作:幻影
「もう、深潮ったら。掃除ほったらかしにして、いなくなっちゃうんだから。」
海潮が不機嫌そうに自宅に帰ろうとしていた。
教室の掃除に集中していた彼女だったが、突然深潮がいなくなっていることに気付いた。見回してみたが、彼女の姿は教室とその周囲にはなかった。
ほとんどすんでいたこともあって、海潮はそのまま掃除を終わらせて教室を出たのだった。
ほとんどの人は掃除のサボりは見過ごしてしまうものだが、正義感の強い海潮は違っていた。彼女の中の正義が、その行為を許せなかった。たとえ些細なことでも。
「明日になったら一言言っておかないとね。」
愚痴を呟きながら、帰路を進んでいく海潮。
そのとき、彼女の横を少年少女が通り過ぎていくのを海潮は目撃した。その1人に夕姫の姿があった。
「ゆうぴー!」
振り返った海潮が慌てて夕姫たちを呼び止める。
「えっ!?海潮!?」
夕姫が慌てて立ち止まり、先を走っていた和真も立ち止まる。
「どうしたの、ゆうぴー?そんなに慌てて・・」
「あっ!海潮姉ちゃん!」
海潮を発見した和真が、落ち着きなく彼女に駆け寄る。
「アンタはこの間、家にやってきた・・」
「姉ちゃん、大変なんだ!姉ちゃんの学校の人が・・!」
「学校の人?」
和真の言葉に海潮が疑問符を浮かべる。
「とにかく、急いで!あのときみたいに固まっちまってるんだよ!」
「えっ!?」
この言葉に、海潮は立て続けに起きている時間凍結と、突然現れた巨大な生物を脳裏によぎらせた。
生物は町に光を放射して、その時間を停止させて人々を固めてしまった。それが再び時間凍結の被害を及ぼしたと、彼女は不安になっていた。
和真に導かれながら、海潮と夕姫は現場へと向かった。そして足を止めたその眼前には、色を失った通りが広がっていた。
「ひどい・・いったい誰が・・・!?」
変わり果てた通りの姿に海潮は驚愕する。色を失くし、動かなくなっている場所。そこにいたみづきと絢に、海潮は眼を疑った。
「みづき・・・絢・・・どうして・・・!?」
海潮が恐る恐る、固まっているみづきに近づいていく。しかし、海潮が触れてきても、みづきは全く反応を示さない。
「いったいどうしたのよ・・・何、固まってるのよ・・・!?」
かける言葉もおぼつかず、海潮は体を震わせていた。親友が時間凍結にかけられ、彼女の中の動揺が広がっていった。
「海潮姉ちゃん、オレ、見たんだ・・・青い髪をした、姉ちゃんと同じ制服を着た人が、ここを固めたところを。」
和真が困惑しながらかけた言葉に、海潮は疑いの眼差しを向ける。
「何言ってるのよ・・・深潮が・・・深潮がそんなことをするわけ・・・!?」
「オレだって信じられねぇよ。けど、確かにこの眼で・・」
戸惑いながら語る和真。そこへ海潮がたまらず、和真につかみかかった。
「何かの見間違いよ!深潮が絢たちにこんなことするはずがない!勝手なこと、言わないで!」
「海潮!」
気が動転して叫ぶ海潮を夕姫が言いとがめる。しかし海潮の憤慨は治まらない。
「アンタは黙ってて、ゆうぴー!」
「海潮の気持ちは分からないでもない。でも、和真がウソをついているように見える?」
夕姫に言われ、海潮は改めて和真の顔を見た。怒鳴られて困惑していたが、ウソを言っているようには思えない。
「ジョエルも彼女がキュリオテスだって言ってるし、確信してもいいのかもしれないわね。」
真剣な眼差しで海潮と和真を見つめる。しかし海潮の憤りは消えない。
そのわだかまった姿に見かねて、夕姫はため息をついて話を続ける。
「どうしても信じられないっていうなら、見てくればいいじゃない。そうすれば、和真の言ったことがホントかどうか、イヤでも分かるはずよ。」
夕姫がぶっきらぼうに言うと、海潮はたまらずここから駆け出していた。どうにもならなくなり、この場から離れずにいられなかったのだ。
「しょうがないわね。私たちだけでしらべるしかないわ。」
夕姫がため息混じりにいった言葉に、和真は小さく頷くだけだった。
「あ、もしもし?・・・ああ、深潮。」
データ整理を一区切りして休憩を入れていた青年は、かかってきた電話を受け取っていた。相手は深潮。彼女は喜びをあらわにして、青年に電話をかけてきた。
