見えざる選択肢 その3

作:固めて放置


城下での情報収集を続けた冒険者一行。
夜も更け往来の人通りもまばらになると、これ以上の聞き込みは難しいと判断し、
一行が拠点とする宿へと帰還するのであった。
宿の1階の酒場は、ちょうどこの時間帯は仕事を終えた労夫や他の冒険者のパーティーでごった返していた。
盗賊ギルドへ情報を収集に行ったジェシカを除く3人は角のテーブルに陣取ると、
今日あった事について振り返り、取得した情報をまとめ、吟味を行うのであった。

警備隊から情報を聞き終えたあと一行が向かったのは、
市内で最初に行方不明になった女性の家族の元であった。
女性の名前はシルビア・スチュアート。
自宅そばの雑貨店に用事をすませに行くと言ったきり戻ってこなかったと言う。
新婚したての22歳であった。
失踪した女性は最初の3人と残りの4人の間には数日のタイムラグがあり、
彼女が行方を晦ませてからはそれなりの日数が経過していることになる。
自宅で冒険者を出迎えた彼女の夫は安否のわからない妻の事を気遣い、また心無い噂によって憔悴しきっていた。
幸せな新婚生活を送っている彼女が自分から消えるとは考えられないこと。
家出をする為の荷物を用意していた形跡もなく、
彼女が外に行く時にいつも付けていたお気に入りのブローチも家に置いたままだという。
話を聞いている最中にも自暴自棄になりそうな若い亭主をマーティンが励ました。
悲嘆に暮れる男に対し、彼女達の無事を祈り、必ずこの事件を解決しようと強く誓う正義の冒険者達。
部屋には結婚した時に描かれたのであろう、若い2人の『肖像画』が飾られていた。

市内での情報収集は芳しいものではなかった。
特に調査の進展に役立つような目撃情報は得られなかったからだ。

向こうから盗賊ギルドからの情報収集を終えたジェシカが現れ、3人と同じ席に付く。
彼女がギルドから得た情報は次のようなものであった。
・人身売買組織などの非合法組織は当然存在が確認されないこと
・街の中に失踪した女性が集団でいるような事は無いと見て良いだろう。
 例えば金持ちの屋敷などに監禁されている可能性は0と見てよい。
・最後に隠れた借金や色恋沙汰など女性達が自分の意思で失踪するような理由は見当たらない
 (これは今まで自分達が足で得た情報の裏付け程度の価値しかないが。)

盗賊ギルドを持っても直接事件の解決に繋がる様な情報を得ることは出来なかった。



老人と中年。2人の男に連れられたルイザが遺跡の最奥、開けた空間であった。
高さこそ今までに比べてさほど変わりないが、広さは警備隊が剣術の訓練で使う道場ほどの広さである。
奥は左右に物置や魔術師の居住空間が衝立で仕切られている。

老魔術師は部屋の中ほどの壁の一角に視線を送る。それは少女にそこに立つ様命じている様であった。
こいつの言う事など聞いてやるかとといった態で無言で立ち止まったままの彼女の背中を男が剣の柄で小突く。
武器の脅しを受けては言うとおりにする他なかった。
「よろしい。その場所に立っているんだ。逃げようとしても無駄だし、少々痛い目に遭ってもらう事になるからな。」
老魔術師は剣を持った男に視線をやる。
男は汚れ役は俺ですかと言わんばかりに肩をすくめて見せた。
言われたとおりの場所に立ち、老人を見据えたルイザ。その瞳はまだ彼女らしい力強いものであった。
「私に何をしようっていうの
 言っておくけど私に変な事をしようとしたって無駄なんだからね」
彼女ににじりと歩み寄る老魔術師に向かい更に続ける
「ちょっとでも変な真似をしたらすぐにでも舌を噛み切ってやるんだから」

少女の勇ましさに舌を巻きながら横で眺める男は思う。
心配することはないさ。何をされるか不安だろうが、なあに、ほんの一瞬ですむさ。
壁際のルイザまで後三歩程の距離まで近づいた老魔術師は彼女に向かって「それ」をかざした。
見えない魔力が彼女に向かって放出される。

