Shadow 「揺らぐことのない愛」

作:幻影


 桜井(さくらい)ユカ。
 男子にとってお気に入りの女子が集っているこの学園の中でも、有数の魅力を持っている生徒である。いわば学園のアイドルである。
 彼女の人気は男子だけに留まらず、女子にまで及んでいた。
 そんな彼女に想いを馳せている1人の男子がいた。
 吉中(よしなか)ケンジ。
 実は彼はユカの幼なじみであるが、いつもいじめられていたケンジにユカは愛想をつかしていた。
 その弱い性格はなかなか直らず、いつも強気な言動ができないでいた。
 何度か彼女にデートの申し込みや告白をしてきたが、彼女にことごとく断られて、現在に至っている。
 ユカがもてはやされている片隅で、ケンジは平凡な学園生活を送っていた。

 この日も充実な生活を送っているユカ。クラスメイトの女子から、この学園の生徒たちが彼女に対して最も気にしていることを聞いてきた。
「ねぇユカ、彼氏とかいるの?」
「えっ!?」
 ユカが驚きの声を上げる。その質問に、周囲にいた生徒たちが聞き耳を立てる。
「か、か、カレ!?べ、別にそういうのはいないわよ!・・ただ・・」
「ただ?」
「好きでもないのにしつこく付きまとってくるのだったら思いつくんだけどね。」
「誰なの、それは?」
「ここで言ったらそいつがかわいそうよ。大きい態度がどうしても取れなくて、いつも頭が上がらないのよ。」
「ユカ、もしかしてそいつのこと・・」
「まさか、あんなヤツ。私の理想はもっと高いのよ。」
 照れ笑いを見せるユカ。冗談で言ったつもりではなかったのだが、周囲は面白半分で笑ってすましていた。
「大変だ!大変だぁーーー!!!」
 そのとき、1人の男子が慌しい様子で駆け込んできた。その様子にユカをはじめとした教室内の生徒たちが、困惑しながら振り返る。
「大変だよ、ユカさん!」
「どうしたの、そんなに慌てて?」
 疑問符を浮かべるユカに、その男子は1枚の手紙を渡してきた。
「きみ宛だよ!あの人さらいのシャドウから・・・!」
「シャドウ!?」
 その言葉に周囲が蒼然となった。ユカは恐る恐るその手紙の封を切った。

“桜井ユカ様、あなたのけがれなき体、いただきます。” Shadow

 シャドウから叩きつけられた予告状。その脅威がユカや教室内の生徒たちに緊迫を与えていた。

「な、何だってぇぇーーー!!?」
 シャドウからの予告状についての話は、学校中に一気に広まった。その話を耳にしたケンジが思わず絶叫する。
「お、落ち着けって、ケンジ・・」
「これが落ち着いていられるか!」
 級友の男子がなだめるが、ケンジは聞く耳を持たない。
 普段はおとなしい彼だが、今回ばかりはいてもたってもいられない状態だった。
「くそ、シャドウめ!よりによってユカを狙ってくるなんて!」
「お、おい・・ケンジ・・・?」
「ようし!こうなったら、オレがユカを守って見せるぞ!」
 ケンジが普段見せないような意気込みを見せる。しかしその男子が困惑した様子でケンジに声をかける。
「お、おい、ケンジ、ムチャはよしたほうがいいよ。シャドウは警察の包囲網をことごとくかいくぐってきた、すごい運動能力の持ち主なんだぞ。体育の成績のあまりいいとはいえないお前が太刀打ちできるわけないじゃないか。」
「そんなことは関係ない!ユカがいなくなったら、オレは・・・」
 右手を強く握り締めて、ケンジは立ち上がって教室を飛び出した。
 たとえどんなに嫌われていようと、ユカは自分の手で守り抜く。ケンジの使命感は、シャドウに対する敵対心を生み出していた。

