伝説の用心棒 第8話 「力を秘めしもの」

作:愚印


「これだけあれば、かなりの期間もつわよね。」
「十分でしょう。アリサさんが食べ過ぎない限りはね。」
「そんなことするわけないでしょう。もう、マークったら。」
 アリサとマークは、町で買い物と情報収集をして帰ってきたところだった。
 魔道グッズ専門店でアリサの髪を売り払った後、二人はそのお金で穀物を買い求めた。メデューサの髪は高額で魔道関係者に取り引きされており、良質な髪を持ち込むアリサは、どの魔道ショップでも歓迎されていた。
「うーん。それにしても、新しい情報は何も得られませんでしたね。」
 二人は買い物の後、酒場や店で聞き込みを行った。しかし、聞こえてくるのは関連性の薄い噂だけで、目新しい情報は手に入らなかった。
「別にいいじゃない。情報がないって事は、何も起こらないってことだろうし。」
 アリサは事実を楽観的に受け止めていた。それよりも、二人で行った聞き込みがそれなりに楽しく、純粋なデートではないが二人の時間を過ごせたことに満足していた。
「まあ、そうですけどね。」
 米や小麦の袋を肩に担ぎながら、マークは言葉とは裏腹に漠然とした不安を感じていた。陰謀とは文字通り陰で進行し、決して表に出てこないと知っていたからである。
「ねえねえ、マーク。お願いがあるんだけど?」
 アリサの少し鼻にかかった甘え声を聞いて、マークは作業の手を止めた。経験上、あの手の声を出すアリサのお願いに、ろくなものがないことを彼は知っていた。
「なんですか?」
「ねえねえ、ちょっと腰の剣を貸してくれない?」
「ダメです。」
 間髪入れぬ拒否の言葉。
「えー。ちょっとぐらいいいでしょう。」
「ダメです。必要ありません。」
 いつになく冷たい響きのある言葉に、アリサは不満げな顔で問いかける。
「ちょっとぐらいいいじゃない。材質がなにか前から興味があったのよね。ちょっと舐めさせてよ。」
「絶対ダメです。怪我しちゃいますよ。」
「えー。マークは自由に扱っているじゃない。」
「俺にしか扱えないんですよ。興味本位で手を出すと危険ですから。さあ、この話はもう終わりです。早く荷物を運び込みましょう。日が暮れちゃいますよ。」
 運搬作業に戻ったマークを、アリサは恨めしげに見つめていた。

 数日後の正午。
「こんにちは、誰か居ませんか?」
 久しぶりに聞いた来客の挨拶に、アリサは料理の手を止める。すぐに火を消し外へと向かった。
「どちら様でしょうか?」
 アリサが洞窟の入り口から顔を覗かせると、黒衣に身を包んだ若い女性が静かに佇んでいた。腰まで伸びたストレートの銀髪が特徴的な美女で、自愛に満ちた笑みを浮かべている。黒衣の胸部はV時に深く切れ込み、小振りな胸の膨らみを僅かに覗かせていた。
「はじめまして、私は王国教団に所属するセリアと申す者です。あなたはメデューサのアリサさんですか?」
(王国教団?王国最古にして最大の宗教団体が、私に何の用?とうとう、危険な異形の者を教団の手で滅ぼす気になったのかしら?)
 アリサはそこまで考えて、改めて相手を見た。ニッコリと微笑み返すセリア。儚げな見かけとは裏腹に、強大な魔力の匂いを嗅ぎ取ったアリサは、緊張の度合いを高めていった。
「いえ、そんなに身構えないで下さい。今日はあなたに用があって御伺いしたわけではありませんから。」
「私じゃない?じゃあ、なぜここへ?」
 経験上、刺客と考えていたアリサは拍子抜けしたが、新たな疑問が湧き上がる。
「あなたの用心棒に用があります。」
 その目が憎悪という危険な色に輝いていることに気付き、アリサは背筋にゾクリとした寒気を感じていた。
「マークなら部屋にいると思うわ。呼んできましょうか?」
「ええ、お願いします。御手間は取らせませんから。」
 マークを呼びにいこうと洞窟の奥へと一度は姿を消したアリサだったが、すぐに戻ってきた。
「あの、失礼ですけどどんな御用でしょうか。無理にとは言いませんが、雇い主としてちょっと気になったもので。ええ、無理にとは言いませんが。」
「それは本人と相対した時にお話いたします。」
「そうですか…。」
 呼びに行くほうが早いと判断したアリサは、今度こそマークを呼びに洞窟の奥へと消えた。
 
