Shadow 「かごの鳥」

作:幻影


 白鳥マナ。
 大富豪の白鳥家に住んでいる。といっても、身寄りのなかった彼女をその家が預かっているだけで、直接的な血統はない。
 マナは白鳥家の3人の娘にいじめや嫌がらせなど、ひどい仕打ちを受け続けていた。引き取ってもらっている立場上、マナは彼女たちに逆らうことはできなかった。
 この日も買い物を頼まれ、マナは街に向かっていた。水色の長い髪が流れるように揺れる姿は、なぜか物悲しかった。
「どうしたんだ?そんな悲しい顔して。」
 その途中、マナは1人の青年に声をかけられた。黒い髪の整った顔つきの青年、ユウキである。
「私は、別に・・・」
 笑みを作るマナに、ユウキはため息混じりに話を続けた。
「何でもない人が、そんな悲しい顔をしてるものかな?」
 ユウキの問いかけにマナは戸惑った。見ず知らずの人にここまで心配されることに、彼女はどこか後ろめたい気分を感じていた。
 押し黙ってしまった彼女を見かねて、ユウキは再び口を開いた。
「詳しい話はあえて聞かない。だけど、イヤだと思ってることはムリして続けても辛いだけだよ。」
「でも・・・」
 マナがここでユウキの言葉に返事をした。
「でも、お父様やお母様、お姉様たちがいたから、今の私があるのは事実。」
「辛い思いをしている今の君が?」
 ユウキに返され、マナは再び黙ってしまう。
 その言動にユウキは思い立った。
 マナは何かしら、家族に対して不快感を抱いている。しかし彼らに恩があるため、その気持ちを表に出すことができないでいた。
「満足するかどうかはその人次第だ。誰にも否定する権利はない。だけど、いつまでも檻に入れられて、いい気分でいられるはずがない。」
「えっ・・・?」
「君は、今の君に満足してるのかい?」
「でも、私よりも皆様の・・・」
「周りは関係ない。君個人の気持ちを聞いているんだ。」
 家族を優先して困惑するマナに、ユウキは問いつめる。恩や不安で彼女は家族や周囲に流されているのだとユウキは思ったのだ。
 困惑しながらも、マナは思い切ってユウキの問いかけに答えた。
「私は・・・自由になれるなら・・・私は・・・」
 マナが言い終わる前に、ユウキは笑みを浮かべて頷いた。
「誰だって、自由でありたいとは思うよね・・・」
「もしも、もしかしたら・・あの人なら私を自由にしてくれるかもしれない・・・」
「あの人?」
「・・・シャドウです。」
「シャドウ?・・あの、最近世間を騒がせている誘拐犯の?」
 ユウキが聞き返すと、マナは小さく頷いた。
 シャドウが現れてから1ヶ月が経過していた。さらわれた女性は12人。いずれも10代、20代の美女ばかりである。
 警察が決死の捜索を続けていたが、1人の被害者も、シャドウの手がかりさえ発見できずにいた。シャドウの予告どおり、美女が連れ去られるばかりだった。
「あの人に連れて行かれたら、自由になれるかもしれない。あの人は警察をかいくぐって、いろんな女性を連れ去っている。自由になれる保障なんてどこにもないけど、今よりは・・・」
 マナの心境を知ったユウキ。小さく頷いて彼女の肩に手をかけた。
「変わろうと思ってるなら、まず君が行動を起こさないとね。」
 そう言ってユウキは優しく微笑む。これでマナに安らぎが伝わると思ったのだが、彼女はどこか神妙な面持ちになっていた。
「何やってるの、マナ!?」
 そのとき、怒りのこもった叫びが、マナたちに向けて響き渡った。ユウキが振り向き、マナの顔が怯えで引きつる。
 2人の前に1人の女性が現れていた。黒い長髪をなびかせ、その前髪をカールさせている長身の女性である。
 女性はひどく苛立った表情でマナに近づいた。マナが彼女の形相にさらに怯えだす。
「こんなところで寄り道してるんじゃないわよ!」
 言い放って女性は、マナの顔を思い切り叩いた。うなだれてマナは、叩かれて赤くなった頬に手を当てる。
「あなた、私たちへの恩をあだで返すつもり!?あなたは私たちの言うことを聞いていれば、それでいいのよ!」
 女性はマナの腕をつかみ、そのまま彼女を連れて行った。マナは抵抗する意思さえ見せずに彼女に引きずられていく。
 その姿をユウキは呆然と見送るしかなかった。そして2人の姿が見えなくなったところで、思わず言葉をこぼしていた。
「あれがあの子の姉さんか・・・オレの心を満たすにはふさわしくないな。蜜じゃなくて毒だな、あれは。」