「あっ」
僅かに衝撃を感じ吐息混じりに声が漏れる。
体を貫く衝撃に、身構えていた体勢が崩れかけるが、しかし次の瞬間には一切の動きが停止される。
彼女の赤い髪が、健康的な肌が粛々と色を失っていく。
いや、それは単一の色に変わっていったと言うべきか。彼女の全身が暗い灰色に塗り潰されていく。
気づけば身に着けていた服も同じ色に変わっていた。

「体が重いわ。なのに動けない。わたしドウナッテイ・・・」
体の内側を侵食する灰色に彼女の意識も閉ざされる。
自分の身に何が起こったのかも分からないままであっただろう。

全てが完了したとき、そこには彼女の形をした石像が立っていた。
それはまぎれも無く、たった今この場にいた彼女が姿を変えたモノであった。


「何心気臭え顔してんだ」
頭を悩ませる一行に話かけるのはご機嫌顔の冒険者の男。
酒瓶を手にほろ酔い気味の男は一行の返事を待ってか待たずか一方的に語りだす。
何でも男のパーティーは数週間ほど前に、よその地域の遺跡で手に入れた『マジックアイテム』が、
この街である魔法使い相手に結構な値段で売れたと言う。

マジックアイテムとは文字通り魔法の力が籠められたアイテムのことである。
武器や防具などの装備品を鍛えるために魔力が籠められたものも有れば、
装飾品に術者の意思に応じて魔法の力を発動させる様魔力を籠めた物も存在する。
また現代の高位の魔術師によって魔力が付与された物と、
旧時代に作られ今は遺跡となった廃墟に眠っているものが存在するが、
彼らが手に入れたのは後者であろう。
マジックアイテムは発動する魔法のレベルに応じて価値が変わり、依頼の報酬に比べて高く付くこともあるが、
それでも魔術師にマジックアイテムの生成を依頼する場合の相場に比べれば遥かに安価である。
大抵の場合有用な効果が付いていても効果の薄い量産品であって、大量に出回っているか、
ほとんどの場合それが冒険に役立つような物である可能性が低いからだ。
例えば「目の前の敵を気絶させる」呪文を発動させるマジックアイテムがあったとして、
敵味方入り混じれる乱戦では使おうにも役に立たない訳である。
「召喚した主もろともブレスを喰らわせる下級悪魔を召喚するベルト」は何の為に造られたのか全く持って分からない。
装飾品としての価値も薄く、一般的な市場ではほとんど価値が付かないというのも原因であろう。

男達のパーティーが手に入れた品も発動する魔法のレベルこそ高位なものの、
冒険の役に立つとは言えない物であったそうである。
しかし、街に帰還し、卓で冒険の成果を愚痴ていた男たちのパーティーの話を耳にした魔術師が、
マジックアイテムの件になると目を輝かし、相場より遥かに高い値で買い取りの交渉を始めたと言う。
目の輝きの割には随分と暗そうな面をした魔術師だったがな、と語る男。
その時の山分けで最近は羽振りのいい生活をしているという。金が尽きるまでには次の仕事口も見つかるだろう、とお気楽なものである。
男からの奢りの1杯をありがたく受けると、パーティーは事件の推理に頭を巡らせるのであった。


石と化したルイザの前に歩み寄る老魔術師。
その顔は先ほどまで見せていた冷酷な表情とは違い、満足げなものである。
それはまるで新しい玩具を手にした子供のようである。ただし無邪気と言うには余りにも邪悪な顔であったが。

