南海奇皇〜汐〜 第2話「凍てつく世界」

作:幻影


 街の中に高くそびえ立つビル。その屋上に青年と少女はいた。
 上空にまで達する高さのこの屋上は、時折強風が吹きつけてきた。しかし2人とも動じず、同じ方向を見つめていた。
「さて、今回は東北に位置しているあの村とその周辺を狙ってみるか。」
 青年が自信ありげに少女に声をかける。
「直接、武蔵野を狙ったほうがいいんじゃないかな?そうすればすぐに終われるよ。」
 すると少女が疑問を投げかける。青年は苦笑を浮かべて、その問いかけに答える。
「確かにすぐに終わるけど、それだと楽しめないだろ?まずは軽く肩慣らしのつもりでやろう。」
「うん、分かったよ。」
「世界規模の大企業の社長さんたちや、日本政府の方々まで見に来ているんだ。君の力を見せてあげようね。」
 青年の期待を込めた言葉に少女は頷き、両手を広げて意識を集中する。
 彼女の髪が大きく揺らぎ始める。しかしそれは空の強風によるものではなかった。
「出てきて、私のバンガ、クロティア。」
 優しく呟く少女の体がゆっくりと宙に浮く。星の重力に逆らって、徐々に空に浮かび上がる。
 そして彼女の頭上に、巨大な右手が出現する。握り締めていたその手が、徐々に広げていく。
「僕たちの中で唯一、保護することに成功したこのキュリオテス。彼女の力は、ランガさえも凌駕するものだ。ではみなさん、是非見届けてください。彼女の力のすばらしさを。」
 喜びを抑えきれなくなった青年が、高らかと叫ぶ。同時に、右手からまばゆい光が集まり、激しい衝動とともに、青年が見据えていた方向に放射される。
 青年のそばに置かれていたテレビ画面には、狙いを定めた村の一部が映し出されていた。右手の光を受けたその村から、徐々に色が奪われていく。
 同時に、その場にいた人々も、その動きが止まる。屈託のない生活を送る人々が、色を失くして硬直する。
 そしてそばを流れる小川の水しぶきや、風に揺れる草木までも、その動きが停止する。
 村の時間は完全に停止した。少女の操るバンガによって、その行動が完全に止められた。
「少し張り切りすぎてしまったかな。半径3kmの範囲まで、時間を止めてしまったよ。」
 少し呆れ気味な態度を取る青年だが、その顔には歓喜の笑みが浮かんでいた。
 使用していた力を抑え、安堵の吐息をもらす少女。力を消したことで、具現化されていた右手も消失する。
「ちょっとやるすぎちゃったかな?」
 少女も失敗したような気分で、苦笑を浮かべていた。しかし、2人以外にこの光景を目の当たりにした人々は蒼然となっていた。
 これが彼女の持つバンガ、クロティアの能力。時間の流れを操り、対象の速度を自在に操ることができる。ランガを凌駕するという指摘は、この時をつかさどることが要因となっていた。

 少女の力を見せ付けた青年は、議長室に訪れていた。彼女の力を目の当たりにした、バロウに敵対心を持つ議会の上層部の感想・意見をうかがおうと考えていた。
 彼の眼前には3つの画面があり、それぞれ老人が映し出されていた。
「君が保護したキュリオテスの力、見事だったぞ。」
「これならば、ランガをも凌駕するというのも頷ける。これであの忌まわしい独立領を解放することもできるじゃろう。」
 少女の発揮した力に感服する老人たち。
「じゃが、いかなる手段でバロウの独立領を攻略するつもりなのだ?」
 老人の問いかけに、青年は自信のある笑みを浮かべる。
「ご心配なく。バロウを、島原の娘を打破する術は考案してあり、既に実行に移しています。」
 青年は老人たちを映す画面に背を向け、自信のある笑みを見せる。
「結果は早急に求めてはいけません。気長にお待ちください。」

