南海奇皇〜汐〜 第4話「手の中の友情」

作:幻影


 紅に彩られた異空間。ランガの中に夕姫はいた。
 一糸まとわぬ彼女は、この空間の壁に両腕と下半身を埋め込まれていた。
 ランガと同化し、突如町に出現した敵に完全と立ち向かう。
「もしかして、あれがジョエルの言ってた敵・・」
 眼前の敵の動きをうかがいながら、身構える夕姫。巨大生物は音なく進むだけで、ランガに対する敵意を見せてはいなかった。
(攻撃してこない・・?)
 敵対行動を見せない相手に、夕姫は眉をひそめた。じっと構え、さらに様子を見る。
 そのとき、生物がランガに向けて右手を伸ばした。
(来る!)
 攻撃が来るのを悟り、夕姫はランガを上空に飛び上がらせた。背中から黒い翼が広がり、空に飛翔するランガ。
 その直後、生物の右手から閃光が放射される。光はランガがいた場所を射抜くかたちで伸びていった。
 光を外された生物が、上空に飛翔しているランガを見上げる。ランガは胸の紋様から伸びた紅い光をつかみ、剣を引き抜いた。
 生物は再び閃光を発射する。ランガはそれをかいくぐり、生物に向けて剣を振り下ろした。
 剣は生物に命中するはずだった。しかしその場にいたはずの生物の姿が、一瞬にして消えていた。
「えっ!?」
 眼を疑う夕姫。視界を巡らせると、生物は上空に浮遊していた。
(確かに当たってたはず・・もしかして、コイツも空間を操れるっていうの!?)
 生物が発動した能力に夕姫は毒づく。
 島原家の長男、勝流の操っていたバンガ、アカサは、空間を支配し自在に操る能力を備えていた。それならば動作の素振りを見せなくとも、空間を伝って瞬間移動することが可能である。
 夕姫は迷いを振り切って、さらに生物に向けて狙いを定める。伸ばしたランガの左腕から砲弾が発射される。
 しかし生物は動く様子さえ見せず、次々と砲弾をかわしていく。
 一時攻撃をやめ、再び相手の動きを見計らう夕姫。しかし生物も全く動きを見せない。
 そして生物が突然、瞬間移動と同様に一瞬にして姿を消した。
「えっ!?」
 夕姫は眼を見開き、周囲を見回す。しかし、生物は完全にこの場から姿を消していた。
「一体どういうつもりなの?・・戦いを終わらせずに消えるなんて・・」
 姿を消した相手に、疑問を抱く夕姫。町からは完全に戦意が消えていた。
「ゆうぴー!」
 そこへ海潮が血相を変えて駆け込んできた。彼女の存在を確認した夕姫は、ランガから姿を現した。
 空間にいたときと違い、彼女はちゃんと学校の制服を着用していた。
「ジョエルの言ってたとおりになりそうね。虚神かキュリオテスが攻めてきたようね。」
 夕姫の言葉を耳に入れながら、海潮は町を見つめていた。生物の光を受けた建物や人々は、色を失い停止してしまっていた。

「全く、オレらがどんなに力を入れてもビクともしねぇ。」
 停止している人の1人に手を触れる鉄隼人(くろがねはやと)と天城(あまぎ)エリナが、ひとつ息をつく。
 2人は普段は警官の職務に就いているが、緊急時には巨大ロボット、ASE(エース)のパイロットとして戦いに赴く。
 鉄が事件の処理のため、停止した人々やものをどかそうとしたが、まるでその場に定着しているかのように動かなかった。
「ダメだ。まるでその場にくっついちまってるみたいに動かねぇよ。それに・・」
 鉄はどこからか持ってきた金属のハンマーを手に取り、振りかぶって近くの塀に叩きつけた。普通のコンクリートの壁なら、鉄製のハンマーで叩けば亀裂は付くだろう。
 しかし、叩かれたその塀から金属の振動が発生し、ハンマーに反動が返ってきた。塀には傷ひとつついてはいなかった。
「これで叩いても壊れない。どうなってんだ、コリャ。」
「完全に固まっている。でも石になったとも違う。何にしても、奇怪な出来事ね。」
 謎に包まれたこの事件に、鉄もエリナも肩を落とすしかなかった。
 この現状のために、事件の処理は想像以上に難攻していたのだった。
「それにしても、あのデカ物、いったい何なんだ?海潮たちは何か知らないのか?」
 鉄がそばにいた海潮と夕姫にたずねる。すると海潮は首を横に振る。
「ジョエルの話だと、キュリオテスがこの辺りに来てるって。でも、現れた敵がそうだとはまだ言い切れないけど。」
 硬直した人々を見回しながら、夕姫は自分の考えを述べた。しかし逆に謎が深まるばかりで、鉄は頭をかくしかなかった。
「今回とこの前と併せて、日本政府も深刻に協議し始めたようだ。何か打開策が出ればいいんだけどなぁ。」
「それはあまり期待しないほうがいいわね。」
 鉄のかすかな期待に、夕姫が水を差す。世間に不満を抱いている彼女は、政府への偏見を持っているのは当然だった。
「でも、相手の正体が分かれば、何とかなるかもしれないけど。」
 あまり期待していない期待を胸に秘めながら、夕姫は起こりうる事態に極力備えた。