老魔術師は石像の全身を一望する。
その態度は己の造った作品の出来栄えを計る職人の様でもある。
魔力を受けた一瞬の反応を浮かべたまま固まったルイザ。
その顔は直前までの男達を睨み付けていた厳しい表情とは対照的に、
魔力を受けた衝撃でどこか脱力したような表情のまま凍り付いている。
声を漏らしたまま空いた口は、もはや老人達に悪罵を投げつけることも無く、
実に可愛らしかった。
老人の指が彼女のもう閉じることの無い口腔を侵す。
両腕で像の頭を抱えると、開いたままの瞳に口づけをした。
彼女を象徴する紅い髪が灰色に変わってしまったのは残念であるが、私がその灰色を新しく愛でてあげよう。魔術師はそう考える。
彼女の着ていた動きやすいキャミソールとレギンスは共に石と化し、装飾として今では石像となった彼女自身と一体となっている。
見る者によってはその服飾から、その少女の像は(事実そうであったが)活動的な少女を模ったものであろうと読み取るであろう。
老人は服の隙間から手を挿し入れると石像のくびれた腰を撫で回した。
またもう片方の腕は灰色の服の上から少女の持っていた膨らみに指を添わす。
その指の動きはまるで宝を探し当てようとでもしているかのようだ。
その間にも腰を撫でていた手は小振りな尻へと移り、やがて足へと降りていった。
石にする前の太股の張りはレギンス越しからでも見て取れたが、
冷たく固まった今では手を添わせてもただ石の感触を返すのみで、それが少々勿体無い。
そう思いながらも老人の手は動きを止めた固い少女の足の曲線を堪能するのであった。
石像の内股を撫でる手はしまいには足の付け根の間の部分に行き着いた。

部屋にいたもう1人の男はその痴態を見ていられないと思ったのか、いつの間にか姿を消していた。
枯れた2本の手のもたらす愛撫を石像は何も応える事なく受け止めていた。


酒場の卓では冒険者たちが次に取る手を考えあぐねていた。

「遺跡ねぇ」
と呟くリーナ。
何か先ほどの男の話に引っかかる物が有るかのようであった。
「まださっきの男の自慢話でも気にしてるのか」
と応じるのはアラン。
それに対しリーナは
「そうじゃないわ」
と反論すると自分の考えを述べるのであった。

現状の情報だけでは失踪事件の犯人の正体や目的を掴む事は不可能である事は依然変わらないだろう。
となると今まで通り犯行を行ったのは『誰か』を推測していくのでは、自分達も推理の堂々巡りを続けることになる。
いつまでも犯人探しに固執するのではなく、失踪した女性達が『どこに』いるのかを探り出すことを目的とするべきでは無いだろうか。
その過程で犯行を行った者が明らかになればそれに対処すればいい。

リーナは続ける。
人間である以上生きていく為にはある程度の居住環境が確保されている必要がある。
それに集団ともなると姿を隠せる場所は限られてくる筈である。
そうして考えていくと、
街の中にはいない事が盗賊ギルドの情報から明らかになる為除外される事になる。
領外に行った可能性も、若い女性が単独で領地の外に出向くとは思えないし、人身売買組織等の存在も否定されるため除外されることになる。

残った可能性、領内において女性の集団が居住できるのはどの様な場所になるだろうか。
吹きさらしの場所で野営をしているとは考えにくい。
人目に付きにくく、ある程度の空間が広がった場所。

パーティーのリーダーでもあり、冒険に関しての基本的な情報の収集を欠かさないアランが後を引き継ぐ。
この辺りの遺跡は既に発掘がされ尽くされ、打ち棄てられていると言ってもよい。
(だからさっきの男もよその地域の遺跡探索をしていたのである。)
そういった場所は周囲の関心も薄く、人目に付きにくいこともあり、隠れるのには持って来いの場所である。
悪事を企む者にとっては、絶好の場所であろう。
時折モンスターの集団が巣食うことからも分かるとおり、そういった場所はある程度の居住性も確保されている。
この様な場所に女性達が監禁されているとは考えられないだろうか。

考えを纏めた一行は顔を見合わせる。
冒険者達の次に取るべき行動。
彼女達、そして犯行を行った『何者』かが何処かの遺跡に潜伏していたとして、食料などの必需品は定期的に街で補給する必要があるはずだ。
となると、市場のそれらの購入者の調査を行えば、何らかの手がかりがつかめるかもしれない