 翌日の昼休み。海潮、みづき、絢は学校の屋上で昼食を取ることにした。
 しかし今、彼女たちは学食のパンには手をつけず、金網越しに遠くを見つめていた。
「ねぇねぇ、たしかこの方向だよね?」
「あの村が動かなくなったって。」
 絢とみづきが見つめる先に対して、それぞれの様子を見せていた。
 昨日、1つの村が全く動きを見せなくなった。行き交う人々や川の流れ、村の全てが静止していたのだ。
 この怪奇的な事件はTVでは速報が流れ、人々に不安を広げた。
「ランガの仕業だっていう人もいるけど、あの時間、ランガはちゃんと家にいたし・・」
 海潮が沈痛の面持ちで答える。
 ネオランガ。バロウ島から日本にやってきた全長18メートルの生命体である。
 バロウの人々からは神として慕われている。体は黒色に覆われ、胸部には紅い渦巻きの紋様が刻まれている。
 ランガには時を操る力を備えている。その能力のため、“タオ”という存在や、それに仕えるキュリオテスたちには忌み嫌われている。
 タオは宇宙の支配者とされている。しかし海潮たちは戦おうとは考えず、支配と楽園の間での平行線を辿っていた。
「でもおかしいよね?虚神はもういないし・・」
「また別の何かが現れたのかも・・」
 3人の疑問は深まるばかりだった。しかし、それに答える人は、この場には誰もいなかった。
「いたいた。おーい!」
 そのとき、彼女たちを呼ぶ声がかかった。振り返ると、深潮が買ってきたパンを持って、屋上の扉の前で手を振っていた。
「あっ!青葉さん・・」
「深潮でいいよ。」
 絢の声に深潮は笑顔で頷く。
「じゃ、深潮もみしおっちって呼ぼうよ。」
「ちょっと、みづき・・・」
 みづきの活気さに、絢と海潮は呆れる。しかし深潮はきょとんとするばかりだった。
「海潮ちゃん、私も一緒にいいかな?」
「えっ?・・・う、うん・・」
 一緒に食事しようということを聞かれ、海潮は戸惑いながら頷いた。
「海潮以外は気にしてないわけ?」
「別にそんなつもりじゃ・・」
 絢がからかうと、深潮が悲しい顔をする。
「そんなつもりじゃないから。一緒に食べましょ。」
 弁解して縁に腰を下ろす絢。みづきと海潮も続いて座る。
「ねぇ、深潮の親は何してるの?どこで働いてるの?」
 絢が深潮の親について聞くと、深潮から元気のある笑顔が消える。
「あっ!もしかして、聞いちゃいけないこと聞いちゃった?」
 絢が再び弁解しようとする。すると深潮が作り笑顔で手を振る。
「大丈夫。そんなに気にしているわけじゃないから。」
 奇を遣わせまいと取り繕う深潮。再びうつむき、話を続ける。
「実は私の両親、私がずっと小さいときに亡くなったの。些細な事故だったのに・・」
「私もだよ。」
「えっ?」
 海潮が頷いたのが意外で、深潮は思わずきょとんとなる。
「私の両親も幼いときに亡くして、お兄ちゃんやお姉ちゃんが世話してくれた。いろいろケンカやすれ違いがあったけど、とっても感謝してる。」
 海潮はひとつ笑みを見せて、姉や兄に感謝の気持ちを込める。
 親のいない子供の気持ち。それは実際に体感しなければ、おそらく理解できないだろう。
 第一、海潮の姉の魅波、妹の夕姫、兄の勝流も同じことが言えた。そんな気持ちを抱えながら、島原家は生活をしてきたのである。
「ねぇ海潮、放課後、ランガを見せてもらってもいいかな?」
「えっ?ランガを?」
 深潮のお願いに、海潮がきょとんとなる。
「別に見るだけならかまわないけど、お姉ちゃんかゆうぴーが持ち出してるかもしれないよ。」
 海潮が後ろめたい面持ちで答える。ランガは魅波が貸し出しのために、夕姫がストレス解消のために持ち出すことがしばしばある。だから時々見られないことがあるのだ。
 ちなみに海潮は夕姫のことを「ゆうぴー」と呼んでいる。しかし夕姫は海潮を呼び捨てして、姉として慕ってはいなかった。 
「それだったら別にかまわないよ。また次の機会にすればいいだけだし。」
「それもそうだね。」
 深潮が微笑み、海潮も照れ笑いする。
 2人の友情が、今ここに確立したのである。

