固めマン 第三話

作:狂男爵、偽


「危険だと思ったらいいから伏せろ。」
「なにそれ、押えつけられるだろ、御剣馬鹿か!」
「まともな相手なら逃げればいい、でもこの世の中はそうじゃない相手の方が多い、それにかなめはわざわざそういう輩のいるところに行きたがるからな!」
「別にいいだろ、それこそ危なくなったら逃げればいいだけだよ、それに御剣達だっているんだぜ。」
「いつもいつも間に合うとは限らない、それに妙な技を使う連中相手だと背中を見せたとたん、やられることの方が多い、いいか、そんなときは地面にふせろ、それで大抵は避けられることの方が多いんだ。」
「でも、そのあとどうするんだよ、伏せてばっかりじゃいずれやられるだろ。」
「時間さえ稼いでくれば、私達が間に合う可能性が増える、それはとても大事なことなんだ。」
「ふーん、でもそんなことを私に言ったってしょうがないんじゃねーか、この街のみんなに言わねぇーと。」
「いつも言っている、今週 の朝礼ならかなめだって聞いているはずなんだがな。」
「あ〜あ、聞いたようなそうでないような、でもほら来週魔法の国のお姫様がうちの学校に来ることはちゃんと覚えてるぜ、全部が全部聞き流しているわけじゃねぇーし。」
「だが、大切なことを聞き逃していてはしょうがない、いいか…。」
「はいはい、気をつけるって、でも最近この街も平和だし別にいいじゃないか、
 たまにくる悪い怪人は古歌さんがズバッとやっつけてくれるし、御剣も仕事のことばかり言ってないで、たまには息抜きでもしたら。」
「確かにそうだな、すまない、つまらない仕事の話ばかりして。」
「じゃあさ、明日みんなと買い物とかどうだ、最近御剣付き合い悪いからみんなさびしがっていたぞ。」
「誘ってもらって悪いんだが、明日はだめなんだ、妙な連中がこの街に近付いてきているらしい、だから自警団の全員で出迎えの準備をしないといけないんだ。」
 昨日、そんな話をした。

固めマン第三話「石の街」
 休日の昼間にもかかわらず行き交う人々が石の像と化したため、静寂に包まれた繁華街の一角で、けたたましい少女の叫び声が積み上げられたダンボールの物陰から響いた。
「汚い手で触らないでよ、このトカゲもどきめ!」
 トカゲ人間が強く地面に押えつけた鳥少女は、ののしりながら翼を内側に畳む様にしてトカゲ人間を包み込んだ。
「ガがガ、ナ二ヲスル。」
 鳥少女を押えつけたしゃがれた声を出すカゲ人間に向かって、包み込む翼から鋭くとがった羽根が降り注いだ。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ。」
 トカゲ人間の悲鳴を聞きながら、黒い学生服姿の少女御剣は友人の手を引いて物陰から飛び出した。
「おい助けなくていいのかよ、仲間なんだろ。」
 友人の呼びかけに振り向いて、御剣は凛々しい表情を自嘲にゆがめながら返事をした。
「アイツは見ての通り怪人だ、人間の私が下手に手を出すと逆に足を引っ張りかねない。」
「はっなんて弱気な言い草なんだ、いつもの御剣らしくねぇな、あいつとなんかあったのか。」
「何も無い!それに余計な口を叩くな、敵に見つかる!」
 いつもは絶対に口にしない高圧的な言葉を使う友人にかなめは戸惑いながら、手を引かれるまま走った。そんな二人を上空からの影が覆った。
「なに、あいつもうやられたのか、口ほどにも無い!」
 愚痴りつつ、御剣は建物の影にかなめを突き飛ばしながら、振り返って剣を構えた。
「でてきたわね、副団長さん、さあお姉ちゃんを返して頂戴。」
 圧倒的な有利を確信しているのか、剣を構える御剣の目の前にゆっくりと毒々しい色の翼を生やしたラフな格好の御剣と同年代の少女が羽ばたきながらゆっくりと降りてきた。

