血石妖虫・二章
作:幻影
武の放った炸裂弾によって、血石妖虫の数匹が死滅、残りの数匹は商店街から退いていった。
しかし彼は大学のゼミ仲間を失った。
バイクを引きずって放心同然の状態で駅の近くを彷徨っていた。
駅方面にも血石妖虫が現れたらしく、けが人や救急隊員が右往左往していた。
その中で、武はうずくまって泣いている1人の女性を発見する。
彼女には見覚えがあった。幼馴染みである柊麻奈の妹、音葉である。
「音葉ちゃん・・・」
武は道路の隅にバイクを止め、人ごみをかき分けて音葉に近づいた。
「音葉ちゃん、音葉ちゃん!」
彼女の両肩に手を置いて武は声をかける。彼女は涙で濡れて赤くなった顔を上げる。
「た、武さん・・・ああぁぁーー!!」
音葉は泣きじゃくって武に寄りかかった。
「どうしたんだ、音葉ちゃん!?麻奈は、お前の姉さんは!?・・まさか・・」
悪い予感がよぎり、武の顔が歪む。音葉が悲痛の叫びを上げる。
「お姉ちゃんが、みんなが!・・ぅぅ・・・」
彼女の口から語られた事実に、武はさらなる悲しみを覚えた。
襲われたのだ。彼のゼミ仲間同様、惑星ゴルスから来た怪物に。
音葉の姉とその級友、親友も、武の大学のゼミ仲間も、恐るべき血石妖虫によって命を落としてしまった。
音葉と武は、彼らへの思いを胸に秘め、宇宙からの怪物に敵対することを心に決めた。
その翌日、武は音葉の家に居候することになった。
それから2人はバイトなどで生活をやり繰りしながら、血石妖虫の分析と行方の追跡を行っていた。
しかし、最初の襲撃以来、妖虫の行方が掴めず1週間が経過していた。
「はぁ、今日も全く発見できなかった。」
肩を落としながら、武がリビングに腰を下ろす。
その横で、音葉が苛立った様子を見せていた。
いつもは笑顔を見せている彼女だが、血石妖虫のことがからむとその笑顔が消えてしまう。
麻奈や親友の仇を討ちたいと、妖虫の追跡に必死になっていた。
「早くみんなの仇を討ちたい。急がないと。」
小さく呟く音葉に、武が振り返る。
「音葉ちゃん、少し落ち着くんだ。慌てたって血石妖虫は見つかるわけじゃないし、そんなんじゃ倒せる相手も倒せないよ。」
「私はあいつらを倒したいのよ!みんなを殺したあの血石幼虫が憎くてたまらないのよ・・」
怒りの声を張り上げ、その後沈痛な顔でうつむく音葉。武は立ち上がり、彼女の肩に手を乗せる。
「憎んだって何にもならない。そんな気持ちで妖虫を倒したって、みんなが帰ってくるわけでもないし、喜んでくれもしない。」
「だけど、このままじゃ、みんな、浮かばれないよ・・」
音葉の顔が悲しみで歪む。彼女の気持ちは同じ境遇に立たされた武には痛いほど感じていた。
“臨時ニュースをお伝えします。”
そのとき、TVの緊急放送が始まり、2人が振り向く。
“今月16日に繁華ビルを襲撃した巨大生物「血石妖虫」が湾岸通りに出現。襲撃を開始し、人々を襲っております。町々に避難勧告出され、日本政府は自衛隊の出動を決定しました”
「ついに現れたか。」
武がTVに映し出された妖虫の暴挙を目の当たりにしながら呟く。
そんな彼の腕を振り払い、音葉は部屋を飛び出し、玄関に立てかけてあった1本の刀を持って出て行った。
剣道と剣舞の経験のある彼女に武が贈ったものである。脅威の切れ味と耐久性を持つ名刀と彼が呼んでいる。そして彼はその刀を「武刃(ぶじん)」と名づけていた。
彼は惑星ゴルスや血石妖虫の研究の他に、銃や刃物の扱い方の学習にものめり込んでいた。研究者としては非合法(モグリ)な彼だが、銃刀法に基づいて免許は取得している。
だから、ピストルもこの武刃も、護身の目的で購入したり知人から譲り受けたりしたものである。
「おいっ!音葉ちゃん!」
武もすぐに彼女を追った。