 そして放課後。
 海潮はみづきと絢、深潮を連れて自宅へと向かった。一軒家の庭には、悠然と黒い巨体が立ちはだかっていた。
「よかったぁ。お姉ちゃんもゆうぴーも持ち出してなかった。」
 安堵の吐息をつく海潮の隣で、深潮は黒の巨体に魅入られていた。神の貫禄を見せ付けるように、ランガは彼女たちの前に立っていた。
「ただいまぁ。」
 玄関の戸を開け、海潮が帰宅の挨拶をする。
「ゆうぴーは帰ってきてるね。あれ?この靴・・・?」
 海潮は揃えて置かれている靴に眼を留めた。大きさは夕姫と同じくらいである。
「誰か来てるのかな・・・?」
 海潮はそそくさに靴を脱ぎ、廊下越しに部屋を見回していく。すると1階の寝室に夕姫と、1人の少年がいた。
「君は・・・?」
 海潮が呟くと、少年は振り向き睨みつけてきた。
「お前か?この国の王様の1人っていうのは?」
「えっ?」
 海潮が疑問符を浮かべると、少年、和真は話を続ける。
「夕姫姉ちゃんからいろいろ話は聞いたけど・・それでも、オレはバロウのせいで、父さんが死んだとしか思えないんだ。」
「何かあったの?よかったら話を聞かせてくれないかな?」
 海潮が聞くと、和真は事情を話した。
 クーデター部隊の乱入と壊滅。その裏には、父親を思う少年の感情があった。
 被害者は自分たちだけではない。海潮は改めて思い知らされたのだった。
「そうか・・そうだよね・・・」
「えっ?」
 海潮の優しい笑みに、今度は和真が疑問符を浮かべる。
「辛いのは私たちだけじゃないんだね・・ゴメンね、和真くん。これからは友達でいようね。」
 謝罪と交友の意味を込めて、海潮は和真に手を差し伸べた。しかし和真は握手を交わすことにためらいを感じていた。
 恨みを込めていた王と交友を交わすことなど、恨みを持つ者として恥ずべきことだと彼は思っていた。
「いい加減素直になりなさいよ。いつまでもうじうじしない。」
「夕姫姉ちゃん・・・」
 そこへ夕姫が呆れた様子で口を挟む。和真も当惑しながら返事する。
「どんなに考え込んだって、死んだ人は帰ってこない。もしもアンタが願って父親が帰ってくるなら、とっくにお兄ちゃんが帰ってきてるわよ。」
「姉ちゃんも、お兄ちゃんに帰ってきてほしかったのか?」
「・・私よりもお姉ちゃんかな。1番帰ってきてほしいと思ってたのはお姉ちゃんだったから。それに、お兄ちゃんがバロウ島に旅立ったとき、私はまだ赤ん坊だったから。」
 夕姫が小さく微笑んで語りだす。
 妹2人の世話をしながらも、離れ離れになった兄、勝流に魅波は思いを馳せていた。海潮や夕姫よりも、彼女は兄の身を案じながら生活を送ってきたのである。
「そうだな・・・みんな辛いんだよな・・・だから、みんなで助け合って支えあえばいいんだよな・・・」
 和真は次第に笑みを強め、自分の両手を見つめる。そして震えを止めて、海潮に手を差し出し、握手を交わす。
「そういえば名前言ってなかったな。オレは藤崎和真。」
「わたしは・・」
「島原海潮だろ?よろしくな、海潮姉ちゃん。」
 不敵に笑う和真。海潮は笑みを見せて小さく頷く。
 活気の戻っていく少年の姿に、夕姫は安堵の吐息を小さくもらしていた。

 悠然と立ちはだかる漆黒の生命体、ランガ。その巨体を見上げている深潮。
 彼女の表情は冷ややかで、普段海潮たちに見せている元気さは感じられなかった。
(ついに見つけたね、ランガ・・私たちの敵・・)
 妖しい笑みを浮かべながら、深潮はランガの足元に手を伸ばす。
「何をしている?」
 そこに声がかかり、深潮はランガに触れようとしていた手を止める。眼を見開き、背後の気配を探る。
「お前、タオの手の者だな。」
「あなた、スーラだね?」
 鋭い声に、深潮は背後に振り返りながら答える。彼女を睨みつけてくる1人の少年に。
 少年は茶色がかった色の肌をし、長い髪を三つ編みにして束ねている。年齢は10歳前後に見えるが、今の彼の視線は殺気のこもったものである。
「タオに仕える者が、こんなところで何をしている?」
 なおも鋭い声をかける少年。深潮はその少年に妖しく微笑む。
「ちょっとランガの姿をこの眼で見ておきたくてね。タオを敵として、キュリオテスたちを退けた存在をね。」
 異様な雰囲気を放つ少年に対し、深潮は全く動じない。
「タオは我が倒すべき存在。お前もこの場で滅ぼされたいか?」
「肉体がつぶされ、今ではその子供の中に棲みつくだけなのにね。でも、今はあなたの相手をするつもりはないわ。ランガと遊ぶのは少し後の話だよ。」
 深潮は少年に近づき、そしてすれ違う。
「海潮と遊ぶのはね。」
 去り際に少年に向かって微笑をもらす。しかし少年は顔色を変えず、そのまま立ち尽くしていた。
「海潮、今日はもう帰るね。また学校でね。」
「え?あ、うん!」
 深潮が別れの挨拶をすると、海潮は返事する。去り行く少女の姿を、少年はじっと見据えていた。

つづく


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