Shadow 「大阪デカ・ハート」

作:幻影


「まさかこの大阪にあの人さらいが予告状を出してくるとは。」
 藤田警部がタバコをふかしながら、警備の確認をする。
 10時間前、阪神警察に一通の連絡が入った。予告どおりに美女を連れ去るシャドウからの予告状が届いたという連絡だった。
 今回狙われたのは、皆口オトハ。16歳。予告状が送られた直後、彼女はすぐ警察に連絡を入れた。そして藤田警部の指揮する阪神警察特別部が動き出したのである。
 警察内でも勢いのある彼らは、大阪府内で発生した大事件を次々と解決してきた。そしてシャドウ逮捕に、彼らが出動することになった。
「オヤジ!オヤジ!」
 そのとき、藤田警部に1人の少女が駆け寄ってきた。
 茶色がかったショートヘア。活気のある雰囲気。
 藤田警部の愛娘、レナである。
「何や、レナ、ここに来よったんか?」
「もちろんよ。あのシャドウがこの大阪にも現れるって聞いたら、いても立ってもいられへん。」
 呆れ顔でたずねる藤田に対し、歓喜と苛立ちを混ぜたような口調で答えるレナ。
 彼女は父親譲りの正義感と、決めたことを曲げない強い意思を持っていた。そのため、父の管轄の事件にはいつも首を突っ込み、父に余計な疲労を与えていたのだった。
 藤田が注意してもなかなか言うことを聞かないレナであるが、今回はいつも以上に力を入れていた。
 今回の犯人であるシャドウは、予告を出して次々と美女を連れ去っている誘拐犯。いわば女の敵である。彼に対してレナの正義感がさらに燃え上がっていたのである。
「オヤジの頼みそやけど、今回ばっかりは引くわけにはいかんからな。」
「もう、好きにしぃ!やけど、逆に連れ去られはるようなことにはならへんでおくんなはれよ。」
 苛立たしげに言い放つ藤田だが、レナはシャドウへの敵対心をむき出しにしていて、話を聞いていなかった。
「ところで、予告した時間はいつなんや?」
「はい、午後の7時です。」
 藤田が警官の1人に確認を取る。そしてオトハの自宅へと振り返る。
「シャドウ、うちら阪神警察をなめたらあかんで。必ずおんどれを捕まえてみせたる。」
 シャドウ逮捕に向けて、藤田は準備を進めていた。

 一方、オトハの自宅周辺を見回っていたレナ。警備に当たっている警官に挨拶を交わしながら、彼女は落ち着きのない様子で駆け回っていた。
(誘拐犯は、あらかじめ下見とかしてくるもんや。やからねきに犯人がおるはずよ。)
 眼を光らせて、徹底的に周囲を見回していくレナ。そんな彼女の眼が、頭に手を当てて悩んでいる1人の青年に止まった。
 レナは眉をひそめて、その青年に近づいていく。
「あんさん、こないなとこで何をしとるの?」
「あれ?君は?」
 眼をつり上げて問いかけてくるレナに、青年が参った様子で聞き返す。
「人に名前を聞くときは、まず自分から名乗るもんよ。」
「あ、ああ、失礼。オレはユウキ。影山ユウキ。」
「ユウキねぇ・・・わてはレナ。藤田レナや。で、そのユウキはんが、こないなとこで何をしてん?ここはもうじき立ち入り禁止になるさかい、こないなとこでウロウロしとると迷惑をかけるよ。」
「いや、通天閣に行こうと思ってるんだけど。」
「通天閣!?」
 ユウキの返答にレナは完全にあきれ果てた。
「アホか!通天閣はこの道をまっすぐ行けば着ける!ここからでも十分に見えとるやろ!」
「あ・・・」
 レナが指し示した方向にユウキが振り返る。そこには通天閣が大きくそびえ立って見えた。
「あ、こんな近くに見えてたのね・・・」
「あんさん、観光でここまで来よったんやろ?寝ぼけてへんではよ行った、行った。」
 まるで追い返されるようにレナに促されるユウキ。不機嫌そうな彼女に見送られて、彼は言われたとおりに通天閣を目指していった。

