固めマン 第五話

作:狂男爵、偽


「おお、なんと大きな魔法の力じゃ、そなたこそわが王族の誉れじゃな。」
「さすがです姫様、これほどの大魔法を使えるのであれば今すぐ戦の場に出られましょう。」
「おお、まだ成年を前にしてこのような場所に来られようとは、この身に過ぎた光栄、わが心は歓喜に満ちておりまする。」
 彼女の世界は常に、このように周りの人間の送る惜しみない敬意と王家の栄光に満ちていた。
 そして、彼女は確かに周囲の期待に答えるため必死に努力もしていた。
〜おい、なにをして……、逃げるぞ……カ、〜
「ルーナ、今のお前は無様で見てられないな、酔っぱらったブタでさえもっと上品に振る舞えるはずさ。」
「たしかに、お前の言うことは正しい、だがな、世界のすべてが決まった約束で縛られているわけじゃない、そのことを忘れた間抜けはただのバカより始末が悪い。」
「はっ、長々と呪文を唱える暇を相手がくれるはずがないだろう、どうすればいいって、てめぇで何とか用意するしかないのさ、それができねぇお前はただの役立たずだ。」
 ただ、家族であるはずの兄たちの言葉と行動が彼女に屈辱を、そして心からの忠告を与えることができた。そのことがどれだけ自身の未来に影を落としてしまったのか、どれだけの言葉が心に届いたのか、それをルーナは思い知ることになった。
「〜…カげんに目を覚ませ!この世間知らず!」
「うるさいわね、怪人の血が赤いから驚いただけよ、それにさっきはあんたが邪魔しなければ私の勝ちだったのよ。」
 頬に当たる風と耳元で騒ぐ銀髪の人形のように容姿の整った少年の声にルーナは目を覚ました。
 その目の前を氷柱が通り過ぎてゆく。
 ルーナの小柄な体をお姫様だっこしたリオは、怪人の人並み外れた感覚で空気のかすかな変化を読んで周囲から現れては自分に向って飛んでくる氷柱をよけながら屋上に向かって、長いルーナのツインテールにした銀髪を靡かせ背中の傷から血を垂らしながら霜に覆われ凍りついた学校の廊下を必死に走る。
「ちょっと離しなさいよ、もう一度雷撃を喰らいたいの、この無礼者―!」
 時折現れては、飛んでくる氷柱の風切り音とルーナの叫び以外凍りついた校舎からは何も音がしなかった。
 リオが走る廊下から見える霜に覆われ曇った教室の窓からは、授業中のまま凍りついた人影がうっすら見えた。
 その中では、御剣やかなめと同世代の学生達が突然包まれた冷気に驚きや凍えた姿で、白い霜に覆われて氷像と化していた。

