作:固めて放置
周囲を山に囲まれた平野の中央に、三日月にうかぶ湖。その湖の脇に構えられた領主の居城。
城内の謁見の間において当主ロディマス伯ダルキンは暇そうに頬杖を付いていた。
「爺よ、女官たちの話を耳にしたが最近城下に遊びに出かけた若い女中が男とくっついた挙句そのまま行方を晦ましたらしい。嘆かわしいことだ。」
「左様で」
傍らにはダルキンの生まれる前から宰相として仕える爺が控えている。伯爵の愚痴にもどこ吹く風である。
城主の義務として日が昇ってから2刻後から、日が沈むまでの間臣下や領民達の声を聞くものとして謁見の間で過ごすとしているが、普段は誰が来るわけでもなく退屈極まりない。
決して人気がないわけではないが、かと云っていつも必要とされてる訳でもない。それが我らがロディマス伯である。
そこに伯爵の退屈の限界を見計らってという訳ではないが、小間使いが門番からの伝達を持って現れた。
「この地に定住し商売を営もうとする商人が我等が領主に是非献上したい物があるとの事です。」
最近では珍しい商人の謁見に、先ほどまで船を漕ぎ掛けていたダルキンも身を乗り出す。
その者はこの地域で商売をする上での便宜を図ろうと考えているのであろうが、それにはやや見当違いがあるようだ。
手形を発明し国家間貿易で実権を握った商人ギルドの方がこの地においても余程影響力が強いのだから。
衛兵に連れられていかにも商人然とした身なりをした男が謁見の間に入ってきた。男が何かを台車で引いてきたのがダルキンの興味を惹いた。
「本日は私のようなものを目通しいただき閣下には誠に・・・
男の言う美麗字句を右から左に流し伯爵閣下の注意は台車の上に向けられていた。
白い布が被せられた献上品は縦長の形状をしていて、布の上からでも何か複雑な形をしている事が見て取れる。
高さは大きめの台車に乗せられた状態でほぼ隣の商人の男と並ぶくらいである。
ダルキンが思案を巡らせている間に男の前口上が済んだらしい。献上品を覆った布に男が手をかける。男が布を捲った次の瞬間、その場にいた者達は息を呑んだ。
それは余りにも精巧な人間の石像であった。
両腕を頭の上に挙げ肘を心持ち曲げた状態で手首を組み合わせ、目と口は大きく見開かれている。
胴体は何かから逃れるように後ろに反りかえり、素足の右足は前に投げ出され、左足の足首から下は石の塊で覆われ像が自立するためのバランスを保たせている様であった。
反り返った胴体の主張する双丘や、腰から下のラインから石像が女性を象ったものであるとわかる。長い豊かな髪の造形は遠目から見ても精妙なものであり、まるで一本一本彫ったかのようである。
この髪の持ち主はさぞ美人に違いないと鑑賞者の関心を湧かせるものであるが、それに反し、恐怖を象り目を見開いた顔の造形は醜さを表していた。
生身の人間がこの像の表情を真似てみたならば、どんな美人の顔も台無しであろう。
更によく見ると、石像は装飾品の造形も凝られている様であった。
両手首を拘束している枷に右足首に巻かれた足枷とそこから伸びた鎖はその像のみじめさを際立たせる役目をはたしており、
右頭部には最近婦人達の間で流行っている貝をあしらった髪飾りが形どられていた。
その像の女性の身に着けている衣服は背中が剥き出しのまるで娼婦の着ているドレスであり、それが最後まで伯爵と宰相には気に入らない点であったが、
服の皺の表現のみならず、背を反らした事で胸の谷間がせり上がり、乳房の膨らみが服から飛び出そうになっていたり、足を振り上げ捲くれたスカートから覗く太股の造形美と云った
肉体と衣服のコントラストが生み出す表現まで再現しようとする造形にこの石像の造物主の執念を思わずに入られなかった。
伯爵も古代の英雄の肖像として残された石膏像を見たことがあり、その精巧さに驚かされた事があるが、それらはあくまで険しい顔つきをし、不動直立する姿をしているものであり、
今度のような恐怖に顔を歪ませ、振り乱した姿の像などを見るのは生涯に一度もないことであった。
商人の男の口からは、この像の製法は異国から伝わるものであり、作れる数も限られていること、
また石像の破廉恥な振る舞いが気に入らないかもしれないが、都ではより淫靡な像が競われて制作されているのだ
などなどといった説明が滔々と流れ出てきたが、
この像を目の前にしてはどんな言葉も価値を失うだろうと思われた。
「都ではあの様な退廃的な像が芸術として崇められていると云うのか。嘆かわしいことだ」
「左様で」
商人の帰った後伯爵は爺に向かって愚痴た。