「もしもし?今、海潮の友達を止めてきたよ。」
「そうかい。それで、海潮ちゃんたちは?」
「すっごく困った顔してたよ。それで、妹の夕姫ちゃんが、私を探してきてるよ。」
「分かった。あんまり駆け回るのは疲れるだろう。こっちに連れて来るんだ。僕がおもてなししておくよ。」
「ありがとうね。それじゃ私が引き付けるから、後はお願いね。」
「本当は君が時間凍結をかけてしまうのが早いんだけど、あまり君に力を使わせるわけにはいかないからね。それに・・」
「それに?」
「君は海潮ちゃんがどんな反応をするのか、気になっているはずだからね。」
青年が微笑をもらすと、深潮の笑みが返ってきた。
「それじゃ、後は任せたよ。」
「うん。じゃあね。」
青年は電話を切り、澄んで見える月を見上げる。
「僕たちはランガを倒し、独立領を解放する。もちろんタオのためではない。この乱れきった世界に安らぎを戻すためだ。」
目的の先にある安息の未来を見据えて、青年は決意を込めた笑みを浮かべた。
みづきと絢が固められた次の日。休日であるこの日、夕姫は深潮を探そうとして、今、玄関にいた。
魅波はすでに仕事に出ていて、海潮は沈痛な面持ちで遅い朝食を取っている。ジョエルだけが夕姫を見送りに玄関にいた。
「海潮さんは僕が見てますので、どうか気をつけて、夕姫。」
「大丈夫よ、ジョエル。何かあっても、ランガでも呼んで何とかするから。」
夕姫はジョエルに笑みを見せて、家を飛び出した。ジョエルは一抹の不安を抱えながら、彼女の姿を見送った。
振り返り、居間をのぞくと、海潮はまだ食事中だった。食パンを小さく口に入れていくばかりだった。
「海潮さん、元気出してください。魅波さんも心配してますし。」
ジョエルが心配の声をかけるが、海潮は答えない。
何も言えなくなってしまったジョエルが見つめる中、海潮は食事を終えて椅子を立った。
「ごちそうさん・・・」
食器を片付けて、玄関に向かおうとする海潮。
「海潮さん、どこへ行くんですか・・・?」
「魅潮に会ってくる。」
「ダ、ダメですよ!あの人にはあまり関わらないほうがいいです!」
ジョエルが慌てて呼び止めると、海潮は振り返り、鋭い眼差しを向けてきた。
「ジョエル!アンタまでそんなこというの!?深潮がそんなことするはずないって言ってるでしょ!」
海潮に怒鳴られ、ジョエルは押し黙ってしまう。海潮は歯がゆい思いを引きずりながら、そのまま家を飛び出してしまった。
「海潮さん・・・」
ジョエルは彼女を追いかけることができなかった。彼女の気持ちを察していたからだ。
追いかけたい気持ちを抑えて、ジョエルはそのまま家で待つことにした。依然動きを見せず立ちはだかっているランガをうかがいながら、玄関前を離れることができなかった。
和真と合流し、深潮の行方を追う夕姫。割り切れない海潮の代わりに、深潮の正体を突き止めようと考えていた。
そして深潮の姿を発見し、物陰に隠れながら後をつけていく。彼女が夕姫たちに気付いて、わざと追いかけさせていることを知らないまま。
行き着いた場所は、一軒家ともマンションとも思えない、大きな建物だった。簡単にいえば、何かの施設のようだった。
「な、何なんだ、いったい・・・すげぇや・・・」
建物の高度の設備に開いた口がふさがらなくなる和真。夕姫はあまり関心せず、深潮の姿を眼で追っていた。
奥の建物に入っていくのを見て、夕姫はその中に入っていく。和真も慌てて後を追いかける。
中は明かりの薄い廊下が続いていた。周囲の作業員に気付かれないよう、夕姫たちは深潮を追いかける。
そしてとある部屋に深潮が入り込んだのを確認し、夕姫たちは足を止める。
「もしかして、この中に何かあるのか・・・よしっ!」
「あっ!ちょっと、和真!」
飛び出していく和真。夕姫が呼び止めるが彼は止まらず、仕方なく後を追いかける。
「追い詰めたぜ、アンタ!そろそろ正体を見せて・・・!」
扉を勢いよく開け放って、中に向かって叫ぶ和真。しかし、深潮が入ったはずの何もないその部屋には、彼女どころか誰もいなかった。
「い、いったい、どこに・・・!?」
