作:HAGE
「ハア…ハア……皆、全員無事か!?」
ようやくファルコンに辿り着いた皆であったが、念の為、一人も仲間が乗り遅れていないかどうか、エドガーは確認する。
「……!!
シャドウのおじちゃんが…シャドウのおじちゃんだけ……いない…!!」
エドガーの期待を砕くかのように、その意図が無くとも声を荒げてそう叫ぶのはリルムであった。
シャドウがいない事で皆に動揺が広がり始めていたその時…彼の忠実な忍犬、インターセプターがファルコンに飛び乗り、弱々しい
鳴き声と共にリルムの傍に寄り添った。
「インターセプターちゃん…!!
シャドウのおじちゃんは………どうしたの……?」
「ワンワン…ワン………クゥゥゥン……………」
主がいない忍犬の頭を撫でつつ、普段は彼を傍に従えていたシャドウが何故いないのかを尋ねるリルム。
そんな彼女に答えるかのように、そこいらの駄犬などが持ち得ない、普段の精悍たる居ずまいと本来の実力からは想像も付かない、
何とも悲しげな吼え声をインターセプターは上げた。
『行け! インターセプター!
最後の命令だ………お前はあの娘と共に、生きろ……。
……………元気でな……………。』
シャドウのその言葉、そしてその直後、一人、崩れゆく瓦礫の奥へと向かっていったこと…。
言葉は分からずとも、主の意図することを、長年の付き合いで築いてきた信頼によって悟ったインターセプターは、彼自身、
今まで感じることの無かった気持ち…人間の言葉で言う「悲哀」に打ちひしがれていた。
そうした、インターセプターの只ならぬ様子から大概の事を皆が察し始めていた時…エドガーは言い放った。
「……セッツァー。 ファルコンを……発進させてくれ。」
「…!!!
おい、兄貴!! いくらなんでも、そりゃねえだろう!!?」
感情を押し殺そうとする声調で脱出を促すエドガーに、普段は温厚なマッシュでも、流石に我慢ならなくなった。
エドガーの言った事がどういう意味であるかなど、マッシュでなくとも、どこぞの某でも分かる。
基本的に人を選ばない気さくな性格であり、又、嘗てシャドウと共に旅をしたこともあるマッシュは、他の仲間達以上に、彼に対して
「シャドウは俺達の仲間だ」という認識を抱いていたので、そんな冷たい事を突然言い放つ兄に噛み付くのも無理からぬことである。
「あいつを……シャドウを……見捨てるっていうのかよ………!!!」
「これは……彼自身が選んだ事だ…。
それに、塔はもうここまで崩れてきてしまっている…。
今から助けに行くにしても……この分では……もう…間に合わない…!!」
「………兄貴………!」
非情ではあるが、それ以上に正論であるだけに尚更やりきれない。
弱冠17歳にしてフィガロ国王の座に就き、それからの10年間、施政や外交で多忙に身を置き続けてきたエドガーは、国王としての板が付いていた。
その為、その場その時の状況に即した的確な判断を下し行動を取ることに、良くも悪くも長けているのだ。
彼は、そんな自分を嫌悪したことなど一度も無いが、施政者に相応しいカリスマとリーダーシップを持ち合わせているが為に、必然的に皆の
リーダーの地位に就いてしまうからには、時には非情な決断をも進んで下さなければならない事自体には、少なくとも心を痛めてしまう。
…それでも、下さねばならない。そのことをも含め、エドガーとはそういう男なのである。
「早く脱出しなくてはシャドウばかりか、我々まで命を落としてしまうのだ…!
シャドウのことは………諦めてくれ、マッシュ…!!
「………畜生………
……………ちくしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ――――――――――――――――!!!!!」
エドガーの懇願に、マッシュは絶叫した。
マッシュ自身も、今から助けに行くのでは間に合わないのではないかと、多少なりとも自覚はあった。
それでも諦め切れなかった気持ちを…慕っている兄の言葉によって、完全に諦めざるを得なくなってしまった。
やり場のない怒りと悲しみを、マッシュは喚き散らして発散するしかなかった。
「…では、脱出しよう! …と言いたいところだが、セッツァー。
私から発進させてくれと言っておいてすまないが、やはりもう少し待ってくれ。
脱出の際に振動が来るから、ティナの身体をしっかりと固定しておかなくては。」
「………早くしな。」
エンジンを始動させ、既にアイドリングに入っていたセッツァーに断ってから、エドガーは石化したティナの身体をロープでデッキに固定した。
勿論、仲間の手助けを得た上でだが。
「………よし、これでOKだ!