「いいよ。独立領だけでなく、日本全土が混乱で満ち始めている。クロティアの時間凍結は、本来の力以上に脅威を与えているようだ。」
 パソコンに映し出されたデータを整理しながら、青年は喜びを表していた。
 バンガ、クロティアが引き起こした時間凍結は、かけられた人々だけでなく、目の当たりにした人々にまで恐怖と不安を与えたのだった。バロウ王国やランガへの宣戦布告も、青年の思惑通り遂行できたのだった。
「さて、もう挨拶は終わりにしよう。これからは本格的に行動を開始するとしようか。」
 青年は部屋の入り口に立っている深潮に振り返った。深潮は笑みを浮かべながら、
「でも、海潮は私のものにするからね。」
「それはかまわないけど、深潮には何か考えがあるのかい?」
 青年は笑みを消さずに深潮に問いかける。すると深潮は頷いた。
「ますは海潮の周りにいる人を固めていくの。そうすれば海潮は私だけを見るようになる。」
「そうかい。じゃ、やってみるといいよ。でも、くれぐれも油断してはダメだよ。いい加減躍起になって僕たちを狙ってくるだろうから。」
「分かってるよ。」
 青年の注意に深潮は答える。
「それでも、私の思いも行動も、バロウのみんなには止められないから。」
 学校では見せていない妖しい笑みを見せる深潮。海潮を自分のものにし、独立領へ支配を及ぼすことに自信を抱いていた。

 それからさらに翌日。放課後、みづきと絢は帰路に着いていた。海潮と深潮は掃除当番のため、この時間まだ教室にいる。
「まったく、最近おかしな出来事が起こるわね。」
「そうね。この辺りまであの怪奇現象が及んでるしね。」
 絢がため息をつき、みづきも相づちを打つ。
「あの巨人、いったい何なのかしらね?」
「海潮や夕姫ちゃんの話だと、また虚神かキュリオテスが出たって。」
 語り合ううちに、2人の中の不安は広まっていった。
 しばらく会話を弾ませようとしていると、2人はふと足を止めた。彼女たちの前に、掃除をしているはずの深潮が立っていた。
「えっ?どうしたの、深潮?アンタ、掃除当番のはずでしょ?」
「もしかして、うしおっちに任せて、みしおっちはサボってきたんじゃないわよね?」
 眉をひそめ、みづきと絢が深潮に問いかける。深潮は普段見せない妖しい笑みを浮かべていた。
「悪いんだけど、そろそろ海潮を奪いたいと思ってね。」
「えっ?」
 深潮の言葉に、みづきと絢は耳を疑った。
「だから、みづきと絢には止まっててほしいの。」
「み、深潮・・アンタ、何言って・・・!?」
 徐々に不安を募らせる2人に、深潮はゆっくりと右手を伸ばした。
 その直後、彼女の頭の上に、巨大な手が出現した。
「えっ!?」
 突然現れた手に、みづきと絢が驚愕する。手は2人に向かって大きく広がっていた。
「この手、この前町に現れた巨人の・・!?」
 絢が思い出して声を荒げた瞬間、手からまばゆい光が放射された。閃光は驚愕を隠せないみづきと絢を飲み込んだ。
 やがて光の放射が治まり、みすきと絢の姿が現れる。彼女たちの姿からは色が消えていて、全く動かなくなっていた。
「やったよ。これでみづきと絢の時間は止まった。」
 時間を止められた2人を見つめて、深潮は妖しく微笑む。そして驚愕を浮かべたまま固まった絢に近づき、色を失った頬に優しく触れる。
「こうして時間を止めてしまえば、もう苦しいこともなくなる。みんな時間に囚われてるから、辛い争いばかりが起きるのよ。」
 絢の頬を撫でながら、深潮は哀れみを浮かべていた。
 彼女は周りが明るくなることを密かに願っていた。しかし、彼女の願いとは裏腹に、世界は争いと殺戮を繰り返している。
 そんな不条理を許すことはできない。深潮はキュリオテスの力を使い、この憎しみの連鎖を断ち切ろうとしていた。
 その始まりとして、深潮はバロウの王として身を置いている島原海潮を手に入れることである。友情で結ばれた彼女を自分のものとして、世界を凍てつかせて争いをなくそうと考えていた。
「さぁ、この姿を見たら、海潮はどんな顔するかな?ちょっと楽しみだなぁ。」
 一抹の期待を胸に秘めて、深潮はその場を後にした。彼女が意識を向けると、巨大な手は霧散するように姿を消した。

