南海奇皇〜汐〜 第3話「王を独占せよ」

作:幻影


「へぇ、海潮さん、新しい友達ができたんですね?」
 少年がおわんに盛られたご飯を口に運びながら、海潮の話に耳を傾ける。
 ここは島原家の居間。日の落ちたこの時間帯、3姉妹、そして1人の少年は夕食を取っていた。
 少年の名はジョエル。島原3姉妹の甥にあたり、バロウ島から彼女たちを尋ねてきたのである。
 深潮と対峙していたときの冷徹な表情は、今の彼にはなかった。屈託のない少年の表情である。
 ジョエルの中には、スーラと呼ばれる邪神が入り込んでいる。
 スーラはランガの中に封印され、ランガに入り込んで虚神やタオに戦いを挑んだこともある。スーラは自分たちの亡がらに、偽りの魂を吹き込むことを許さない。虚神もキュリオテスの鎧“バンガ”もスーラから誕生したものである。
 今はスーラの肉体は滅びてはいるが、その魂はジョエルの中に棲みついている。
「奇遇ねぇ。実は私も、英次くんと久々に会ったのよ。」
「えっ!?鹿島さんに!?」
 ニヤニヤする魅波に、海潮が歓喜の声を上げる。
「茗のテレビ局に新しく入ってきてね。少しボーっとしてるのは相変わらずだったけど。」
 満足げに語りだす魅波。その話に聞きほれる海潮。夕姫はすまし顔で、食事を進めていた。

 夕食も終わり、寝巻きに着替えて消灯に入ろうとした夕姫。彼女の部屋の戸がゆっくりと開く。
 振り返ると、部屋の前にはジョエルが立っていた。彼は真顔で夕姫を見つめていた。
「どうしたの、ジョエル?私に何か用?」
 夕姫が声をかけると、ジョエルは沈痛の面持ちで、
「いや、僕じゃなくて、スーラが・・」
 その言葉の直後、ジョエルの表情が一変した。少年のものとは思えない、殺気のような気配を放っている。
「我々に敵対する者が、現れたようだ。」
「敵?」
 ジョエルの中のスーラの言葉に、夕姫は眉をひそめる。
「タオに組する者が、我が鎧に触れようとしていた。何らかの企みを持っていたことは確かだ。」
「もしかして、海潮がつれてきた転校生のことじゃ・・」
 夕姫は海潮が連れてきた少女、深潮のことを思い出していた。少ししかうかがってはいなかったが、活気のある少女にしか見えなかった。
「もしそうだったなら、ちゃんと見とくべきだったわね。」
 歯がゆさを見せる夕姫。しかしスーラは表情を変えない。
「とにかく、相手の出方が分からない以上、もう少し様子を見たほうがいいわね。」
 スーラに向けて真剣な眼差しを送る夕姫。何の動作もしないスーラからは、同意とも反対とも取れなかった。
「それじゃ、私は寝るから。スーラもそろそろ“ジョエル”に戻ったほうがいいわよ。」
 そういって夕姫は布団を羽織り、そのまま眠りについた。スーラはそのまま部屋を後にした。

 起動しているパソコンの画面の明かりしかない暗い部屋。青年がキーボードを叩いているその場所に、深潮は訪れた。
「ゴメンね。野球が延長してたせいで、見たいドラマが遅れちゃって。」
 苦笑を浮かべる深潮。振り向いた青年が、彼女に笑顔を見せる。
「いや、いいよ。僕が呼び出したんだから。それよりも、本当なのかい?ランガに会ってきたっていうのは?」
「うん。ホントに大きかったなぁ。あと、スーラにも会ってきたよ。」
「スーラ?あの、ランガの中に封じられていたという邪神かい?島原家がその子孫に当たるとか。」
「今はバロウ島から来た少年に入り込んでるよ。ランガに入れるかもしれないけど、もう力はほとんどないよ。」
「そうか・・・」
 青年はキーボードを押す指を止め、腰かけていた椅子から立ち上がった。
「でもスーラはスーラ。侮ってはいけないよ。」
「分かってるよ。」
「さて、そろそろ本格的に挨拶をしないとね。転校生としての君じゃなく、キュリオテスとしての君としてね。」
 妖しい笑みを見せる青年。深潮も同じように微笑んだ。