 この日の夜も、ユウキはシャドウとして1人の少女をさらい、石に変えて抱擁を堪能していた。石の胸を舐め回し快楽を感じていたが、完全に石化して裸のオブジェになっていた少女は、全く反応を示さない。
 彼の作り出した空間には、彼が石化させた美女たちが立ち並んでいた。全て彼の欲情と快楽の証明である。
 その少女から体を離し、ユウキは一息つく。彼が快楽の後に考えていたのは、昼間会った少女、マナのことである。
 彼女は心の中で自由を欲していた。しかし、家族からの仕打ちと彼らに対する恩で、それを追い求めることができないでいた。
「オレなら、彼女に自由を与えてやれるかもしれない。オレの石化は、相手の束縛を全て剥ぎ取ることができる。石化そのものを除いて。まぁ、何にしても、オレは彼女を今度のターゲットにするつもりだけど。」
 不敵な笑みを浮かべるユウキ。彼の、シャドウの新たなる標的が決定した。

「しっかりしてよ、マナ!」
 頼んだことにテキパキと行動しないマナを突き飛ばす女性。白鳥家の三女、ハルカである。
 ユウキと会ってから1日がたってからも、マナはこの家の人たちの仕打ちを受け続けていた。
 悲しみにうめくマナをハルカが見下ろす。
「こんな簡単なことも満足にできないなんて!」
「まぁまぁ、落ち着きなさい、ハルカ。」
 憤慨するハルカの前に、長女レイコが部屋に入ってきた。レイコは不敵な笑みを見せて、顔を背けるマナを見下ろす。
「マナがこんななのは今に始まったことではないですわ。いつまでたっても出来損ないの役立たず。」
「そうそう。」
 口をはさんできたのは、次女のエリカだった。カールさせた髪をなびかせて部屋に入ってきた。
「昨日も見知らぬ男と話をしてたようだけど・・まさか、私たちへを裏切ってその男に乗り換えたのかしら?」
「ち、違います!私は・・・!」
「何も言わなくても、私たちにはちゃんと分かってるんだから。」
 弁解しようとするマナを鼻で笑うエリカ。レイコ、ハルカも微笑を浮かべてマナを見下ろしている。
「まぁいいですわ。とにかく、あなたは私たちやお父様、お母様に従っていればいい。それが私たち白鳥家に対する恩なのですから。」
 あざ笑う3人の姉に、マナは反論の意さえ見せられずにいた。
 そのとき、部屋の前の廊下を、執事が慌しく行過ぎていった。その様子に3人の娘が振り返る。
「どうしたのかしら?」
「ただ事には見えませんが。」
 3人の娘がそわそわした様子を見せる。マナもその事態に戸惑うしかなかった。

 いつものように郵便受けを確認した執事。その手紙の1枚に、彼は驚きを隠せないまま、マイ婦人の部屋に飛び込んだ。
「奥様、大変でございます!」
「何ザマスか、騒々しい。」
 1人お茶を楽しんでいたマイが不機嫌そうに答える。執事は汗をかきながら話を続ける。
「いきなりすいません、奥様。しかし、このようなものが・・」
 執事は落ち着こうとしながら、その手紙をマイに見せた。マイが疑わしげにその手紙に眼を通す。

“白鳥マナ様、あなたのけがれなき体、いただきます。 Shadow”

 その内容に戸惑いを見せるマイ。しかし彼女は憤りを見せてはいなかった。
「あのシャドウがマナを狙ってきた・・・」
「いかがいたしましょうか!?下手をすれば大問題ですよ!」
「落ち着くザマス。マナは私たち白鳥家の恥ザマス。シャドウに連れ去られようと知ったことではないザマス。」
 不敵に笑うマイに困惑する執事。マイはさらに話を続ける。
「ただし、このまま明け渡すのも面白くないザマス。警察には連絡を入れておくザマス。それで彼らにはシャドウ逮捕に全力を注いでもらうザマス。」
「かしこまりました。旦那様にも連絡を入れておきます。」
 執事に言い放ち、マイは部屋を出て行く。執事も彼女に向けて一礼する。

