強く優しき勇乙女の像 第4話

作:HAGE



「…今度こそ、元に戻せるよな…?」


金の針や万能薬を使っても元に戻らなかった、あの時の光景が頭を過ぎる。

だがよく考えれば、あの時はまだ、魔石と同様にケフカの魔力が完全にこの世から消えていなかっただけなのではないか…?
上手く説明は出来ないが、要は魔石が全て消え去った今なら、ケフカの魔力も消えているのではないか?
若しかしたら、こうしたことは単なる時間的な問題に過ぎないのかもしれない。
…そうだ、きっとそうに違いない。今なら、絶対に元に戻せる筈だ―――

そんな思いを胸に、ロックは再びティナの石化解除に臨んだ。



…だが。



「………畜生!!!

 駄目だ!!!

 何で戻らないんだよ!!!!」



残り全ての金の針と万能薬を使い果たしても…ティナの石化が解除されることは、無かった。


「おい……嘘だろ……?
 シャドウが死んじまっただけじゃなく、ティナも元に戻らねえっていうのかよ……?」


一人は自ら死を選び、そしてもう一人は石化の呪縛から解放されないというあまりに残酷な現実に、マッシュは半ば放心してしまった。
そして、それは他の者達も同様であった。
シャドウの方は、瓦礫の塔が崩れゆく中、人知れぬ内に自ら一人で塔の何処に消えていった彼を助けに行くのは、あの時点ではもう
手遅れだったのだと百歩譲って割り切るとしても、ティナの方は、五体それ自体は無事であるのに何故か石化だけは戻せないという事態が、
あまりにもショッキングだったからである。石化など、備え有れば今まで何の問題も無く解除出来た状態異常だっただけに、尚更である。


「シャドウを……ティナを……
 掛け替えの無い仲間を、私達は二人も失ってしまったのか…?」


普段は冷静沈着なエドガーも、動揺を隠せずにはいられなかった。不可抗力だったとはいえ、結果的にシャドウを見捨てる決断をしたことで
少なからず苦悩を抱いていた矢先、更に追い討ちを掛けるかのような出来事に、彼は只呆然とする他無かった。


「そんな……。
 こんな……こんなことって……。」

「クソッ……マジかよ………。
 冗談じゃねえぞ……クソッタレが………!」


最早、涙を堪えきれなくなったセリスと、顔を背けながら吐き捨てるセッツァー。
「一切の喪失を伴わない、完全無欠の結末など虫の良すぎる話だ」と言えばそれまでなのだが、大切な仲間を、それも二人も失った上での平和を
素直に喜べるような者は、彼らの中には一人もいなかったのだ。



「……ティナ……。

 お願いだ……何か…言ってくれ……。

 そんな笑みを浮かべられても……俺たちは……やるせないんだ………。

 頼む……一言でもいいから……何か…言ってくれ………!」



そんな、ロックの切なる願いを聞き届けることも無く…

ティナは只、石に封じられた、変わらぬ微笑を浮かべるのみであった…。



「……シャドウの…おじ、ちゃん…………

 ……ティナ、お姉…ちゃん……………!


 ……ぐすっ………う……ひっく……ひっく……う…うう…う……………



……………うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ―――――――――――――――――ん!!!」



何時もは生意気口調ではあるが根は優しき少女のリルムの、悲しみの感情に任せた泣き声が、ファルコンが飛翔する青空に響き渡った…。

















…皆が沈痛な面持のまま、永遠に続くかと思われた沈黙の間。

…このような状況でも、これまでのように最初に声を上げて事を進展させるのは、やはりエドガーであった。


「………皆…。
 このまま……こうしていても、仕方が無い…。
 皆それぞれ……帰るべき場所へ、帰るとしよう………。」


言葉を慎重に選びつつ、皆に解散を提案するエドガー。
その提案に反意を抱く者はいなかったが、賛同の声を上げる者も、いなかった。

「……皆、それで良いな…?
 …では、最初にティナを村まで送ろうと思うのだが…それでも良いな…?」

ここで、皆の悲痛な心の中心を占めていた彼女について敢えて触れることで、多少なりとも感情的な反応が返ってくるのを覚悟していたが、
それにすら誰も声を上げることは無かった。