捜査方針を決定した一行は明日の市場の開く時間に備え、睡眠をとるのであった。


部屋に取り残されたアンナたち。
ルイザが連れて行かれてから数時間ほどがたったと思われたが、
その間に誰かが来るわけでもなく、助けが来るようなこともなかった。
泣き疲れたクリスは眠りに付き、その傍らにフローラが寄り添って寝息をたてていた。
アンナも出来る事ならば今の状況から逃げるように眠りに付きたいと思ったが床の冷たさと固さが邪魔をしていた。
眠る努力を放棄し、目を開けるアンナ。同じく目を覚ましていたセリーがそれに気づくと、
疲れきった顔に笑顔を浮かべ、ぽつぽつと身の上話を始めるのであった。
今まで語られなかったその話はフローラたち年少者には聞かせたくないものであったのだろう。
セリーは今まで付き合っていた彼氏と別れたばかりであった。
清い交際を経てゴール間近という所で、ほんのささいな心の行き違いが、修復できない溝になり破局へ至ったのである。
焼けばちとなり、普通の人間は余り足を踏み入れない酒場に足を踏み入れ、
親切に話を聞いてくれた行き連れの男に己の身の上話を捲くし立てているうちに、気が付けば意識を失っていた。
その男とは他でもない、アンナたちをここへと連れ去った男のことである。
「自業自得なのよね」と呟くセリー。
その後で慌てて「アンナちゃんたちは違うけどね」と訂正する。
本当なら彼女はこんな時に気丈に振舞える様な性格ではなかったし、
老魔術師に向かって「私を連れて行きなさい」などと言うなど考えもしなかっただろう。
それは失恋した痛手から来る人生の悲観がもたらした「どうなってもいい」という気持ちであるかもしれなかったし、
悪い男に引っかかるような私はひどい目にあって当然という投げやりな態度がもたらしたものであるかもしれなかった。
そこまで語り終えると、セリーはアンナに問いかける。
ルイザが帰ってくる気配はないし、このまま助けが来る見込みも無い。
こんな絶望的な状況の中、貴女は何を思う。
過去の美しい思い出に浸り自身を慰めるのか、それともこの状況下、それでもまだ見ぬ将来に思いを馳せるのか。
アンナの脳裏に故郷での思い出や、心の中密かに温めていた将来の夢がよぎる。
私はルイザの無事を信じるし、最後の一瞬まで諦めたくは無い。
アンナはそう返すのであった。
セリーがそれを聞いてどう思ったかは分からなかった。
再び黙り込む2人。

それから間も無く老人が再び部屋に入ってきた。
後ろには男が控えていたが、案の定ルイザの姿はなかった。
老人はセリーを指差すと後を付いて来る様に命令した。
既に抵抗する意識の薄れていたセリーは鎖を外されると、老人の指示に淡々と従うのであった。
男達の闖入でフローラとクリスは目を覚ましかけているようであった。
アンナは部屋を出て行くセリーに何か声をかけるべきかと思ったが、
何と声をかければいいのかついに思い浮かばなかった。
セリーは一度だけアンナたちを振り返ると老人に従い部屋の外へ消えていった。


市場での情報収集は難航した。
一般客で溢れる日用品の市場では、
買い物客をいちいち記憶している者も少ないからだ。
この調査による突破口が必ずあると信じ、諦めず情報収集を続ける冒険者達に光明をもたらしたのが1人の人夫の証言であった。

その証言によると数日前、馬車の荷台に小男が難儀そうに荷物を積み込んでいたという。
最初は旅商人の召使かと思ったが、小男の積み込んでいたのは食料などの日常品であった事から誰かの使いだろうと思われた。
その親切な人夫は足元のおぼつかない小男の積荷を手伝った。
その最中に小男と交わした会話から得た情報は次のようなものであった。
それによるとこの小男は週に2回ほど郊外で暮らす老人の為に馬車で日常品を届けているという。
その仕事だけで食ってくだけの生活は可能な上、更に最近は『特別な仕事』で臨時の収入もあってボロイ稼ぎだと、
そこまで語った後、言い過ぎに気づいたのか、慌てて口をつぐんだと言う。
小男と聞いてジェシカが思い出す。

その小男と宿で昨日すれ違った小男が同一人物だとしよう。
小男が仕えているのは老人といった。
にも関わらず、その男は馬車を繋いだ帰りに女物のハンカチを手にしていたのである。
落し物でも拾ったんじゃないの、といぶかしむリーナにジェシカが反論する。
召使や下男が立ち寄る、藁と馬の匂いで充満した厩舎に一般人の女性が近づくとは考えにくいのである。