 執事の連絡により、白鳥家の豪邸に警察が集まった。警察にとって、予告どおりに女性を連れ去るシャドウは、かつてないほどの天敵と認識されていた。
「ご苦労様です。まさか、この白鳥家の娘を狙ってくるとは。」
「シャドウは大胆、かつ飛びぬけた身体能力の持ち主です。決して侮ってはいけません。しかしご心配なく。マナさんは我々が必ず守ります!」
 意気込みを見せるように敬礼をする警部。
「期待していますよ、警部さん。」
 白鳥家の長、ゲンが頷く。胸中ではマナの安否など気にも留めていなかった。
 彼をはじめ、この家の人々はマナのことなどどうでもいいと感じていた。いてもいなくてもどちらでもかまわないということである。
 シャドウがマナを連れて行こうが、警察に捕まろうと、白鳥の人間にとっては都合がよくなる話なのである。
 しかし、どちらに転がるにしろ、ただで事を運ぶつもりはない。ゲンもマイも3姉妹も、シャドウを捕らえるべく行動を開始しようとしていた。

 豪邸の近くの建物の屋上から、ユウキは豪邸の様子をマインドアイでうかがっていた。邸内では警察や白鳥家の関係者たちが騒がしく動いていた。
「今夜もにぎわっているようだね。この中で女の子を手に入れるのは格別だね。」
 好奇心を湧かせる勇気。彼はすでにシャドウの姿に成り代わり、マナを手に入れようと立ち上がっていた。
「さて、そろそろ行きますか。」
 時間を見計らい、ユウキは豪邸を目指して跳躍を始めた。
「来たぞ、シャドウだ!」
 警官の1人がシャドウの姿を発見して叫ぶ。他の警官たちがいっせいに同じ人影に振り返る。
 鋭い注目を受け、ユウキが笑みをこぼす。彼は警戒の厳しい木陰や建物の物陰を避け、庭から豪邸の中に入り込もうとしていた。
 だが、それは警察の目論みどおりだった。広い庭の中央に着地したユウキを、多くの警官たちが取り囲む。周囲には飛び移れる場所がなく、大勢の警官の包囲網を飛び越えるのは不可能だった。
「とうとう追い詰めたぞ、シャドウ。」
 その警官の群れの中から、取り仕切る警部が出てくる。ユウキが彼に振り返り、笑みを見せる。
「周囲にはもはや安全地帯はない。観念することだな。」
 銃を構え、勝利さえ確信していた警部。だが、ユウキはそれでも追い詰められた気配を見せない。
「行け!」
 警部の号令で警部がいっせいにユウキに飛びかかる。
 そのとき、ユウキの体から黒い煙が吹き出した。
「な、何だ、コレは!?」
 意表を突かれた警部が煙を吸い込まないように口を塞ぐ。警官たちは煙に巻き込まれて、次々と倒れていく。
 ユウキの放った黒煙は、吸い込んだ人を眠らせてしまう催眠ガスである。その効果で警官の何人かは気を失い、また周囲に対する眼くらましにもなった。
「ぐっ!に、逃がすな!」
 毒づく警部の怒号が飛ぶ。煙に紛れて、ユウキは警察の包囲網を突破していった。