「え!?深潮が?」
 夕姫の話を聞いた海潮が疑問符を浮かべる。
「誰が、そんなことを・・・!?」
「ジョエル、いいえ、スーラよ。」
 当惑する海潮に、夕姫は真剣な眼差しで答える。
「彼女がタオに組する者、キュリオテスだって。昨日もランガに何かしようとしてたらしいわ。」
「まさか・・・深潮にそんなことありえないわよ。」
「私もちゃんと見てないから何とも言えないんだけどね。」
「違うって言ってるでしょ!」
 平然と答える夕姫に、海潮が怒鳴る。
 それでもすまし顔を続ける夕姫だが、玄関には静けさが残っていた。
「とにかく、私は行く。深潮に何かしたら、私は許さないから・・・!」
 海潮は苛立ちが治まらないまま、玄関を出て学校に向かった。
「海潮があんなに入れ込むなんて見たことないわ。でも、あの人は私たちと同じ境遇にあるから、つい同情してしまったのかもね。」
 ひとつため息をつきながら、夕姫も学校に向かった。

 その日も、魅波は芸能の仕事に力を入れていた。茗や英次のいるニイタカテレビとの共同の仕事で、彼女はそのスケジュールをまとめている最中だった。
 そこへ黒髪の青年が入ってきた。
「あら?英次くん、どうしたの?」
 英次の姿に気付いた魅波が声をかける。
「あ、魅波先輩、大森さんに手伝いに行けって言われて。ここと比べて、こっちはあとは機材を会場に持っていくだけですから。」
「もう私は先輩じゃないわよ。」
 互いに苦笑いを浮かべる2人。英次は微笑みを浮かべなおす。
「僕にとって、昔も今も先輩は先輩ですから。」
「・・まぁ、先輩と言われて、悪い気分にはならないけどね。」
 魅波が微笑み、仕事に向いている手を休め、上を見上げる。
「思い出すわね。中学の頃・・・」
「そうですね。」
「普段からあなた失敗ばかりだったわね?」
「それを言わないでくださいよ。今でもすごく気にしてるんですから。」
「でも、今ではいい思い出よ。それがまたこうして、あなたに会えるなんてね。」
 魅波の笑みに悲しみが宿る。すると英次は真剣な眼差しで声をかけた。
「先輩、聞いた話なんですが・・・勝流さん、キュリオテスっていう人たちの1人だったのですよね?」
「えっ・・!?」
 英次の口にした言葉に、魅波は眉をひそめる。
「誰がそんなことを・・・まさか、茗が・・!?」
「いえ、大森さんは関係ないです。聞いたのは、他の人からです。」
 英次が慌てて弁解するが、魅波の動揺は治まらなかった。
「僕も腹が立っていないといえばウソになります。キュリオテスって何なんですか・・・?」
 英次も歯がゆい思いで、魅波にあえて問いかけた。すると魅波はうつむいて答える。
「勝流さんが言ってたわ。キュリオテスは人の進化、その完全なかたちだって。」
 勝流はタオに仕えて力を得て、キュリオテスとして3姉妹のもとへ帰ってきた。全てを知るためにタオのもとへ向かった彼は、魅波たちと考えが食い違ってしまっていた。
 結果、魅波は勝流は敵対し、ランガに乗り込んで彼をこの手にかけたのである。
「・・・す、すいません。イヤなこと聞いてしまって・・・」
 悪いことをしてしまったと罪悪感を感じる英次。
「バカですね、僕は。昔と何も変わっていない。いつも失敗ばかりの僕のままです。」
「そんなことないよ。」
 自分を責め立てる英次に、魅波が優しい声をかける。
「茗から聞かされてるわ。あなた、頑張ってるんだって。それも、あんまり失敗してないそうね。」
「は、はい・・・」
「少なくても、今のあなたは昔とは違う。時をかけて、私たちはじっくりと成長しているってことね。」
「魅波先輩・・・」
「さて、そろそろ仕事に戻らないと、茗がうるさいわよ。」
「・・はいっ!」
 魅波の活気ある指示に、英次は返事をした。