 王の苦悩を知った和真は、沈痛の面持ちで町に赴いていた。
 王様の重責は、彼が考えていたような生半可なものではなかった。王様だからやってはいけないこと、王様だからしなければならないこと。さらに王としてではなく、普通の女性としての考えも折り重なっていた。
 にも関わらず、和真は父親の死の責任を夕姫や海潮に押し付けようとしていた。守るはずの立場にある王を責めたかった。
 しかし、結果として何の解決にも結びつかないことが分かり、すべきことを見失い途方に暮れていた。
「とにかく、何とかやってみるしかないか。このままウジウジしてるのは、父さんにも悪いし。」
 迷いを振り切り、和真は前を見つめて駆け出そうとしていた。だが、そこで彼が見たのは、信じられない光景だった。
 彼の視線の先の道に、まばゆい閃光が通り過ぎていった。その光の跡には、色を失くした町の光景が広がっていた。
「な、何なんだよ、こりゃ・・・何がどうなってるんだよ・・・!?」
 恐怖を感じながら呟く和真。眼前の風景から完全に活気が失われていた。
 さらに視線を巡らせると、和真は見知った顔を発見する。島原の家に来ていた海潮の同級生、みづきと絢である。
 2人は驚愕の表情のまま、色を失くして固まっていた。
(あれは、夕姫の姉ちゃんの友達だよな・・・!?)
 何とか記憶を巡らせて、2人を思い返す和真。固まった2人に、同じ制服を着た青髪の少女が近づいてきた。
 同じ学校に転向してきた青葉深潮である。
 和真は動揺しきっていたが、気付かれまいと何とか声を抑えた。
 深潮は普段見せないような妖しい笑みを浮かべて、絢の頬に触れた。何とか声や足音を押し殺して、和真が目線をわずかに外すと、この前町に現れた生物の手と思しきものが浮遊していた。
(あの手・・・もしかして、あのバケモノはアイツが・・・!?)
 和真はさらなる驚愕を抱えて、ひとまずこの場を立ち去った。振り向かず、慌てて駆け出していた。
 彼が物陰からこちらを見ていたことに、深潮は気づいていた。しかしあえて追おうとはしなかった。
「ちゃんと海潮たちに知らせてね。さて、どんな顔をするのかなぁ?」
 期待を込めた笑みを浮かべて、和真の後ろ姿を深潮は見つめていた。彼女は彼を海潮たちの案内役仕立てようとしていた。
 彼女の思惑通りに、全ては進みつつあった。

「はぁ。今日はたいしたことはなかったわね。」
 ぶっきらぼうな顔をして、帰宅する夕姫。彼女はこの日は時間凍結に関する情報はつかんではいなかった。
「あら、お姉ちゃん。そうか、今日は休みだったんだね。」
 居間に来た夕姫が、魅波を発見する。
「え?この人・・?」
 魅波の前に座っていた青年に、夕姫は眉をひそめた。
「あ、おかえり、夕姫。今、この前話した英次くんが来てるのよ。」
「こんにちは、鹿島英次です。あのときは夕姫ちゃん、まだ赤ん坊だったから分かるはずないですよね。」
 挨拶をした後、思わず照れ笑いを浮かべる。しかし夕姫は表情を変えない。
「僕もたまたま今日が休みだったので、連絡とってここを訪れたんです。懐かしい気分ですよ。」
「フフ、ホントに?」
「はい。一国の王様の後輩だなんて、僕も鼻が高くなりますよ。」
 他愛のない会話を繰り返す魅波と英次。
「お世辞を言っても何も出ないわよ。」
 夕姫が小さく笑みを浮かべて、英次に声をかける。
「まぁ、ゆっくりしていって。私はちょっと着替えてくるから。」
 そういって夕姫は自分の部屋へと向かおうとした。
「おーい!」
 そのとき、かん高い少年の呼び声がかかり、夕姫はふと足を止める。
「この声・・!」
 夕姫は振り返り、玄関に急いだ。すると和真が慌しい様子で玄関になだれ込んできた。
「いきなり人の家に入ってくるなんて最低ね。」
 あえて仏頂面で、倒れた和真を見下ろす夕姫。
「あ、夕姫!た、大変なんだよ!」
「大変?」
 慌しくいう和真に、夕姫は眉をひそめる。
「あのバケモノが現れたんだよ!そいつが海潮姉ちゃんの友達2人を固めちまったんだよ!」
「えっ・・!?」
 和真の言葉に夕姫は動揺する。
 この前現れた巨大な生物が再び現れ、みづきと絢を手にかけた。彼女はそう感じ取っていた。

つづく


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