 その日の夕方、警察が包囲網をしいている学園では、シャドウ登場を待ちわびてか、ごった返していた。そのため、警察も警備に時間をかけてしまったようである。
 ユカの親衛隊をしていた生徒たちが彼女の護衛をしようと意気込んでいたが、警察に追い返される羽目に陥った。こうして、改めて警察は警備をしくことができたのだった。
 しかし、彼女を守ることに熱意を燃やしているケンジは、廊下の片隅でシャドウを迎え撃とうとしていた。
「シャドウめぇ・・ユカは絶対お前には渡さないぞぉ〜・・・!」
 物陰で1人力むケンジ。憤りにも似た奮起を湧かせていた。

 騒がしさの治まらない学園の中に、1人の青年が平然と入ってきた。この学園の制服に身を包んだその青年は、白髪をした珍しい風貌だと周囲は思っていた。
 しかし少しざわつく程度で、彼をあまり気にする様子はなかった。彼は学園内の林道を進んでいった。
(なるほど。かなりいい校風に設備。それにかわいい女子がたくさん。その中のアイドルなんだから、オレもかなりの子を標的にしたものだね。)
 この学園の生徒になりきったユウキが、学園のすばらしさに感嘆する。彼はこの学園の生徒に紛れて、ユカを手に入れるべく学園内に侵入してきたのである。
 生徒や教師たちに気付かれることなく、彼はユカが保護されている第一棟の昇降口にまでたどり着いた。だが、そこで待っていたのは、警備に余念のない警官たちだった。
「きみ、ここから先は立ち入り禁止だ。」
「桜井さんに用事なら、私たちが代わっておくから。」
「い、いや、ちょっとここに忘れ物をしてしまって。」
 ユウキが照れ笑いを見せる。警官2人が顔を見合わせて頷きあう。
「分かった。私が取りに行くから、ここで待ってなさい。」
「いやぁ、すみません。」
 愛想笑いを浮かべるユウキ。1人と警官とともに、もう1人の警官を見送る。
 そのとき、ユウキは警官たちに見えないように、背中で右手の指をを動かしていた。黒い霧を収縮させ、それを別の棟に転移した。
 そしてその黒い球体が、ユウキが意識を向けた瞬間、破裂して黒煙をまき散らした。
「な、何だ!?」
 ユウキのそばにいた警官が、その爆発に振り返る。その騒ぎに他の警官や周囲にいた生徒や教師も騒然となる。
「まさか、シャドウが!?」
 警官がシャドウの出現と思いつく。しかし警備の眼をそちらに引きつける罠かもしれないという考慮もよぎり、警官は警部の連絡を待ちながらここで待機し、他の警官に任せることを選んだ。
(さすがに全員を欺くにはムリがあったか。でも、このくらいのほうが丁度いいけどね。)
 胸中で微笑むユウキ。そこへそばにいた警官が振り返り、声をかけてきた。
「ここは危ない。早く避難したほうがいい。」
「その必要はないよ。」
「えっ!?」
 一瞬呆然となる警官に、ユウキは笑みをひとつ見せて息を吹きかけた。催眠効果のある黒い霧を。
「う、うわっ!ま、まさ・・・!?」
 眼前の青年がシャドウであることに気付き、警官が声を荒げる。だが、ユウキの吐き出した黒い霧にまかれて、警官は気絶して倒れてしまう。
「警備ご苦労様。とりあえずここで休んでいてくださいね。」
 消えゆく霧と倒れた警官を見下ろして、ユウキが不敵な笑みを向ける。そして接近する他の警官たちを察知して、ユカのいる教室を目指して廊下を駆け出した。制服を脱ぎ捨てて、シャドウとしての黒い衣服を身にまといながら。

