにミサのアンテナに引っかからないはずがないよ、でもこれは一体?」
 白い霜に覆われあまりの寒さに叫びや驚いた姿で氷像と化した若い学生達をきょろきょろと落ち着きなく見回すリオと対照的に、ルーナは落ち着き払った態度で自らの胸元が少しさびしい黒いセーラー服の上着の襟元に手を差し込んだ。
「ふっ、魔法に無知な怪人よ、これは私を狙った魔人の仕業よ。」
「お前こうなることが分かっていたのかよ、ならどうして他の生徒を先に避難させないんだ。」
「分かってたわけじゃない、こんなのわかるわけないじゃないの、でも今からこれを使ってなんとかするから、あんたはどこか邪魔にならないとこに隠れてなさい。」
 そう言いながらルーナは取り出したペンダントを天井高く翳した。
「馬鹿っ、こんなところでそんなものを出すな!」
 迂闊な真似をするお姫様に、叫びながらリオはペンダントに飛びついた。
「ヒュー、ヒュー、邪魔をするな、小僧、シャー。」
 不意を突かれペンダントを奪われたルーナ姫の机の上に寝転がったリオの身体を、不気味な声と同時にいきなり発生した氷柱が何本も刺さった。

続く


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