固めマン、第五話「凍りついた思い」

「目撃者の話によると、お昼前に何の前触れもなく校舎が一瞬で白く凍りついたそうです、現在現場は司法局によって…」
 テレビからは深刻な現場の様子が伝わってくるが、自警団の雑然と散らかった事務所ではただ一人くたびれた中年が椅子に座って昼食を取っていただけで、外部からの要請もなく隊員達が出動する様子も全くなかった。
「やれやれ、こうなると副団長が今日学校を休んだのは不幸中の幸いってことになっちまうのかな。」
 一人ぶつぶつと呟く中年を余所に、テレビでは現場の主導権を握った司法局の武装した特殊部隊の突入の準備の様子が刻々と映し出されていた。
「元気だねぇ〜、怪人絡みの時はぐだぐだと御託を並べて解決してからじゃねぇと現場に来ない癖によぉ〜、魔人と魔法の名前が出てくるとこの有様か、こっちの方があぶねぇってのに、奴ら一体なにを考えているのやら…。」
「怪人はかかわればかかわるほど敵に染まっちゃう危険があるけんだけど、魔法は向こうの王様達がずっと便利に使ってるから、データを取って来いってお偉いさんが命令してるんだよ〜、どっちも怖さじゃ対して変わんないのにねぇー。」
 中年の愚痴に人の気配の途絶えていた事務室で、中年のすぐ後ろから唐突に成熟した女性のあまり似合っていない子供っぽい調子の返事が返ってきた。
「ああ、あんたかい、この前は大したもてなしができなくて悪かったな、あいにく今日も昨日の騒ぎでうちは人も物も何にもねぇんだ、悪いが日を改めてくれねぇか。」
 箸と弁当を静かに置いた里岡が振り向くと、人好きする笑顔を浮かべたスーツ姿の女性が立っていた。
「いいの、いいの、ちょっとオジサンたちが大丈夫かな〜って見に来ただけだし、里岡さん元気そうだけど、昨日石にされちゃったばかりなのに体重くないのー。」
 パタパタと手を振って何気なしに聞いているが、女の目がまるでレンズみたいに冷たい輝きを含んでいた。
 だが、里岡は特に気にした風もなく答えた。
「ああ、俺は鍛え方が違うからな、でもうちの若い奴等は一人も動ける奴がいないんで困ってるんだ、それで、お嬢ちゃん暇そうだし、俺は今からちょっと現場に行きたいんだが留守番しててくれねぇか?」
「わたしはやめといた方がいいと思うよ、今現場に行ったらリオくんとルーナちゃんの邪魔になるだけだし〜。」
 そう言って、その女は里岡の前にさりげなく立ちはだかりながら怪人活動認定書を差し出してサインを求めた。
「そうかも知れねぇけどよぉ、確かに俺は魔法に関しちゃ素人かも知れねぇが、こうも地元を好き勝手に荒らされちゃあって、あれはなんだ、いったいなにが起きてやがるんだ。」
 納得いかない里岡がぶつぶつと言い訳をしていると、テレビの中継の様子が急変した。隊列を組んで校門をくぐった司法局の隊員たちが突然白い霧に包まれたかと思うと、一瞬で氷像と化した。
「ペラペラな護符程度で魔人相手に無茶するからだよー、さとちゃんだって現場に行けば絶対大人しくしてないでしょうー、それであの人たちと同じ目にあったら、それこそ司法局が好き勝手にいちゃもんつけられちゃうんだから。」
「だが、リオとかいったあの餓鬼だってそれは変わらんのじゃないか、あいつの能力は石化系で火とか氷とか操る度派手な連中とはジャンルが違うだろ、それこそ助けにいかねぇと。」
 痛いところを突かれて苦しまぎれ言い訳をしている里岡に対して、安部は大丈夫と言わんばかりに、強気の笑みで里岡を見下ろした。

