作:HAGE
ティナが沈黙の帰宅を果たしてから、数週間が過ぎ―――
ケフカがこの世から去った日から、より自然は営みを取り戻しつつあった。
干からびた大地は徐々に緑の草々で埋まっていき、嘗て枯渇していた川や湖は元に戻り、数多の生き物が棲みついてきた。
茶色く枯れ果てた姿を晒していた樹木も、新たに伸びてきた若木が取って代わり、砂塵ばかりの風は緑の香を漂わせた風に変わった。
モブリズでも、種を植えても中々育たなかった畑からは作物が多目に採れ、近辺の小さな森からは木の実が採れる様になった。
…あれから日々は、より良き状態へと戻りつつある。
…それでも、モブリズに生きる子供達の心には、暗い影が残り続けていた…。
「………何だか、寂しいよね。」
「………うん。
すごく……寂しいね……。」
食事に不自由することが少なくなって来ても、食堂では席が一つ、空いている―――
外でどれだけ遊んでいても、嘗て聞き慣れていた、心配や注意の声が聞こえて来ない―――
今でこそカタリーナが、孤児となった彼らの母親代わりだったティナの役割を継いだとはいえ…ティナの存在は、あまりにも大きかった。
「………あのさ…。
僕らがこうやっていつまでも悲しんでても、しょうがないよ…。
ティナ姉ちゃんは死んだわけなんかじゃないし、約束通り、村に帰って来たんだ。
そう思った方が、いいんじゃないかな…?」
「………そうだね……。
その通りだよね………。」
子供達なりに皆で励ましあい、何とか悲しみを乗り越えて日々を強く生きていこうと心掛けはしても…
それでも…帰って来てからも動かず、物言わぬままのティナの姿を見る度に、彼らの未熟な心は揺らいでしまうのである。
『………ティナ姉ちゃん………』
そんな、八方塞がりの、悶々とした日々を彼らは過ごしていた。
…そんなある日。
「…あれか? ゲイン?
例の、女子供しかいねえ村、ていうのは?」
「ああ、間違いねえ。
あの村には、ガキしかいねえぜ! エディー! アンガス!」
「へへへ、マジかぁ? 確かに、さっきから見てても野郎一人見掛けやしねえがよぉ。」
どれもが薄汚れた服を着こなしている三人の男は皆、その容姿を裏切らず、悪党であった。
世界が引き裂かれて以降、治安が悪化し世情も非常に不安定になっていた頃には、必然的にごろつきや物盗りなどの類の者が増えていた。
ケフカが倒され世界が再興の道を辿ってからは、そこから足を洗う者はいたが、どうあっても街や村からはみ出る筋金入りの者もいる。
この男達もその例に漏れず、しかもその日の銭や飯の為ならば殺しも厭わない、かなり質の悪い方に分類される悪党である。
その札付きの悪党三人が、件のモブリズを遠巻きから見分しているという訳である。
「あの村は裁きの光で、大人が一人残らず死んじまってるんだ。
そして生き残ってんのは、その大人達の息子達やら娘達だけ、ていう訳なのさ。」
「なーるほどね。 そんな村、『早く盗りに来て下さい。』って言ってるようなもんだな。」
自警力を持たない、或いは弱い町などは悪者達の絶好の餌食となる―――
ある意味当然の帰結であり、世界崩壊から今に至るまでこの手の輩が村を襲撃しに来ることが無かったのは、まさに奇跡とも言える。
…その奇跡も、今日この日を以って、今まさに終わりを告げようとしている―――
「ヘヘヘ。 そうと決まりゃぁ、さっさと襲っちまおうぜぇ!」
「待ちな。 相手が女子供だけだからって、油断は禁物だぜ? あいつ等も団結すりゃあ厄介な相手だ。
だからよ…あいつらの内の誰か三人を、人質にしちまえば良い。人質は一人よりは、なるべく多い方が効果的だからな。
一旦別々に分かれて、出来るだけ一人になっている奴の隙を狙って、それぞれ一人ふん捕まえてから合流するんだ。合流場所は、村の入口付近だ。
ただ、なるべく掛け声は控えとけ。まだ俺達の内の誰かが捕まえてない間に気付かれて、警戒されるのは避けたいからな。
…とまあ、こんな感じに首尾良く行けば、後はこっちのモンだ。 これで良いな?」
「おお、そいつぁ良い考えだ!