 突然起こった爆音を聞いて、ケンジは抱えていた不安がふくれ上がらせて、慌ててユカのいる教室に向かった。既にシャドウがこの棟に入り込んでいると思い、全速力で駆け込んだ。
「ユカ!」
 力いっぱい教室のドアを開けて、ケンジが血相を変えて入ってきた。その様子に、ユカと彼女を護衛していた1人の警官が振り返る。
「ケンジ!?どうしたのよ、そんなに慌てて!?」
「きみ、勝手に入ってこられちゃ困るよ。」
 ユカが戸惑いながら、警官が不機嫌そうにケンジに声をかける。ケンジはドアの枠に手をかけて、大きく息をついている。
「もしかしたら・・シャドウがここに来てるんじゃないかって・・・」
「そういうお前が、変装しているシャドウじゃないのか?」
 憤慨した警官が近づき、ケンジの頬を引っ張る。
「イデデデ、オ、オレばジャドウなんがじゃないでずよ・・・」
「何をやっているんだ!?」
 そのとき、現場を取り仕切っている警部が、この教室に入ってきた。
「け、警部!?」
 警官が慌てて警部に敬礼を送る。警部はいぶかしい表情でその警官、ケンジ、そしてユカを見回した。
「桜井さんは私が保護する。お前はここ周辺の警備を固めろ。」
「は、はい!」
 警部の命令を受けて、警部が飛び出して教室を出て行った。それを見送った警部が、ユカに視線を移す。
「さぁ、ここは危険になります。私と一緒に避難を・・」
「ちょっと待ってください。」
 警部がユカに手を差し伸べたと同時に、ケンジが声をかけた。ユカと警部が同時にケンジの顔を見つめる。
「ユカ、だめだ。警部と一緒にいたらダメだ。」
「えっ?」
 ケンジの言葉に、ユカが一瞬唖然となる。
「ケンジ、どうして?刑事さんに何かあるの?」
 ユカが不思議そうに聞き返すと、ケンジは不安そうに答える。
「だって、その刑事さん・・シャドウかもしれないよ・・」
 ケンジがそういうと、ユカが思わず警部から離れた。ケンジのそばに駆け寄った彼女に振り向きながら、警部は腑に落ちない表情で2人を見つめる。
「何を言っているんだ、きみは?なぜ私がシャドウだと言うんだ?」
「そうよ、ケンジ。いくらあなたでも、そこまで言うのはやりすぎよ。」
 警部が弁解し、ユカが困惑した様子でケンジに言う。しかしケンジは顔色を変えない。
「だって・・オレはすれ違ったんだ・・・刑事さんと・・・すぐそこの廊下で・・・」
 その言葉にユカと警部が驚愕する。
「すれ・・違った・・?」
「でもこの刑事さんは、反対側の廊下からこの教室に入ってきた。下の階から回っていったとしても、あまりにも早く来すぎてる。そうだよ・・・そこにいるのは刑事さんじゃない。シャドウだ!」
 ユカをかばうように立つケンジは、眼前にいる警部をシャドウだと指摘した。
 この校舎には両先端にそれぞれ階段が設置されている。1周してこの教室に戻ってくることも可能である。だがそれにしてもあまりに早すぎる。
 そう思わずにいられず、ケンジはその警部を敵視した。
「・・・なかなかのものだよ。ここまで見切るとはたいしたものだよ。」
 そのとき、警部の発した声が、大人びた青年の声に変わった。その声にケンジとユカが眼を見開く。
 警部が着込んでいたジャケットを外す。そこから、黒い衣服に身を包んだ白髪の青年が姿を現した。美女を連れさらう泥棒、シャドウである。
 突然のシャドウの出現に、ユカとケンジが驚愕を覚える。シャドウに扮したユウキが、2人に不敵な笑みを見せている。
「まさかこんなことになるなんてね。でも、そのほうがオレとしては面白いけどね。」
 ユウキの見せる歓喜に、ユカもケンジも動揺を隠せない。このような不測の事態でさえ、ユウキの心を躍らせる要因となっていた。
「ここまできたら、小細工はいらない。桜井ユカさん、きみはオレがもらい受ける。一緒に来るんだ。」
「ふざけるな!」
 ユウキが手を差し伸べた直後、ケンジが叫び声を上げた。ユウキの視線がユカからケンジに移る。
「ユカをお前なんかに渡してたまるか!たとえユカがオレのことを何とも思ってなくても、オレはユカを守る!」
「ケンジ・・・」
 勇み立つケンジに戸惑うユカ。一途に想う彼の気持ちを、彼女は改めて耳にしたのである。
「一途だね。でも、それだけじゃオレは止められない。ユカさんがオレのものになることに変わりはない。」
 ユウキが不敵な笑みを見せると、跳躍してユカとケンジを飛び越え、反対の位置に着地して振り返った。2人は彼の素早い動きに反応さえできなかった。
「これでも、まだオレは本気じゃない。その動きについてこれなかった君たちには、オレからは決して逃げられないよ。」
「ユカ、こっち!」
「あっ!ケンジ!」
 毒づくケンジが、ユカを連れて慌てて教室を飛び出した。ユウキは急ぐ様子もなく、微笑をもらしていた。
「逃げられないよ。ユカさんはオレの心を満たすべく、美しいオブジェになるんだから。」
 そう呟いて、ユウキはゆっくりと足を進めた。