「ちょっと、なんで下に向かわないのよ、言っとくけど私はあんたを連れて飛ぶ気は一切ないんだからね。」
 抱き上げたルーナの煩さに辟易しながらリオは霜に覆われて凍りついた階段を駆け上がってゆく。
「魔人のことはよく知らないけど、こういう気候系の能力を使う連中は煙と同じでだいたい高い所に陣取ってるってミサが言ってたんだよ!」
「妹に頼るなんて怪人のくせにリオは案外情けないのね、もう少ししっかりしたらどうなの。」
 なんて言っている間に屋上の出口の手前の踊り場についた。
「そんなことはいいから、ちゃんとレジストしてろ、石化ガスを出すからな、ぐるるるるー。」
 言いながらルーナを床に立たせたリオは唸りながら体中から煙を出し始めた。
「ちょっ、待ちなさい、コラ、石化防御は難しいの、ちょっと、待っ……。」
 必死に叫ぶルーナの声は、リオの体から放たれる石化ガスに包まれると途切れた。
「オウゾクナノニナゼセキカフセゲナイ、オマエカゲムシャカ?」
 煙が収まるとリオの体はトカゲ人間のような姿に変わり、屋上の手前の踊り場は霜ごと石と化していて、氷柱が何本か飛んできたのか石ころがころころと転がっていた。
 そして、ルーナの体は石の灰色に染まり驚いた表情で立ち尽くしていた。
「そんなわけないじゃない、馬鹿にしないで!」
 灰色の石像と化したルーナの像がしゃべったかと思うと、石と化した制服が砕け体の表面の薄い石の幕がはがれ、下着姿の少女の肉つきの悪いほっそりした体が露になった。恥ずかしさと屈辱のあまり俯いたルーナは、肉つきの悪い体を細い腕で隠すようにしながら、呻くように恨み事を吐いた。
「このエロガキ、これが目当てだったんじゃないでしょうね、いいからあっちを向きなさい、それとこの結界みたいなの破られないようにしてなさいよ。」
「あっ、うん、わかった。」
 先ほどの石化解除の影響でルーナの染めた髪が元の黄金の輝きを取り戻したのを見て、なぜかリオはしゃがれた声のふりを忘れて素で返事をしてしまった。
「白銀の姫が命ずる、勇気の結晶よ、その力を示せ、ミストラルチェンジ!!」
 先ほどリオから返してもらった首飾りを高く翳したルーナが大きく叫ぶと、首飾りからパステルカラーの色とりどりの輝きが辺りを照らす。
 そして、折れそうなほどほっそりとした手足にラッピングするかのように纏わりついたピンク色に輝きは、ところどころに輝く星の形の銀の飾りがついた肘と膝までたっぷりある長い手袋とハイソックスに姿を変えた。
 そして、白い下着をつけた儚げな細い体は白いリボンのような形の光が幾重にも折り重なるように包み込まれ、華やかな光が一瞬起こってその後にはフリルとリボンで華やかに飾り立てられたワンピースになった。
 そして、少女の頭の両脇にくくり付けられたリボンは流れ星のような煌きが集まって、夜空の星のような宝石の付いた貴金属製の髪飾りに変わる。
 その輝きが髪に広がり銀色に染め上げてゆく。
 そして、少女の長い前髪にうっすらと透けて見える月の形をしたティアラが付き少女の変身は完了した。
「変身が終わったからあんたなんて用なしよ、邪魔しないようそこから私の活躍を見てなさい。」
 いつのまにか持っていたファンシーなデザインの杖の先を向けてロクにリオの方も見もしないでルーナが言うと、変身が完了して髪の色が銀色になったせいか、リオはガラス玉のような爬虫類の目で器用に疑わしげな視線を向けてきた。
「ワガッダ、オデ、オマエノシジ、シタガウ。」
 だが、ファンシーなデザインと裏腹に先ほどとは違い何故か戦慄のようなものを少女から感じたリオは思いとは反対にうなづいた。
「フン、最初からそうやって素直になっていればいいのよ、じゃあ私がいいと言うまで出てくるんじゃないわよ。」
 そう言ってルーナはそのままリオの方をロクに振り返りもしないまま、華やかな服のリボンやレースをひらひらとなびかせながら、屋上のドアの元へ軽やかな足取りで駆け寄った。
 敵の術中にいるにも関わらず、ルーナのあまりの不用心さにリオはしゃがれた声のふりを忘れて、慌てて叫んだ。
「ちょっと待って、敵の正体が全然わからないのに不用心すぎない、もう少し用心して…。」
「ああもう、うるさいなー、この格好なら無敵なのよ、こんなだまし討ちみたいなことをするような敵なんか正面から倒すことなんかわけないの!」
 そう言ってルーナはリオの忠告を無視して、屋上の鉄の扉を大きく開け放った。途端、すさまじい冷気を伴った白い霧が屋上から溢れて来た。

「ふーん、なかなかおいしそうじゃない、蛍光色のスープとかドラゴンや巨大生物の丸焼きがでてくると思ってたんだけど。」
 主のいない居間で、目の前に用意されたおいしそうな和食にミサは感心したようにつぶやいた。
「ご期待にこたえられず申し訳ありません、一応向こうから持ってきた材料もありますが、こちらでは入手も困難と聞いておりますので、そうそう無駄遣いはできません。」
 メイドは給仕の用意をしながらミサに返事をした。
「御剣さんはどうしたの、まだ溶けてないんじゃないでしょうね?」
 席に着きながらミサが問うと、メイドは軽い笑みを浮かべ食事の用意を済ませて、席に着きながら返事をした。
「御剣様はまだ体調が完全に回復していないのに、学校へ向かおうとしたので処置をさせていただきました、
 あの方は心意気だけならうちの騎士団でも十分通用しますが、状況判断では見回りもろくに任せられません。」
 当て身を喰らって唸っている御剣の無様な様子を思い出したのか、メイドは軽く口元に笑みをもらした。
「それで、どうするの、うちのバカな弟は魔人や魔法については全然知らないから、あなたの主をちゃんと守り切れるかどうかなんて、保証はできないわよ。」
「この程度のしにぞこないに対処できないのでしたら、私達の主たる資格はありません、もし姫様が運よく生きていらしたら長い余生を何処かの辺境で好きなように過ごしていただくことになるでしょう。」
 メイドのその言葉に重なるように、点けっぱなしのテレビからは司法局から派遣された特殊部隊の全滅のニュースが報じられていた。