 大阪府内にそびえ立つ通天閣。町の様子を見渡せるその展望台に、ユウキは上っていた。
 彼がそこに足を踏み入れたのは、次の標的であるオトハの自宅と、それを取り囲む警察の包囲網を確認するためである。高い位置から確かめるのに、通天閣は格好の場所である。
(あそこがオトハさんの家か。けっこう警察がいるみたいだね。)
 オトハの家を取り囲む警察の群れ。しかしユウキは恐れるどころか、その現状に喜びを感じていた。
 立ちはだかる壁が高いほど、飛び越えたときの喜びも人一倍である。ユウキはそのハードルをあえて高くして、高まった喜びで心を埋めようとしていた。
(さて、そろそろ時間だ。行かなくちゃ。)
 腕時計で時間を確認し、ユウキは通天閣の展望台を後にした。次の標的、オトハを連れ去るため、行動を開始した。

「そろそろ時間やな。ぬかるなよ。」
 予告の7時5分前、藤田が配置についた警官たちに指示を送る。オトハには2人の警官が警護に当たっている。ふわりとした長髪をした彼女は、この時間も不安でいっぱいだった。
 彼女のいる自室の向かいの部屋には、シャドウ逮捕に意気込んでいるレナが待機していた。レナに父から一丁の拳銃を護身用に持たされていた。
(観念しぃ、シャドウ。これ以上あんさんの好きにはさせへん。)
 シャドウに対する敵意をむき出しにして、レナは迎撃に備えた。

 通天閣から少し離れた建物の一角。シャドウに扮したユウキが、改めてオトハの自宅を見据えていた。
 周囲は厳重な警備がなされ、いつでも迎え撃てるよう、態勢を整えていた。
「すごい気迫だねぇ。ちょっと緊張してきたな。」
 弱気な言葉とは裏腹に、歓喜の笑みを浮かべるユウキ。この高度な壁が、彼に喜びを与えていたのである。
「さぁ、ゲームスタートだ。」
 ユウキは立ち上がり、オトハの自宅に向けて大きく跳躍し始めた。

「来よったぞ!」
 オトハの自宅前に飛び上がって姿を見せたシャドウを発見し、藤田が声を張り上げる。他の警官たちにも緊張が走る。
「急げ!取り囲んで捕まえるんや!」
 藤田が即座に警官たちに指示を送る。それを受けて警官たちが、ユウキに向かって飛びかかっていった。
 だが、ユウキの並外れた跳躍力と運動能力は、警察の襲撃を次々と掻い潜っていった。
「な、なんちゅうヤツや・・・!」
 藤田が憤慨しながら、シャドウに向けて勇み立った。拳銃を構えた彼の前に、警官を振り切ってきたユウキが着地してきた。
「あなたが指揮者かな?」
 不敵に笑うユウキに対し、藤田は怒りながら拳銃を彼に向けた。
「ここまでたどり着くとはたいしたもんや。やけど、これで終わりや。わてがこの場でおんどれを捕まえたる!」
 藤田は威嚇のつもりで、ユウキの足元目がけて発砲しようと、引き金に力を込めた。だが、その瞬間ユウキは機敏な動きで藤田の横に並び、そして一気に抜き去った。
「な、なんちゅう速さや・・・!」
 ユウキの素早い動きに圧倒され、藤田は引き金を引くことさえできずに呆然と立っていた。
「これがシャドウ・・・世間を騒がせとる誘拐犯ちうわけか・・・」

 慌しくなった外の様子に、レナの緊迫が一気に高まった。シャドウが現れたことを察知し、手に持つ拳銃を握り締める。
(ついに来よったか!シャドウ、わてが捕まえたるわ!)
 部屋の扉に背中を密着させ、レナはいつでも飛び出せるように身構えた。標的であるオトハは、レナのいるこの部屋の向かいの自室に、警官2人に保護されている。
(シャドウはどこぞら忍び込んでくるんか分からへん。ここはオトハはんのそばにいたほうがええわ。)
 レナは慎重にドアを開け、廊下へと歩く。そして向かいの部屋のドアのノブに手をかけようとしてふと止まる。
(おかしい。ごっつう静か過ぎる。これだけねきにいれば小さな声くらい聞こえてくるはずやのに・・・まさかっ!?)
 レナははっとしてドアを勢いよく開け放った。
「シャドウ!」
 レナが部屋に飛び込むと、眼前の窓には意識を失ったオトハを抱えたユウキの姿があった。警護をしていた2人の警官は、気絶して床に倒れていた。
 標的であるオトハを手に入れ、ユウキは満足な笑みを浮かべていた。
「シャドウ、このまんま逃げられはる思っとるの!?わてが捕まえたるから、覚悟しぃ!」
 レナはユウキに向けて手にある銃を向ける。
 と見せかけて、その銃をベットに投げ捨て、ユウキに向かって飛びかかった。
 ユウキはオトハを抱えたまま、身をひるがえしてレナの突進をかわす。
「おわっ!」
「あっ!」
 レナがその勢いを止められず、窓から身を乗り出してしまいそうになる。ユウキが慌てて彼女の腕を掴み、部屋に引き込むことで窓から落下するのを防いだ。
「わたっ!」
 ベットに放り込まれたレナが頭を抱えて、視線をユウキに戻そうとする。ユウキはオトハを再び抱えてレナを見下ろしていた。
「大丈夫か?」
 ユウキが心配の声をレナにかける。その言動にレナが一瞬呆然となる。
「なんで、助けたん・・・!?」
 苛立ちが込み上がり、レナがユウキに問いかける。するとユウキは笑みを浮かべたままきびすを返す。
「かわいい子が窓から落ちそうになってるのに、助けないわけにはいかないだろ?」
 思わぬ返答に唖然となり、レナは言葉が返せなくなる。その合間に、ユウキはオトハを連れて、窓から飛び出す。
「あっ!」
 レナは慌てて窓に駆け寄った。彼女の眼に飛び込んできたのは、落下していくユウキの姿が、黒い霧に包まれて消えていくところだった。
「き、消えた・・・!?
 ユウキの消失にレナは愕然となり、消えた場所から眼が離せなくなる。
「ありえへん・・こないな何もないところで、人が消えるやなんて・・・!?」
 無言のままその場に座り込むレナ。他の警官が駆けつけるまで、彼女はこの非常識な出来事を受け入れられずにいた。

