Schap ACT.7 past

作:幻影


 海のそばにある町、柚木町。草原や平坦な道に囲まれたこの町が、私の故郷。
 私は生まれてからずっと住んでいたこの町が好きだった。少し足を運べば、見渡す限りの大海原が広がっていたからだ。
 でも、そんな活気のある町から、あたたかさが何もかも消えた。
 あの出来事で、柚木町は死の町となった。

 この頃、私は中学3年生だった。受験真っ只中。悠長にしている余裕はないはずだった。
 私もそう思って勉強に励んでいた。でも思うように学力が上がるわけではなかった。
 それでもできるだけいい高校に行きたい。その思いが私の勉強への動力源だった。
 そんな日々の続く秋のある日、恒例となっていた勉強会を行った。この日は私の家で行われることになった。
「それじゃ、お母さんは買い物に行ってくるから、しっかり勉強するのよ。後でおいしい紅茶とケーキ出すからね。」
「うん。お母さん、行ってらっしゃい。」
 そういってお母さんは出かけて、私は手を振った。紅茶とケーキが出されることに、私だけじゃなくみんなも喜んだ。
「ハルのお母さんって気前いいよねぇ。優しくて美人だし。今度もここで勉強会しようか?」
「あぁ、ダメダメ。うちのお母さん、私が怠けたり遊びに夢中になってたりすると、決まり文句みたいに勉強、勉強って言ってくるんだから。参っちゃうよ。」
「アハハ、母親っていうのはそういうもんだよ。」
「子供が愛らしいと思うと、逆に突き放すような言い方するものだよね。」
「わたし、そういうの逆にダメなのよ・・」
「ハルのとこなんてまだマシなほうよ。あたしのとこなんて、勉強する気がないなら家のラーメン屋手伝えって言ってくるんだよ。」
「アッハハハハ、トモの両親、揃いも揃ってガンコだからねぇ。」
「笑い事じゃないよ、全く。」
 いつしか雑談になってしまって、勉強会とはとても呼べなくなっていた。
「あら?ハル、かわいいぬいぐるみ持ってるじゃない。」
 そのとき、トモが机の横に置いてあったウサギのぬいぐるみを見つけて手に取った。私は「ラビィ」って呼んでる。
「あんまりヘンに扱わないで。私が1番大切にしてるぬいぐるみなんだから。」
「1番大切に?何か思い入れでもあるの?」
「うん。お父さんが買ってくれた、たったひとつのプレゼントだからね。」
 私はそんなことを言うのが照れくさかった。
 私のお父さんは私が小学生だった頃に死んじゃった。ラビィはそのお父さんが買ってくれた、最初で最後のプレゼントだった。
 だからラビィは私の持ってるぬいぐるみの中で、1番大切なものなのである。
「さて、そんなことしてる場合じゃないよね。勉強しよ。」
 私はたまらなくなったのか、勉強することをみんなに促した。それから勉強を進めたものの、雑談が収まることはなく、後で私はお母さんに注意された。