「さっ、さ、む、い、な、なんで……、魔法防壁は、完璧の、はず、な、の、に…。」
 屋上から吹き付けるすさまじい冷気をまともに喰らったルーナは、全身が薄い氷に覆われて青く凍りついていた。
 長い手袋を履いた細い手は出口の扉を大きく開いた時に広げたまま、青く凍りつき吹き付ける冷気に小さな氷柱が数本生え徐々に伸び始めていた。
 小さな足元は屋上を覆う氷に完全に取り込まれ、ほっそりしたふくらはぎや太ももは冷たく凍りつき、床の氷が徐々に足を飲み込みながら這い上がってくるがただ氷の青に染まったまま動けないでいる。
 華やかなワンピースはレースやリボンは淡く魔法文字を浮かび上がらせてレジストしているようだが、スカートやブラウスに当たる部分と同じで風になびいたまま青く凍りつき、ほとんど氷像と化したルーナの身体を幻想的に彩っていた。
 中の細い身体まで氷に包まれているのか、ルーナの見た目は儚い印象の幼げな顔は驚きと苦痛に凍りつき宝石のような瞳は薄い氷に覆われ輝きを曇らされ、白いほほや長い髪も青く凍りつき、まるで精巧な人形のように硬くなり、血の気を失った唇からかすかな囁きが漏れていた。
「ヒュー、ヒュー、愚かな姫だ、わが本陣に全く備えがないなどあろうはずがなかろう、さあ、復讐のため、わが血肉となるがよい。」
 壮絶な寒さに苦痛と恐怖で凍りついたルーナの顔の目の前の吹き付ける冷気が集まって、まるで髑髏のようなやせ細った人の上半身ような姿に変わった。そして骸骨のような姿をした冷気がルーナを包み込もうと、ルーナの青く凍りついた身体へ伸ばした骸骨のようなやせ細った腕が、突然石になって砕け散った。途端、骸骨の化け物は苦悶の声を上げながら再び雲のような姿にもどり屋上から吹き付ける冷気が弱まった。
「オデ、ヒメサママモル、メイレイサレタ、オマエ、オデノジャマシタ。」
 吹き付ける冷気が弱まったため、魔法の服のレジストのお陰で全身を覆う氷が溶けて床にへたり込むルーナの目の前に、半ば凍りついた身体を無理やり動かしたため、大きなひび割れが出来て傷だらけのトカゲ男が立ちはだかった。
「ひっ、化け物、いやあああああああ。」
 その凄惨な姿にへたり込んだルーナの目が恐怖に大きく見開き、痛ましい少女の悲鳴が辺りに満ちた。振り向いたトカゲ人間の顔は、ルーナには何故かひどく傷ついた表情に見え、不意に胸の奥にかすかな痛みを感じたが、身体の中を荒れ狂う恐怖と絶望にその時はかき消えた。
「ああ、僕は化け物だよ、あんたは知っていたはずだろ?」
 それは、ひどく奇怪な光景だった。
 不気味な光沢の大きな醜悪なトカゲ人間の口から少年の声が聞こえるということは。
 魔人の圧倒的な力に打ちのめされ少女にとって、それはとても耐えがたいものだった。
「いやっ、いやっ、いやっ、いっ、いやあああああぁぁぁぁ。」極限に達したルーナの叫びが、ファンシーな姿に潜む破壊力を暴発させた。
 少女を中心として突風と炎の塊と石つぶてが混じった嵐が不規則に吹き荒れた。
 リオの体は嵐に吹き飛ばされて踊り場のすぐ下の階段の途中まで吹き飛ばされた。
「なっなんなんだよ、これはっ、くっ、この馬鹿、いったいなにやって、このぉー。」
 リオは身体を覆う鱗のお陰で、魔法や術に対して耐性があるものの石つぶてや炎の塊にそう何度も耐えられるものではない。
 だが、嵐の中心で泣き叫ぶルーナのその姿は、ミサと出会ったばかりのかつての自分を……。
「ヒュー、ヒュー、戦いの中でわれを忘れるとは、想像以上に未熟な姫だ、ヒュー、ヒュー、身に過ぎたその王族の力、我が有効に利用してやろう。」
 荒れ狂う暴風と炎と石つぶての間をすり抜けてルーナの近づいていく骸骨のような形をした白い冷気の化け物に気づいてリオは、反射的に自ら巨大な炎の渦に体をぶつけるようにしてルーナの元に飛び込んだ。
「いやっ、いやっ、私に近寄らないで、もう、嫌なんだからぁー。」
 迫る白い化け物にルーナは床にへたり込んだまま、必死に光の矢や稲妻を飛ばすが恐怖と怯えのため形もボロボロでほとんどが当たる前に嵐の中に溶けて消え、わずかに当たった物はただ弾かれただけだった。