その馬車に攫われた女性たちが乗せられていたとしたら。
件の小男も誘拐に関わっていたとしたら。
その女性たちのうちの誰かが落としたハンカチを小男が拾っていたのだとしたら。
突飛と言えば余りにも突飛な想像であったが、
冒険者の世界においては得てしてこういった所から突破口が開けるのである。
限りない黒く染まった疑惑の中の僅かな白を誇大に語り、疑惑全てが白であると主張して見せるのが
古代帝国の弁士の仕事であるならば、
限りなく純白の僅かに染まった黒を見つけ出し、暴き出すのが冒険者の仕事である。
小男はアジトに食料を届ける仕事を請け負っている以上、この街のどこかにいるのは確実なはずである。
一行は小男の行方の検討をつけるのであった。


遺跡の最奥まで老人たちに付き従う間も、セリーは全く反抗する気配を見せなかった。
部屋に着いた後も老人に命じられるままに、指示された場所に立つ。
その態度はもはや全てを諦観している様にも見えた。

「さあ、これから私をどうするというの」
抵抗する気はないですと言わんばかりのセリー。それは老人にとっては面白くない様だ。
老人達の不満げな顔を見て彼女は心の中で少し満足を覚えた。
このあと自分はどんな目に遭うのか。
得体の知れない儀式の生け贄にされるのか、5体を切り刻まれてばらばらになるのかもしれない。
その瞬間はきっと痛くて泣き叫ぶかもしれない。でもそれでこの傷付いた心も消えるというのなら何も怖くはないわ。
それは失恋で心に痛手を負ったセリーの「未来」に希望を持たないが故に生まれた消極的な覚悟であった。

そのセリーの心の内こそ分からないものの、態度を見ていて面白くない老人。
このまま彼女を石化しても実に面白くない。
そしてしばらく思案していた老人が次に取った行動は彼女にとっては想像すら付かないものであった。
老人は男に、セリーを壁に拘束するよう命じると、
次に老人の居住空間を仕切る衝立をどけるよう命じた。
言われたとおりにする男。
それが完了すると、そこに設置していた数体の石像をセリーに見せ付けた。
そのうちの1体は先ほど石にしたルイザである。
ルイザの前にも『7人』の女性がこの場でその身を石に変えられていたが、
彼女達は老人が「陳列室」と呼んでいる部屋に安置され、
取り分け老人のお気に入りは彼の寝台のそばに設置されているのである。

ルイザの姿をした石像を見た瞬間、セリーは思わず彼女の名前を叫んでいた。
勿論返事が帰ってくることはなかったが。
「よく気づいたな」
「これはかつてルイザであった『石像』だ」

ルイザの石の身体を撫で回しながら老人はセリーに語る。
ここにいるのは皆かつて人間であったものの成れの果てだと。
それも今はこうして冷たい石に変わり、何も語ることなく、抵抗することなく、
ただ慰み物としてここにいるだけの存在なのだ。
そして今からお前にもその運命を受け入れてもらおうと。

老人の語りを聞いていたセリー。
その語りは彼女の心を大いに揺さぶった。
自分の運命。
もしその身が切り裂かれるのならば一度だけの事だ。
汚い死体が残るのは嫌だけど、それもやがては塵となると思えば諦めもついた。
しかし今の自分に待ち受けている運命。
石の人形にされ、老人の慰み物となる。
その身体は決して朽ちることはなく、永遠に自分の運命を甘受する他ない。
そう考えた時、彼女の持っていた「覚悟」は簡単に吹き飛んだ。

「石なんて嫌よおおおおおお」
先ほどまでの様相とは一変し、叫びだすセリー。
その言葉は日常なら全く意味の通じないものであろう。
しかしこの場の3人には十分理解できるものであった。
本来ならたまらずへたり込んでいただろうが、冷たい両手の拘束具がそれを拒んだ。
セリーににじりにじり歩み寄る老人。
彼女の目に涙が浮かぶ。
彼女は何とか逃れようと可能な限り身じろぎするが、全くの徒労であった。
そんな彼女の頭の中にルイザや残されたアンナ達のこと、
仲の良かった家族の事や、別れたばかりの彼氏の事は少しも思い浮かばれなかった。
今から彼女に待ち受けている運命の恐怖は、彼女を今に向き合わせ、
「過去」の美しい思い出に浸る心を押し流してしまったから。