 シャドウから必死に逃げ延びたユカとケンジ。1棟奥の保健室に駆け込み、一息ついていた。
「と、とにかく、早いところ警官に知らせないと・・」
 そういって周囲を見回すケンジ。いくら彼でも、世間を騒がせている人さらい相手では不安が残っていた。
 先程は勇ましく叫んだ彼だったが、シャドウの脅威を感じていないわけではなかった。
「ケンジ・・どうして、あなたが・・・?」
 ユカが不安そうにケンジに声をかける。するとケンジは戸惑いながら答える。
「オレは・・幼い頃からユカ、君のことが好きだった・・」
 ケンジはうつむいてさらに続ける。
「確かにオレは情けない男だよ。いつも周りからいろいろ押し付けられて、ケンカもやられるばかり。それなのに君に告白を求めても、断られるのも仕方がないことだって分かってる。」
「ケンジ・・・」
「だけど、オレがユカのことを好きだっていう気持ちは、どうしても変えることはできない!たとえ君がオレを一生嫌っても、オレは君のことが好きなんだ!」
 自分の中にある気持ちを精一杯叫んだケンジ。
 たとえ自分の気持ちが一生叶わないものでも、この想いだけは正直でいたい。ケンジの想いは常に一途だった。
「な、何言ってるのよ・・あなたみたいに、いつもいじめられてて、度胸もなくて・・・そりゃさっきはいいとは思ったけど・・・でも、それだけじゃ・・・」
 ユカがケンジに否定的に言うも、その語気が次第に弱くなっていく。彼の言葉に少なからず困惑していた。
「君にどんなふうに思われてもかまわない。だけど、オレはこの気持ちを維持していきたい。」
「でも・・・私は・・・」
「そういうのは・・・迷惑、なのかな・・・?」
 ケンジが悲しい笑みを見せる。それがユカの困惑をさらに広げる。
 そのとき、ユカは眼前の光景を眼を疑った。
 ケンジの背後にユウキが現れ、ケンジが振り返った瞬間に不敵に笑った。
 ユウキの体から黒い霧が吹き出され、それを吸い込んだケンジが意識を失い、その場に倒れる。
「ケンジ!」
「ユカさん、みぃ〜つけた。」
 ユウキが微笑をもらしながら、右手を伸ばしてユカに近づく。ユカが怯えた様子で後ずさり、ベットの上にもたれかかる。
「では、そろそろもらいうけましょうか、ユカさ・・・っ!?」
 そのとき、ユウキは何かに足をとられ、歩みを止める。足元を見下ろすと、気絶したはずのケンジが彼の足を掴んでいた。
「ケ、ケンジ!?」
「なんということだ。この黒い霧を吸ってもまだこんな力が残ってるなんて。」
 もうろうとする意識で立ち向かってくるケンジに驚愕するユカとユウキ。しかしユウキは、その奇襲でさえ笑みを浮かべるものとしていた。
「ユカ・・には・・・手を・・・出させ・・・ない・・ぞ・・・」
 必死にユウキに食らいつくケンジ。ユカへの想いだけが、今の彼を突き動かしていた。
 しかし、力が抜け切ったケンジなど、ユウキには何でもないことだった。ケンジを引きずったまま、ユウキはゆっくりとユカに近づいていく。
「ユカ・・・逃げ・・・」
「ケンジ・・・!」
 必死に促すケンジの言葉を受け、ユカがベットから立ち上がって飛び出す。しかしユウキの機敏な反応に捉えられ、彼女は腕を掴まれてしまう。
「キャッ!」
「捕まえたよ。」
 ついにユカを捕まえたユウキに満面の笑みが浮かび上がる。
「これでユカさんはオレのものだよ。そろそろその手を放して・・・」
 ユウキがケンジに視線を移すが、ケンジはいまだにユウキの足を掴む手を放さない。
「君もしつこいね。でも、この霧に再び包まれれば、君は完全に意識を失うだろう。」
 不敵な笑みを見せるユウキが全身から黒い霧を吹き出す。白い明かりに包まれた保健室が闇の色の染まっていく。
