見えざる選択肢 その2

作:固めて放置


リューン市内中央部。商いを営む者たちの活気に溢れ、冒険者達の為の施設が揃う場所でもある。
市民の娯楽の為のイベントが開かれている闘技場には武器を扱う戦士達の為の訓練場が存在し、
古代文明や魔法の研究をしている魔術師ギルドの支部『賢者の塔』では魔法の素養のある者に対価と引き換えに魔法の指導を行っている。
一般に『魔法使い』と言えば象牙の塔に篭り、魔法の研究と研鑽に人生を費やす者と、
魔法の素養に長け、魔術を自身や周りの便利の為に用いる者の2種類に分かれるが、
リーナ達冒険者の場合は後者を指す。
一歩道を外れ裏通りを進めば盗賊ギルドに行くこともできた。
盗賊ギルドといっても犯罪に手を染めている訳ではなく、闇に潜む犯罪結社などに対抗する為の情報の収集し、互いに伝達し合ったり、
冒険者達に常道から離れた敵に対抗する為の技術の伝授をする機関である。
アラン達3人はいつもの集合場所と決めている広場の噴水前でマーティンと落ち合った。
「親爺さんから話は聞きました。その様子だとどうやら出立の用意が必要のようですね。」
と切り出したのはマーティン。自分抜きで勝手に話が進んでいた訳だが特に不満も無い様子である。
献身を美徳とする聖北教会の敬虔な信徒である彼にとっては、冒険者として人の為になる依頼をこなす事が自らの喜びでもあるのだ。
同じパーティーの間柄でも丁寧な口調で話す彼はやや煙ったいところがあるものの、
直情径行気味のアランやお調子者であるジェシカと不思議と馬が合うのは、如何様な化学変化(錬金術の用語である)
が起こっているのだろうかと常日頃リーナは考えている。

既に自警団の代表から依頼の詳細を聞き、報酬の交渉も完了した一行が依頼の概要を説明する。
・失踪事件が起こっているのはリューン近郊にあるロディマス領内
・失踪者は現時点で『7人』である。
・失踪者はいずれも『若い女性』である。
・7人の失踪が短期間に起こった事や、失踪者に年齢や性別の共通点が見られる事から事件性があるものと見て調査を始めている。
またロディマス領内で起こっている事件であるにも関わらず、何故リューンでも依頼を出したかというと、
「この辺りの集落は元々領地の境界線が曖昧であった為、モンスターの討伐を依頼するときもリューンにも依頼を出していた経緯もあり、
今回も自警団を介して依頼を出したようである」が自警団でこの依頼の担当を務める衛士の弁であった。
報酬は依頼を受けた時に前受金として100G、失踪者たちの無事を確認し事件を解決した場合の報酬が500Gである。
依頼を交わす際の約束事として報酬の値上げを試みられたが、報酬は予め決められているとの事で案の定断られた。
しかし粘り強い交渉の結果ロディマスまでの旅賃などの経費は調査料の名目として後で自警団に請求することが可能になるのであった。
説明を終えると4人は軽く話し合い、現地で詳しい情報を収集するのが先決だと決めた。
そしてロディマスまでの旅客馬車の時間を確認すると宿に戻り出発の準備をするのであった。