 それからしばらく月日がたって、季節は冬になった。みんな自分の目指す高校を目指して受験に臨んだ。
 私がこの日受験するのは霜月学園。トモも一緒に受ける。
「あ〜あ、こんなことなら霜月の中等部に入っておけばよかったかな?そしたら高等部受験がある程度免除されたかもしれないのに。」
「そんなことしてたら、私やみんなに会えなかったんじゃない?」
 トモの落胆の声に、私は笑みを見せて答える。
「さて、準備は整った。あとはそれを全てぶつけるのみ。行きますよ、トモくん!」
「了解です、ハルどの!」
 私たちは調子を合わせて、受験を受ける教室に進んだ。
 この日、私たちの中学の生徒で受験に行ったのは私たち2人だけ。あとの友達はこれからの受験に力を入れてるか、済んだ受験の合否を待っていた。
 お母さんは期待の声を私にかけて送り出してくれた。心の中だけでなく、見ただけでも分かるほどの期待の笑みを見せて。
 私も今までで1番だと思うくらいの笑顔をお母さんに見せてから出かけた。受験合格への決意と、未来への期待を胸に秘めて。
 みんなと一緒に合格したい。一緒に高校生になりたい。そう思って私は受験に臨んだ。
 そして全ての受験科目を終えて、私とトモは安心の表情をしていた。
「ふう。やっと全部終わった〜・・何もかも終わったよぉ・・」
「そうね。やることは全部やった。後は結果のみ。さ、白か黒か。」
 私もトモも満面の笑みを見せていた。単なる開き直りだったのかもしれなかった。
「ところで、受かる自信ある、ハル?」
「え?うん、あるって言ったらウソになっちゃうかな。できる準備は全部やったと思っても、不安なのは違いないから。」
「そうだよね・・でも、どっかで割り切らないと、なかなか前に進めないからね。」
「ところで、トモは将来のこととか考えてるの?」
「えっ?将来?あたしの将来ねぇ・・フランスかイタリアあたりの、ヨーロッパ料理のできるシェフになることかな。」
「シェフ?」
 トモの将来を聞いたら、私は笑いをこらえることができなかった。するとトモはやっぱりムッとしてきた。
「ゴメン、ゴメン。トモからはちょっと想像できなかったから。」
「アハハ・・やっぱりガラじゃないよな・・」
 トモが苦笑いを浮かべた。少し気落ちしたみたいだった。
「でも、子供の頃からやってみたいと思ってたものなんだ。けど、ガンコなオヤジたちが反対してんだよねぇ。多分、マジでうまいもん作っても、まずそうな感想言ってきそうな気がするよ。」
「アハハ・・でも、血のつながっている親子なんだから、絶対分かってくれるはずだよ。」
「うん。ところで、ハルはどうなんだい?決めてるのか?」
「うん。わたし、ぬいぐるみを作る仕事をしてみたいと思ってる。」
「ぬいぐるみ?ああ、お前の家に置いてあったウサギのぬいぐるみみたいにか。」
「うん。ぬいぐるみとか、たくさん作って、子供たちを、みんなを幸せにしたい。そう思ってるの・・」
 なんでこんなことを話してるんだろう。一瞬、私はそう思っていた。
「いいなぁ。幸せかぁ・・お互い、夢に向かって頑張ろうな、ハル。」
「うん、トモもね。」
 夢を語り合って、私とトモは高く掲げた手でタッチする。お互いに夢が叶うことを、私は信じていた。

 柚木町には直接つながっている陸地の交通施設がない。近くの電車の駅までは少し林道を歩かなくちゃならない。
 その林道を、私とトモは歩いていた。全力を出し切って受験を終えて、早く帰りたいという気持ちを抑えきれなくなっていた。
「さて、ここを超えれば、柚木町が見えてくるぞ、ハル。」
「うん。もしも霜月学園に行くことになったら、間違いなく寮生活だね。ここから通うのはちょっと骨が折れるからね。」
 そういうと、私とトモは照れ笑いを浮かべた。
 周りから見れば柚木町なんて、街や村から離れた田舎と変わらない。私たちの好きなこの町を離れるのは寂しいけど、それもしょうがない。
 でもずっと帰ってこないわけじゃない。またいつか帰ってこれる。
 そのときの私は、そう信じていた。
「さて、私たちの柚木町のお目見えで・・・す・・・?」
 そのとき、喜びいっぱいだったトモの顔から笑みが消える。見えているものが信じられないような顔をしていて、体を震わせていた。
「ど、どうしたの、トモ・・?」
「ハ、ハル、あ、あれ・・・」
「え?」
 トモが指差したほうに私も眼を向けた。そこには柚木町があるほうだ。
 その方向を見た私も、その光景が信じられなかった。
 普段から活気にあふれている町。それがその活気なんかまるで感じられないような灰色の世界になっていた。
「なぁハル・・あれって、柚木町だよな・・・!?」
「ト、トモ・・・行ってみよう!」
 トモの悲痛さを辛く思いながら、私は町に向かって走り出した。トモも戸惑いを隠しきれないまま、私の後を追ってきた。