「………セッツァー……。
 モブリズまで……………頼む……。」

「……………………………ああ………分かった……………。」


そう簡潔に返答し、後は何も言わないままファルコンの操縦に取り掛かるセッツァー。
それからモブリズに到着するまでの間、誰一人、一言も発すことは無かった。
澄み渡った青空を背に、吹き込む爽やかな風の中を横切り、我が意を得て自在に飛翔しゆく幾羽もの白亜の鳩の群を追い抜くファルコンは、
幾多の暗澹たる心を乗せたまま、モブリズへと向かっていった…。






…場面変わって、モブリズでは―――――



「うわ―――い!!!
 空も!! 土も!! 木も!! 水も!!
 みんなみんな、生き返ってきたよ―――!!!!」



家の外でいつものように遊んでいた数人の子供達が、次第に蘇ってゆく自然の姿を見て、これ以上に無い歓喜に躍り上がる。
荒廃した大地や枯れた樹木などを嫌でも目にするが、それでも家の中にずっといるよりはマシだと自身に言い聞かせ、それに最早慣れてしまっていた上で
遊んでいると、紅い空が青に戻り、乾燥していた地面が肥沃さを取り戻し、枯れ木には芽が生え、枯れた川の上方から水が少しずつ流れてき始めたのだ。

―――ティナママとママの友達が、ケフカをやっつけたんだ―――!
そのことを早く家の中に居る他の皆にも伝えようと、外にいた子供達が家に戻ろうとすると、空の向こうに、見覚えのある空飛ぶ船の姿が見えた。


「!!! ママだ!!
 ママが帰ってきたんだ!!」


今日のこの時ほど、こんなに嬉しい気持ちになったことは世界が引き裂かれて以来、無かった。
その気持ちのままに子供らしい笑顔になった彼らは家に入り、大声を上げる。

「みんな!! ママ達がケフカを倒して、今、ママが「やったよ!! カタリーナの赤ちゃんが生まれたよ!!」

外に出ていた子供達と家の中に居た子供達の喜びの声が重なり合う。
それからして、中の子供達の方は、世界が蘇り、更にティナが帰ってきた事を…外の子供達の方は、カタリーナの腹の中の子が無事に生まれた事を
それぞれ知った。
今日のこの日に立て続けに起こる善事に、子供達の誰もが歓喜した。


「わーい!! わーい!! 今日は最高の日だ―――!!」

「久しぶりにティナママに会えるのね! 赤ちゃんが生まれたこと、知らせなきゃ!」

「お父さん…お母さん…この日をお父さんとお母さんと、一緒に喜びたかったよ……ぐすっ。」


子供達が思い思いの気持ちを表している中、モブリズに住む子供等の中で最年長であり、又、他の子供達の父親代わりでもあったディーンが、
彼らに呼び掛けた。

「よーし! お前達!
 もうすぐティナが帰ってくるぞ!
 俺はもうちょっとカタリーナと一緒にいるから、先にお前達で出迎えに行っておいてくれ!」

『うん!』 『はーい!』

ディーンの呼び掛けに子供達は全員返事し、喜び勇んで家の外へと駆けて行った。
そして、村の広場で暫く待っている内に、待望のティナの仲間達が姿を現し、やって来た。

…だが。



「わーい!! ママの友達のお兄ちゃんやおじさん達だ!
 世界を救ってくれて、本当にありがとう!!

 ………あれ? ママは、どうしたの…?」



最初に姿を現したティナの仲間達が、何やら重たそうな物を運びながらやって来たかと思っていると、その重たそうな物は他でもない…
石化したティナであった。ゆっくりとバランスを崩さないまま、仲間達によって自分達の前に静かに立てられる彼女は、まるで本来からの
石像のように見えた。


「……何、それ…? 何でママが、石になってるの…?」

「みんな………ごめんな……。
 俺達、ティナと共にケフカをちゃんと倒してきたけど……
 ……ケフカの……死に際の攻撃で……
 ティナは……………石に………なってしまったんだ……………。」


一片の淀みも無い、申し訳のない態度でマッシュが子供達に告げる。
彼以外の者も、遣る瀬無い表情でただ黙っているのみであった。


「………そんな……嘘でしょ………?