結局あの像は商人に引き返す事にした。宮殿に置くにはやはり品がないし、宝物庫にしまっておくにもその像は余りにも異質すぎたからだ。
それにしても、と伯爵は思う。先ほどの像の髪の毛の線の細やかさ、何かを懇願するかの様な絶望的な表情。
四肢を縛められながらも渾身の力を込めて足掻いたかのような肉体の表現。
その姿はダルキンの様な鈍い者にも(鷹揚と言い給え!)ある連想をさせられた。
「まるで生きた人間を魔法で石像にしたようだ」
そこまで考えてその想像の馬鹿馬鹿しさに心の中で失笑する。
仮に生きた人間を石にし、彫刻に仕立てる悪人が存在したとして、そのような悪人などがこの私が治めるロディマス領に存在する筈ないのだから。
「左様で」
・・・こうしてその像はこの地の表の顔たる統治者の手元から離れ、いずことも知れぬ闇へと消えていった。
その時『彼』は自身でも気が付かないうちに『選択』をしたのであり、それが見知らぬ(或いは目の前にいたのかもしれない)誰かの行く末に大きな影響を及ぼしたのだ。
『彼』の世俗に染まらず自分の価値観で像を手元に置かない選択をしたのであり、それは極めて真っ当な意思の表明であるものの、それがある1人の女性のを運命を暗転させることとなったのである。
もっともこうした選択は誰もが皆気が付かないうちにしているものであり、『彼』1人を神の視点をもって語るのは不公平というものだろう。
今からする話もそういった例の一つ。ある正義の冒険者達の冒険譚の裏で、無自覚な選択の過程で生まれたひとつの結果の物語である。
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シナリオ『ロディマス連続失踪事件』より
鬱蒼と生い茂る森の中、切り開かれた小道をサンドイッチのぎっしりと詰まったバスケットを両手で持ち少女が1人歩いていた。
少女の名前はアンナ。この近くにある村に住む農夫の娘であり、今日は森の中で狩猟をしている村人達の為に差し入れを届けに行こうとする所である。
軽くウェーブのかかった金髪に、ぱっちりとした青い瞳に、半袖のブラウスから覗く二の腕が眩しい。
彼女は都会の女のような洗練された美しさこそないものの、どことなく愛嬌のある仕草と素直な性格、それでいて肝心なときには物怖じしない態度が村の若者達のみならず、大人たちにも人気があり、年頃という事もあって今度の村の祭では多くの独身者達から求婚されるであろうと云われている。
猟をしている村人たちのいるキャンプ地点までの行程は女性の足で村から一時間ほど歩いた場所にあり、今アンナのいる所はちょうど中間地点、右手の森の開けた向こうにある丘からはこの辺りの集落から一番近くにある伯爵の治める城下町を一望することができた。
最近城下町や付近の村では若い娘の失踪する事件が連続して起こっているとの噂が広まっていて、アンナも出立の前に村で手作業をしている女性たちから注意するようにと言われていた。
ただ昔と違い領主が土地を治めるようになった今の時代に人攫いが現れるとは考えにくかったし、都会の娘が気まぐれで消えることなんて日常茶飯事じゃないとこの小娘は(悪意のない可愛らしい)偏見を抱いていた。
「あれ」
アンナは視界に人影を認めると立ち止まった。ひょっとしたらこの先で狩猟をしている同じ村の知り合いかもしれない。
昼間に1人だけで帰って来るというのも妙だが、急に村に帰還する用でもできたのだろうか。
だがその男の容貌は少女には見覚えのないものであった。
その男は切れ長の目に黒い長髪、都会風に髭を剃り込んでいるが武骨さは隠せない。革の鎧に身を包み、背中には長剣を収めている。
村の大人達なら一目見ただけで「冒険者」と一言で括っていただろう。「冒険者」とは定職に就かず人々の悩み事に首を突っ込んでは報酬として庶民のなけなしの稼ぎを頂いていく種族のことである。
「どうもお嬢さん」
声をかけられたお嬢さんが警戒して身をすくめるのも無理はない。この辺りを用もなく人がうろついているとは思えないし、男は笑顔を向けているつもりであっても、アンナにはそれがどこか醜悪なものに見えたからだ。
そしてそれは当たっていた。
「怪しい者ではないんですよ。この辺りを探索するよう領主に命じられたものでして。特に危険な依頼である訳でもないですしこうして辺りを単独で廻ってる訳ですよ。」
回りくどい言い方で説明する男。それが更に少女の猜疑心を引き立てる。