 一方、大食堂では、ゲンをはじめ白鳥家の面々が集まっていた。ただしマナは部屋の隅に追いやられていたが。
 彼らはエリカに対して身つくろっていた。背格好に大きな違いのない彼女は、シャドウの眼を欺くために変装をされていたのだ。
「これで完璧にマナザマスね。」
「あんなのに成り代わるのはしゃくに障るけど、あのシャドウを私たちが捕まえられたら・・・」
 皮肉を言って見せた後、歓喜に湧くエリカ。普段敵視しているマナを装うのは腑に落ちてなかったが、シャドウ逮捕のためならと意気込んでいた。
「警察でも捕まえられず手を焼いているシャドウを、我が白鳥家が逮捕する。そうなれば、我々の名は世界中に知れ渡り、大企業の中でもトップを勝ち取ることも夢ではないぞ。」
 勝ち誇って不敵な笑みを浮かべるゲン。マイや3姉妹も哄笑をもらしている。
「もちろん、この程度で捕まえようとは思ってはいない。」
「と、言いますと、お父様?」
 ゲンの言葉にレイコが聞き返す。
「この屋敷にはあらゆる防犯設備が設置されておる。ただ、あまりに危険にしすぎたため、今では放棄しておる。だが、シャドウほどの、動きに長けている者なら、仕掛けても死ぬことはないだろう。」
「そ、そんなに危険なの、パパ・・?」
 ゲンの言った防犯設備。その存在にハルカをはじめ、3姉妹が息を呑む。
「安心しなさい。設備の位置は私が熟知しておる。私のいうことを聞いていれば、巻き込まれることはない。」
 ゲンの悠然とした笑みに、マイも3姉妹も安堵する。その後、3姉妹はこのまま大食堂に残り、ゲンとマイはマナを連れて彼の自室へと向かった。

 警察の執念の包囲網を突破し、ユウキは白鳥家の屋敷に侵入していた。しかし中は警察はおろか、人一人いる気配が感じられなかった。
 その異様なほどの静けさを気に留めながら、ユウキはマナの気配を探っていた。
「この部屋にいるみたいだ。」
 そしてユウキは大食堂に足を踏み入れた。そこにも人は見当たらない。
 ユウキはさらに大食堂の奥へと進んでいく。隣の部屋の続く扉まで歩を進めたが、それまで何事もない。
 ゆっくりとドアノブに手をかけ、扉を少しだけ開ける。それでも何も起こらない。
 その隙間から部屋の中をのぞき見る。中には1人の少女がうつむいて座り込んでいた。水色の長い髪。その後ろ姿はマナだとユウキの眼には映っていた。
 その横には2人の女性が立ってマナを見下ろしていた。レイコとハルカである。彼女たちは不敵な笑みを浮かべてマナを見下していた。
(マナ・・・そばにいるのは姉たちか・・?)
 胸中で状況を把握するユウキ。
 その直後、レイコとハルカがいっせいに扉のほうに振り向く。
(気付かれたか?)
 毒づいたユウキは扉を開け放つ。レイコとハルカが笑みを強めるが、マナはうつむいたまま。いや、マナに成りすましたエリカが。

 マナを狙って白鳥家の豪邸に侵入したユウキ。大食堂を経由して隣の部屋で彼女を発見する。同時に同じ部屋にいたレイコとハルカに見つけられる。
 その場で座り込んでいたのは、マナに変装したエリカだった。シャドウの眼を欺いて逮捕しようと家族一団で目論んでいたのだ。
「あら?あなたがシャドウですのね?」
 レイコが不敵な笑みをユウキに向ける。しかしユウキは全く動じず、マナに、彼女に扮したエリカをじっと見つめていた。
「マナはここよ。早くしないと、私たちは行くわよ。」
 そう言ってハルカもユウキを誘い出そうとする。それでもユウキはマナを見たままだった。
 その様子にレイコもハルカも眉をひそめる。それをよそに、ユウキはひとつ笑みをもらす。
 そして彼は突然振り返り、3人の娘に背を向けた。その行動にレイコとハルカが驚きの様子を見せる。
「ど、どうしたのよ!?あなたの狙ってるマナはここにいるのよ!」
 ハルカが憤ってユウキを問いつめる。するとユウキは笑みを浮かべて振り向く。
「誰、その人?」
「えっ・・・!?」
 思わぬ答えにハルカが押し黙る。
「誰って・・マナに決まっていますわ!分からないのですか!?」
 レイコも憤慨してユウキに言い放つ。しかしユウキは顔色ひとつ変えずに話を続ける。
「オレはもう気付いているよ。その人はマナなんかじゃないって。」
「な、何を根拠に・・!?」
 ハルカの叫びに動揺が混じる。
「それに、もしオレがさらに進んでたら・・・」
 そう言ってユウキは扉の近くのフックに引っ掛けてあった合鍵を手に取り、それをレイコたち目がけて放り投げた。
 すると鍵は何かに当たったかのように突然弾け飛んだ。火花を散らした鍵は、真っ二つになって床に転がった。
「あっ!」
 その光景を目の当たりにしたレイコとハルカが思わず声を上げる。ユウキが悠然と振り返る。
「その鍵と同じ運命になってたわけだ。」
 レイコたちのいるこの部屋には、熱センサーが感知することで起動する高速レーザーが設置されている。センサーに引っかかった瞬間、レーザーが標的を射抜く仕組みになっているのだ。
 しかしユウキには、レーザーのことも、そこにいるマナがエリカであることも気付いていた。彼のマインドアイは、室内の様子もそこにいる3姉妹の思考も見抜いていたのだ。
「君たちには用はない。だからそっちに行く理由もない。それに、オレはもうマナさんがどこにいるのかも分かっている。」
「えっ!?」
 驚くレイコを気にせず、振り返って大食堂を出て行こうとする。
「ま、待ちな・・・!」
 ユウキを呼び止めようとしたが、ハルカは足を止めた。その先にはレーザーの熱センサーがあり、踏み込めば合鍵の二の舞になる。
 駆け出すユウキの姿を、水色の髪のかつらを取って悔しがるエリカを含めて、3姉妹は見送るしかなかった。