「やっと、お会いできましたわね、盗人、マーク。我が教団が封印していた黒の剣を返していただきます。」
 マークが姿を現すと、セリアは怒気を含んだ声でにこやかに話しかけてきた。
「初対面で盗人扱いですか?それはないんじゃないですか。それにしても、教団ナンバー2であるセリアさんが来ているとは思いませんでした。」
「私のことをご存知ですか?なら、話は早い。剣をさっさとお返しください。それは世に出ていいものではないのです。」
 チラリとマークの腰に目をやり、剣の存在を確認する。その視線に気付き、マークはいつでも剣を抜き放てるように身構えた。
「それはそっちの解釈でしょう。これは俺のものです。既に俺の身体の一部となっています。いくら美しいセリアさんの言葉でも、聞くことはできませんね。」
「ならば、殺してでも奪い取るまでです。」
「あなたにできますか?」
「試してみればわかるでしょう。」
 二人の間の空気が、ぴりぴりと張り詰めていく。
「ちょっと待って!!マーク、本当に盗んだの。」
 思わず口を挟むアリサ。マークが口を開くよりも早く、セリアがその問いに答えた。
「その剣は世界に破滅をもたらす黒の剣、『ブレイクブレイク』です。あなたも聞いたことがあるでしょう。」
 アリサは意外な言葉に声を詰まらせた。
 黒の剣、『ブレイクブレイク』、様々な呼び名を持つ魔性の剣。それを持った存在は、魔王と称して幾度も世を混乱に陥らせたという。
 アリサもその存在だけは知っていたが、実物を見たことはなかった。ましてや、伝説の武器が身近にあろうなどと、考えたこともなかった。
「教団では、邪悪な力を秘めた剣を封印し、厳重なる監視の元に誰も近づけないように保管していました。それをその男が盗み出したのです。」
「使われていなかった道具を有効利用しているだけですよ。」
 マークが不満げに口をはさんだ。
「封印なんてまどろっこしいことせずに、壊してしまえばよかったんじゃ…。」
 アリサの素直な呟きをセリアは聞き逃さなかった。アリサを睨みつけ聞き返す。
「じゃあ逆に聞きますが、どうやって壊すおつもりですか。持ち主を魔王にするほどの力を秘めているのですよ。」
 アリサ返すべき答えを持っていなかった。
「もういいでしょう。それでは参ります。覚悟なさい。」
「仕方がないですね。」
 セリアは呪文を唱えながら、背後へと跳び下がる。着地と同時に呪文が完成し、その効果が現れた。セリアの身体がフワリと浮き上がり、甲高い氷に罅が入るような音と共に眩い光を放った。
 マークも早々に真眼モードに移行していた。目をつぶっていたため、その輝きを光としてはなく存在として認識していた。
 光が収束した時、セリアは透明な物質に包まれていた。祈るように目をつぶり、胸の前で手を組んだ彼女は、直径2メートルの水晶玉に閉じ込められているように見えた。しかし、マークはそれがそんな生易しいものではないことを知っていた。
「クリスタルガードか。その使い手を、この目で見ることになるとはね。」
 アリサは、文献で得た知識を思い出していた。
『クリスタルガード』。王国教会の秘儀。身体の周囲に強固な水晶を纏い、いかなるものをもってしても突き破ることのできない鉄壁の防御とする。物理的な攻撃は弾き返し、魔法はその方向を屈曲させて逸らす。信仰対象である別次元の存在から与えられる力により、いかなる攻撃も使い手には届かない。
 類稀なる魔道の素質と絶対的な信仰心が必要とされるため、王国教団でも一握りの存在しかそれを扱えないとアリサは聞いていた。マークの教団ナンバー2という言葉は事実なのだろう。
「どう、これでもまだ戦うつもり?」
 水晶球の中でも自由に動けるらしく、セリアは唇を動かして声を発していた。
「いや、こちらにはもともと戦う意思はないわけで…。」
「じゃあ、剣を返してくれる?」
「いや、これは俺の右腕で、もう切り離せないというか…。」
「なら仕方が無いわね。」
「そうですね。仕方が無いですね。」
 マークは剣の柄に手を掛けた。