遺跡の床の冷たさを肌に感じながらアンナは目を覚ました。
自分の今いる状況がつかめず記憶を手繰ると、差し入れの配達の途中村の外で見知らぬ男に出くわしたこと、
それからその男の話を聞いてる最中急に意識が遠くなっていった事が思い出された。
とすると今いる見覚えのない部屋には意識を失っている間に運ばれて来たというのだろうか。
部屋の中には自分の他に囚われ来たらしい女性が4名いた。
皆が一様に壁から伸びた鎖によって拘束されある程度の移動が制限されているようであった。
「あなたも攫われて来たのね」
と自分とは逆側にいる女性がアンナに話しかける。
「あーあ。今度あの男が目の前に現れたら、思いっきりひっぱたいてやろうと思ってたのに。これじゃ身動き取れないよ。」
と鎖にを持ち上げ肩をすくめるのはその隣にいる少女。
1人目の女性は柔らかな物腰の雰囲気を持つ女性で、この様な状況でも落ち着いていようと努めているようであり、
その隣が活発な印象を持った、ボーイッシュさを漂わせた少女である。日常で出会っていたならばすぐに気が合い仲良くなっていただろう。
4人はアンナがここに運び込まれる前からお互い会話を交え、コミュニケーションをとっていたようであり、
それで彼女も意識を取り戻してから間もなく会話の輪に加わるのであった。
話は簡単な自己紹介から始まり、
話題の行き着く先は自分達の身に起こった事についてであった。
幸いなことにまだ肉体的に危害を加えられた訳ではなく、ひとまずは自分達の身の無事に安堵するが、
かと言ってこれからもそうであると限ったわけではなく、それが5人の心に暗い影を落としていた。
この中で一番年下で、アンナに親しみをこめて話しかけてくるのはフローラという名の可愛らしい女の子である。
フローラは友達と遊んでいる所をさっきも現れた男によって攫われたという。
こんな年端もいかない子までこんな所に連れ去られ閉じ込められる憂き目にあっているのかと思うと
自分達も誘拐された当事者であるにも関わらず心が痛んだ。
最初に目を覚ましたアンナに話しかけた女性の名前はセリー。
アンナよりは2才年上で、街のパン屋で売り子をしているという。
この中で年長者である事を意識してか、努めて気丈に振舞っていた。
その隣のボーイッシュな少女はルイザ。
短く切り揃えた髪は薄暗い部屋の中でも赤く映え、彼女の勝気な性格を象徴しているかのようであった。
最後に5人目、アンナの隣にいるのがお嬢様風の服装をしたクリスである。
自分の前にこの部屋に連れて来られたのが彼女のようであるが、
まだ自分の身に起きた事を認めたくないとばかりに、肩を震わせすすり泣いていた。
そんな彼女をセリー達は辛抱強く慰め、励ましていた。
アンナもこの場にいるのが自分ひとりであったなら我が身に起こった理不尽さと孤独で心が挫けていただろうが、
他に境遇を共にする者がいて、まだ幼い女の子や悲嘆に暮れ泣きじゃくる少女を目の前にしては、
自分がしっかりしなければならないと、心を強く持つのであった。
会話の話題も尽き、先ほどまで泣いていたクリスも落ち着きを取り戻し部屋が静寂に包まれた頃、
ドアのノブを開ける気配を感じ、5人は部屋の入り口に視線をやった。


リューン正門発の馬車に2時間ほど揺られた冒険者一行。
ロディマスの城下町の停泊所で降りた4人は調査の拠点とする宿の手配を済ませると、
情報収集を始めるにあたり、最初の目的地であるロディマスの警備隊の元へ向かった。
一行は宿の入り口で『小柄な男』とすれ違う。その男のどこか小ずるそうな面相はどこか冒険者の勘に引っかるものがあった。
宿の裏手にある厩舎に馬を繋げに行って戻ってきたところのようであり、今から宿のロビー兼酒場で一杯やろうしているところであるのだろう。
盗賊の鋭さを持つジェシカにはその男の手に『女物のハンカチ』が握られているのに気が付いた。
が、当面の問題と特に関係があるとも思えず、馬車の乗客の女性の忘れ物でも拾ったのだろうと1人納得し、先に進んだ。

失踪者の家族達からの訴えを受けた後、一連の失踪事件に関連性を見出し、いち早く冒険者達への依頼を出したのがロディマスの警備隊である。
警備隊と冒険者。
組織力では比べるまでもないものの、兵たちは領主に仕える身分である以上、日々の雑事をこなす必要があり、
取れる行動にも宮仕えの身分がもたらす制約もあった。
そこで非常時や緊急の対応が求められる場合に露払い的役割を果たすのが冒険者であるというのが両者の暗黙の了解であった。

