固めマン 第二話

作:狂男爵、偽


 私は、きっと弱い人間なのだろう。
 あっけなく砕けた名刀、無様に跪く師匠、あざ笑う怪人、そのときまだ小さかった私は震えるしか出来なかった。
 いや、天才とちやほやされて、有頂天にあったわたしは負けることが怖くて何もしなかった。
 怪人の脅威はたやすく人をj。蹂躙する。高位の術師であっても、数秒持てばいいほうだ。
 そして剣士なら一撃叩き込めばそれで終わりだ。だが、避難するひとの時間稼ぎぐらいにはなる。
 そして、脅威に単身立ち向かうヒーローが必殺の技を叩き込む、隙すら作ることも出来たはずなのだ、あの時のわたしならば。結局、怪人は正義の名の下に打ち倒されたが、勝利の代償として師匠は剣をもつことが出来なくなっていた。ああ、あのとき一瞬でも怪人を怯ませた、師匠のあの技の輝きを
 わたしはいつになったら手に入れることが出来るのだろう。
 ああ、光が見える、師匠…わたしは……。

 学生服の少女の冷たい石の瞳が元の色を取り戻すと、真正面に銀髪の人形のように容姿の整った美少年の宝石のような目が見えるようになった。口元のやわらかい感覚に癒されるように感じて学生服の少女は戸惑った。だが、学生服の少女に徐々に体の感覚が戻ってくると、のど元を通り過ぎるどろりとした不快感が感じられるようになった。
「むぐっ、んぐぅ、んっ、んっ、むぅぅぅぅぅ、ってなにをする、貴様ぁぁぁ。」
 学生服の少女のとって永遠とも思える数秒が過ぎて、手足が自由に動かせるようになると少年を突き飛ばした。驚いて学生服の少女の顔を見ながら少年は、ろくな抵抗をせずに周りに横たわる同僚の背中まで吹っ飛んだ。そして、少年は色白い頬が急に赤くなったかと思うと、露骨に目を逸らしてぼそぼそと呟いた。
「なにって、えっと、それは、そう、アレ、あれですよ、なんていったかなぁ。」
 少年の不審な様子に、睨みつけていた学生服の少女の視線が更に厳しくなった。
「おまえ、まさかこの私に不埒なことをしようとしたのではあるまいな。」
「ふざけるな、お前みたいな地味なおんなは趣味じゃない。」
 売り言葉に買い言葉で二人は、険悪な表情でにらみ合った。
「あ〜あ、嫌われちゃった、リオ君たら全く下手だねぇ、お姉さんがあれだけ練習台になってあげたのに。」
 言葉足らずの銀髪の美少年に、感情のまま言葉を返そうとした学生服の少女は、突然の背後の声に振り返った。
 少年の突然の行いに動揺していたのか、一流の剣士である学生服の少女には気配すら感じなかったが
 スーツ姿の温和な笑みを浮かべた女性が立っていた。
「あっ、いいのいいの私のことはかまわずにつづけちゃって、もっとリオ君を困らせてあげちゃって。」
 ぱたぱたと気安げに手を振る女性の表情は親愛にあふれていたが、目は何故か何かを計測する機械のような冷たい輝きを放っているのに寒気を感じながら、学生服の少女はスーツ姿の女に振り返って問いかけた。
「そういうわけにはいかない、ここは部外者は立ち入り禁止だ、すまないが少し話を聞かせてもらおうか。」