妖虫を倒そうといきり立ったのだ。みんなの仇をとるために。
音葉の家から湾岸通りまでは、バイクでは時間はかからなかった。
町はすでに人々が非難して、もぬけの殻となっていた。
「どこ?どこにいるの!?」
バイクでやってきていた音葉は、躍起になって町中を駆け回る。その後を武が追う。
彼は彼女を強引に引き止めることができなかった。
家族や親友を失い、怒りと悲しみに打ちひしがれている彼女の気持ちが、同様に仲間を失った彼には痛いほど分かっていたのだ。
自分と同じ境遇にある音葉を力ずくで引き止めるのは、自分の気持ちを捨て去ってしまうと彼は思っていた。
そしていくつかの十字路を通りがかり右方向に振り返ったとき、そこには数匹の血石妖虫が群がっていた。
「いたっ!」
妖虫を見つめる音葉の視線が鋭くなる。彼女は手に持っていた武刃を鞘から抜き、構えをとった。
「お姉ちゃんや、みんなの仇!」
「おいっ!音葉ちゃん、待つんだ!」
武の制止を聞かないまま、音葉は血石妖虫目がけて駆け出した。
血に飢えた妖虫がいきり立つ彼女に気付き、羽を羽ばたかせる。
「やあぁっ!」
音葉の突き出した刀が、妖虫の1匹の頭部に突き刺さる。妖虫が小刻みに震えて、そして地面に倒れ伏す。
武の分析の結果、血石妖虫は頭部から特殊な音波を発して仲間と交信しながら行動しているため、その頭部こそが最大の弱点である。
音葉は刀を抜き、立て続けに次の妖虫に斬りかかる。
人の血液を栄養分としている妖虫の紅い鮮血が彼女の体に降りかかる。
「うっ!」
そして何匹かの妖虫を仕留めた直後、音葉の眼に紅い血が入る。
視界をさえぎられた彼女は足がふらつき、つまずいてしりもちをつく。
「こんなときに眼が・・あっ!」
顔を拭って血を払ったところで、妖虫が大きく口を開け、死の石化を与える触手を出してきていた。
何とか打開を図ろうと音葉は武刃を構えた。
そのとき、妖虫の頭部が花火のように弾け飛んだ。武の放った炸裂弾が、妖虫を吹き飛ばしたのだった。
「音葉ちゃん、大丈夫か!?」
心配して音葉に駆け寄ろうとした武の眼前に、まだ血石妖虫が3匹立ちはだかっていた。
「くそっ!」
武はすぐさまピストルを構え、立て続けに引き金を引いて炸裂弾を3匹の妖虫に命中させた。
頭部を吹き飛ばされた虫たちは、脱力してその場に倒れこんだ。
紅く血みどろとなった音葉が呆然とその光景を見つめる。自分も姉や親友と同じ末路を辿ると死を覚悟していたのだ。
「音葉ちゃん!」
ピストルをズボンのポケットにしまい、武が音葉に駆け寄る。
暴発を防止するために、ピストルにはストッパーが取り付けられている。
「た、武さん、私・・」
我に返った音葉が悲しみに顔を歪める。
「音葉ちゃん、大切な人を殺されて辛いだろうけど、だからって、自ら危険に飛び込むような、無謀なマネをするんじゃない。いくら剣術や武術が優れてたって・・」
「私は、ただあいつらが許せないだけなの。このままあいつらが地球(ここ)に住みついたら、私・・」
音葉は血石妖虫を心の底から憎んでいた。
それは大切な人を奪ったからなのか、それとも自分と同じ苦しみを他人に味わわせたくないと思っているからなのか。
それを問うにも今の音葉は、あまりにも悲しすぎる面持ちでいた。
そのとき、近くで物音がして、武は立ち上がってその方向を向いた。
警戒しながら様子をうかがいながら辺りを見回すと、1件の家の塀の影に1人の少女が隠れていた。
武が近づくと、少女はさらに怯えてしまう。
「大丈夫。怪物はオレたちが追い払ったから。」
武が笑顔で優しく手を差し伸べると、少女の緊張がすこし和らいだ。
「うわあぁぁーー!」
少女は泣き叫びながら武に寄り添った。武は泣きじゃくる少女の頭を優しくなでてやる。