 この夜も、ユウキは自らの空間の中で、連れ去ってきたオトハを石化し、さらけ出された肌の感触を楽しんでいた。既に彼女の体は白い石に包まれ、悲しみに満ちた瞳を残すだけとなっていた。
 ユウキはそこで彼女の石化を止めて、彼女の体に手を忍ばせていた。ふくらみのある胸、ふくらみのあるお尻、細く綺麗な腕と足、ふわりとしたまま固まった髪、秘所、くびれ、唇、頬。様々な場所を手で撫で回していった。
 快楽を感じて顔を歪めるユウキ。その行為に恐怖と抗いを感じているものの、ほとんど石化されて快楽を押し付けられる一方になっているオトハ。
 棒立ちのまま石化した彼女の眼からは大粒の涙がこぼれていた。もはや助けを求める声を出すことさえできなかった。
「こうして何も言わせずに、一方的に触れていくのも悪くないね。」
 快楽と歓喜に湧くユウキが、体をかがめてオトハの秘所を舐め始める。それでもオトハははっきりとした反応を示さない。困惑と恐怖を映し出している瞳と流れる涙だけが、彼女の心理を物語っていた。
 様々な接触と抱擁が、オトハをユウキの色に染め上げていく。彼に支配されていることを、オトハは受け入れるしかなかった。
 そんな彼女の心境を、ユウキのマインドアイが見透かしていた。完全に石化されていなければ、まだ意識も感覚も残っている。その彼女の心を読み取りながら、ユウキはその反応を感じ取っていた。
(・・ィャ・・・やめて・・・)
 助けを求めるオトハの心の声も弱々しくなっていた。どう考えても助かりそうもないという絶望感さえ彼女は感じていた。
「君の心の小さな声も、オレに快感を与えてくれる要因のひとつになってるよ。こうして全く一方的にオレの気持ちを押し付けてしまうという支配も、オレの心を満たしてくれる。」
 ユウキはオトハにすがりつくように、彼女の石の胸に手を当てる。ユウキに伝わってくるオトハの心の声は、混乱に満ちて言葉にならなくなっていた。
 やがて抱擁を続けたユウキが、巻き続けているオトハの顔を見上げる。
「そろそろいいかな・・・今夜もありがとう。」
 ユウキがオトハに満面の笑顔を見せる。
    フッ
 彼が意識を向けると、オトハの涙のあふれた瞳にヒビが入り、彼女の意識がそこで途切れた。
 石のオブジェとなった彼女から、ユウキは体を離してじっと見つめた。一糸まとわぬ少女が、周囲の少女たちに紛れてその場に佇んでいた。
 ユウキがこの光景に笑みをこぼす。しかしその直後、ふと警察の中に混じって自分を捕まえようとしていた少女のことを思い出す。
「それにしても、あの子は元気があってよかったなぁ。興味をそそられたよ。」
 ユウキの性欲が、今夜助けた少女レナに向けられた。彼は再び大阪に足を運ぶことを決めた。

