血石妖虫・五章

作:幻影


「地球人が我々についての調査を進めているようだな。」
 真夜中の暗闇に群がる血石妖虫。その中で不気味な声が響き渡る。
 誰に向かって言っているのではなく、ただひとり言のように。
「これ以上、我々の星を混乱に導いた地球人の勝手にはさせんぞ。」
 そして群がっていた妖虫の群れが拡散した。
「愚かな生物に死の制裁を与えてやるぞ。」

 窓からまばゆい日の光が差し込んできていた。
 小さくうめき声を上げて、武はうっすらと眼を覚まし、体を起こした。
 隣には一糸まとわぬ少女が疲れて眠っていた。小さく笑みを浮かべながら。
「もう昼か・・・」
 武が目覚まし時計を見ると、時刻はすでに12時を過ぎていた。
 昨晩、自分をかばって真希を死なせてしまい、音葉は悲しみに暮れていた。
 そんな彼女に無理矢理迫り、着ていたものを全て脱がせて彼女の体を弄んだのだった。
 胸を揉み、妖虫の返り血のついた肌を舐め、愛液あふれた秘所に顔をつけ、口付けをしながら口の中に唾液を入れた。
 自分の悲しみと甘えを押し付けるように、武は音葉にすがった。
 刺激と快感を感じながら、2人は互いの心を見つめた。
 もう2人の体は自分だけのものではない。心の傷を舐めあった互いの相手のものでもある。
「悲しく辛いと思っていたのは、オレのほうだったのかもしれないな。」
 武は小さくそう呟き、音葉を起こさぬようベットから出ようとした。音葉が眼を覚ましたのはそのときだった。
「武・・」
「あっ!ゴメン!起こしちゃった?」
「ううん、今起きたとこだから。」
 詫びる武に笑顔で答え、音葉は横たわっていた体を起こした。
 そして自分の気持ちを確かめるように、自分の胸に手を当てる。
「私、戦い方を間違ってたのかもしれない。でも、みんなを殺した血石妖虫を許せないこの気持ちは、絶対に間違ってないと思ってる。」
「ああ。オレだって、妖虫が許しているわけじゃない。」
「私たちみたいな人を、これ以上作っちゃいけない。そのためにも、私は戦う。」
 音葉はベットを飛び出し、武を抱きしめた。
「あいつらを倒して、生きてここに帰ってこれたら、またお互いの心に触れ合いたい。」
「・・オレもだよ、音葉。」
 笑顔で答える武の唇に、音葉は自分の唇を重ねた。
 一度お互いの心を見つめ合ったのだから、素直な気持ちで接することができる。
 自分たちの未来を切り開くために戦う。2人は新たな誓いを立てるのだった。
「あっ・・・」
 そのとき、2人は薄い赤が滲んでいたベットに眼をやった。そしてお互いの唖然となっている顔を見つめ合った。
「洗濯するものが多くなっちゃったな。」
「そうだね。自業自得だけど。」
 照れ笑いする2人。
「さてと、いい加減に服着ちゃわないと。風邪ひいちゃうよ。」
 そう言って音葉は、脱ぎ捨てた下着を取り、タンスから新しく服を取り出した。その一式を着た後、妖虫の血で汚れた服を持って部屋を出ていった。
 そして武も脱いだ上着を着なおし、リビングに来てTVの電源を入れた。
 彼は1日に1回はニュースを見ないと気が済まないのだが、最近は血石妖虫に関するものばかりだった。
 その研究をしていた彼にとっては聞き飽きたことに感じていた。
“本日午前5時から6時にかけて、血石妖虫に関して調査を行っておりました研究員15名全員が襲われ死亡する事件が発生しました。”
「何だって!?」
 TVから流れたニュースに武が驚愕の声を上げて、座っていた椅子から立ち上がる。