 不気味な黒煙に包まれたユカとケンジとともに、ユウキはその姿を消した。
 ユウキが連れ去った美女たちが立ち並んでいる闇の空間。シャドウの姿から普段の姿に戻ったユウキが、意識を失ったユカとケンジを見下ろしていた。
 ケンジは学園から消える際に放った霧を受けても、ユウキの足を掴む手を放すことなく、このままユウキの作り出した空間まで入り込むこととなった。
「まさかオレの黒い霧をあれだけ受けて、それでもオレとユカさんから離れようとしなかったなんて・・・よっぽどユカさんが好きだったということだね。」
 決して諦めなかったケンジに感心するユウキ。
「でも、もうユカさんはオレのものだよ。君も何も分からないまま、オレの力で現実の世界に帰される。」
 満面の笑みを浮かべるユウキ。決して標的を逃がすことはないと確信していた。
 しばらく待っていると、先にユカが眼を覚ました。
「気がついたようだね。」
「ここは・・・?」
「ここはオレが作り出した空間。ここにはオレの欲望の証ともいえる女の子のオブジェが並んでいるんだ。」
「欲望・・・オブジェ・・・?」
 ユウキの言葉の意味を、ユカは一瞬理解できなかった。ユウキは一糸まとわぬ少女のオブジェの1体に近寄り、その頬に手を当てた。
「この石の美しさと滑らかな肌が、オレの心を満たしてくれるんだ。君も今夜、オレの心を満たすために全てを捧げてほしい。」
「な、何言ってるのよ・・・!?」
 ユウキの言葉を聞いて、ユカの中で揺らいでいた不安が憤慨へと変わる。
「あなたに石にされた人たちの気持ちはどうなるの!?このままずっとここにい続けるの!?」
「そうだよ。でも、彼女たちも美しくなった自分の体と永遠の命に歓喜を秘めているはずだよ。」
 悩ましい笑みを浮かべて振り返るユウキ。性欲を求める彼の考えに、ユカはかける言葉が浮かばなかった。
「さて、そろそろ君にも心地よい石化を堪能してもらうよ。大丈夫、そこにいる彼は後でオレが無事に送り届けておくから。」
「そんなことする必要はないよ・・」
 そのとき、意識を取り戻したケンジが、体をふらつかせながら立ち上がっていた。再びユウキに対する敵意を示していた。
「たいしたものだよ、君は。あれだけ催眠効果のある霧を受けて、まだ立ち上がるなんてね。ここまでするのは、ユカさんのためかい?」
 ユウキ思わず笑みをこぼす。ケンジはその問いかけには答えず、困惑しているユカに近寄った。
「お前の魂胆はだいたい分かるぞ。ユカの服を脱がした後、そこから石に変えるってことだろ?」
「んん、少し違うかな。」
「でも、オレがこうしてそばにいたら、オレまで石にすることになるぞ。お前は女の人だけを狙ってるみたいだから、オレみたいな男は論外だろ?」
 ケンジのこの言葉に、ユカとユウキの心が揺らいだ。
 このまま石化の光を浴びせることになれば、ケンジさえも巻き添えになり、ユカを完全に掌握することさえできなくなる。
 ところが、そんな逆境であるにも関わらず、ユウキはそれでも笑みを浮かべている。
「いいところをついてくるね。確かに君がユカさんのそばにいれば、オレは彼女だけを狙うことはできない。だったら、オレは何としてでもユカさんを奪い取ることにするよ。」
 ユウキは笑みを浮かべたまま、ユカとケンジにゆっくりと近づいていく。
「ユカ、こっち!」
「ケ、ケンジ!?」
 ケンジが慌てるユカを連れて駆け出し、ユウキから離れていく。ユウキは慌てて追いかける様子も見せず、走り去っていく2人の後ろ姿を見つめる。
「逃げられないよ。だって、ここはオレが作った空間なんだから。」