 オトハを連れ去られて一夜が明けた。
 彼女を連れ去られたばかりか、シャドウに助けられたことで、レナは苛立ちに体を震わせていた。
 その憤りを少しでも消そうと、レナは1人打開策を考えていた。
(まさかあないなヤツに助けられはるやなんて!また現れるやなんてことになりよったら、とっちめたるさかい!)
 シャドウに対する敵意を秘めて、レナは本格的に考えを練りこむために自宅に戻ることにした。
 そしてついでにポストを探ってみたとき、
「こ、こりゃ・・・!?」
 新聞と広告に紛れて入っていた1枚の紙に、レナは驚愕した。
「シャドウ・・・まさか、こないな・・・!?」
 その紙はシャドウの予告状だった。次の標的は、
「わてが・・・次のターゲット・・・」

“藤田レナ、オレはあなたに挑戦します。街外れの自然公園に1人で来て下さい。誰かを連れてきた場合、この話はなかったことにしますので、よろしくお願いします。” Shadow

 レナに送られた予告状。その内容は彼女に対する挑戦だった。
(わてに挑戦!?・・何を考えとるの・・・!?)
 彼の意図が分からず、レナはその場に立ち尽くす。そしてこの挑戦を逮捕への絶好の機会と考え、彼女は単独で指定された場所へと向かった。

 シャドウが指示した場所は、人気のない草原だった。近くにはかつて建っていた工場の残骸である壁の端が並んでいた。
(ここが指定した場所やな。いざとなりよったら壁に隠れることもできるけど・・・)
 周囲を見渡して警戒するレナ。隠れていても見つけることが可能なのだが、シャドウの姿は見当たらない。
 しかしシャドウがいるに違いないと感じていたレナは、大きく息を吸い込んだ。
「シャドウ、出てきぃ!こないなトコに呼び出して、どないなつもりなん!?」
 草原に響き渡るほどに声を張り上げ、レナはシャドウを呼び出す。声を振り絞ったことで、レナの呼吸が荒くなる。
 その直後、レナは背後に気配を感じて振り返る。そこには昨晩、オトハを連れ去った誘拐犯、シャドウの姿があった。
「ちゃんと来てくれたんだね。うれしいよ。」
 微笑ましい態度を取るユウキ。しかしレナは彼の冗談には応じなかった。
「あのとき、なんで助けたん?まさか危険から助けたかったやなんて、紳士的なことをぬかすんちゃうやろな?」
 早速話を切り出すレナ。するとユウキは微笑をもらして答える。
「それもそうなんだけど、あのとき君に助けられたからね。」
「あのとき?」
「ほら、オレに通天閣の場所を教えてくれただろ?」
「まさか、あんさん!?」
 ユウキの言葉にレナが驚きの声を上げる。眼前にいるシャドウが、あのとき道を教えた青年、ユウキだったのである。
「あのとき、どこぞで見た顔や思ったわ。あんさんがシャドウやったやなんて。」
「驚いたかい?」
「おったまげるのもムリないわ。で、挑戦って何?今度はわてを連れ去るつもりやん?」
「ああ、そうさ。オレは君を手に入れる。ただ、普通に連れ去ってもつまらないから、ひとつゲームでもしようとね。」
「ゲーム?」
 ユウキの言葉にレナが眉をひそめる。意表をついてきたシャドウの、レナに対する挑戦が始まる。