“いずれも血を吸われて石にされていることから、全て血石妖虫によるものと思われます。”
 武は立ち尽くして呆然となっていた。
(どういうことだ!?相手は強力とはいえ虫だぞ。この広い世界で、特定の人を襲うなんて。)
 虫に特定の人物を捉えることなど、脳裏に記憶していなければ不可能なことである。武の調査でも、妖虫がそれほど知識があるとは立証されなかった。
“なお、同じ時間帯に、血石妖虫のデータが収められた研究所が次々と襲撃され、そのデータは全て消失したとのことです。”
 ニュースはさらに絶望を植えつけることを告げてきた。
 この日本に、血石妖虫の知識に精通する人物は存在しなくなってしまった。武を除いて。
「どうしたの、いったい?」
 洗濯をしていた音葉が、区切りをつけてリビングに入ってきた。彼女に武が困惑しながら返事をする。
「血石妖虫を研究してた研究員が、全員死亡した。」
 その言葉に音葉も絶句した。
 血石妖虫から地球を守ることにとって、この事件は絶望に等しいものだった。
 動揺する彼女を見つめながら、武は思考を巡らした。
(もし妖虫が特定の人物を狙えるほどの知能を持っているとして、意図的に研究員や研究資料を葬ったとしたら・・・まさかっ!?)
 驚いた武がきびすを返し、リビングを飛び出した。
「ちょっと、武!?」
 音葉も慌てて彼を追いかけた。
 武はすぐさま自分の部屋の机に駆け込み、パソコンを立ち上げた。
「どうしたのよ、武!?そんなに慌てて・・」
「急がないと、今はオレの持っているデータが、血石妖虫に対抗する唯一の希望だ。」
「えっ!?」
「もしもヤツらが知能を持っているとしたら、次に狙ってくるのは、自分たちに敵対しているオレたちだ。そうなればここが襲われるのも遅くはない。その前にこのパソコンに記録してある、血石妖虫に関するデータを全て国際政府のネットに送信する。研究員が調べたものに比べたらかわいいものだが、こいつを使って新しい調査委員がデータを修復、向上してくれるはずだ。」
 パソコンに収められている妖虫のデータを1つにまとめ、送信キーを押して政府へと送り出した。
「よし。これでいい。」
 そう呟くと、武は再び部屋を飛び出した。
「さて、臨戦態勢をとって、ここから離れるぞ。家がやられちまったら最悪だからな。」
「わ、分かったわ。」
 わけが分からず混乱していたが、音葉は我に返って玄関に置いてあった刀「武刃」を手に取った。
「でも、本当にそんなに知能が高いの、あいつらは!?」
「多分な。オレも信じたくないが、もしそうだったら、これほど厄介な相手はいないぞ。」
 音葉の問いに武が答える。
 2人が家を飛び出し、それぞれ自分のバイクのエンジンをかけた。
 そのとき、巨大な影が2人を照らす日の光をさえぎった。
 武と音葉が見上げた上空に、巨大な血石妖虫が姿を現した。
「ウソ!?あ、あれが、血石妖虫!?」
「デカい!普通の妖虫の5倍以上のデカさだぞ!」
 血石妖虫の全長は、平均して普通の人間の約1.75倍であるが、武の前に現れた妖虫はその平均値をはるかに越えていた。
「とにかくここだとまずい!離れるぞ!」
 武は指示を送った音葉とともにバイクを走らせて家を飛び出した。すると巨大妖虫は眼光が家から2人へと移り、彼らを追って動き出した。
「やっぱり、狙いはオレたちか。」
 背後に視線を向けた武が小さく呟く。
 巨大妖虫は周囲の人や物を襲うことなく、ただひたすらバイクで駆け抜ける武と音葉を追いかけていた。

