作:HIRO
〜所長室〜
私、猫神 石華はまた所長――ヴィオナ・フィーゲルトに呼ばれて所長室来ていた
相変わらず椅子にふんぞり返って偉そうな態度を私に示していた
「……今日、お前を呼んだ理由は……」
「また息子を預かってくれ、か?」
かれこれもう20回以上はこの用件で呼ばれている、そろそろ慣れるという物である
「それもあるが……」
「?」
ただ、この時その声にいつものような覇気がこもっておらず、非常に疲れた声で応えていた
「……実は明日、戦課のヤツと模擬対戦をすることになってな」
戦課……それはすなわち、戦闘専門課の略称である
戦課のメンバーははっきり言って戦闘能力が高い奴らだけを集めている
その実力は一人一騎当千の実力があると称されており、内外共にその強さは知れ渡っている
曰く「こいつらが敵でなかった」と言う言葉彼らにとってほめ言葉の一つであると言う
「で、誰なんです? ……誰でも苦戦しそうですが」
「……第13番隊長、風祭 一(かざまつり はじめ)だ」
「……はっ?」
ちょ! 風祭 一と言えば悪名高い第13番隊の中でも最も実力がある人物と言われている
彼女の得物は刀であり、彼女の剣術も相まってその切れ味はすさまじく、ひとたび鞘を抜けば数千の屍の山を築き上げると言う噂まである
それでいて油断という言葉には最も遠く、いつも暇な時間は道場にこもり素振りの練習をしているという
さらに誘惑にも負けず、ある時所内で一番のイケメンが彼女に告白をしたのだが……
結果は察しの通り見事に振られ、心と体に大きな傷を負ってしまったという
「なんでそんなヤツと……」
「先方からのお願いだ、何でも私の息子がどうとかこうとか……」
「は、はぁ……」
全く所長は厄介な事をこうも押しつける……もう少し部下を労るとかそうゆう事を覚えてもらいたいが……
(無理だろうな……)
可愛い物は自分か自分の息子だけ、それ以外は自分の下僕か何かにしか思ってない
だから例え私が酷い目にあっても素知らぬふりをして息子を下手惚れする
私も我ながらとんでもないヤツの下についてしまった……今更遅いけど
「ともかくやるからには徹底的にだ、分かったか!」
「わ、分かりました……」
所長の気迫に押され渋々私は了承し、廊下へと足を進めるのであった
〜廊下〜
「……」
私は無言のまま廊下を歩いていた
廊下には所長の趣味か、床には赤い高級そうな絨毯、天井には何千万円かかったか分からないシャンデリアと所狭しと高級品が並べられている
明るすぎてかえって見にくくなってるほどである
(本当にここは警察署なんだろうか……)
……と言うか金のかけどころが何処かずれていると言わざるお得ない
もう少し部下の給料とかに充ててくださいと言いたい
後人員を増やすとか(主にまともな人)、設備を増やすとか……
ドン
……考え事をしながら歩いたのが祟ったのか、廊下の角から現れてきた女性に私は派手に当たった
「痛ぁ……」
「む……」
黒髪のポニーテールに、全てを見据えたような冷静な黒い瞳
一応制服を着ているから警察のヤツなんだろうが……全然見たこと無い
「すみません……」
「何、別に良いのだよ猫神 石華殿」
「……!?」
一瞬私は腰にある銃に手を置き、引こうとするが……
「何をそんなに驚いている? 私は風祭 一、お主とは明日戦うことになっている」
ソレよりも早くさっきの女性――風祭は腰の刀に手をやりいつでも抜刀できる体制のまま話しかけてきた
その顔には幾分か余裕が見えており一見隙だらけだが……目は私の腰に集中している
私が銃を引き抜けばすぐさま抜刀出来る体勢がそこには出来ていた
「……何か用ですか? もしかして今ここで戦うとか」
対する私はそんな余裕のある表情など出来る暇もなく、額に冷や汗を浮かべ風祭の一挙一動を観察していた
「私は別に良いですよ?」
もちろんコレは私のはったりである
今のこの状況圧倒的に私が不利な事は私にも理解できている
しかしこのまま食い下がるのも何か悔しいしそれにすっきりしない
「いや、私は武士だ……無用な殺傷をしたくはない」
「……」
相変わらず彼女に隙は無い
さすがは第13番隊長と言ったところか……
「そ、それよりもだ……お主、ここの所長の息子クリス・フィーゲルトのせ、世話役をしてるんだよな?」
「ああ、そうだが……」
……あの〜、なんか様子がものすごく変なんですけど……そう思うのは私の気のせいか?