 シャドウと3姉妹の言葉のやり取りを一部始終聞いていたゲンとマイは、マナを引きずって豪邸の外に向かっていた。マナを見捨ててもかまわなかったが、白鳥家の名に傷をつけかねないとゲンは考えていた。
 マナはゲンに引っ張られながら、戸惑いを抱いていた。このまま両親や姉たちについていくべきなのか、シャドウに身を委ねるべきなのか。彼女の心は大きく揺らいでいた。
(まさか、我々の防衛設備まで見抜いてしまうとは、シャドウ・・侮ってはいけなかった!)
 胸中で毒づき、ゲンは焦りを隠せずにいた。マイはどうしたらいいのか分からない心境で、彼の後得をついていった。
 そして外に通じる扉を開けたそのとき、
「なっ!?」
 驚愕するゲンたちの前に、黒い人影が立ちはだかっていた。シャドウに扮したユウキである。
「ついに見つけたよ、白鳥マナさん。」
 ユウキが不敵な笑みを浮かべて、動揺するマナを見つめる。ゲンが歯ぎしりしながら、必死に声を振り絞る。
「マナにはゆ、指一本触れさせないぞ!」
「そうかな・・?」
 ゲンの虚勢をユウキの一言が一蹴する。ゲンの言動がただの言い逃れでしかないことは、ユウキは気付いていた。
「果たして守るほどの女の子だと思ってるのかな?」
「何をバカなことを!マナは我々のかけがえのない・・!」
「それを決めるのはマナさん自身だ。彼女が果たしてあなたたちを快く思っているのかどうか。」
 ゲンが言い終わる前にユウキが言い放つ。ユウキの言葉に、ゲンとマイが困惑しているマナに振り向く。
「マナ・・・」
 ゲンが悩ましくマナにたずねる。だが胸中では苛立ちを抱えていた。
 ユウキを含めた3人が注目する中、マナは考えあぐねた。憎まれているのに愛されているという両親を認めたくない。だがそれを言えば自分の居場所がなくなってしまう。
 迷っている彼女に対して、ユウキは再び口を開いた。
「今いる場所が自分のいるべき場所なのか、君自身は分かっていると思うけど。」
 その言葉に、マナは迷いがかき消える感覚を受けた。
 たとえ愛していない両親でも、そこに居場所を保持しようと考えるのは甘えでしかない。このままでは虐げられるばかりか、いつかはその居場所さえ奪われかねない。
 決心を固めたマナは、真剣な面持ちでゲンとマイに答えた。
「お父様、お母様、わたし・・・」
 少し間を置いて、マナは話を続ける。
「わたし、お父様とお母様を信じることができません。」
「なっ・・!?」
 言い切ったマナに、ゲンが思わず声をもらす。
「確かに身寄りのなかった私は、あなた方に引き取られたことで居場所を持てました。でも、その理由で全てを強いられることはもう耐えられないのです。」
「マナ、貴様・・・!」
 憤ったゲンがマナの胸ぐらを掴みかかる。しかしマナは動じず、
「ごめんなさい、お父様。でも、ここはもう私の居場所じゃないの。」
「ぐっ・・・!」
 澄んだ眼を向けるマナの言葉に、ゲンは押し黙ってしまう。マイも困惑しきって声をかけられずにいた。
「き、貴様!」
 憤慨したゲンがマナに向けて拳を振り上げる。マナが感極まって眼をつむる。
 だが、振り下ろした右手は空を切っていた。
「何っ!?」
 驚愕したゲンが周囲を見回す。突然マナが姿を消したのである。
「ここだよ。」
 ユウキがゲンとマイを呼びかける。彼の腕の中には困惑したままのマナが寄り添われていた。
「貴様!」
「これが、彼女の出した答えだよ。」
 憤慨の様子を見せるゲンにユウキは呟くように言う。マナは無表情にゲンとマイを見つめていた。
「もういいザマス!そんな役立たずの娘、好きにするザマス!」
 苛立ちが頂点に達したマイが、自暴自棄したように言い放つ。ゲンも同じように怒りを感じていた。
 突き放つ態度をついに表した両親に、マナは心の中で涙を浮かべていた。
「これで、いいんだよね?」
 ユウキが聞くと、マナは顔色を変えないまま小さく頷いた。ユウキは視線をマナからゲン、マイに戻し、話を続ける。
「確かに、マナさんはオレがもらうよ。だけど、これだけじゃ終わらせないよ。」
「何?」
 ユウキの突然の言葉にゲンが疑問符を浮かべる。
「あなたの企業の全てのデータを収めてあるパソコン、見させてもらったよ。他社との契約や交渉に関する情報が膨大な量で収容されていたよ。中には、闇企業の裏取引も入ってたよ。」
「まさか!?」
 ゲンがいきり立って、ユウキに近づく。ユウキがマナを抱えたまま大きく跳躍し、屋敷の屋根の上に着地した。
「世界に名高い大企業なんだから、隠し事はいけないよね?情報は全てネットを通じて公表させてもらったよ。」
「何だと!?そんなマネをすれば重罪だぞ!分かっているのか!?」
 完全に取り乱したゲンがユウキに叫ぶ。するとユウキは不敵な笑みを浮かべる。
「オレは女の子を奪う泥棒だよ。そんな罪が1つ2つ増えようと大して変わらないよ。」
 平然としたユウキの言動に、ゲンはもはや歯ぎしりするしかなかった。
 ユウキが虚ろな眼をしているマナに顔を向ける。
「君はやっとかごから出られたんだ。オレが解放したんだ。オレと一緒に来てもらうよ。」
「・・・はい。」
 マナが小さく頷くと、ユウキは笑みを浮かべた。そして体から黒い霧を発し、2人はその中に姿を消す。
 完全に絶望してしまい、ゲンはその場に座り込んでしまった。マイもどうしたらいいのか分からず途方に暮れていた。

