因果の牢獄

作:固めて放置


商店街の大通りから一つ外れた裏通り。
夏の日の光も建物で遮られた薄暗い、普段は人通りの少ない往来に2,30人ほどの人だかりが出来ている。
彼らは弧を描くように距離を置きながら、皆一様に壁の一点を注視していた。
本来何の変哲もない筈の灰色のマンションの壁面に浮かんだヒト形の膨らみ。
それは殺風景な壁を飾るレリーフの様な女性の形をした彫像である。
しかしただのマンションに突如としてこの様な精巧な造形が据え付けられる様な事があるのだろうか。
精巧とは言っても芸術的な美しさを漂わせるというよりは、どこかホラーな雰囲気を感じさせる。
その疑問は群衆に向かってまくし立てている太り気味の若いOLによってすぐに解かれることになる。

「メグミと一緒に歩いていたら突然目の前に怪人が現れて、メグミを捕まえて壁の中に引きずりこんだのよ。
 怪人は壁の中に消えたけど、メグミはそのまま目の前で石に変わっちゃったのよ」

あんた達本当に信じようとしているの。何疑いの目で見てるのよ、と言わんばかりにこれが12回目となる説明を繰り返す。

「間違いない。ゴルゴームの仕業だ」
悲鳴を聞いて最初に駆け付けた暑苦しい雰囲気の青年が叫ぶ。

秘密結社ゴルゴーム。数ヶ月前に突如宇宙から飛来し、全世界に向け宣戦布告をした謎の組織である。
その主な活動は政府への工作活動や研究所の破壊活動で、一時期は市民の不安を煽ったが、
謎のヒーローの活躍によりそのことごとくが撃退され、最近ではその活動も縮小気味である。
ゴルゴームの怪人の能力の実験台で一般市民が被害に遭うこともあったが、この国では交通事故に遭う確率の方がよほど大きく、
今では市民たちも、自分とは縁遠いどこか別世界の出来事として受け止めていた。

ともかく人智を超えた事件や現象が起こった時にはゴルゴームの仕業と疑うのが鉄則である。

メグミと呼ばれた彫像は目の前の女性と同じ事務所の夏用の制服をしていた。ただ人間の着ているそれに対して彫像のそれは灰色であったが。
背中と後頭部が壁に半ば潜り込み、両手の肘から先と両足首から先が壁に拘束された磔の状態でその身を石に変えられた様である。脱げたパンプスが片方転がり落ちている。
制服の上からでも分かる大きな胸は、この様な状況でもその膨らみを主張しており、不謹慎だがどこか滑稽で可笑しい。
タイトスカートから伸びる薄黒のストッキングで覆われていた脚は、今は灰色に包まれ、群衆の前にその曲線美を露わにしている。
そのまだ若干幼さの残る顔は驚きと困惑に染まったまま動きを止めていた。
彼女は、ゴルゴームの怪人「コンクリモグラ」の
「掴んだ人間を壁の中に引き込み拘束する能力」、「壁に引きずり込んだものを無機物と同化させる能力」
の実験台にされたのであるが、今ここにいる者たちにはその様なことなど知る由もない。

取り巻きに眺めていた群衆のうちの一人が携帯のカメラを像に向ける。
「カシャッ」
シャッター音が鳴る。

その男は怪人の被害にあった者を目の前にしてもまだそれは「別世界の出来事」にしか感じられないのであり、
被害者の女性の哀れな姿や、その脇で彼女の名前を叫ぶ連れ合いの女性も、彼にとってはメールで友人に報告する「ネタ」の一つに過ぎないのである。
その配慮のない行動に中年の女性が不快感を露わにし、小言を漏らすが、男に追随し、携帯を差し出すものが相次ぐと、
女性も押し黙るしかなかった。
先ほどの青年も最初に撮った男に凄い剣幕で迫り、携帯を奪うと男の眼の前で握りつぶして見せるが、
こう次々と後に続くものが現われては、何もする事ができず立ち尽くす他ない。
騒ぎを聞きつけた者が入れ替わり立ち替わり現れ、皆が一様に女性の姿を眺め、一部の者はその姿を携帯のメモリに収める。
それは通報を受けた警察が駆け付け、シートを被せるまでの十数分の間続いた。


「タイトル『面白いもの発見(^ω^)from カナ』・・・と」
路地を歩きながらクラスの友人たちに発信するメールを作成する女子高生。
近所の公立校のセーラー服を着た彼女は、ちょうど学校から帰る途中に先ほどの事件現場に出くわしたのである。
そのメールには先ほど撮った壁の彫刻にされた女性の画像が添付されている。
送信したメールを見た友人たちはそれを見てただの像の何が面白いのだろうと聞き返してくるだろう。
そうしたら折り返し返信してやるのだ。
「ゴルゴームに石にされた本物の人間の画像を撮ってきたよ」と。
きっとみんな驚いて状況を詳しく聞きたがるだろう。
事件現場に運良く居合わせた自分が、明日の学校での会話の中心になるのは間違いない。
そう考えると明日の登校時間が待ち遠しかった。
こんな姿を撮られて画像をメールで回される見知らぬ年上の女性の境遇を考えると可哀そうだとは思えたが、
周りのみんなだって撮ってたんだし、私ひとり遠慮する必要なんて無いじゃない、そう考えて自分を正当化する。
ゴルゴームの被害者を目の当たりにしても彼女にとっては対岸の火事にしか感じられないのであった。
そう、この瞬間までは。