「……可愛いよなぁ……クリス殿……」
「ま、まあそうだな……うん、男としては」
「あの宝石のように綺麗な赤い瞳、赤子の様に瑞々しい肌、そよ風のような声、その全てが可愛い……」
具体的には頬を紅潮させ瞳は明後日の方向を向いている
いわゆる、トリップ状態……または脳内麻薬をやってラリッている状態
「いやまだ若いし……」
「そこが良いのだよ、石華殿……子供はすばらしい者だ……」
……えっとなんというか、ウン
「子供は無邪気で、愛くるしくて、そして全力で庇護したくなる存在だ……石華殿もそう思うだろ」
「は、はぁ……」
この人ショタコンだよ、しかも重度の!
「……そこでだ石華殿」
ガシ
っといきなり風祭は私の肩を持ち恐ろしく強い力で握り始めた
「!?」
メリメリ
「私にクリス殿の世話をする権利を私にぃ!」
そして、風祭は鬼のような形相で私に迫ってきた
はっきり言って怖いですもう色んな意味で
「そ、そんなに強く握るな! 肩が肩が壊れるぅ!」
おまけに肩を強く持つもんだから逃げられないと言うわけで……
これなんて言う拷問?
「頼む、頼むから!」
「え〜い! 大体明日、模擬戦をするだろ? それまで待てないか?」
「む……それもそうだな……私としたことが肝心なことを忘れていたようだ」
ふぅ……なんか落ち着いてくれたみたいだ……これで一件落着……
「明日、本気で潰せばいいのだな?」
なわけねぇ!
余計事態が悪化してる!
「いや、潰すとか物騒な事……」
「フフフ……、そうと決まれば早く仕度をしなければな……」
だめだこいつ、人の話を聞いてない……
「そう言う訳だ、私は帰らせてもらうよ」
そう、風祭は殺意を垂れ流しにしつつ廊下を直進していった
一人残された私は放心状態のままその場に佇んでいた
(……明日は無事に済むか、それが心配だな……)
〜翌日〜
「……」
結局私は昨日マンションに帰ったが一睡もできず、疲れの溜まった状態のまま道場に赴く事になってしまった
「……石華さん、大丈夫ですか」
「私の事を心配してくれるのかクリス……大丈夫だ、何とかなる」
……クリスには彼が原因と言うかとは話さないでおいた方が良いだろう色々と
「着きましたよ〜、石華さん」
「着いたか……」
ああ気が重い……この重々しい扉の先には鬼が潜んでいる
たぶん下手したら殺されるな、なったて相手は殺る気満々でしかも相当な実力者である
模擬戦だから大丈夫……と言う道理は存在しない
昨日の相手の態度から、それこそ相手は容赦と言うものは存在しないだろう
「あの〜一つ聞いていいですか?」
「何、クリス君?」
「……何で僕まで来るんです?」
「まあ、こっちの話だ……クリスは何もしなくても良いよ」
だから私も本気を出させていただきます……主に策略と言う意味で
(あまりこの手は使いたくなかったけどね……)
私は道場の重々しい扉を開けた
ギギギギィ……
道場への扉は錆付いているのか悲鳴のような音を鳴らしつつ
扉の先には
「来たか……逃げると思っていたぞ?」
一匹の鬼が――風祭 一が存在した
有り余るその殺気は只そこにいるだけで私の身を竦ませる
おそらく普通の精神をした人間なら絶対逃げ出す、そう断言できる
それほどまでに今の彼女の殺気は高まっており、このまま相手にしても確実に負けてしまう
「何、逃げるのには私のしょうに合わない……それに」