 シャドウが公表した白鳥家の情報がネット上に漏れ出した。警察はその中の闇企業との裏取引を発見し、党首であるゲン逮捕に踏み切ったのである。
 これがきっかけとなり、世界的大企業を成していた白鳥家は崩壊。家族はバラバラにならずにすんだものの、全ての契約・交渉を打ち切られることとなった。

 薄暗い部屋の中、愛のない家族と決別したマナは眼を覚ました。
 彼女には家族と分かれたことを惜しんではいなかった。彼らは自分を愛していないことが分かったからである。
 顔を上げ体を起こすと、その視線の先にユウキが立っていた。
「あ、あなたは・・あのときの・・・!?」
 マナが不安そうに声をかけると、ユウキは振り返って悩ましい眼を向けた。彼は着ているものを全て脱いで全裸になっていた
「また会ったね。あのときはお姉さんにやられてたみたいだったけど。」
 ユウキが笑みを見せると、マナは戸惑いを見せる。
「ここは、どこですか・・・?」
「ここはオレの作り出した空間だよ。あの後、オレの出した霧で君は眠ってしまったんだよ。」
 ユウキの話したことにマナは困惑する。意識のなくなる直前の記憶が思い起こされる。
「わたし、家族を裏切ったことになるんですよね・・・?」
「といっても、その家族の誰もが君を愛していなかったけどね。」
 ユウキの指摘にマナは黙り込んでしまう。たとえ自分を虐げているとしても、家族と呼べないはずはない。マナはそう信じていた。
 言葉を返せないでいると、ユウキは再び口を開いた。
「君は解放されたんだ。いつも傷を背負うかごから、君は抜け出すことができたんだ。」
 ユウキはマナに近づき、優しく彼女の肩にてをかけた。
「君は自由になったんだ。」
「私が、自由・・・?」
「そうだ。そしてこれから、オレの力でさらに君は解放されるんだ。」
 ユウキはマナをじっと見つめる。
 しかしマナには恐怖や不安はさほど感じてはいなかった。強いられた家族の中に比べれば、ユウキは優しくしてくれると彼女は信じていた。

     カッ!

 そんな信頼の中、ユウキの眼がまばゆいばかりに光り輝いた。

    ドクンッ

 胸に強い衝動を感じ、マナは一時呆然となる。
「今のはいったい・・・私に何をしたのですか・・!?」
 マナが困惑した面持ちでユウキ問いかける。するとユウキはマナの頬に手を当てて答える。
「言ったはずだよ。君を解放するって。」
  ピキッ パキッ パキッ
 そのとき、マナの着ていた服が弾けるように裂けた。ユウキの石化が、さらけ出された彼女の胸を白く固めたのだ。
「これって・・・石・・・!?」
 マナが石になり始めた自分の体に驚愕する。
「そうだよ。君は身に付けているもの全てを脱ぎ捨てて、解放感で満ちるんだ。そしてオレの心を満たす存在にも。」
 ユウキがマナに石の胸に手を当てる。自分の体を触られ、マナが顔を赤らめる。
 そのとき、マナの柔肌に傷がいくつかつけられているのをユウキは発見した。おそらく、白鳥家の家族につけられたものだろう。普通に生活している人にはつかないものである。
「こんなに、傷ついていたんだね・・君は・・・」
 ユウキは沈痛な面持ちで赤面しているマナを見つめる。そして石化している彼女の胸の谷間に顔をうずめた。
「ち、ちょっと・・!」
 突然のことにマナが動揺する。その困惑と石化していく体のために動けないでいた。
「痛かったんだよね。本当に辛かったんだよね。でも大丈夫だよ。オレの石化はそんな傷なんか消してくれる。君も美しい姿でいられるからね。」
「や、やめて・・・ぁぁ・・・」
 ユウキが舌でマナの石の肌を舐め始める。マナの困惑がさらに広がり、それは時期に快楽へと変わっていく。
「次は下だよ。」