 その日、海潮たちは食堂の学食で昼食を取ることにした。1つのテーブルで、絢、みづき、深潮たちとの会話を交えていた。
「え?私が、ランガに・・?」
 海潮から話を聞いて、深潮が驚きの声を上げる。
「ゆうぴーから聞いた話なんだけど、昨日深潮がランガに何かしようとしてたんだって・・私は信じていないけどね。」
「確かに私はランガに見入って、ちょっと触ってみようかと思ったんだけど・・・それがいけなかったのかな?」
 沈痛の面持ちになる海潮と深潮。するとみづきが食事の手を休め、作り笑顔を見せる。
「な、何かの間違いだよね。ちょっとヘンに考えすぎてるだけだよ。」
「そ、そうよ。少し前まで張り詰めていたから、深く考えてしまってるだけなのよ。」
 絢も弁解しようと声をかける。
「あんまり考え込まないほうがいいよ、海潮。たとえ何かあったとしても、私たちが力になるから。」
「みんな・・・」
 親友に励まされ、笑顔を取り戻す海潮。
「ありがとう、みんな・・・私はもう大丈夫だよ。ゴメンね、深潮。ヘンなこと聞いちゃって。」
「いいよ、別に。私はあんまり気にしないほうだから。」
 深潮もみんなに笑顔を見せる。友情の絆を改めて感じさせられたのだった。
「あ、そうだ!1度図書室を見てみたいと思ってたんだ。ちょっと行ってくるね。」
「あっ!深潮!」
 海潮が呼び止めるのも聞かず、深潮は食事を終えて食堂を飛び出していった。
「あの子は違う意味でヘンね。」
「ホントねぇ。」
 深潮の言動に呆れるみづきと絢。海潮もただ苦笑を浮かべるしかなかった。
「王様もいろいろ大変だとは思うけど・・」
「王様にだって友達はいたほうがやっぱいいよ。」
 2人の友としての励ましを背に受け、海潮から次第に不安が取り除かれていった。
 自分の中にある正義を貫こうと必死になり、そのためにランガさえも動かしてきた彼女。しかしその中で葛藤を続け、苦悩と戦いを続けてきた。
 そんな彼女にとって、絢たちとの友情はかけがえのない財産となっていた。
「えっ?・・・あれ・・・?」
 そのとき、海潮は突然発せられた衝動を感じ取った。
「地震・・・?」
 みづきと絢もその揺れを察知して、周囲を見回す。しかしその揺れは地震ではなかった。
 ふと外に振り返ってみると、見慣れない巨大なものが町の中に点在していた。
「何、あれ!?」
 みづきがその物体を指差す。よく見るとそれは人を成してはいるものの、奇妙ともいえるものだった。
「あれは、虚神!?・・・それとも、バンガ!?」
 その物体に海潮が毒づく。町の中に突然現れた巨大な生命体に、人々は恐怖を抱きだした。
 生命体は通りに向けて、右手を伸ばした。その手からまばゆい光が放射され、通りと人々を包み込む。
 町から悲鳴が響き、そしてそれがプツリと途切れる。閃光に包まれていた町から色が消えた。
 町と人々の動きが停止した。逃げ惑う子供たち、転がっていく果物。光を受けた全ての動作が止まってしまっていた。
「こ、これって・・・!?」
「もしかして、アイツがあの村を・・・!?」
 力を発動させた生物に驚愕する海潮たち。生物は町に停止以外の被害を及ぼさず、音も無く進行していった。
「早く何とかしないと・・このままじゃ・・・」
 生物の進撃に歯ぎしりを浮かべる海潮。
「あっ!ランガ!」
「えっ!?」
 そのとき、絢の声がかかり驚きの声を上げる海潮。
 振り返ると、別の黒い物体が、生命体に向かって降下してきていた。
 バロウ独立領の象徴となっているランガが、生物の迎撃に現れた。生物が出現したこの位置がその領土内のため、ランガは町の着地が許されている。
「ランガ・・・でも、誰が・・・」
 当惑しながらランガを見つめる海潮。
 ランガを動かすことができるのは、スーラとその直系に当たる人物だけである。現在、そのスーラが憑依しているジョエルと、島原3姉妹だけしか、今のランガを動かせない。
「あっ!あの顔!」
 生物とにらみ合うランガの顔に海潮は見覚えがあった。
「ゆうぴー!」
 ランガに向かって妹の名を叫ぶ海潮。
 彼女の察したとおり、ランガに乗り込んでいるのは夕姫だった。生物の出現を察し、ランガと同化したのである。
「ちょっと、海潮!」
 その場から町のほうへ向かおうと考えた海潮を絢が呼び止める。
「行くの、海潮?」
「敵は虚神かキュリオテスなのよ。私たちの町を、これ以上襲わせるわけにはいかないわ。」
 みづきの声に答え、海潮はそのまま屋上を後にした。
 1つの村を停止させた巨大な生物。その脅威が武蔵野にまで及び、ランガと向き合っている。
 その巨大な敵に、海潮は完全と立ち向かおうとしていた。彼女の中の正義が、その敵を倒すべく彼女自身を突き動かしたのだった。
 その要因の1つには、深潮の存在も含まれていた。
「深潮たちやみんなを、これ以上傷つけさせない!」

つづく


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