「あららいきなりリオ君が大ピンチだね、大切な弟を助けに行かなくていいのミサちゃん?」
 何も無いと思っていた奥の暗がりから声がして、かなめが振り返るとスーツ姿の女とTシャツにショートパンツの少女が立っていた。
「リオは強い子だから大丈夫、それより副団長さんが心配だわ、こんなに早く見つかるなんてどうなってんのかしら。」
「ひょっとしてミサちゃんお姉さんを疑ってる?だめだよ、何の根拠も無く人を疑うなんて。」
「おいあんたらもしかして怪人の仲間なんじゃねぇーだろぅなぁ。」
 二人の会話に割って入ったかなめは、スーツ姿の女の胸倉を掴もうと音も無く踏み込んだが、しかし鋭い年端もいかない少女が風のように間に割って入った。
「気をつけてよ、この女に下手に障ると何されるか分からないわよ。」
 小さな少女に睨まれて、かなめは何故か動けなくなった。
「それは言い過ぎだよミサちゃん、私は一般人にそれ程酷いことはしないよ。」
「へぇー、じゃあ右手に持ってるカラフルな色のものはなんなの?」
 少女がかなめを視線でけん制しながら、振り返ることなく指摘したものをみてかなめは戦慄を覚えた。
「おいたをする子にはお仕置きをしないとね、でないと悪い子になっちゃうぞー。」
 明らかに危険な色の薬の入った注射器をかざしながら、スーツ姿の女はぽややんとした笑みを浮かべていた。

「この裏切り者めー、さっさとはなしなさいよぉー。」
 覆いかぶさるトカゲ人間に対して、ワンピース姿の鳥少女は容赦なく尖った羽根を降らせていた。
「グガガッ、オマエ、ガッ、ハナサナイ、グギギギ、デナイト、オデ、シセツ二カエサレル。」
 背中の傷跡から青い血を鳥少女のワンピースに大量に流しながら、トカゲ人間は呟いた。
「そんな事知ったことかー、それより離しなさいよぉー。」
 押えつける力が弱まったのを感じた鳥少女は、翼を大きく広げて羽ばたきトカゲ人間を振り落とそうと空に飛び上がろうとした。
「えっ、なによこれー、動けないぃぃぃ。」
 べっとりとトカゲ人間の血が付いたワンピースはトカゲ人間に押えつけられたまま石と化して、小さな体から血の気が失せて力が抜けて自由が失われていた。
「ガガガ、セキカオマエノセンバイトッキョ、チガウ。」
 ガラス玉のような爬虫類の目を輝かせながら、大きく裂けた口元の両端を吊り上げてトカゲ人間は嬉しそうにいった。
「このケダモノ!動けなくしてこの可愛い私をどうするつもりよ、へ、ん、た、い。」
 明るい太陽に輝く鳥少女の白い肌から生気が失われ、細い手足はトカゲ人間に押えつけられたまま石の彫刻と化していたが、鳥少女は幼い顔を怒りと嫌悪に染めて必死に叫んだ。
「ガアー、オマエウルサイ、ダマラセテヤルー。」
 どう見てもいたいけな少女を襲っている悪の怪人は自分に見えるせいなのか、それとも鳥少女の言葉の中に気になる単語がはいっていたせいか、トカゲ人間は嫌悪と怒りを浮かべた少女の顔にてらてらと光るうろこに覆われた大きな口を近づけていった。
「かかった」
 そう呟いた少女の儚げな口元は音もなく鳥の小さな嘴に変化した。
 コカトリスの嘴、それは触れるものを石と化す。だが、挑発に乗ってしまったトカゲ人間は、怒りに囚われて少女の変化に気付かずに、顔と近づけてゆく。そして……。