老人は先ほどルイザの時と同じ様に、セリーに向かって「それ」をかざした。


小男への尋問は呆気なく終わった。

居場所は簡単に突き止めることが出来た。
冒険者達と同じ様に定職に付いておらず、器量が良い訳でもないのに、今している仕事の内容の割に羽振りが良い。
しかもその風貌と来れば、嫌でも人の注意を惹くからだ。
この街にも来たばかりという事もあったようだ。
小男の下宿先にたどり着いた一行。幸運にも彼は在宅中であった。
さらに幸運は重なる。
情報を得ようと話を切り出した冒険者達に対し、特にまだ疑惑の目線を向けていなかったにも関わらず、
早とちりした小男は顔を真っ赤にすると、慌てだし、暴れ始めたからだ。
特に何もしてない冒険者達に対し、何かに抵抗しようとしているかのように意味もなく手足を振り回す小男。
それをアランが軽く押さえつけた。

軽く頭を叩くと小男は自分の知っている事をぺらぺら話し始めた。
特に雇い主に対する恩義の心などは持ち合わせていないようだ。
むしろ頭の良いとは言えない男の、要領の悪い話し方から、却って情報を纏めるのにかかった時間の方が長かった位だ。

冒険者一行のしていた推理は結果的に的中していた。
この小男ともう1人の男が誘拐の実行犯であった。
小男が荷物を運んでいた主こそ彼らの依頼主であり、この事件の主犯である。
この小男は誘拐はあくまで老人に言われて手伝っただけであり、悪戯程度のものだと思っていた。
(「悪戯」程度とは何だ、とジェシカが切れかける)
また、荷物を運ぶのはいつも遺跡の入り口までで、奥へはもう1人の男が運んでいた。
女性達がどうなっているのかは自分にも分からない、と主張した。
その言葉に嘘はないかと問い詰めるが、それに脅えながら間違いありませんと泣きじゃくる様子を見ると、
小男の言っている事は真実である様だった。

話を聞き出した一行は小男を縛り上げ警備隊へ連行すると、
遺跡へ向かうための早馬の手配をするのであった。

新たに『5人』の失踪者の情報が入ったのはこの時であった。


石像に囲まれた空間に1人立つのは冒険者崩れ、切れ長の目の男。
男は老人から仰せ付かった通りに、石像をこの部屋、老人が「陳列室」と呼んでいる場所に運び入れたところである。
石像は男の手を持っても運ぶのに苦労し、これも依頼のうちに入るのだろうか、と疑問に思い、
割の良い報酬を思えば、これもサービスのうちと1人納得するのであった。
当の老人はセリーの石像に陵辱の限りを尽くし、今は寝台で寝息を立てている所である。
そのセリーの石像も今はここにルイザの石像と並んで陳列されている。
また老いぼれがお前さんに興味を移すまでしばらくここで休んでるんだな、と男は心の中で像に語りかける。
もっとも石になって意識のない彼女達に休息は必要無い訳であるが。

部屋の中の様々な振る舞いの石像を見渡していくうち
ふと気づくとセリーの像に注目している自分に気づく。

自分が彼女に特別な感情でも抱いているというのだろうか。
彼女とは一夜限り酒の席を共にしただけであった。
目的が誘拐の為だったとはいえ、傷心の彼女の愚痴に付き合い、
形だけでも親身にと思っているうち、つい本気になって彼女を慰めていた。
それがきっかけでこの感情が芽生えたというのか。
それはモテナイ男が女性に一度親切をかけられたのを勘違いして、
恋愛感情を抱くのと、何ら変わりないじゃないか、と思った後、冒険者崩れの自分も傍から見たらモテナイ男にすぎないんだろうと1人自嘲する。
だがそんなあやふやな根拠のない状況から生まれた恋慕とはいえ、
彼女の今、そして将来を支配する冷たい石の束縛を思えば、ちょっとばかしの逸脱は許されるのではないか。
そんな男の考えに石像は応えることはない。
男は恐怖の表情を浮かべたまま固まったセリーの顔に接吻をする。
これが王子様のキスなら目覚めることが出来るのだろうにねえ
柄にもないことを思うと、男は部屋を出た。

後に残された9体の石像は、闇の空間に無言でその身を晒し続けるのであった。

つづく


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