あくまでも「普通」に戦えばであるが
「クリスが見てるんでな……」
「な、く、クリスだと!? どこにいる、どこにぃぃぃぃ!」
それまでの殺気はどこへ言ったのやら……すっかり取り乱している
これなら策にはめるのもたやすそうである
「私の後ろにいるよホラ」
私はそう言って脇に引き秘密兵器の――クリスの姿を見せた
「えっと、風祭さんでしたよね、はじめまして……」
クリスのほうはおずおずと風祭に挨拶をしていた
玉のように涼しい声で
「え、あ……こちらこそ、は、はじめまして」
対して風祭の方は緊張のためガタガタに震えて、声は裏返っており、あろう事か鼻血まで出している
もはや先ほどまで殺気を放っていた奴なのか?と疑問するぐらいの豹変振りである
(予測どおり隙が出まくっている……)
私は二人に気づかれないように静かにこっそり風祭の後ろに移動し、腰にあるウェストポーチから薬瓶を取り出す
これは私の所の変態、狐固の野郎が開発した石化薬の一つで何でもあいつの言い分では即効性を重視したものであるとのことである
それを私は蓋を開け――
「……すまんこれは勝負なんだ……うらむなよ!」
風祭の方へとブン投げた
「……え?」
彼女は一瞬驚き後ろを向いたが……その時すでに遅かった
瓶の中の液体は彼女に満遍なくかかり、そして彼女の動きは――
「……」
時を止めたようにその動きを停止させていた
いや「停止」ではなかった……「変化」してきたと言い直した方が良いだろう
ピシ
何かが乾くような音と共に彼女のそのキメの細やかな体は灰色の石にその姿を変えていった
(即効性ね……確かに言えるわ)
瞬きが出来るか否か、液体は彼女の体を全て灰色の石へと変化させていった
長年の修行で細いながらも適度に筋肉のついた手や足
余計な脂肪を落とし、必要な筋肉だけをつけた腰
いつでも抜刀できる体勢でいながら結局は抜かれることは無かった刀
……私より微妙に大きい胸
そして一瞬の事で驚き目を丸くしたまま文字通り固まっていった顔
それら全てが灰色の石に変わっていった
一瞬綺麗だと思ってしまった……
(いかん、いかん! これじゃああの変態と同じだ! 自重しろ私!)
……とにもかくにも、彼女は「動かない」と言うわけで
「私の勝ちだ、第13番隊長、風祭 一」
と高らかに宣言した
〜それから数日後〜
「と言うわけで勝ったわけだが……」
所長はいつになく疲れた表情のまま私に言った
「……はい所長」
私も同じく疲れた表情を見せて答える
「……悩みの種がまた増えた……」
「クリスゥゥゥゥ! せめて教育係がだめならこの私の夫になってくれぇぇぇ!」
「た、助けて、ひぃぃぃ!」
「……」
「……」
ここ数日間ずっとこの調子であのショタコンはクリスに愛の告白をしている
……30を超えた当たりから多分数は数えていない
「事態悪化ね」
「そのようで」
しつこいというかよくここまで続けられる根性を私は見習いたい
……迷惑にならない範囲で
「……何とかしろ」
「無理です、と言うか私が何とかして欲しいです!」
「クリス、私の何処が駄目なのか? 教えてくれ、なるべく改善するから!」
「そ、そんなこと言われても……」
「……」
結局、あのショタコンはクリスがブチ切れて裏モードになって狂眼の瞳で石化されるまで諦めず告白していった
まあそれであの性格は直りそうに無いけどね……
続く 続く