こうしている間にも、もしアンナが背後を警戒していたならば、後ろからもう1人の男が初級の魔法の短い射程範囲に近づいていることに気づいただろう。
正面の男は云わば囮。彼女の注意をそちらに向けることで後ろの小男が目的を遂行する。それは予め決定された「悪」の手口。
「あ・・・」
『眠りの雲』の巻物の力を受け、アンナの意識は呆気なく闇に堕ちた。その体が地面に崩れ落ちる前に正面の黒髪の男が抱きかかえる。
服と体が土で汚れないようにという悪人なりの慈悲の現れ。尤もそれは目的を達成し彼女の生殺与奪を握った上での優越の現れでもあるのだが。
「やれやれこれでやっと『5人目』だ。今回のノルマはこれで達成ですぜ」
「余計なことを言うな。撤収するぞ」
用意してある馬車と落ち合うには小娘を抱え一時間ほど森を歩き街道に抜けなければならないが、達成した仕事を思えばその程度の労苦は気にならない。
今回も誘拐の実行にあたり余分な行動は一切とらなかった。後日捜索者達により調査がされてもこの場の状況から自分達に足がつく事はないだろう。
男達は足跡を残さないよう注意を払いながら森の深みに消えていった。
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「おや、この貼り紙に興味があるのかい。」
カウンターでお決まりの台詞を口にする宿の親爺。
ここはリューン市内にある『金色の斧』亭。冒険者達が仕事を求め集い、又は仕事のない冒険者たちが昼間から酒をかっ食らう場所でもある。
「ああ。ここのツケもだいぶ溜まってきたんでね」
と答えるのはまだ顔に若さの残る青年。仕事のない今は市民の着るのと同じチュニックを身に着けていたが、衣服の上からでも鍛え上げられた肉体の隆起が見て取れる。
青年の返答に「なに人事のように言っているんだ」とばかりに親爺が渋い顔をする。
「お前のパーティーの中でツケを溜め込んでるのはお前さんだけだぞ」
青年の名前はアラン。ここ『金色の斧』亭を本拠にするパーティーで前衛を務めるリーダーである。
彼の傍らにいる女性は魔法を扱う能力に秀で、パーティーの知恵袋でもあるリーナ。
背中の向こうではパーティーの斥候担当で盗賊のスキルを持つジェシカが丸い木のテーブルに腰掛けて、コップに残った酒の雫を飲み干していた。
パーティーにはもう1人、神に仕え治療の魔法の技能を持つマーティンがいるが、今はリューン教会で祈りの最中であり姿が見えなかった。
それぞれ魔法と盗賊の技能を活用して日銭を稼いでいる女性二人に、節制を重んじ禁欲の生活を送る僧侶が宿にツケを残さないのもうなずける。
アランも鍛えられた肉体を生かした労働で日々決して少なくはない稼ぎを得ているはずなのだが、不思議と銭が身につかないのであった。
冒険者といってもバードの歌に語られるような華やかな冒険譚などはあくまでも物語の中の話であり、仕事と云えるは専ら市民達の困りごとの解決や、港湾での労働などが主である。
たまにモンスターの集団が周辺に出没したとして討伐の依頼が舞い込む事があるが、冒険者のパーティーがオークの集団の討伐を受けることができるようになるまで成長する過程で、
半数の冒険者が命を落とすなど中途で脱落しているという事実が、彼らの生活が決して華やかなものではない事を物語っている。
だが今回の依頼の内容はそのいずれとも異なる毛色のものであった。
「行方不明者の捜索を求めます」
「詳しい内容は自警団まで」
宿に舞い込む依頼のなかでも家出人の捜索といったものはポピュラーであるが、そういった場合は依頼主は家出人の家族が主であり、
依頼内容の詳細も直接家族に聞きにいくのが筋である。
しかし今回の依頼はリューンの自警団によって貼り出されたものである。
領主の支配を受けない独立都市であるリューン。その治安を守るために市民の有志によって組織されているのが自警団である。
彼らの手を煩わし、冒険者の手助けを必要とするという状況はその行方不明事件が何か犯罪性を持つものであるのか、とパーティーの参謀であるリーナは考える。
「あら。その依頼ならさっき貼り出したばかりよ。」
宿の娘さんが奥から現れる。質素なエプロンドレスに後ろで束ねた赤い長髪。
この宿の常連から「娘さん」と呼ばれている給仕の若いご婦人であるが、宿の親爺と血縁関係にある訳ではないらしい。
「『この暑い中大変でしょうし、宿で1杯やりながら請負人が来るのを待っているのはいかがしょう』って勧めたのだけども、仕事中だからって断られちゃったのよ」