警備隊から得た情報は、失踪者ひとりひとりの情報と失踪した時の状況であった。
7人の失踪者はいずれも十代から二十代の若い女性であり、うち2人は市街に住み、5人は周辺の村に住んでいる。
皆ひと気の無い場所で目撃されるか郊外に出かけたのを最後に行方を晦ましている。
失踪者たちはお互いに面識はなく、また特に何かに悩んでる様子も見られなかったという。
自分たちから蒸発したという可能性は少ないというのが警備隊の見解であった。
村周辺で失踪事件が起きた時は、初めはモンスターが出没し、襲われた可能性が考えられ、警備兵たちにより周囲の捜索が行われた。
しかし幸いにも襲撃の痕跡や遺留品は発見されず、その可能性は打ち消されたとの事であった。
痕跡や遺留品が残されていない、足のつく証拠を現場に残さない事
それが逆説的に何者かによる人為的な拐わかし、すなわち『誘拐』の可能性を示唆しているのであった。
リーナは警備隊の代表『スコット』に質問を投げかける。
「現在までに身代金の要求はされているのかしら」
スコットはそれに対し否定の返答をする。
それは尤もだろう。もし身代金の話の要求があったなら、この様な回りくどい調査をせず、直ちに対策班を設置すればいいのだから。
訊ねたリーナもあくまでも可能性を潰す事を目的としての問いかけであった。
警備隊とイレギュラーである自分たちの間で可能な限り情報や認識の差を埋め、協調を図り、協力態勢を築くこと。
それが冒険者の世界で生き抜いて来た彼らの処世術である。
「では領内に。例えば人身売買を営む組織などが存在する可能性は」
これは改めて問われる必要はないとばかりに強くかぶりを振られる。
無理もないだろう。かつて古代魔法帝国で存在していた奴隷制度。
その奴隷制度も聖北教会の布教による開明化が進んだ現在では蛮族の風習として市民達には強く嫌悪されている。
そのような組織が領内にいたとなっては領主の面子は丸つぶれである。
そもそも仮にそのような組織が存在していたとしたらもはや一冒険者の自分達の出る幕はないであろうし、
裏組織に関しては盗賊ギルドが監視を絶やさずしており、もしそのような組織が存在が確認されたならば、
ギルドの連絡網により即座にその所在が探索され、盗賊ギルドを初めとする各ギルドの私設軍隊や各国の派遣部隊による
熾烈な壊滅戦闘が行われていることだろう。
ここではそういった組織の存在する可能性は捨て置くことにする。
すると誘拐の動機が無い以上、かどわかしを行った第三者の存在が否定されることになる。
そして失踪者は自分の意思で消えたのだろうという事になり、推理の堂々巡りが起こるのである。
警備隊の内部には人手を割いての調査の継続を疑問視する声も上がり、
市内にはごく少数ではあるが、
女達は男とくっついた挙句どこかに行ったに違いないなどと言った根も葉もない噂を吹聴したり信じ込むような無責任な傍観者もいた。
(「若い」とか「女性」とかいうだけで害悪であるかのような偏見を吹聴して廻るような偏屈者はいつの世にも存在するのである)
この状況を打開する為に警備隊長のスコットはアラン達冒険者の招集を決意したのであった。
調査の対象や方法に動機付けが求められ、時には立場上行動に責任が発生する警備隊に対し、
冒険者達にはある程度の自由な裁量と勘に頼った調査が許されている。
スコットに現地での自分達の拠点とする宿の名前を伝え、情報提供の礼を言うと
冒険者一行は次にとるべき行動を相談しあうのであった。


5人の監禁されている部屋に入って来たのは1人の痩せこけた老人であった。
目深にかぶったフードに長袖の濃緑に染まったローブ。そこから生えた枯れ木のような手首。
魔術師の中には、魔術師ギルドの塔から追い出されるか、生来の性格の悪さから周囲に反発して自分から飛び出すなどして、
人里から離れた場所に居を構え必要最低限以外の人との交わりを絶ち、怪しげな研究に耽る者も少なからず存在したが、
この老人の風貌はちょうど彼らを連想させるのであった。
老人は5人を一望するとまるで骸骨のような精気の無い顔にゴブリンの様な醜悪な笑みを浮かべるのであった。
その視線はまるで奴隷の価値を値踏みしている奴隷商人のようにも思われた。
老人の態度に直前までひょっとしたら救助が来たのではないかと期待したアンナは僅かに落胆した。
ギルドから離れ独り生きる魔術師には、禁制の魔術に手を出したとして放逐された魔術師や、
人に危害を加えた咎でギルドから討伐令が出された者もいると言う。
まるで奴らと同類に見える醜怪な老人が私達をこんな所に攫って一体何をしようというのだろうか。
嫌な想像がアンナ達の頭をよぎる。

「私達をどうするつもりなのよ。」
そんな状況でも気丈さを失わないルイザが男に言い放つ。
それを恫喝するかのように老人が杖を肩の高さまで振り上げるが、
その勢いの無さと腕の貧弱さに、こんな状況でなければ思わず失笑していた事だろう。
老人はルイザに視線をやると
「よろしい。まずはお前からだ」
それを受けて部屋の外に待機していた切れ長の目の男が部屋に入ってきた。
男の手により繋がれていた鎖が外され、部屋の外へ出るよう誘導される。
抜き身の剣をちらつかされては、ルイザも大人しく従うしかなかった。
「大丈夫だから。心配しないで」
部屋に残った4人に語りかけるルイザ。
その表情は背中に刃の気配を感じているこの状況下でも努めて明るいものであり、
それを見ていた男も感心せずにはいられなかった。
「連れて行くなら私にしなさいよ」
5人の中の年長者であるセリーが老人の背中に向かって叫ぶが、
老人はそれに一瞥だけくれると部屋から出て行った。
「何。心配するな。お嬢さんがたの順番もじきに廻ってくるさ」
代わって答えるのは切れ長の目の男。
こんな所に攫われてきた以上それは分かりきっていた事でもあったが、
改めて言われると背筋を冷たくさせられた。
それを聞いてクリスが再びすすり泣き始めた。
「お姉ちゃん。私たちどうなっちゃうのかな」
幼いフローラが不安げに問いかけるが、アンナには答えることが出来なかった。
4人の残された部屋にクリスの泣き声だけが響いた。

つづく


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