しばらくして落ち着きを取り戻した少女を連れて、武は未だに座り込んでいる音葉の元に戻っていった。
「武さん、その子は・・?」
血だらけになっていた音葉の姿に、少女は再び怯えだした。
そこに武が優しく笑みを作り彼女を落ち着かせる。
「もう大丈夫だから。君、名前は?」
「川本真希(かわもとまき)・・」
まだ涙を拭いきれていない少女、真希が悲しく呟く。
「1人なのかい?お父さんかお母さんは?」
「・・パパはずっと前に死んだよ。そんでママが、ママが!」
真希が再び大粒の涙を流して叫びだした。
湾岸通りのとある家に、真希は母と一緒に平穏な生活をしていた。
父を失ったことに寂しくしていること以外は、辛いことはない楽しい日々を送っていた。
しかし、そんな真希たちの住む湾岸通りに、惑星ゴルスから飛来した血石妖虫が襲撃してきた。
栄養を得るために人々を襲い、血を吸い取り石化させていく。
買い物に出かけていた真希たちにも、その魔手が伸びた。
「真希っ!あっ!」
真希をかばった母の体に、妖虫の口から伸びた触手が突き刺さり血を吸っていく。
「ママ!」
叫ぶ真希の眼の前で、母の体が灰色に変わり、苦悶な表情に染まっていく。
「真希、逃げ・・て・・・」
必死に真希を逃がそうと促す母が、完全に血を吸いきられて灰色の石像になってしまった。
「ママ、ママ!」
真希が変わり果てた母にすがるが、命の灯が消えた母は何の反応も示さない。
その背後に姿を現した血石妖虫の群れに、真希は恐怖を感じて後ずさりする。
「いやあぁぁーーー!!!」
声を張り上げ、真希はその場から逃げ出した。
恐怖と混乱が心を満たしている彼女には、必死に逃げることが精一杯だった。
その後、彼女は近くの家の塀に隠れ、妖虫をやり過ごそうと震えていたところを、武と音葉がやってきたのである。
血の匂いに敏感である血石妖虫に対しては、真希の行ったこの行為はムダであったのだが。
「そんなことが・・」
真希の話を聞いた武と音葉が悲痛な面持ちになる。
「真希ちゃんも、私たちと同じなんだね。」
「同じって、お姉ちゃんたちも?」
「うん。私のお姉ちゃんも友達も、あの怪物に殺されてしまったのよ。だから、私はあいつらを何が何でも倒そうと・・」
「音葉ちゃん!」
苛立ちを思わせる音葉の言葉に、武が言葉で制する。
「怒りに任せた戦い方じゃ、みすみす死ににいくようなもんだよ。」
しかし、音葉は武の言葉を受け入れることに抵抗を覚えた。
血石妖虫に敵対したのは、みんなの仇をとりたいと思ってのことだった。
それを押さえることは、みんなの無念を裏切ってしまうと感じていたからだった。
しかし武は、そのことがみんなへの裏切りと思っていた。
怒りに囚われたままでいてほしくない。それがみんなの思いだと彼は感じていた。
「とにかく、ここにいては危険だ。また妖虫がここに来ないとも限らない。こんな状況で戦うのは危ない。それに、こんな姿のままじゃかわいそうだしな、音葉ちゃん。」
武に言われたとおり、音葉の全身は妖虫の返り血を浴びて紅く染まっていた。
「そうね。いつまでもこんなんじゃたまんないもんね。」
そう言って音葉は立ち上がり、武と真希とともにその場を後にした。
妖虫の血には危険な効果はないが、今の彼女のこの姿では気分が悪い。
「おいで、真希ちゃん。とりあえずオレたちの家に行こう。」
「私の家でしょ?武さんは居候なんだから。」
音葉に言いとがめられ、武が苦笑いする。
2人のやりとりを呆然と見つめている真希に、武が笑顔を見せる。
「いこう、真希ちゃん。」
そして右手を差し出し、彼女を迎える。
「・・・うんっ!」
真希は元気よく武たちのもとへ駆け出した。
つづく
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