「これって・・なに・・・!?」
 私とトモの困惑は、町の中に入ってさらに広がった。
 柚木町は灰色になって、全然動かなくなっていた。まるでそこだけ時間が止まったみたいに、町の何もかもが石になっていた。
「いったい、何がどうなってんだよ・・・!」
 トモが恐ろしさのあまりに混乱しだした。いつもの強気な彼女が、この変わり果てた町の姿に完全に気おされていた。
 私がしっかりしないと。私がしっかりしないと、私もトモもどうにもならなくなってしまう。
 私は迷いを振り切って、私の家に向かった。
「あっ!待って、ハル!」
 不安になっているトモが、私についてくる。
 どこを走っても、町はみんな石になっていた。柚木町でありながら、みんないつもと違う別のものに変わってしまっていた。
 しばらく進んでいくと、私たちはそこでも眼を疑った。
「そんな・・・!」
 私たちの前にいたのは、私たちの友達だった。みんな、何かから逃げているような様子で、怯えた表情のまま石になっていた。
「みんな・・・みんなまで・・・!?」
 私とトモはさらに困惑した。私たちの親友まで石になっていた。
 でも私の不安は治まらなかった。混乱する前に、私はまた走り出していた。
 目指したのは私の家。お母さんが待ってるはずの私の家だった。
 私たちのたどり着いた私の家も、灰色の石の家になっていた。石になっては普通にドアを開けることはできないんだけど、運よく玄関が開いていた。
 私は迷わずに家の中に入った。
「お母さん!お母さん!」
 私はお母さんを呼んだ。呼ばずにはいられなかった。必死にお母さんを探し回って、リビングにやってきた。
 そこにいたのは、みんなと同じように石になったお母さんの姿。家事の途中で何かあって、石にされたみたいだった。
「お母さん・・・!」
 私はたまらずお母さんに駆け寄って、石の体に呼びかけた。でもお母さんは何も答えてくれない。
 怖くなった私は、なぜか2階の私の部屋に駆け込んだ。そこもドアが開いていて、中に入ることができた。
 入ってまず眼に入ったのは、ウサギのぬいぐるみのラビィ。お父さんが買ってくれたラビィも、灰色の石になっていて、ふわふわとした感触なんて全く感じられなかった。
「そ、そんな・・・ラビィ・・私のぬいぐるみ、ラビィ・・・」
 私はラビィを抱きしめた。ふわりとしたぬいぐるみの感触が感じない。
 どうしてこんなことになっちゃったの。どうしてこんなことが起きたの。
 問いかけても、誰も答えてくれる人はいなかった。
「キャアッ!」
 そのとき、トモの悲鳴が聞こえてきた。彼女に何かが起こったんだ。
 私は急いで石の階段を下りた。石になったラビィを抱えたままなのも気がつかないで。
「トモ、どうしたの!?何があったの!?」
「ハル、あれ・・・」
 トモが指差したほう、玄関のほうに振り向いた。そこには1人の女性が立っていた。
 その人の髪は着ているものと見間違えるようなほどに長く白く、まるで幽霊みたいにも見えた。
 女性は私たちに不気味な笑みを見せてきた。それが私たちをさらに怖がらせた。
「あ、あなた、誰ですか・・・みんなは、どうしちゃったんですか・・・?」
 私は唐突にその人に聞いてみた。するとその人が笑いを浮かべ始めた。
「どうしたってあなた・・見て分からないの?石になってるのよ、みんな。」
「それがどうして、こんなことに・・・!?」
「ンッフフフ・・それはね・・」
 女性が微笑むと、彼女の後ろに別の人影が現れた。音もなくいつの間にか。
「私とメフィストがみんなを石にしたからよ。」
 女性が言い終わると、その後ろの人影が、長い白髪を広げてきた。
(双子!?)
 そのとき私はそう思った。その人影も、女性と同じ姿をしていた。ただひとつ違ったのは、額に傷みたいなのがあった。
「トモ、逃げよう!」
 私は震えているトモの手を引っ張って、女性たちから逃げ出す。そして石の通りをただ逃げることだけを考えて走っていた。
 これは夢だ。悪い夢だ。いつか終わって眼が覚めるはず。
 私はそう思うしかできなかった。そう思わなかったら、これを現実と認めてしまったら、何もかもが終わってしまうと思ったからだ。
 通りを抜けて、もうすぐ町を抜け出せる。そうすれば何とか逃げ出せる。そう思ったときだった。
 私たちの眼の前にあの女性が立っていて、足を止めた。
「そ、そんな・・・!」
「いつの間に・・・!?」
「このリリス・フェレスとメフィストからは逃げられないわよ。」
 リリスと名乗った女性が笑いかけてくる。
「さぁメフィスト、この2人も石に変えてしまって。」
「分かったわ、リリス。」
 リリスに言われて、メフィストがまた白い髪を広げる。そして怯えている私とトモを見つめてくる。
 傷だと思っていた額には、もうひとつの眼がこっちを見ていた。その眼に見られて、私は心を握られているような不快感に襲われた。
「さて、この子たちはどんな顔をしてくれるのかしらねぇ?」
 メフィストの言葉に促されたのか、私は体を締め付けるような感覚を覚えた。自分の体に眼を向けると、私の手足が灰色になっていた。
「イヤァッ!」
「な、何なのよ、コレ!?」
 驚いたのは私だけじゃなかった。トモも自分の体の変化を信じられないような顔で見ていた。
「体が動かない・・・ホントに、あなたたちが・・・!」
「フフフ、その通りよ。まず何人か先に石にして、それを見た人たちの反応をうかがうの。怯えたり逃げ惑ったりするのを見て楽しんでから、一気に石に変えていく。」
 私はリリスのこの言葉を聞いて、とても怖い人だと感じた。
 誰かが怯えたり傷ついたりするのを見て楽しんでいる。いわゆるサディストだ。
「みんなが怖がったり痛がったりするのを見ると、とっても気持ちがよくなってくるの。この力を持ったことを、メフィストに会えたことを嬉しく思うわ。」
 私たちが怖がっているのを見て、リリスは満面の笑みを浮かべていた。その間も、石化は私たちの体を固めていた。
「こ、この・・・!」
「あまり無闇に動かないほうがいいわ。壊れたら、私やメフィストでも元に戻せなくなってしまうから。もっとも、私たちは戻すつもりはないんだけどね。」
 何とかしようと思って、石になっていく体を動かそうとした私。でもリリスに言われて、その気が消えてしまう。
「そう。その顔よ。それを見るのが、私たちの1番の喜びなのよ。活気にあふれたこの町が、一気に恐怖に満ちたゴーストタウンに変わっていく。最高だわ。」
「ハル・・・あた・・し・・・」
「トモ・・・!」
 いつもは強気なトモの声が弱々しくなっていた。力なく私を見つめてくる彼女の顔が、怯えきった表情のまま灰色に変えていく。
 もう生きた心地が感じられない。そんな感じを思わせて、トモはみんなと同じように、灰色の石に変わっていった。
「トモ・・・」
 完全に石化したトモを気にかけながら、私も力が入らなくなった。視界がだんだんとぼやけて、何もかもが感じなくなってしまった。
 私も石になったんだ。