「可愛い女の子発見」
壁から聞こえた声に驚き目を向けた瞬間、壁から伸びる2本の手によって、その壁の中へと引きずり込まれていた。
メッセージが打ちこまれた携帯は送信ボタンを押される事なく、地面に転がり落ちた。
声と腕の主は言うまでもない。怪人コンクリモグラだ。
年の割に小柄な体型のカナは「獲物を抱えたまま無機物の中を潜行する能力」の練習及び実験台として怪人の目に止まったのだ。
女性ばかり狙うのは全くの偶然である。多分。

捕まえた女子高生を抱き抱えたまま壁の中を潜行するコンクリモグラ。
そのまま地中に潜るとアスファルトの道路の中を距離を稼ぐべく疾走する。
当初の目標の200メートルを超えた辺りで有機物を抱えたままの潜行能力に限界が迫って来た。
怪人自身には何の影響も無いが、もし怪人が腕を放すなり、動きを停止しようものなら、
その瞬間実験対象は無機物と融合し、永遠にその場所にその身を留める事になる。
そうなってはゴルゴームの技術をもっても元に戻すことはできないだろう。
最終地点が地中では能力の実用距離の計測に支障が生じることになる。コンクリモグラは適当な建物を見つけると地表に浮上し、建物の壁の中に潜り込む。
女子高生が壁に引き込まれてから15秒ほどの出来事であった。

カナの通う公立高校。
校舎の校庭に面した白い壁、その高さ1メートルから2.5メートル程の位置にまるで水面の様に波紋が走る。
そこから既に怪人によって壁と同質化された彼女の体が前半分だけ浮き上がる。
両肘を折り曲げ手の平は開いた状態で顔の高さの位置で壁の表面に固定され、足は下に真っすぐと伸ばされている。
肩まで伸びていた後ろ髪は壁の表面で波を描いている。
硬質化した夏服のブラウスははだけ、ブラの左肩の肩ひもが露わになり、お腹も丸見えになっている。
スカートの裾は捲くれ上がった状態で固定され、小柄な彼女らしい、すらりとした腿が露わにされている。頑張って覗き込めば、浮き上がったスカートの隙間の奥に何かが見えるかもしれない。
彼女の胸の膨らみは・・・うん、ノーコメント。
その身を壁と同化させられても彼女には意識が残ったままである。
実験対象の精神状態を計るのもゴルゴームの研究対象であるからだ。
コンクリモグラは新たに作成した壁のレリーフの出来栄えに満足する。
残りの仕事は深夜のうちに計測班が済ませる事だろう。俺は今日の「成果」を肴に一杯やるとするか。
そう考えながら壁に潜り組織のアジトへ戻るのであった。

「ちょっと、何なのよこれ」
突如何者かに乱暴に抱きかかえられた混乱から我に帰るカナ。
つい数秒前までは全身を押し潰される様な圧力と、体の中を冷たいものが通り抜けていく未知の感覚に襲われ、何も考える余裕はなかった。
そして今、光も音も無い暗闇の世界で彼女に感じられるのは、「動けない」という全身の感覚のみであった。
自分の肉体が壁に押しつぶされ、冷たい石に全身を隈なく圧迫されているようだ。
僅かに反時計側に捻られた腰が気になって、正面に体勢を整えようとするが、
彼女にはほんの僅かの身じろぎをする事すら許されなかった。
今の状況に変化が訪れる兆しもなければ、どこからか助けが差し伸べられる事もない。
実際には数分の時間の経過も、この静寂の中では永遠に等しかった。
この状況に終わりは来るのか。それともずっとこのままなのだろうか。
何も無い暗闇の中、彼女は身も世も無く心の中で泣き続けた。

翌日壁のレリーフにされたカナを一番に発見したのは、朝練に来た男子生徒であった。
そのレリーフの女性像のあられもない姿にぎょっとし、次に好奇の視線で全身を眺め渡す。
うちの女子の制服をしたスケベな彫刻を飾るなんて悪趣味な奴もいた者だ、とあらぬ妄想を振り払うかのように憤慨して見せる。
青春真っ盛りのスポーツ部所属の若者には、「人がモノに変えられた」など馬鹿げた想像は全くの無縁である。
一通り像の見分をし終わると先輩が来る前の清掃を済ませに体育館へ急ぐのであった。

更に時間が経ち登校する者が増えると、男子からは好奇心と野卑の視線を、女子からは羞恥と蔑みの視線を次々に向けられる事になるだろう。
彼女は全校生徒の注目を浴びることになったのだ。

つづく


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