固めマン第二話「施設から来た女」

「あ〜あ、今日は暖かいベッドで眠れるとおもったのに、リオがぐずぐずしてるせいだよ。」
鉄格子の中でぼろい毛布を独り占めしながら、少女は愚痴った。
「いやだって、ミサもさっさとこなかったじゃないか、なにしてたんだよ!」
少女の隣で拗ねた顔の銀髪の少年は薄汚れたセメントの壁にもたれて愚痴りながらうずくまっていた。
「わたしは、おっさんの面白くも無い話をだらだらときかされてたの、でもリオはちがうみたいだね。」
「なにがだよ、僕だってぼろい椅子に座らされて、縄でぐるぐる巻きにされてたのに、あ〜あまだ跡が残ってるよ。」
 さする少年のきめ細かい白い肌には、しかし変身の恩恵で縄のあとは消えていた。
 そんなことは知っている少女は少年の愚痴に構わず、少年の下から回りこんで、猫のような好奇心できらきら輝く瞳で見上げて楽しげに問いかけた。
「そんなのはどうでもいいの、あの女の唇はどうだったの?ねぇよかった?」
「そんなのわかんないよ、最初はただの石だったし、やわらかくなってきたとおもったら突き飛ばされたし、助けてやったのに、まったく外の人間はレイギがなってないよ!」
「それは悪かったな、だが、固める以外にもやりようがあったんじゃないのか?」
 オリの外から問いかけに少年は振り向こうとせず、答えた。
「でも、あんたと違ってここの連中はまだまともに動けないはずだろ、それに他のやりかたなんて僕は知らない。」
 すねた少年をほっといて少女が振り返ると、憮然とした学生服の少女といつもの全く誠意の無い愛想笑いをしているスーツ姿の女が立っていた。
「あらあんたも来てたのね、てことはF22号はあんたの差し金でしょう、まったく大変なことをしてくれたわね。」
「あらミサちゃんそれは誤解だよ、私達だってF22号の消息をつかめてなかったんだから。」
「じゃあなんで前もって教えてくれなかったの!消息の途絶えた怪人なんて危なくてしょうがないじゃない、まったく。」
 熟成された偽者の笑顔と加減をしらない幼い怒りの表情で睨み合う二人に割って入るように、黒い学生服の少女が叫んだ。
「内輪もめはよそでやってもらおうか、それより早く出ろ!」
 リオは顔を上げて学生服の少女に厳しい視線を向けながら言った。
「どうせ鳥女の仲間でも来たんだろう、僕ら怪人に人間が用事なんてそれしかないんだしさ。」
「でも出してくれるっていうんだから、行ってみようよ、ここにいたらリオには外の世界が一生わからないよ。」
 ミサのとりなしを受けてリオはしぶしぶ頷いた。