さあ、セッツァー! 早くファルコンを!!」
「……ああ。
よし、お前ら……しっかり?まってろ!!」
発進用のレバーを引き、慣れた手際でファルコンを操縦するセッツァー。
飛び離れてからものの数秒で、巨大な瓦礫の塊が、ファルコンが待機していた場所に崩れ落ちる。
後、数秒でもテイクオフが遅れていたらどうなっていたか…言うまでもない。
次第に加速し、両側に見える瓦礫が相当な速さで後方へと流れていく。
異世界のバベルの塔を髣髴とさせる、まさに人間の悪しき欲望と傲慢の象徴と形容すべき、瓦礫で築かれた塔が崩壊していく様が見える。
そして遥か前方には、光が差し込んでいる瓦礫の切れ目が見えた。遠目でも、差し込んでくる光の量から、脱出口には最適と見抜く。
「うおおおおおおおおおお!!!!!
間に合えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
スピードを最高速度にまで上げ、ファルコンを駆らせるセッツァー。
上方から落下してくる瓦礫も増え、最早塔は完全崩壊寸前である。
「ダリルゥゥゥゥゥゥゥゥゥ―――――――――――!!!!!
オレに微笑んでくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇ――――――――――――――――!!!!!」
彼の心を射止めた唯一の女にして生涯の好敵手(とも)でもあった、今は亡きダリルへのありったけの想いを操縦桿に込め、脱出口目指して
セッツァーはファルコンをかっ飛ばした。
そして…
スピードが段々と緩やかになり、揺れが徐々に収まり、視界が一気に眩しくなる。
「………………………………は……ははははは……………
やったぜ……………!」
それぞれの体勢でデッキに?まっていた皆が、今まで閉じていた目を開け、伏せていた頭を上げかけた頃、第一声を上げたのはセッツァーであった。
…やがて、セッツァーを除いた全員が立ち上がり、ゆっくりとデッキの外側に目を見遣る。
世界が崩壊して以降、正午でも黄昏を連想させる緋色が続いてきた空は、この世界を生きるもの全てが懐かしんでいた嘗ての青に戻っていた。
干からび枯れ果てた大地がまだ大半を占めてはいるが、世界崩壊から今まで殆ど見ることの無かった草叢が、明らかに点在しているのが分かる。
…破壊の天使が世界に刻み込んだ死と絶望の爪痕は、少しずつではあるが確実に癒え始めている。
「俺達…………世界を…………
救えたんだな………。」
「………そうね………。
ようやく……世界に平和が……訪れたのね………。」
セリスの肩に手を添えて眺めていたロックが感嘆の声を漏らし、胸元で片手を握り締めて眺めていたセリスが涙を堪えるような声を漏らす。
運命に導かれるかの如く集結した彼等の力で…世界は救われ、再び蘇り始めたのだ。
…それでも、皆の誰もが心の底から喜ぶことが出来ないのは。
それぞれ大小は違えど、自ら瓦礫の塔に残ることを選んだ、黒尽くめの男のことが印象に残っているからであろう。
「……あの………バカ野郎………。」
遥か彼方に見える、文字通り巨大な瓦礫の山を、苦虫を噛み潰したかのような顔でマッシュは眺める。
戦闘以外の時では、自分から進んで仲間の誰とも言葉を交わそうとしなかった、孤独な姿が思い出される。
「修羅の道………極めてみるか。」と、コロシアムにて再び仲間に誘った時に彼が言った言葉が、今でも心に残っている。
…所詮、戦いの中でしか生を見出せない己は、これから平和になる世界に居場所は無い、ということなのであろうか…。
「………!!
そうだ!! ティナを元に!!」
そんな、各々の心境が入り混じった複雑な雰囲気の中、エドガーが声を上げた。
ファルコンに辿り着き、デッキに固定させてから今に至るまでの間、悪く言えば皆がティナのこと忘れ去っていた中、エドガーが真先に思い出したのだ。
魔法の源の消滅から連鎖する、元は幻獣であった魔石の消滅により彼女の存在が懸念されていたが、魔石が全て消滅してからもこうして此処に
居るのであれば、最早その心配は無用だろう。
又、固定していた甲斐あってか、脱出の際の振動による衝撃でヒビが入っていたり、身体のどこかが折れ砕けたりしているような様子もなく、
無傷のままである。
…後は、これまでの戦闘の時と同様に元に戻せれば、問題は無いのだが…。
<第3話・終>