 ねえ! 嘘でしょ!? 嘘なんでしょ!!?」


「………嘘じゃ…無いわ………。」


子供達の悲痛な視線に耐え切れず、セリスは俯き、視線を下げながら答えた。

「それじゃ早く元に戻してよ!!!
 ママと友達なんでしょ!!?
 どうして戻してくれないの!!?」

「ごめんな………。
 …でも……どうしても元に戻すことが………出来ないんだ………!」

苦悶の表情のまま、辛い返答をするマッシュ。
そして、子供達が泣き出しそうな顔になりだしたその時に、ディーンが家の中から姿を現した。


「やあ!! あんた達……本当にありがとう!!
 あんた達のおかげで世界は救われたし、ティナも帰って……あれ?」


そういえばさっきから、子供達は皆、喜んでいるどころか何故か泣き出しそうな顔をしているが―――

……………!!!?


「………何だよ、それ。
 …何、ティナに似せた石像なんか持って来てんだよ。
 …あんた達、いくらなんでも、冗談にしちゃあ笑えないぜ。」


ディーンは先程の喜びも露と消え、段々と怒りが込み上がってきた。


「………冗談では、ない…。
 ティナは……ケフカの死に際の攻撃から私達を庇い…
 ……石化して…しまったのだ………。」


その場に居る全員の中で比較的冷静さを保つエドガーが、苦い表情のまま、事の顛末を改めて明かした。
それを聴いていたディーンは、更に怒りが込み上がってきた。


「………ふざけんな……………ふざけんじゃねえぞ…!!!

 何が『私達を庇ってティナは石化した』、だ!!!

 ティナに守られていながら、何でティナを元に戻さねえんだよ!!!

 あんた達、ティナの仲間なんだろ!!!? だったら早く戻せよ!!!!」


エドガーの胸倉に掴み掛かり、睨み付けながらディーンは怒鳴った。
そんな彼の怒りの形相を、目を決して逸らさずにじっと見据えるエドガー。


「……これは…只の石化では、ない…。
 …私達も、持てる全ての手段を以って、彼女を元に戻そうとした。

 ………それでも………元には………戻せないんだ……!」


その言葉はこれまでのエドガーの冷静な話し方において、より、語尾に感情が籠もったものであった。
一切の戸惑いを感じさせない返答に、ディーンは胸倉を掴んでいた手の力が次第に弱まっていく。


「………嘘だろ…?
 …何で、こんなことになっちまったんだよ……!」


「……すまない………。

 ……本当に……すまない………!」


怒りも次第に弱まっていき、その場にへたり込んでしまうディーンに、エドガーは只、謝罪の言葉しか言えなかった。
彼らに非が有る訳ではない。
彼らに落度が有る訳でもない。
ティナもまた、己の意思で、身を挺して彼らの命を庇ったのだから…。
…それでもエドガーは、謝罪を述べずには、いられなかった…。



「………何でなんだ…?

 何で…ティナはこんな、不幸な目にばかり…遭うっていうんだ……?

 これじゃ………これじゃ………あんまりだ…………!」



拳をぐっと握り締めながら、ロックが苦々しく呻いた。


「ぐすっ……ひどい……


 こんなの……う…うう…ひど、すぎ……うう………う、う、う…………




 ………うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――――――――ん!!!」


子供達の中の誰かが泣き出したことで、他の子供達も次々と泣き声を上げていく。



「……………うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――――――――!!!!!


 畜生―――!!!!


 畜生――――――!!!!




 ……………ちっくしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ――――――――――――――!!!!!」



ディーンもまた遂に堪え切れなくなり、拳で地面を何度も殴りながら慟哭した。
そんな彼らの姿を、エドガー達は黙って見守ることしか出来なかった。


…モブリズより響きゆく悲嘆の叫びは、澄み切った青空の中に、只空しく消えていった…。

<第4話・終>

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