「よっ、お嬢ちゃん、元気そうじゃねぇか。」
 リオ達が事務所に辿り着くと、先ほどミサを尋問していた中年が青い顔でふらふらと立ち上がって挨拶をしてきた。
「フ〜ン、石化から回復してすぐに起き上がれるなんて、見た目小娘とはいえ一人で怪人に尋問しようとするだけのことはあるのね。」
「里岡さん!休んでいてくださいって言ったじゃないですか!施設の方と怪人が二人も協力してくれるので、
 私一人で十分だってあれほど言ったのに。」
 一同をここまで案内してきた学生服の少女は、今にも倒れそうな里岡に駆け寄った。
「おいおい、まだまだロートル扱いは早すぎるぜ副団長、それにあいつらとはこれから長い付き合いになりそうだしな、お手並みを拝見させてもらいたいのさ。」
里岡に肩をかしてゆっくり傍の椅子に体を横たわらせながら、黒い学生服の少女は顔をしかめながら答えた。
「まだ、そうとは決まっていません、それに聞けば彼らは秘密結社時代には実戦をほとんど経験していない、果たして使い物になるのかどううか。」
「おい、けが人を心配させるようなことをいうなよ、お前に後をまかせたアイツが泣いちまうぜ。」
「すみません、とにかくここは私がなんとかします、里岡さんはゆっくり休んでいてください。」
 そんな心温まるやり取りをよそにミサはスーツ姿の女の袖を引っ張って問いかけた。
「状況はどうなってんのよ安部主任、まさかCクラスがEとかFとか沢山連れてきてここが包囲とかされてんじゃないでしょうね!」
「まさかぁ、そうなったら施設から増援が来ることになってるよぉ、たかだか、Eクラスの数名の目撃例があって、そのお店なり公共施設なりの連絡が途絶えているだけだよ、心配しなくもリオ君一人で大丈夫だよねぇー。」
 さっき、自分で治療を施した少年の肩に指を這わせながら、嫌味なくらいスーツ姿の女ははっきりと答えた。
「それをリオ一人で片付けろって、相変わらず無茶苦茶ね、まっ大変なのはリオ一人だから別にいいけど、数や特徴くらいは分かってんでしょうね。」
「特徴っていうか、お姉さまを返せって自分達で言ってたから、多分F23号とF24号の二人で決まりだね、まったく馬鹿だよね、リオ君が一度戦った相手に負けるわけ無いのにねぇー。」
「ちょっと待ってくれよ、そいつら外にいるんだろ、そんでここの連中で動ける奴は生意気な小娘だけ、支援もろくになしに空を飛び回る奴相手にいったいどうしろって言うんだよ。」
 さすがに痛みがしゃれになってなかったので、リオは傷跡を嬲る安部主任の指を軽く掴んで除けながら叫んだ。
「それはお姉さんにお任せだよ、じゃじゃーん、この封筒の中に入っているものなぁーんだ。」
 年甲斐もなく子供っぽい仕草で安部主任がかざした封筒を、ミサがジャンプして中の書類を出してみる。
「まあ、F程度が二匹なら妥当ね、二匹だけならね。」
「なにーミサちゃんたら、お姉さんのリサーチを疑っちゃうわけぇー。」
「あんたでしょうが、炎王論文発表した馬鹿は!ここはそんなに首都から近すぎてもいないし離れすぎてもいないから、論文を実証するにはいい機会よね、まったく。」
「でもでも、施設からの正式な命令を無視ししちゃったら呼び戻されちゃうぞー、さあリオ君出撃だよ、ごーごー。」
「そうだな、これ以上怪人共の好き勝手にさせるわけにはいかない、お前になんとかしてもらうぞ。」
 黒い学生服の少女がいつの間にかリオの正面に回って見下ろしながら、言った。
「はぁー、分かったよ、でもあんたはついてくるなよ、どうせ弾除けにもならないんだしさ!」
〜いいか、お前はここに隠れてろ、なにあんな雑魚くらいおれ一人で十分さ、〜
 あざけりの響きさえ含んだ少年の言葉で何故か、学生服の少女はあのときの師の言葉が再び脳裏に響いたような気がした。
「馬鹿にするな!この剣は伊達じゃない、それに傍で見張ってないとお前達怪人はいつ裏切るかわかったもんじゃない。」
 つい叫んでしまった学生服の少女は、何故か少年の傷ついた表情に酷く罪悪感を覚えて戸惑った。
「なんだよ、あんたはF22号の羽根を見切れなかったじゃないか、それともあれか、一度見た技は二度と喰らわないとでもいうつもりかよ。」
 少年の子供っぽい反論に姉代わりの少女はため息をついてから、学生服の少女に向かって少年の頭を押さえつけて下げさせた。
「なんだよ、はなせよ僕は……。」
「リオは人生経験が不足してるから、一度くらいはお姉さんが多めに見てあげる、とにかく謝っておきなさい。」
 だが、学生服の少女は相手にせず、叫んだ。
「わが剣を侮辱した責任は取ってもらうぞ。」