「近距離戦の要である物理攻撃を克服した魔法使いに、一介の剣士であるあなたが勝てると思って?」
 その言葉が終わるか終わらないかのところで、真眼モードに入ったマークにしては珍しく、彼のほうから間合いを詰めていった。低い体勢で地を這うように駆けながら、剣を抜き放つ。
「確かにきびしいですが、懐に入ってしまえば、こちらへの攻撃手段もないはず。」
「それはどうかしらね。」
 ガキン!!
 金属が吼え、火花を散らす。マークの放った一撃は、水晶に傷一つ付けることなく、振り下ろした勢いそのままに弾かれた。想像していたとはいえ、手首に返ってきた衝撃にマークは眉をひそめた。
 セリアはそこに隙を見出す。
「くらいなさい。ビッグバンノア!!」
 一瞬、水晶球の輪郭が揺らめいたようにマークは感じた。
(なにかやばい。)
 マークは水晶そのものに蹴りを放ち、咄嗟に間を取ろうとする。
 チュドーン!!
 その瞬間、セリアの水晶を中心に爆発が起こり、周囲の土砂を巻き上げた。衝撃波を喰らいながらも、マークは受身を取って体勢を立て直す。
「危なかった。なんて破壊力だ。」
 水晶の中で、セリアは不敵に微笑んだ。
「水晶を通過した魔法は、2倍増しの威力になって弾き出されます。いまのはその応用よ。」
「そんな効果があったとは…。」
 休む間もなく拳大の火球の群れが、体制を崩したマークの元へと襲い掛かる。マークは当たれば終わりの火球を巧みに避けながら、相手の隙を窺っていた。そんなマークを嘲笑うセリア。
「疲れるのを待つつもりなら無駄ですよ。私は偉大なる『じゃlhsっふぃわ♪』様のご加護を受けています。疲労なんかは一切感じません。」
 その言葉を裏付けるかのように、マークを掠める魔法の火球は、その激しさを増すばかりだった。
「ちぃいい。やはり正攻法では無理か。ならば…。」
 言葉に続いて、剣の刃が闇に覆われていった。
「ふん、何をするつもりかは知りませんけど、私のクリスタルガードは完璧です。邪悪な力は通用しません。」
 再び水晶へ間を詰めるマーク。雨のように降り注ぐ火球を悉くかわし、セリアへと肉薄する。
 無造作に水晶で剣を弾こうとするセリア。しかし、彼女の予想に反して、闇に染まった刀身は何の障害もなく水晶に吸い込まれ、胸の布を切り裂いて元々見え隠れしていた胸の谷間を更に広く露出させた。
 中空を縦横無尽に駆け回っていた水晶球の動きが止まり、中のセリアも驚愕の表情を浮かべたまま硬直した。水晶の傷は瞬時に修復されたが、切り裂かれた服は元に戻らない。
「なぜ、なぜなの。なぜ彼の剣が私の服に届いたの?私の信仰心に一転の曇りもない。それなのに何故?何故なの?邪悪な力は、私の水晶に傷一つ付けられないはずよ。『じゃlhsっふぃわ♪』様!!お答えを。私を導いてください。見捨てないでください。捨てられるのは嫌。捨てられるのはもう嫌なのよ!!いやだ、いや、いやー!!」
 ゴトリ、ゴロゴロ、ゴロン。
 巨大な水晶球と化したセリアは、力なく地面に落ち、少し転がって止まった。
「答えは簡単ですよ。剣の力が水晶壁の強度を上回った。ただ、それだけです。聖なる力で満たされた水晶は、邪を含む力であれば斬ることなど不可能だったでしょうけど、こいつのは単純な破壊の力ですから。」
 闇を纏った剣を握りしめ、マークは呟いた。
「あなた達『教団』は思い違いをしていたんです。この剣は邪悪な存在じゃありません。破壊という危険な力を秘めてはいますが、剣自体に邪悪な意思や力は存在しませんから。使っている俺には、それがよくわかります。これまでは、剣を手に入れた者、いや、剣を求めた者達が、ただ単に邪悪だったということです。」
 ミリアの水晶に手をかけ、中を覗き込む。
「あなた達『教団』は、力があるから邪悪だと決め付け、この剣を封印していました。俺はそんな理不尽な扱いを受けていた剣を救い出しただけです。力はどう使うかで評価されるべきであって、力の強弱で善悪を決められたら堪りませんからね。」
 剣の闇が消えるのを見届けながらマークは、誰に聞かせるでもなく呟き続けた。