 私は固く冷たい石になった。町とそこの人たちもみんな石になった。
 もう何も感じない。誰も答えてくれない。
 このまま何もできないままでいるのかな。
「それはイヤだ・・」
 トモやお母さん、みんなはそのままになっちゃうのかな。
「それもイヤだ。」
 リリスやメフィストを追わなくていいの。
「イヤだ!許さない!」
 そのとき、私の中で何かが弾けた。その腕の中にはラビィがいた。
 石化してはいない。ふわりとした感触のウサギのぬいぐるみだった。
 私は願いを込めてラビィを抱きしめた。このまま終わりたくないという願いを込めて。
 するとラビィの体が光り出し、私の腕から離れた。
「えっ?何っ?」
 私は何が起こったのか分からず驚いた。そのとき私は、ぬいぐるみなのにラビィが微笑んだように見えた。
 そしてその体がさらに強い光をもたらしていた。私はその眩しさに眼を手で隠した。
「やっと私の声が聞こえたみたいだね、ハル。」

 気がつくと私は柚木町の中にいた。でも灰色の石の町のままだった。
 トモもお母さんもみんな、石になって動かないまま。私だけがそこに取り残されていた。
「おはよう、ハル。」
 私に呼びかけてきたのは、ウサギのぬいぐるみのラビィだった。でもラビィは私と同じくらいの大きさになっていた。
「も、もしかして、ラビィ・・・?」
「そうだよ、ハル。私は君のスキャップとして、君に話しかけているんだ。」
「スキャップ?」
 私はラビィからいろいろ話を聞いた。スキャップのこと。力や代償のことも。
「だから、これから私は君の分身として、力を貸すから。よろしくね、ハル。」
 そういうとラビィは消えた。でも死んだというわけじゃない。私の中に戻っただけ。
 心強い仲間ができたような気がした。もっとも、ずっと前から仲間であり、友達でもあったことは分かっていた。
 でも素直に喜ぶことはできなかった。あんなことがあったんだから。
 あのリリスとメフィストを何とかしない限り、柚木町のみんなを元に戻すことはできない。
「よろしくね・・ラビィ・・・」
 このときから、私は心を凍てつかせた。みんなを助けるため、私は孤独の道を選んだ。

つづく

Schap キャラ紹介7:芥川 トモ
名前:芥川 トモ
よみがな:あくたがわ とも

年齢:15
血液型:O
誕生日:8/31

Q:好きなことは?
「体を動かすことだね。」
Q:苦手なことは?
「オヤジのゲンコツ。アレ、痛いんだよね。」
Q:好きな食べ物は?
「カレー系ならみんな好きさ。カレーパンとか、カレーうどんとかね。」
Q:好きな言葉は?
「結果オーライ。これに限るね。」
Q:好きな色は?
「情熱の赤。」


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