 全速力でユウキから逃げ延びたユカとケンジ。しばらく走り抜けた後、座り込んで休息をとっていた。
「どうやら、ついてきてないみたいだ・・・早く出口を探さないと・・・」
 ケンジが周囲を見回して、警戒を強める。周囲は淀んだ暗闇がが広がるばかりだった。
 ユカが困惑を拭い去れないまま、ケンジにおもむろに声をかけた。
「ケンジ・・・どうしてそこまで、私のことを・・・?」
 ユカの問いかけに、ケンジは沈痛の面持ちで答えた。
「何度も言うけど、オレは君のことが好きなんだ。たとえ君にこの想いを受け入れてもらえなくても、オレはこの気持ちを捨てることはできない。」
「・・・一歩間違ったらストーカーね。」
 ユカがため息をつきながら皮肉を言ってみせる。しかしケンジは動揺することなく、
「どんなふうに思われてもかまわない。このまま君がシャドウに連れ去られるのを指をくわえて見ているくらいだったら。」
 ケンジは心の内に秘めた想いを全てユカに言い放った。彼の言葉にユカは少なからず困惑していた。
 ユカはケンジの全てを知っていた。知らされていたというほうが正しいだろう。
 必要以上にアプローチしてくる彼に、彼女は受け入れようとはしなかった。いつもいじめにあい、力が弱く、リーダーシップも取れない。すぐに自分の意思を曲げてしまう。
 だが、そんな彼でも、ユカを想う純粋な気持ちだけは曲げることはなかった。シャドウに狙われた彼女を、ケンジは必死に体を張り、今もこうして守ろうとしている。
 ユカの思いは、次第にケンジにひかれていった。
「一途だね。なかなかのものだと思うよ。何度も言うことになるけど。」
 そのとき、聞き覚えのある声が闇の空間に響き渡った。
「この声・・!?」
「シャドウ・・・!」
 ユカとケンジが驚愕を覚える。周囲の闇から這い出てくるように、ユウキが音もなく姿を現した。
「それでも、君ではオレからは逃げられない。ユカさんをこちらに渡すんだ。そうすれば君を無事に送り届けてあげるよ。」
「ふざけるな!お前なんかにユカは渡さない!」
 手を差し伸べてくるユウキに、両手を広げて完全と立ちはだかるケンジ。
「勇気があっていいとは思うけど・・」
 ユウキは俊敏な動きで、一気にケンジとの間合いを詰め、右手でケンジの肩を掴み、そのまま彼を押しのけた。ケンジが横転して倒れる。
「ケンジ!」
 ケンジに駆け寄ろうとするユカ。しかし彼女の腕をユウキが掴む。
「君がオレに全てを委ねるなら、オレは彼にこれ以上危害を加えるつもりはない。」
 不敵に笑うユウキの言葉に、ユカは返す言葉が出なかった。抵抗する意思さえそがれ、ユウキの導きに引かれそうになっていた。
「ダメだ、ユカ!」
 ケンジが立ち上がり、叫びながらユウキに駆け寄ってくる。だが、ユウキの視線は、標的であるユカを捉えていた。
「遅いよ。もうユカさんはオレのものだよ。」