「ヒュー、ヒュー、怯えておるな、泣いておるな、それこそわが喜び、それこそわが望み、ヒュー、ヒュー、さあ、お礼に我がお前に永遠の苦しみと恐怖を与えてやろう。」
 骸骨の化け物の体が大きく膨れ上がり、ルーナを飲み込もうとするとルーナは恐怖のため目を見開き悲鳴を上げることもできず、感情の溢れとともに手元の杖から属性さえ与えられていない魔力が溢れようとした。
「そこまでだ化け物共、いい加減にしろ!」
 不意にルーナの目の前に、烈風と炎と石つぶてが吹き荒れる嵐の中から傷だらけの鱗の大きな背中が骸骨の化け物を遮るように現れた。
 何故か、ルーナの胸が大きく跳ねた。
「ヒュー、ヒュー、キサマの苦痛も、悲しみも、我にとっては御馳走だ、ヒュー、ヒュー、さあ足掻け、苦しめ。」
 骸骨の化け物が壮絶な冷気を吹きつけようとすると、逆に灰色の息を吹きかけ石に変えた、鱗の怪人はくるりと振り返ると小さく床にへたり込んだルーナの頬を軽くはたいた。
 だが、一般的な大人より一回り大きな体格のトカゲ人間の力では、ルーナの小柄な体は床に倒れた。そして、少女は叩かれた頬が赤く染まったまま起き上がった。
「えっ、なんで、わたし、一生けんめいたたかったよ。」
 驚きのあまり、少女はうつろに呟いた。
「でも、こんなに壊した、いけないことをしたら怒らないとだめだ、それが外の世界のルールだから。」
 リオの言っていることは頭では正しいと理解出来る、だが、ルーナの幼い心は反発した。
「だって、わたし戦いがこんな怖いなんて、苦しいなんて、しらなかったし、それに、それに、あんただってすぐに来てくれなかったじゃない、そうよ、役立たずのくせに偉そうに説教なんかして!」
 幼い顔を必至の色を浮かべ言い訳するルーナに扱いの困ったリオの背後で、石になった骸骨の化け物の身体に無数のひびが入った。
お互いの間にある思いがすれ違っていることに困惑している二人は、そのことに気づかない。
「役立たずって、君だってぼくのこと化け物呼ばわりしたじゃないか、
 僕は魔法なんかよく分らないけど、王族っていうのはこんな化け物とずっと戦ってきたんじゃないのか、それこそ、化け物じゃないか?」
「フン、同じ言葉をそのまま言い返すだけなんてまるで餓鬼ね、あんたこその化け物の相手がお似合い……。」
 不意にルーナの言葉が途切れ、リオの不振に思ったその時二人を壮絶な冷気が包み込んだ。
「ヒュー、ヒュー、愚かな怪人よ。この程度でわれを封じたつもりか、ヒュー、ヒュー、我に取り込まれ永遠に後悔し続けるがいい。」
 元の姿を取り戻した骸骨の化け物の体が広がって二人を包み込んだ。
「さっ、さむ……い、わた…し…の……身体……こおって……ゆ……く。」
 ルーナは周りの空間事凄まじい冷気に包まれ暗い青に染められて、血の気を失った白い肌や宝石のような輝く瞳や長い髪や妖精のような華やかな服ごとほっそりした体が青く凍りつき、氷が覆い始める。
 愛らしい顔は青ざめたままごつごつとした氷に覆われ、柔らかな質感が青く硬質な色に侵され精巧な人形のように見えた。
「くっ、助けないと、動けよ、は、や……ク………!」
 トカゲ怪人は鱗と体質で魔法に対する耐性はあったが、周りの空間が凍ってはあまり意味がなかった。
 その鱗におおわれた巨体は苦痛と恐怖と青い冷気にそまり凍りついて立ち尽くした魔法少女の氷中花のような姿に手を伸ばすが、すでに魔法少女のほっそりした体を飲み込んだ氷がその手を阻んだ。
 そして、トカゲ人間が氷に触れたところから氷がトカゲ人間を飲み込み始めた。
「………ッ……ッ…………!………。」
 だが、先ほどのルーナの暴走で疲れ果てていたためリオの体は周りの空間が氷に変わってそのまま巻き込まれ振り払うこともできず、氷が身体を覆っていくのをただ見つめているだけだった。

続く


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