周囲を見回す和真。その後に夕姫も続いて部屋に入ってくる。
と、そこで彼女の足が止まる。
「まさか・・!?」
突然夕姫が振り返った瞬間、部屋の扉が閉められ、鍵がかけられた。夕姫が扉に飛びつき、和真が勢い任せに扉に突進する。しかし扉はビクともしない。
「し、しまった・・!」
「思ったとおり、深潮をつけてきたようだね。」
毒づく夕姫たちの前に、1人の青年が顔を見せてきた。
「あまりウロウロされると困るからね。しばらくここにいてもらうよ。」
「お、おいっ!待て!」
青年は振り向き、そのまま部屋を離れていく。和真の叫び声が、施設の廊下に空しく響いていた。
(こんなことをしても、ランガの力を使えば脱出は簡単なんだけど。少しぐらいの時間は稼げるさ。)
深潮が海潮と接触することを目論みながら、青年は小さく笑みを浮かべた。
一方、単独で深潮を探しに家を飛び出した海潮。しかし、彼女から家について聞いていなかったので、途方に暮れていた。
思い当たる場所を捜し求めて、海潮はいつしか学校の前までやってきていた。しかし、休みの日の学校にはほとんど人気がなかった。
振り返り、再び深潮を探そうとしたとき、
「海潮ちゃん。」
そこへ深潮が海潮の前に現れ、声をかけてきた。
「み、深潮ちゃん・・・」
海潮が戸惑いの声をもらすと、深潮は微笑んでさらに声をかけた。
「まさかこんなところで海潮ちゃんに会えるなんてね。どうしたの?忘れ物とか?」
無邪気な口調の深潮に、海潮は当惑する。何とか声を振り絞ろうと、足を一歩進めた。
「ううん、深潮のことが心配になっちゃって。」
「心配にって・・・?」
「うん・・深潮が何かおかしなことに巻き込まれてるんじゃないかって・・・」
戸惑いを込めた海潮の言葉。しかし深潮は気にした様子もなく、再び語りかけてきた。
「そういえば、私も海潮ちゃんに用があったのよね。丁度よかったわ。」
「えっ?用事って?」
深潮の言葉に海潮は虚を突かれる。その直後、深潮は普段学校では見せないような妖しい笑みを見せた。
「それはね、海潮ちゃんを私のものにしにきたのよ。」
深潮の言葉の意味を海潮は理解できず、そのまま黙り込んでしまった。その驚愕と動揺を見つめて、深潮はさらに微笑む。
「何を言ってるのか分からないみたいね。海潮は妹や周りの人たちが、私が固めちゃったと言ってるんだよね?」
「どうして、そのことを・・!?」
海潮がさらに驚愕して声を荒げる。
海潮は和真たちが見たことを深潮に話してはいない。知っているとすれば、夕姫と和真と接触したはず。
「まさか、ゆうぴーに会ったの!?」
「いいえ、会ってないわ。でも、後をつけてきていたことは知ってたけどね。」
「つけてたって・・・!?」
「でも、今頃はあの人が足止めしてくれてるから。しばらくは来ないよ。」
海潮の困惑はさらに深まり、その体は震えていた。
「これを見せれば、分かると思うんだけど。」
深潮は右手を高らかと伸ばした。すると彼女の上に巨大な手が出現した。町を襲った巨大生物の手である。
「あれは・・・!?」
「これでもう分かったでしょ?」
深潮が右手を下ろすと、その生物が完全な姿を現す。
「私はキュリオテス。島原海潮、あなたをものにしたいと思ってる人よ。」
深潮は今度は右手を横に伸ばした。すると彼女のバンガ、クロティアも右手を横に伸ばし、その手のひらからまばゆい光を放つ。
閃光の奔流は、彼女の側面の町々を飲み込んだ。そしてその中には、色を失くして活気を失った町の光景が現れていた。
何が起こったのか分からずきょとんとなっている人々、屈託のない町並みの風景。町の全てが固まってしまっていた。
次々と押し寄せてくる驚愕の真実。海潮の動揺は混乱へと発展していた。
「これでもう分かったはずよね?ここ最近のあの怪奇現象は私が、このクロティアが引き起こしてたのよ。」
「それじゃ、みづきと絢も・・・!」
「そう。海潮ちゃんがどんな顔をするか見たくてね。それに、あの2人、そろそろ私と海潮ちゃんの仲の邪魔になってきちゃったしね。」
時間凍結を備えたクロティアの右手が、今度は混乱している海潮に向けられる。2人の絆が、目論みの中で絶たれ消えていこうとしていた。