 意外にあっけない決着に唖然としていたアリサだったが、湧きあがる疑問に後押しされ、剣を収めたマークに話しかけた。
「ねえ、マーク。その剣の力が水晶の強度に勝ったっていうのはわかるんだけど、なんでミリアさんは水晶球に閉じ込められたの?」
 水晶球の周りをクルクルといとおしげに回っていたマークは、アリサに視線を向けずに答えた。
「これは俺の勝手な推測ですから、そのつもりで聞いてくださいよ。セリアさんを守っているあの水晶壁は、セリアさん自身の魔力を元に、教団が信じる高次元の存在の力を借りて実体化させているものだと聞いています。セリアさんが信仰に迷いを生じたために、高次元の存在による力が彼女に届かなくなって、制御が不可能になり、水晶内に閉じ込められたんじゃないですかね。」
「ふーん。わかったような、わからないような…。」
 セリアは頭を下にした状態で、驚愕の表情を晒していた。水晶の中に閉じ込められた彼女は、少し滑稽で、それだけに哀れだった。

 マークは水晶球をゴロゴロと転がして、洞窟内へと運び始めた。それに合わせて中のセリアも、頭を上下させながらクルクルと回転する。
「愚問だとは思うけど、あえて聞くわよ、マーク?」
「どうぞ、何なりと。」
 転がす手を休めて、マークは耳を傾ける。アリサは巨大な球体を見つめていた。
「これもコレクション行きかしら。」
「そのつもりですが、何か?」
 さも当然といったふうに、コクリと頷くマーク。アリサは眉をひそめながら疑念を口にした。
「これって、セリアさんの信仰への迷いが生まれたから固まっているだけでしょう?迷いがなくなれば、水晶壁は解けるわけでしょう?」
「多分、そうなると思います。」
 マークは自分の推測に、己の知識と前後の状況を鑑みて、かなりの確信を持っていた。
「危なくない?解けた瞬間、襲い掛かってくるんじゃないかしら。」
「大丈夫ですって。セリアさんは冷静で分別ある方ですから、そんなことはしないと思いますよ。」
「あら、やけに彼女の肩を持つわね。」
 一瞬、目が鋭くなるアリサ。マークは慌てて否定した。
「そんなんじゃないですよ。彼女の心温まる美談は、町中に溢れていますから。それに…。」
「それに?」
「これほどの美を、その程度のリスクで手放すわけにはいきませんから。」
「結局はそれなのね。」
「ええ、そうです。」
 悪びれた様子もなく邪気のない微笑を浮かべるマークを、ため息混じりにアリサは眺めていた。

つづく


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