「はっ、人間にしてはやるわね、さすが副団長さまというところかしら。」
 周りの人間が石の像と化した静かな大通りで、黒い学生服の少女は一人息を切らしながら、それでも必死に剣を振りかざして迫る羽根ミサイルを切り裂いていた。
「ふん、姉に較べればスピードはたいした事ないな、怪人とは言えこの程度なのか?」
 強気の発言で相手を挑発しながら、剣を正面に構えて御剣は目の前の鳥少女を睨みつける。
「あらあら、手加減してあげたのがわからないなんて、本当に人間というのは馬鹿なのね。」
「はっ、見くびられたものだ、だがそれがお前の命取りだ!」
 肩をすくめておどけた鳥少女の一瞬の隙に、御剣は風のごとく剣を構えてまっすぐに貫こうと突進した。
「見くびったのはどちらかしら、副団長さん。」
 丁寧に迫る敵に返事をしながらばさりと背中の翼を大きく羽ばたかせて、鳥少女の体がフワリと迫る御剣の頭上に浮き上がった。
 声に見上げた御剣には頭上の鳥少女が太陽を背にしていたためかすんでしまっていたが、三日月の形をした赤い口元がはっきり見えた。
「くっ、この程度でいい気になるな!」
 呻きつつ、頭上に剣をかざして上空の敵を睨みつける御剣は、体に微かな違和感を感じて自分の体を見下ろした。
「なに!?いったいいつの間に?」
 御剣が着ている黒い学生服の所々に細い半透明の羽根が何本か刺さっていて、灰色の染みがじわじわと広がり身体にも染みてきているのか、同時に感覚が薄れてゆく微かな違和感を少女に与えていた。
「うふふふふ、光栄に思いなさい人間、それは怪人用の技よ、聞き分けのない馬鹿を捕獲するためのね。」
 背後の声に振り返りざま御剣が振るった剣に微かな手ごたえはあったが、少女の左手にも新たな違和感が起きて見ると手にまた一本刺さっていて、じわじわと白い肌を冷たく固めようと灰色の染みのようなものが広がり始めていた。
「さて、大口を叩いた責任を体で払ってもらうわよ。」
 言いながら頭上を旋回する大きな影を、見上げている黒い学生服の少女の体は灰色に蝕まれじわじわと冷たく凍り付いてゆく。

「リオのすけべ!本当に馬鹿なんだから!」
 薄暗い物陰に突然轟いたミサの甲高い声に、トカゲ人間の体が凍りついたように動きを止めた。
「でも、この間合いならもう逃げられないよ!」
 指一本手前で止まったトカゲ人間の間抜けな顔目掛けて、半ば石と化した薄い体を跳ね上げて鳥少女が必殺の石化嘴を突き出した。
「怪人って…本当に馬鹿ばっ……だか……人間に……けちゃうって……で、…らないの……なっ!」
 だが、小さな手がその嘴をさえぎった。だが、嘴を受けた痛みを浮かべた少女の体は瞬く間に石と化してゆく。
「ああっ、ミサ、ミサ、なんでこんなことを!」
 トカゲ人間が完全に石と化した鳥少女の翼の抱擁から抜け出し、ミサに向き直った時には少女の体は石の彫刻と化していた。
「ああっ、こんなっ、なんでっこんなことに、ぼくの、ぼくのせいなのか。」
 トカゲ人間が震える手を、苦痛に固まった少女の石像の頭に触れようとした。
「呆けてんじゃねぇ−!この馬鹿野郎がー!」その青ざめた鱗まみれの顔を先ほど御剣と逃げていった少女が、思いっきり殴りつけた。
「ぐああぁぁぁ、ってぇぇぇぇ、いったいなにするんだよぉー。」
 そのまま地面に倒れたトカゲ人間は座り込んだまま、自分を殴り飛ばした服をぼろぼろに切り裂かれた半裸の少女に呟いた。
「まだ戦いは終わってねぇんだよ、出てきたんなら最後まで責任もって戦えや!」
 一見日本人形のような黒髪の清楚な雰囲気の少女の仁王立ちした威勢のいい啖呵と、そして興奮にそまっていながら青ざめた頬と震えている足元をみて何故かトカゲ人間は笑いがこみ上げてきた。
「あははははは、そうだよね、ぼくはとんでもないことをわすれていたかもしれない。」
「畜生、笑ってんじゃねぇ、ダチがやられそうなんだ、頼むよ行ってくれよ。」
「うんわかった、それが僕の役目だしね。」
 意外に素直なトカゲ人間の答えに、その少女が戸惑っていると不意に風が吹いて埃を避けようと少女は目を閉じた。
「なんだよおい、本当に分かって……、アレアイツどこへ行った。」
 少女が瞬きをした瞬間、薄暗い物陰からトカゲ人間の姿は消えうせていた。