     カッ!

 ユウキの眼からまばゆい光が発せられた。そこにケンジが怯むことなく飛び込んだ。

     ドクンッ

「なっ!?」
 そのとき、ユウキが驚きの声を上げる。ユカだけでなく、飛び込んできたケンジにまで強い胸の高鳴りを感じたからだった。
 呆然とした表情のまま、ユカとケンジが寄り添う。
「ユカ・・・」
「ケンジ、今の・・・」
 ユウキから受けた力に困惑する2人。ケンジにまで力を及ぼしたことは、ユウキにとって不測の出来事だった。
「まさかケンジまで力をかけてしまうなんてね。参ったよ・・・まぁいいさ。石になっていく2人の反応を見るのも悪くないかな。」
  ピキッ ピキッ
「あっ!」
「これって・・・!?」
 驚愕の声を上げるユカとケンジ。互いに体を寄せ合っている2人の視線の先で、2人の靴が壊れて素足がさらけ出された。ところどころにヒビが入った白い足が。
「ホ、ホントに脱がしてると同時に石化してるよ・・・」
「ヤダ・・このまま裸になっちゃうの!?恥ずかしくても動けずに、このままずっとここにいるってこと・・!?」
 衣服を剥がされる恥じらいに顔を赤らめるユカとケンジ。
  ピキキッ パキッ
 ユウキの石化はさらに進行し、制服のズボンとスカートを引き裂いた。下半身があらわになり、2人の困惑がさらに広まった。
 その様子を、ユウキが唇に指を当てて見つめる。
「んん、男の石化もなかなかいいものかもしれないね。全てをさらけ出されて恥ずかしくなるのに、男女の隔てはあまりないみたいだね。」
 寄り添いあって何とか困惑を振り切ろうとするユカとケンジを、微笑をもらしながら見つめるユウキ。
  ピキッ ピキキッ
 2人にかけられた石化がさらに体を駆け上がり、上着をボロボロにした。その切れ端が床に落ちたり散ったりしていく。
「イヤッ!このまま裸になんてなりたくない!」
 悲痛にわめくユカ。ケンジがそんな彼女を優しく抱きしめる。
「オレが・・ユカの服になるから・・・でも、それでもダメ、か・・・」
 ケンジが半ば諦めた口調で、ユカを励まそうとする。するとユカは、石化による恐怖よりもケンジに対する困惑を強く感じていた。
「やっぱりオレはユカが好きなんだなぁ・・いい体、いい胸。何だかいい気分になってくるよ・・」
「ケ、ケンジ・・・!?」
 心地よくなっている様子のケンジに、ユカは当惑する。石化は2人の力を奪い、徐々に快楽を与えていた。
「ケンジ・・・」
 ユカもケンジを優しく抱きしめた。彼に対する抵抗も、石化による快楽によって薄らいでいた。いや、抵抗を弱めたのは、自分に対する彼の純粋な想いのせいだろう。
「ケンジ・・いつの間にこんなに大きくなってたんだろう・・・」
 抱きとめるケンジの体。やっとのことで両手をつなげられるほどにまで、彼は大きくなっていた。
 昔は小さく見えた彼。いつもいじめられて、自分のほうがしっかりしていたから、そう見えていたと彼女は思っていた。
 実際にも昔は彼女のほうが大きかった。しかし、時がたつにつれて、ケンジは一気にユカを追い越してしまっていた。情けない彼ばかり見ていたので、彼女は気付かなかったのだ。
 今のケンジは、肉体的にも精神的にも、ユカを追い越していたのである。
  パキッ ピキッ
 抱き合ったままのユカとケンジを、ユウキの石化が包み込んでいく。手足の先まで白い石になり、2人の動きを止めてしまった。
「ケンジ・・・あったかいね・・・ケンジの体・・・」
「君の体も・・・あったかいよ・・・」
 衣服を剥がされ、一糸まとわぬ体に冷たい空気が触れる。その冷えていく石の体を、互いの抱擁があたたかさを与えていく。
 やがて無意識のうちに、2人は唇を近づけ、そして重ねる。今まで感じたことのないあたたかさが、2人の体を駆け抜けていく。
  ピキッ パキッ
 その唇さえも石に変わり、その口付けが永遠のものとなった。眼から涙を流し、向き合う互いの顔を見つめるユカとケンジ。
(どうして・・こいつの本当の姿を見なかったんだろう・・・)
 そんな中、ユカはある幼い日のことを思い出していた。