(レナの様子がケッタイなからついてきてみたら、案の定。シャドウが現れたか。まさかわての娘を狙ってくるとは、断じて許はん!機会を見て絶対に捕まえたるで!)
 1人移動するレナを発見し、部下を呼んで後をつけてきた藤田。壁の端に姿を隠しながら、レナとシャドウのやり取りを見計らい、いつでも出れるように身構えていた。
 その目線の先で、レナとシャドウの会話が続く。
「ルールは簡単だよ。君がオレの両腕に手錠をかけられれば君の勝ち。君が意識を失ったらオレの勝ちさ。」
「何やと!?」
「オレが勝てばオレは君を手に入れられる。君が勝てば君の大手柄。どうだい?受けてみるかい?イヤなら話は終わり。オレはこのまま退散するよ。多分、しばらく大阪には来ないと思うよ。」
 挑戦の内容の旨を伝え、ユウキが笑みをもらす。それを聞いて、レナは思わず微笑をこぼしていた。
「悪うへんルールや。ええわ。受けて立つわ。そやけど、あんさんはわてに捕まえられはるけどね。」
「そうこなくちゃね。楽しまないと損だからね。」
 レナの同意にユウキは微笑む。しかしレナはすぐに真剣な眼差しを見せる。
「あんさんを逮捕する。それがわての今の1番の楽しみよ!」
 レナがいきり立って、ユウキに飛びかかろうとする。そのとき、ユウキの体から黒い霧が勢いよく噴射される。
「何っ!?」
 レナは踏みとどまって、ユウキの動きと霧の様子を伺う。霧は大きな円状に描いて、2人を取り囲む。
「な、何よコレ!?」
「この霧には催眠効果を持っている。これを吸い込んだら、1時間は眠ってしまうよ。」
 張り巡らせた霧の包囲網。その力を受けた、周囲に身を潜ませていた藤田や警官たちが意識を失って倒れていく。
「オヤジ!みんな!」
 レナが藤田たちの存在に気付き、声を荒げる。その様子を見て、ユウキが微笑する。
「やっぱり来ていたようだね。まぁ、君が連れてきたわけじゃないんだろうけど。どっちにしても、これで彼らは手出しできない。そして君はここから逃げられない。どっちかがゲームに勝つまで出られないわけだ。」
「そないなことね・・・やったらあんさんを捕まえて、終わりにするわ!」
 レナは黒い霧が再び噴出するのを警戒しながら、再びユウキに飛びかかった。ユウキは今度は大きく跳び上がり、レナが元いた場所に着地した。
 レナは振り返り、ステップを取り始めた。こうすることで相手の呼吸を見計らい、かつ機敏な動きを可能とするのである。
 ステップを取りながら、徐々にユウキに接近するレナ。ユウキはその動きを悠然と見つめている。
「へぇ。いい動きだね。」
「いろいろ護身術に手を出してんねんさかい。さっきのようなマネは通じへんよ。」
 距離を大分縮めてきたところで、レナは大きく動きを見せた。かわされないように動きを見計らいながら、ユウキの横に回りこむ。
「もろた!」
 レナがユウキの腕を掴もうと手を伸ばす。ユウキは後退してそれをかわすが、レナはさらに攻撃を繰り出してくる。
 そしてついに、レナの打撃がユウキの腹部にわずかに当たった。
「うぐっ!」
 ユウキが打撃を当てられてうめく。その拍子でバランスを崩して後ろに倒れかかる。
 この機会を逃さず、レナが手錠を取り出し、ユウキの右腕にかける。
「やった!捕まえた!」
 突っ込んだ勢いで、レナは手錠を引き込んでユウキを押し倒す。右腕にかけられた手錠を持ち上げ、レナが笑みを見せる。
「これであんさんのゲームでわての勝ち。ほんであんさんは逮捕よ。」
「それはどうかな?」
「何やと!?」
 追い詰められたように見えるユウキが余裕を見せ、レナが眉をひそめる。勝ちが揺るがないものと思った彼女は、彼の左腕にも手錠をかけようとする。
 そのとき、ユウキの小さく開いた口から、催眠効果のある黒い霧が吐き出された。
「し、しも・・・!」
 虚をつかれたレナが霧から離れようとする。しかし、ユウキにかけていた手錠を力強く握り締めていたため、離れるのが遅れてしまった。
 催眠の霧を吸い込んでしまい、レナが顔を歪める。
「いけへん・・・眼が・・・かすんで・・・」
 強烈な眠気に襲われるレナ。そんな中で、ゲームの勝利条件である、ユウキの両腕に手錠をかけようと、彼女は必死に腕を伸ばした。
 必死に掴んでいる手錠を引っ張り、ユウキを引きずり出す。遠のく意識の中で、レナはユウキの姿を捉えた。
 空いている片方の手錠を掴み、それをユウキの左腕にかける。
「や、やった!・・・わての・・・か・・・ち・・・」
 勝利の喜びの笑みを浮かべながら、レナは睡魔に襲われて前のめりに倒れこんだ。うつ伏せになって気絶し、そのまま動かなくなる。
 左腕に手錠をかけられたユウキが、彼女を見下ろす。
「なかなかの動きと気迫だったよ。この霧を吸ってもオレを捕まえようとするなんてね。でも・・・」
 意識を失ったレナの腕を掴み、ユウキは微笑んだ。
「このゲーム、オレの勝ちだよ。」
 確かにレナはユウキの左腕に手錠をかけた。だがそれは、ユウキが右腕にかけられていた手錠を、魔術によって外した後だった。
 手錠がレナによって引っ張られるのに合わせて飛び込み、かけられたフリをしてレナが意識を失うのを間近で見守ったのである。
「約束だ。君をゲームの戦利品としていただくよ。」
 ユウキはレナを抱えて、全身から黒い霧を噴出させた。標的であるレナを手に入れ、ユウキはこの草原から姿を消した。