「あははは、粘るわね、さすがは副団長さま。」
 嘲笑をしつつ迫る人の形をした疾風を、御剣は所々灰色の石に変えられた重い体で避けていた。
「くっ、この程度で……いい気に………なる………なっ!」
 迫る狂風を正面に捕らえ、半ば灰色の石と化した黒い学生服の少女は最小限の動きで剣を振るう。
「うふふふ、はずれ、惜しいわね、もう少し早ければ当たってたのにね。」
 向けられた剣を手前でかわし、鳥少女は御剣の背後に姿を現した。
「くっ、舐めるなぁー。」
 叫びながら、殆ど石と化した右足を軸にして振り返りながら御剣は剣を凪いだ。
「おっと、危ない危ない、でももう動けないんじゃない、副団長さん。」
 軽く後ろにステップして斬撃をかわした鳥少女は、手足が半ば石化して動けない御剣をあざ笑う。
 凛々しい御剣の目からは力が失われ、剣を構えた細い腕は所々灰色の石の染みに覆われていて、まともに剣が振るえそうに見えず、石化した制服からわずかに除く胸元がじりじりと灰色に冷たく固まってゆく。
〜敵わないのか、所詮人間であるこの身では、友すら守ることは出来ないというのか〜
 感覚が失せ両足が完全に石化したため、すぐ目の前の冷笑を浮かべる鳥少女に切りかかることも出来ず、頬や長い髪が半ば冷たい石に変わった少女の疲労の色にそまっていた瞳が絶望の虚ろな色に染められようとしたそのとき。
「もう諦めちゃうのか、まったく口ほどにもないね、お姉さん。」
〜技の冴えが全てじゃねぇ、気合も重要なんだ、まっいまのお前さんじゃ分からないかもしれないけどな〜
 耳元に微かな囁きが聞こえて、御剣はにたにたと笑いながら鋭い爪を出して迫る鳥少女に対して目に力を込めて睨みつけた。
「へぇー、まだそんな力が残ってるんだ、そうならそうと言ってくれないと。」
 いいながら、鳥少女はゆっくりとした仕草で背中の翼を大きく広げて、明るい日差しにきらきらと輝く半透明の羽根を逆立たせて、殆ど石の像とかした剣を構えた学生服の少女のまだ生身の目に向かって打ち出した。
「キエエエエエエエエエッ!」
 怪鳥のような奇声が少女の軽く開いたまま石化した口元から放たれて、じりじりと石化が迫る小さな肩や細い肘を使って剣をすばやく振り下ろした。その後には切り裂かれきらきらと輝きながら舞う羽根の破片。
 そして、大地に剣を振り下ろしたまま、満足げな笑みを浮かべて石と化した学生服の少女。
「あははははは、お見事だわ、でもそれじゃあ意味がないわよ、副団長様。」
 あざ笑う鳥少女は背後に迫った黒い影に気付くことなく……。

 ゴトリと音を立てて、翼が生えた鳥少女の石像がうつ伏せに倒れた。
「やっと終わったー、もうヒーローの真似事はこりごりだよ。」
 呟くトカゲ人間の体から白い煙がもうもうと溢れその姿を隠してゆく。
「あっ、リオ君まだ元に戻っちゃ駄目だよ!」
 物陰からそっと見張っていた阿部主任のその叫びはいささか遅すぎた。
 リオが驚き振り返るのと、煙が晴れ彫刻のように美しい銀髪の少年の繊細な美しい裸体が現れるのは同時だった。
「いやぁぁぁぁ、この変態野郎!往来のど真ん中でなんて姿なんて姿をしてやがるんだあー!」
 青空の下、休日の大通りで荒々しい叫びには不似合いな恥じらいに顔を赤らめた清楚な黒髪の乙女の平手が、間抜けな顔をした銀髪の美少年の横っ面を直撃した。

続く


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