 やがて2人と巨大妖虫は、人気のない空き地へとたどり着いた。
 バイクを止めてヘルメットを外した武と音葉は、大きく立ちはだかる巨大妖虫を見上げた。
「さっきから思ってたけど、かなり大きいわね。」
 音葉が感心するように呟く。
「見とれるなよ。仲間がやってきたぞ。」
 武が言ったとおり、巨大妖虫の後方から、妖虫の群れが次々と飛んできた。
 武は銃を構え、音葉は武刃を抜刀して臨戦態勢をとる。
(もう怒りに囚われたりしない。生きるためにこの眼の前の敵と戦う。武と一緒に!)
 音葉は胸中で決意を固め、妖虫の攻撃に備える。
「天草武、柊音葉だな。」
「えっ!?」
「何だ、今の声は!?」
 突然発せられた声に、武と音葉が驚きの声を上げる。彼ら2人以外に人の気配はない。2人のどちらかが発した声でもない。
「研究団以外で我々に関する情報を手にしているのは貴様らか。」
 不気味な声に武と音葉がいっせいに一点に視線を向けた。
「まさか・・」
「あの妖虫がしゃべっているのか・・!?」
 その不気味な声は、巨大妖虫から発せられたものだと感じた2人。
「言葉を、オレたちのことを・・あのデカい妖虫、やはり知能を持っていたか。」
 驚愕した武は動揺を隠せないでいた。
 巨大妖虫は、人間に勝るとも劣らない知能を持ち、仲間への敵対を続けていた武と音葉を記憶していたのだ。
「貴様らは我々に敵対し、仲間を次々と葬り去った。敵討ちなどと下等なことは私は好まないが、貴様らを許すつもりはない。」
「ふざけないで!アンタたちは私の大切な人たちを殺したでしょ!お姉ちゃんも友達も、真希ちゃんも・・」
 巨大妖虫に音葉が怒号の叫びを上げるが、それが次第に消沈していく。
 真希は自分をかばって死んだ。自分が殺したも同然だったのだが、結果的に妖虫が殺したのは事実だった。
「それは貴様ら人間の我々による処罰なのだ。」
「何だと!?」
 武も怒りに声を荒げる。
「貴様ら地球人は自分たちの破壊兵器を実験のために我々の星、ゴルスに向けて放った。よって、我々の栄養分を放出していたゴルスの地層に異変が起こり、栄養分が摂取できなくなってしまった。」
「やっぱり・・・」
 巨大妖虫が告げた真実は、武や政府の研究員が調べて結論付けた結果そのものだった。
「我々を崩壊へと導いた罪深き地球人を、我々は罰することを決定した。驕り高ぶった人類は、我々の糧となることで償ってもらう。」
「アンタたちの気持ちは分かる。住処を壊されてこの地球にやってきたんだよね。」
 音葉が悲痛に顔を歪め、歯を食いしばった。
「でも、だからって私たちの大切な人を殺すことなんてないじゃない!お姉ちゃんや友達が、アンタたちの母星を乱したわけじゃないじゃない!」
「音葉の言うとおりだ。オレたちやオレたちの仲間は、直接実験を行ったわけじゃない。むしろ、オレたちはこのファントムアトムの実験に反対していた。それなのにお前たちは、罪もない仲間や家族を殺したんだぞ!」
 武も音葉の意見に賛同し、妖虫たちに言い放つ。
「罪がない?どちらにしても、貴様らの同類が我々の星を崩壊させたことに変わりはない。反対していても何の手も打たなかった貴様らも罪はある。よって貴様ら2人も葬り、生き残っている人間たちにその死に様を見せつけてやる。」
 巨大妖虫が手を広げて咆哮を上げる。そして後方に控えていた妖虫の群れが、武たち目がけて飛びかかってきた。
 音葉は武刃を振り下ろし、武は銃の引き金を引いた。
 鋭いがなぎ、放たれた炸裂弾が破裂して、向かってくる血石妖虫を次々と粉砕していく。
 その様子を見ながら、巨大妖虫が再び不気味な声を発する。
「愚か。実に愚かだ。我々の心を理解しながらも、正義の味方を気取って、未だに我々に敵対し仲間を滅ぼしていくというのか!?」
「そんなんじゃないわ!」
 妖虫数匹を切り裂いた音葉が巨大妖虫に言い放つ。続けて間合いを取って予備の炸裂弾を銃に収める武も。
「オレたちは正義の味方のつもりはない。ただ、オレたちの居場所を守っているだけだ。」
「居場所だと?我々の住処を奪った貴様らが何を言う!?」
「オレたちは生きるために、自分の生きられる場所を守るために戦う。たとえ、お前たちにどんなに恨まれようともな!」
 武が銃口とともに、鋭い視線を巨大妖虫に向ける。
「そうか・・・ならば我々も生きるために戦おう。貴様ら人間の生き血を糧にしなければ、我々は生きられんからな。」
 巨大妖虫がその大きな体を動かした。
 生物は全てにおいて、糧となるものを得なければ生きることはできない。栄養を得られる場でもある母星ゴルスが混乱した今、血石妖虫はその混乱の基である人間を襲い、生き血を吸って石化させなければならなくなった。
 しかし、武と音葉も生きて未来を進むためにも、眼の前に立ちはだかる妖虫を倒さなければならない。
 互いの生と未来のために、運命を共感する2人の男女と血石妖虫が対峙する。
「私はこの血石妖虫を束ねる長。私を倒すことができれば、血石妖虫を越えることができるだろう。」
「言ってるでしょ!私たちは生きるために戦うって!最強だとかそんなのに興味はないわ!」
 音葉が不敵に笑って、手に持つ武刃を構える。
「ふん。貴様らの命、我々の生きる糧とするがいい!」
 巨大妖虫が動き出し、荒々しい轟音が轟いた。

つづく

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