「コラァ!待ちなさいよ!」
 いじめを見つけた私は、そのいじめていた子たちを追い返した。その子たちはしてやった顔をして逃げ出していった。
 いじめられていたのはケンジ。男なのにいつもいじめられては、べそをかいて泣いていた。
 私が見ている限り、ケンジが自分から率先している姿が見られなかった。情けないあいつしかそこにはいなかった。
 それと違って、しっかりしている姿を注目されていた私は、いつしか学園のアイドル的存在になっていた。私自身、悪い気分ではなかった。
 でも、私がシャドウにおそわれたとき、ケンジは今まで見たことがないような勇気のある姿を見せていた。
 情けなかったのはあいつじゃなく、私のほうだった。シャドウという強大な相手に、私は何もできなかった。
 もっと早く気付いていればよかった。もっと早く知っていればよかった。
 あいつにそんな強い意思があったなんて、思いもよらなかった。必死に私を守ろうとしてくれた。
 ほんの少しでも受け入れるべきだった。少しでもアイツの気持ちを聞いてあげればよかった。
 もうこの願いは叶わない。この思いは報われない。
 アイツに謝っても、私たちの時間はその後止まる。
 私はケンジと一緒に、白い石となる。ずっと抱き合ったまま、私たちは石になる。
 それでも、こんな私でも、これだけは言いたい。
「ゴメンね、ケンジ・・・そして・・・ありがとう・・・」

 ユウキがかけた石化は、ユカとケンジの体を完全に包み込んだ。2人は互いの体を抱き合い、そして唇を重ねたまま、白い石のオブジェになっていた。
 もう意識を失った2人は何も語らない。このままこの暗闇の中で抱擁を続けるだけである。
 その姿をまじまじと見つめているユウキ。ケンジの乱入で、快楽の堪能をほとんどできなくなってしまった。
 少しがっかりした様子で、ユウキは微動だにしない2人に近づいた。
「オブジェには変えたけど、すっかり君に彼女を奪われてしまったようだね。」
 ユウキはユカとケンジの石の頬に手を当てていく。
「こうして戦利品が手に入れたけど、勝負には負けたって感じだね。おかしな話だよ。」
 笑みを浮かべながらため息をつくユウキ。抱擁の隙間から、ユカの胸に触れる。
「いい胸。いい体。それを独り占めにできる君はまさに幸せ者だよ、ケンジくん。」
 抱き合ったまま固まっている2人をさらに抱きしめるユウキ。抱擁に抱擁を重ね、ユウキが悩ましい微笑をもらす。
「でも、君もユカさん同様、石にされてオレのものになったんだ。極力、君とユカさんに触れることで、オレの心を潤させてもらうよ。」
 ユウキはすがりつくように、ユカとケンジの体を撫で回した。ときに肌を舌で舐め、自ら快楽の海に身を沈めていく。
(これが君たち2人の愛・・・オレの心にも安らぎを与えてくれる・・・)
 抱擁する2人をさらに抱きとめるユウキ。
 2人の幸せを、自分の求める快楽とかけ合わせようと、ひたすらに石の肌に触れていた。完全な石像になった2人は何の反応を示さないが、それでも抑えきれない性欲に促されて、2人の体を弄んでいくユウキ。
(もう大丈夫だよ。オレのものとなったことで、君たちを邪魔するものは何もない。この空間の中で、君たちは永遠の愛を感じあうんだよ。)
 薄っすらと笑みを浮かべて、ユウキがユカとケンジの顔を見つめる。もはや語ることがなくても、2人の愛が揺らぐことのないものとなったことを彼は確信していた。
(さて、オレの喜びにも光をもたらすとするか。しばらく感じさせてもらうよ。)
 ユウキはさらに抱擁と接触を続ける。
 学園のアイドル、桜井ユカは、シャドウに奪われた。彼女を一途に想っていた、吉中ケンジとともに。

つづく

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