さすがに昼間から仕事中の相手に酒を勧めるのはどうか、と一行は内心思う。この娘さんは害こそ無いものの時々間の抜けたことをするのである。
何はともあれまずは依頼主である自警団に話を聞くのが先決である。
アランたちはいつ任務が始まってもいいように最低限の装備をすると、宿の親爺にマーティンが戻ってきたら後を追うようにと言伝を残し、
貼り紙に載っていた自警団の本部に向かうのであった。
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誘拐犯達と気絶したままの少女を乗せた馬車は目的地である『遺跡』の前に辿り着いた。
人里離れた場所にあるその遺跡は、過去に冒険者達により発掘しつくされ、その後も何度かモンスター達の巣食う場所になったこともあり、その度に冒険者達が討伐に赴いている。
しかし最近はモンスターが出没することも無く地域の住民の関心も薄れていた。
そこをある正道から外れた男、誘拐犯達の依頼者でもある『魔法使い風の老人』が根城として利用しているのであった。
その『魔法使い風の老人』の元に女性をかどわかし連れて来る事こそが彼ら悪党の請け負った依頼であった。
切れ長の目の男は眠りの魔法の巻物の効果で意識を失ったままの少女を遺跡の中に運ぶために抱きかかえる。
眠りの雲の魔法は大きな衝撃の無い限り数時間は効果がある筈だが、用心の為に両手足は縛り、口には布を噛ませてある。
もっともこの様な場所で大声を出したところで聞き届けるものは彼ら以外にいないであろうが。
2人が遺跡の中に向かったのを見届けると、馬車を御していた小男は馬車を元の場所に戻すため再び馬を走らせた。
遺跡の入り口からは奥に向かって20m程の通路が伸びている。そこを抜けると部屋が広がっていた。
その部屋は奥が10m、横幅が20m程の大き目の空間で壁は魔法帝国時代の様式の紋様が装飾されている。
部屋の左側と右側には、さらに奥へと繋がる通路が伸びていた。少女を抱えた男は『右側』の通路へと足を進めた。
遺跡の左右はそれぞれ独立した造りになっており、最初の部屋に戻る以外に遺跡の左右を横断することは不可能であった。
もっとも遺跡の左側は住人は特に手をつけず放置しているらしいが男には特に興味の無いことであった。
奥に進む通路には小部屋に繋がる扉が左右に点在している。男は目的の部屋の前で立ち止まると気絶した少女を右肩に持ち上げ空いた左手で扉を開けた。
薄暗い部屋の中には『先客』たち、すなわち彼が最近攫って来た女性達が『4人』いた。
部屋は10m四方の空間で、壁に繋がった鎖が彼女達の足を拘束している。
鎖の長さはある程度の身動きが取れるよう、やや余裕が持たされていたが、扉の前にいる彼の元へは到底届かないものであろう。
皆一様に恐怖と不安で憔悴しているのが見て取れる。
「お願い。お家に帰して」
と涙声で男に訴えるのはこの中では3番目に連れ去られてきた少女である。
この場の5人の女性の中では一番幼い容姿をしている。
友人達と郊外の草原に遊びに出かけ、他の子たちとはぐれた所を男に連れ去られたのである。
それに同調するかのように他の3人も男に非難の目を向ける。
男はそれを無視すると新たに運んできた少女を部屋に運び入れ壁から伸びる鎖を繋げた。
これで通算では10数回目となる一連の作業が完了したことになる。
鎖に繋がれた少女は肌に触れる床の冷たさに無意識に身じろぎをする。意識を取り戻すのも時間の問題であろう。
それにしても、と任務を完了し、非難の視線を背後に浴びつつ部屋から出た男は思う。
ジジイの奴が女性達を攫って何を企んでいるのかと思えば、まさか『あんな事』だったとはな。
最初に依頼を受けた時、もし奴のする事をみてそれが悪党を自認する自分にでも腹に据えかねるような人体実験でもしていたのなら、隙を見てたたっ斬ってやり、この土地の領主から幾ばくかの報酬でも得ていただろう。(勿論自分と依頼者の関係については大幅な脚色を加えた上でだ)
だが依頼者の取った行動は予想外のものであり、悪人の男にとっては衝撃でもあった。
それでありながら悪人の男がこの依頼人に追随することにしたのは、依頼の継続を要請する報酬が冒険者くずれには破格のものであったこともあるだろうが、依頼人の老人のその価値観に引寄せられた事も否定できなかった。
或いはお嬢さんたちも運が良いのかもしれない、と男は勝手なことを思う。
極悪非道の悪人に連れ去られ監禁されたにも拘らず、これから先『命を落とす』事も『身体に危害が加えられる』事もないのだから・・・