 ユウキのこの言葉に、マナは自分の下半身に注意を向ける。
  パキッ ピキキッ
 彼女の視線の先で、はいていたスカートが引き裂かれ、下半身までもあらわになった。マナはユウキの石化によってほとんど裸にされていた。
「あの、わたし、このまま裸にされてしまうのですか・・?」
「そうだよ。だけど恥ずかしがることはないよ。これが君の自由なんだ。オレが自由へと導いてあげる。」
 ユウキが身をかがめ、石化したマナの秘所に舌を入れた。激しい快感にマナが顔を歪める。
「あぁあ・・・ぁぁ・・・これが・・自由なんです・・か・・・」
 快楽に悶えながら、マナがユウキに問いかける。ユウキは彼女の秘所を舐め続けている。
「何だか・・・空に放り出されたみたいな・・・!」
 マナは感じている快楽を、空中に投げ出されたような感覚のように感じていた。まるで鳥が大空を飛び回っているかのように。
 やがて顔をマナから離し、ユウキは体を起こして彼女の顔を見つめた。
「全てをさらけ出し、心の中にある感情を全て高まらせる。それが自由だよ。」
 ユウキが動けずにいるマナの石の体を抱きしめた。一糸まとわぬ2人の肌が触れ合う。
 ユウキに抱かれ、マナの困惑がさらに広がる。白鳥家の人々から受けた傷は、ユウキの石化によって白く塗りつぶされていた。
「これが・・・自由・・・」
「そうだよ。君は家族に虐げられて、感情が溜まっていたみたいだ。いい反応をしてくれる。すごい感情の高鳴りだよ。」
 あえぎ声を上げるマナに、ユウキは喜びを感じていた。そして彼も快楽に胸を躍らせていく。
「あの・・・」
 そのとき、マナがおもむろにユウキに問いかけた。
「石になる前に、ひとつ聞きたいんですけど・・・?」
「・・いいよ。オレに答えられることなら。」
 ユウキが頷くと、マナが笑顔を浮かべた。しばらく見せていなかった笑顔だと、彼女は胸中で思っていた。
「あなたの名前を、教えてもらえませんか?」
「オレの?」
 ふと疑問符を浮かべるが、ユウキはすぐに笑顔を返した。
「オレはユウキ。影山ユウキだ。」
「ユウキさん・・・ありがとう・・・」
 マナは眼に涙を浮かべて、歓喜の笑顔を見せた。自分が本当に自由になったことを実感していたのだ。
「じゃ、飛ぼうか、光り輝く空へ。」
「・・・はい。」
 マナが頷くと、ユウキは彼女の体を撫で始めた。再び快楽に顔を歪めるマナ。
「ぅん・・・あはぁ・・・ぁぁぁ・・・」
 マナが顔を赤らめてあえぎ悶える。ユウキも快感を感じて顔を歪める。
「君は鳥だ。大空を飛びまわる鳥なんだよ。今まで入れられていたかごから、君は解放されたんだよ。」
「鳥・・・私は・・鳥・・・」
 マナが脱力して、ユウキに身を委ねる。
 今の彼女に石化以外の拘束はない。ユウキなら鳥のように自由にしてくれる。
 マナの心は、完全にユウキに惹かれていた。
「あああっ!・・・ユウキ、さん・・・ぁあぁ・・・」
  ピキッ ピキッ
 マナの感情が最高潮に高まったと同時に、石化が彼女の手足にまで達し、全く身動きが取れない状態になっていた。
「ユウキ、さん・・・わたし・・・」
「大丈夫だよ。君は今、最高に自由だ。その羽ばたきの美しさは、オレや周りを魅了させてくれる。」
「私が・・・」
 マナは美しく思われている自分を不思議に思った。
 身寄りのなかった彼女は白鳥家に引き取られ、そこでその家の人々にいじめやひどい仕打ちを受けてきた。そんな彼女は、その家の3人の姉妹の綺麗さに憧れを持っていた。
 そんな自分が、こんなにも美しく、ここまで感情を高まらせることができたことに、彼女自身驚きさえ覚えていた。
  ピキッ ピキキッ
 快楽に身を沈めたマナの顔に石化が侵食し始めた。声を発することのできなくなったマナが完全に力を失った。