やっぱ、おめえは頭が良いなぁ! エディー!」
「…お前は馬鹿力だが、慎重さに欠けるんだよ、アンガス…。
俺も異論はねえぜ、エディー。」
「…よし、それじゃ早速行動するぞ。」
どうやら三人の内、それなりに悪知恵が働く、エディーと呼ばれる男が基本的に主導権を握るようである。
エディーの作戦に基づき、三人はそれぞれ別の方向に散り、モブリズへと向かった。
そんな、悪党達の魔の手が掛かろうとしている事など知る由も無く…
「うふふ。 今日もたくさん実ってる!」
モブリズの近辺に在る小さな森で木の実を採っている、一人の少女。
とり過ぎたらダメだから、今日からの一週間分はこれくらいにして―――
あらかたバスケットに集め終え、そろそろ帰ろうかと思っていたその時…。
「……!!?
んーん!! んーーーん!!!」
「へっへっへ…声を立てんじゃねえ。
その可愛いお顔を傷付けられたくなけりゃなぁ? ギヒヒヒヒ。」
突然背後から羽交い絞めにされ、口も押さえられてしまう。
思わず叫びかけた時、粘着質な男の言葉に少女は怖気を感じ、何も言えなくなってしまった。
「おかしいなぁ…この辺りにあるはずなんだけど…」
数人でボール遊びに興じていたところ、はずみで村の外へと大きくボールを蹴り飛ばしてしまった一人の少年。
つい力を入れ過ぎて蹴り飛ばしてしまい、村はずれの草藁に消えてしまったボールを捜している。
いくらなんでも、あの距離からいきなりシュートを打つのは、やっぱりまずかったか―――
「早く見つけないと…………!!?
むぐ! むぐぐ!!」
「大人しくしな。
これから俺達の言うことをちゃんと聞けば、殺しはしねえ。」
突然、知らない男に拘束されてしまった。
そこから解放されようと抵抗しかけたが、ダガーを首元にあてがわれ、とうとう萎縮してしまった。
「……ふう。 あともう少しね…。」
子を無事出産し、体調も元に戻り、生んだ子の育児の合間を縫って家事に取り掛かるようになったカタリーナ。
その日に洗濯した数々の上着やら下着やら靴下やらを、村の裏側の端辺りの日当たりの良い場所で干している。
皆の居る家からは少々離れた所だが、洗濯物を干すには最適な場所なのだ。
(少し疲れたけど…ティナの苦労に比べたら、大したことじゃないわ。)
ティナへの有り難味を噛み締めつつ自身を励まし、作業の続きに入ろうとした…その時。
「……!! 何!? 誰なの!? あなた!?」
「へえ……乳臭えガキばかりかと思ってたら、こんなカワイコちゃんもいるとはなぁ。」
痩せぎすの見るからに人相の悪い男に、いきなり両手を片手だけで纏めて掴み上げられてしまった。
その男の嘗め回すような視線に、寒気が走る。
「嫌! 離して!!」
「おっと、口も押さえねえとな。 騒がれちゃたまんねえ。」
もう一方の手で、口を押さえられかけた時、カタリーナはその男の急所を思いっきり蹴りつけた。
「あぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「離してって、言ってるでしょ!!」
ようやく解放され、急所を押さえて呻く男を振り切り、カタリーナは逃げようとした。
そして、子供達に危機を知らせようと叫びかけたその時…片脚に激痛が走った。
「う……あああああ!!!」
「クソッ……舐めたことしてくれやがってこのクソアマがぁ!!」
急所を押さえつつ、怒りに任せて彼女の脚目掛け、男がダガーをぶん投げたのだ。
深々と刺さったダガーによる苦痛に、思わずカタリーナはその場に転倒してしまう。
「てめえは絶対に許さねえ…仕事の後でたっぷりヤってからぶっ殺してやる…!」
「ううう……ディーン……。」
両手を後ろ手に縛られ、髪を掴み上げられながら連行されるカタリーナは、遂に涙が零れてしまった…。
<第5話・終>