 レナが眼を覚ましたのは、暗闇とも思えるような淀んだ空間だった。彼女は両手両足を鎖でつながれ、身動きを封じられていた。
「ここは・・・どこ・・・?」
 もうろうとする意識の中で、レナはこの空間の周囲を見回した。その光景に彼女は眼を疑った。
 空間には裸の女性の石像がいたるところに立ち並んでいた。その異様な光景に、レナは息を呑むしかなかった。
 移動しようにも、手足を縛る鎖は床にくくり付けられており、その場でもがくしかできなかった。
「これで分かったかい?オレが女の子を連れ去っている理由を。」
 そこへユウキが笑みを浮かべながら姿を現した。シャドウとしての白髪ではなく、元の黒髪をしていた彼は、着ているもの全てを脱ぎ捨てていた。
「ど、どないなことよ・・・ここはどこなの!?この石像はいったい何なの!?そもそもあんさん、何で裸どるの!?」
 ユウキの裸に顔を赤らめながら、レナはユウキに問いつめた。するとユウキはさらに微笑を浮かべる。
「ここはオレの作った空間。ここにいるオブジェはオレが連れ去った女の子たちだよ。」
「何やて!?」
「そして君は、オレに負けてここに連れ込まれたわけさ。暴れられると困るから、鎖でつながらせてもらったよ。」
「負けた!?アホなこと言わんとって!あの勝負はわての勝ちよ!あんさんの両手に手錠かけてほんで終わりよ!」
 ユウキの持ちかけたゲームの勝敗に不満を叫ぶレナ。
 確かに彼女は彼の左腕に手錠をかけた。だが、そのとき既に右手にかけられていた手錠は外れていたのである。意識が薄れていった彼女には、その状況がはっきりと見えていなかったのである。
「あのとき、オレは力を使って右手にかかっていた手錠を外したんだ。君は意識がはっきりしてなかったから気付かなかったんだろ。」
「ふざけんな!わては負けてへん!絶対に!」
 必死にもがくレナに、ユウキは微笑みながら近づいた。
「さぁ、お楽しみはこれからだよ。君はオレの心を満たしてもらうからね。」
「何ぬかしてるのよ!?わては絶対あんさんに屈せへんわ!」
「果たしてどうかな?」
 必死に抗うレナを見つめて、ユウキは眼に力を込めた。

     カッ!