 大きな翼が羽ばたく音に、物陰に隠れていた同年代の少女達の体が一斉に恐怖に一瞬痙攣した。
「お母さん、お母さん。」「御剣ぃ〜はやくたすけてよぉ〜。」「うぅぅ、こわいこわいよぉ〜。」
 徐々に近付いてくる音に、少女達は小さな声で呻きながらじっと通り過ぎるように祈っていた。
 そこは昼の人影があふれる商店街だというのに、静寂に包まれていた。
 抱き合うカップル、手をつないでかける親子、驚き振り返るスーツ姿の男女それらは石の像と化していた。
「いやよっ、石になりたくなぃぃぃ。」「はやくいっちゃいなさいよぉ。」「なんで私がこんなめにぃぃ。」
 怯える少女達が、物陰に隠れることが出来たのはたまたま怪人達が現れた場所から一番遠いというのが理由だった。
 羽ばたく音が遠ざかってゆく。少女達が安堵の息をついたその時、ばさりと大きな何かが舞い降りる音がした。
「ククククッ、みーつけたー。」
 声も無く少女達が振り返ると、傍らの積み上げられたダンボールの上で毒々しい色の翼を背中に生やしたワンピース姿の少女が立っていた。
「こんなとこに隠れてちゃだめだよ、お姉ちゃん達、いけない子はお仕置きだー。」
 ワンピース姿の少女の言葉と同時に、背中の翼がざわめいて、羽根がミサイルみたいに物陰に隠れていた少女達に降り注いだ。
「ひぃ…。」「いやぁ…。」「おかあっ…。」「御剣ー、早く来なさいよぉー。」「石になりたくっ…。」
 拒絶の声さえ途切れさせらて、怯える少女達は降り注ぐ羽根が刺さって次々と石化していった。
 うずくまったツインテールの少女は怯えながら、とっさに逃げようとしたポニーに娘は背中から固まる恐怖を味わいながら無様な走る姿で、茶髪のロングの娘は恐怖のあまり目を閉じて両手を組んで祈りながら、少女達は恐怖に囚われたまま石像と化した、ただ一人友人の忠告に従い、とっさに地面に伏せた大人しそうな長い黒髪のほっそりとした少女を除いて。
「あれー、ひとり外しちゃったよー、悔しいからおねえちゃんは飛び切りの姿で固めてあげるね。」
 口の両端を吊り上げて幼げな容姿に不釣合いな獰猛な笑みを浮かべた鳥少女は、ばさりと翼を羽ばたかせながらゆっくりと後ろへ下がる少女のすぐ後ろに飛び降りた。
「くっ、御剣ー、なにやってんのよぉー、なんでまだこないのよぉー」。」
 純和風の外見に似合わず、強気の口調で友人をののしりながらすぐさま振り返った黒髪の少女は腰をためてすぐ逃げれるような体勢をとった。
「そうだなぁー、お姉ちゃんのその高そうな服をぼろぼろにすれば、私のお姉ちゃん達も私のこと怒らないと思うの、それに人間をちゃんといじめて偉い偉いってほめてくれるかも。」
 言うが早いか、鳥少女が疾風のように純和風の少女のすぐ傍をとおり過ぎた。
「くっ、この馬鹿餓鬼、怒られるのが怖いなら家で大人しくしてなって、いやぁぁぁぁ。」
 純和風の少女は再び鳥少女の方に振り向いて毒づきながら、肌に風が当たる感覚に見下ろすと少女の服がぼろきれと化していて、ほぼ半裸の状態になっていた。
「ふぅーこれくらいでいいかな、じゃあお姉さんせいぜい怯えながら石になってね!」
 再び翼をざわめく音を聞いて、少女は恐怖に体が凍りついたそのとき、待ち望んだ気合の叫びが聞こえた。
「てやあああああああぁぁ。」
 黒い学生服の少女が叫びながら、鳥少女と半裸となった純和風の少女の間を振り下ろした刀で割って入った。
 同時に放たれた羽根は、刀の一閃全て切り裂かれて地面に落ちた。
「怪我は無いか、かなめ。」
「御剣の馬鹿、出てくるならあいつを倒してからにしろよ。」
「そうだよ、石像が一つ増えただけなんだから。」
 いつの間にか、友人を心配して振り返った黒い学生服の少女の背後のダンボールの上にいた鳥少女は再び毒々しい色の翼をざわめかせた、そのとき。
「グギャオォォォォォォォォ。」
 けたたましい叫び声を上げながら、鳥少女の背後からトカゲ人間が圧し掛かって押し倒した。

続く


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