 私がいた。
 何も着ていない私がいた。
 私は空の彼方で、広がる街の風景を見下ろしていた。
 鳥のようにその景色を見下ろして、私は空の風に身を委ねていた。
 強くもないなだらかな風にゆっくりと流されながら、私は街を見渡していく。
 そんな自分が実に心地よく感じる。
 そう。私は鳥。この大空を自由に飛びまわる鳥。
 その羽ばたきが、私の胸を躍らせる。
 今まで心の奥に押し込んでいたものが、光り輝いてあふれてくる。
 私は鳥のように飛びまわる。何にも縛られず、自由に。

 ユウキの石化によって、マナは完全な石のオブジェとなっていた。ユウキはそんな彼女に口付けを交わしていた。
 マナは最高の快楽の中で、その時間を止めた。ユウキに抱かれたまま、傷ついた過去をかき消して、その時間を止めた。
 ユウキは唇を離し、マナから体を離す。棒立ちのまま石化した彼女をじっと見つめる。
「これで君は自由に飛び回る鳥だよ。オレもすばらしい心地よさを感じられたよ。」
 ユウキがマナの石の頬に優しく手を当てる。虚ろな表情のまま彼女は固まっていたが、喜びを感じていたと彼は思っていた。
 虐げられてきた鳥は、そのかごから抜け出し、自由を手にした。石化という解放の束縛を代償にして。

つづく

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