 ユウキの眼が光り輝き、レナを光が包み込む。

    ドクンッ

 レナは強い胸の高鳴りを感じて、ぽかんと口を開ける。ユウキの力が彼女にも及んだ。
「な、何なの、今の?・・・わてに何したん!?」
 驚愕するレナがユウキに叫ぶ。するとユウキは彼女の頬に優しく手を当てる。
「君も彼女たちと同じになるんだ。美しい石のオブジェに。」
  ピキッ ピキッ ピキッ
 ユウキが言い終わると同時に、レナの着ていたシャツとジーンズが引き裂かれた。さらけ出された左胸、左腕、お尻、秘所が白い石に変わっていた。
「何なの!?か、体が石になっとる・・・!?」
 変わりゆく自分の姿に驚愕するレナ。石化した左腕が思うように動かない。その石化に巻き込まれて、左腕をしばっていた1本の鎖が砕け散った。
 困惑の様子を見せるレナに、ユウキは悩ましい笑みを浮かべる。
「君は強気で動きが機敏だけど、体はきれいだね。」
 ユウキがしゃがみ込み、あらわになったレナの石の肌に手を伸ばす。
「ちょっと、どこ触っとんねん!?」
「そのきれいな形を直に確かめる。その感触と君の反応が、オレの心を満たしていくんだ。」
「勝手なことぬかすな!」
 ユウキがレナの右腰に近づいたそのとき、レナは力を振り絞ってユウキの顔を右手で叩いた。叩かれたユウキの左頬が赤くなる。
「なしてわてがあんさんのために石にならなくちゃいけへんのよ!?わてはあんさんのおもちゃちゃうやろ!」
 憤慨したレナがユウキに叫ぶ。だが頬を叩かれたユウキは痛がるどころか、それを喜んでいた。
「そんな状態でこれだけ力のある抵抗ができるなんて、たいしたものだよ。でも・・・」
 赤くなった頬を手で拭いながら立ち上がり、ユウキがレナの右腕に意識を向ける。
「あまり暴れられても困るからね。」
  パキッ パキッ
 するとレナの右腕が石化し、ヒビが入る。
「あっ・・!」
 レナがその衝動に声を上げる。右腕の自由が奪われ、レナはユウキの石化によって、体の自由が利かなくなってしまった。
 石化の進行、石化させる場所は全てユウキの思うがままである。力を及ぼした相手に意識を傾けるだけで、その石化をコントロールすることができるのだ。
「これで君は自由には動けない。このままオレに弄ばれ、石のオブジェになるのを待つしかない。」
「冗談やないわ!わてはあんさんみたいな悪者には屈せん!思い通りにはさせへんわ!」
 不敵な笑みを見せるユウキに声を荒げるレナ。
 正義感の強い彼女は、悪人が許せず屈することが耐えられないことだった。それが美女をさらう誘拐犯、シャドウに石化という形で束縛され、レナは心臓を握られているような不快感に陥っていた。
「ムダだよ。君はオレに屈する。石化されてオレに支配される。」
 ユウキは憤慨しているレナの体に寄り添った。そして石化していない右胸に手を当てた。
「ちょ、何するん・・・!?」
「さぁ、至福の時間だ。オレの心を満たしてくれ。」
 レナが赤面する中、ユウキは彼女にすがりつくようにふくらみのある胸を揉み始めた。石化して固まった左胸と違い、揉み解されていくレナの右胸が柔らかに揺れる。
「イヤアッ!」
 自分の体を弄ばれ、レナが絶叫する。しかしユウキは気にせず、彼女を抱き寄せながら胸を揉み続けていく。
「どうだい?気持ちよくなってきただろう?この快感が人の心を満たす要因なんだ。」
「冗談やないわ!そないなことされて喜べるわけない!悪者なんかに好き放題されて、とってもイヤな気分や!」
 柔らかな胸の感触を堪能しているユウキとは違い、レナは彼の行為を不快に感じていた。
「わてはあんさんに屈せん!あんさんみたいに人の心を弄ぶ悪党に、わては支配されとうないわ!」
「君はオレに支配される。心は屈しないとしても、体はオレの思い通りだよ。その気になれば、君は口を石化されて声を出させなくすることだって可能なんだから。」
 必死に抗おうとするレナに言い聞かせるユウキ。口止めにも似た言葉をかけられても、レナの憤りは治まらない。
 だが、その悪に対する正義感は、ユウキに胸を揉み解されていくことで揺らいでしまう。それでもユウキに屈しまいと、レナは必死に抵抗を見せる。
 そしてユウキは、その胸に口をつけて舐め始めた。その乳房を滑らかに舐め回し、その感触を堪能する。
「イヤッ!やめて!」
「やめないよ。オレの欲望がこうすることを望んでいるんだ。母性本能とでもいうのかな?」
 まるで赤ん坊がお乳を飲んでいるように、ユウキは吸い付くようにレナの乳房を口に入れていた。歓喜に湧いているユウキと、不快に感じて叫ぶレナ。
 さらに手で胸を揉み解し、その感触を確かめる。
「石じゃない生身の柔肌も気持ちがよくなるよ。このやわらかさがまたたまらない。」
「ふざけへんでよ!わてはあんさんみたいな悪者に、こないな思いをさせられて最低な気分よ!」
「悪者ねぇ・・」
 ユウキはレナの胸を揉んでいた手を止め、涙ながらに睨みつけてくる彼女の顔を見つめた。悪に対する憎しみに満ちた眼をしていた。
「確かにオレは悪だ。美しい女の子を連れ去って石化し、こうして体を触って弄んでいる。それで心を満たしているオレを、正義感に満ちた君が許せないのは当然だろうね。」
 動けないレナの背後に回りこみ、後ろから再び彼女の右胸を揉み始める。レナが再び不快感で顔を歪める。
「でも、自分の感情移入だけで首を突っ込むと、どんなことになるか分からないよ。こんなふうに石にされて、好き放題にされることだって。」
「そないなこと関係あらへん・・わてはあんさんみたいな悪者を捕まえて、みんなを安心させたるのよ・・・」
 強気だったレナの声が弱まってきていた。心は支配されなくても、体は次第にユウキに支配されていた。
「もういいよ。君は少しばかりムリをしすぎたみたいだね。」
「な、何をぬかして・・・」
「君はその正義感で、ひたすら悪人を追い続けてきた。だけどそれは、君自身から喜びを捨てていることになるんだ。」
「わての喜びは、みんなを苦しめとる悪人を捕まえることよ。やから、わてはあんさんに屈するわけにはいかんのよ。」
「でも、君はオレに支配される。君がどんなに拒んでも、もう君はオレのものなんだよ。」
 ユウキがレナの体を後ろから抱きしめる。彼女の心の底から湧き上がる正義感を、彼は痛烈に感じ取っていた。
「なかなか心地よかったよ。君の胸はオレの心を十分に満たしてくれたよ。」
  ピキキッ パキッ
 ユウキが手を離した直後、レナの右胸を石化が包み込んだ。揉み解されていたふくらみとやわらかさのあった胸が白い石に変わってしまった。
「ダメなの、わて・・・このまんまこいつのもんになってまうの・・・」
 レナが力なく呟く。完全に眼前の青年に支配されていることに絶望感を感じ、それでも体を自由に動かすことができず、レナは眼から涙を流すことしかできなかった。
「そうだよ。きみはもうオレのもの。全てをオレに委ねて、きみは楽になるんだ。」
 ユウキは困惑しているレナの前に立ち、彼女の頬に優しく手を当てた。
「きみはオレのオブジェ。きみもオレの欲望には逆らえない。」
 レナの頬を伝う涙を手で拭うユウキ。
「きみの正義も、オレの欲望に包まれるしかなかったね。」
  パキッ ピキッ
 レナにかけられた石化が彼女の手足の先まで及ぶ。石となった体をさらけ出されて、レナは悲痛と恥じらいを感じていた。
「ヤダ・・・ヤダよ・・・こないなヤツに・・・負けとうないよ・・・」
 必死に声を振り絞るレナ。ユウキは彼女の秘所に手を伸ばしながら、笑みを浮かべる。
「そんなに心配しなくてもいいよ。きみは負けてはいないから。」
 ユウキはレナを抱き寄せた。その抱擁に抗うことができず、レナはただ呆然となるしかなかった。
「自分の意思を、ここまで貫いてきたんだから・・」
「わての・・・意思・・・」
 ユウキの言葉にレナは思考を巡らせる。自分が今まで貫いてきた正義の日々が、彼女の脳裏に蘇ってきた。

 わては悪い人が許せへんかった。
 オヤジの遺伝のせいでもあんねんけど、みんなを脅かしてんそのヤカラを見てんねんと、胸を締め付けられはる思いでようけになっとった。
 やからオヤジが担当の事件にはいつも首を突っ込んどった。オヤジが呼び止めんのも聞かんと。
 その正義感は、わてが通っとる学校にいても変わらへんかった。
 そないなある日、いじめをしとった生徒に対して、わてはつい実力行使をしてしもた。
 わてはオヤジに叱られはった。その日に限ちう、普段泣かいないわては涙を見せた。
 その説教の後、オヤジはわての頭を優しく撫でてもろた。
 わてがしたことに腹を立てたわけやったらへん。わてを思うてあえて叱ったんやとぬかした。わてを危険に巻き込みたくへんかったのよ。
 わては嬉しかった。わてはオヤジにこないにも思われとったやなんて。
「レナ、わてはおんどれがそばにいてくれるだけで幸せなんよ。」
 わてはオヤジの言葉を胸に秘めた。ほんでもわては事件に首を突っ込んどった。
 やっぱり、わては刑事のオヤジの娘ちうわけね。

 レナの意識が現実に戻ると、ユウキが彼女に唇を重ねていた。抵抗の意思があったものの、レナはその唇を離すことができなかった。
 涙を流すことで必死に抗おうとするが、その願いと意思はユウキには受け入れられなかった。
  ピキッ パキッ
 口付けを交わされているレナの唇も石に変わり、声を発することさえできなくなった。
(もう、ムリせんでも・・ええん・・か・・・な・・・)
 レナの意識と感覚が次第に薄らいでいく。全てをユウキに奪われ、レナはユウキの石化と性欲に沈んでいった。
    フッ
 やがて大粒の涙を流す瞳さえも石化に包まれ、レナは完全な石のオブジェになった。
 そしてユウキが彼女から唇を離し、石化した彼女の姿を見つめた。
「いいんだよ。君は楽でいていいんだよ。ここには憎しみも悲しみもない。これからはオレの力がきみを守るさ。オレのこのゴルゴンの石化を受けたものは、決して壊れることはない。この美しい姿のままで、永遠をすごすんだ。」
 笑みを浮かべてレナの頬を、そして胸を撫でるユウキ。もう彼女は何も語らない。犯罪に立ち向かうこともない。
 レナは一糸まとわぬ姿で、ユウキの作り上げた空間で立ち尽くすことになる。
 そこでユウキが思わずため息をついた。
「しばらく大阪に行くのは控えようかな。なぜか道に迷うんだよなぁ。」
 そんなことを口走りながら、ユウキは標的を得たことに充実感を覚えていた。刑事の娘、藤田レナに対して。

つづく


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