白神の巫女 第三話「瘴鬼の逆襲」

作:幻影


「ゆかりちゃん、お願い。」
「うんっ!」
 海奈とゆかりが、傷つき倒れたみなみの体に両手を当て、霊気を注ぎ込む。気によって人が本来持っている自然治癒力を高めることで、回復させようとしているのである。
 しかし、この治療法は気の操作と加減を誤れば、逆に命を奪うことにもなりかねないのである。よって、みなみの回復には海奈と、気のコントロールの上手いゆかりが行うことにした。
「あっ!ここは・・!?」
 回復したみなみが目を覚まし、体を起こして辺りを見回す。
「みなみ!よかった。気が付いたのね。」
 ゆかりが笑みを浮かべ、海奈が安堵の吐息を漏らす。
「あれ?ゆかり、なんでこんなところに?」
 きょとんとなっているみなみに、海奈が神妙な面持ちで腰を下ろす。
「う、海奈さん、あたし・・」
「みなみさん、何があったの?これは明らかに誰かにやられた傷。いったい誰が・・」
 うつむく海奈を、みなみが真剣な眼差しを向ける。
「何か薄気味悪い男だったよ。あたしを白神の巫女だって気付いて、いきなり襲いかかってきたんだよ。」
「男?」
「あたしがそいつの命を狙ってるとかなんとか。違うって言っても聞いちゃいないんだ。それでついあたしも攻撃しちゃって・・とにかくとんでもない強さだよ。あたしの力が、全く効かなかった。ちゃんと服は着てたけど、体中が傷だらけで・・」
「ヤダ・・そんな怖い人がこの辺りにいるなんて・・」
 ゆかりが不安の声を漏らしてそわそわする。海奈がさらに話を続ける。
「で、その人はそれから?」
「分かんないよ。あいつのとんでもなく速い攻撃で気を失って、その後どうなったのか・・」
 部屋の中に思い空気が立ち込める。
 ゆかりたちがみなみを発見したのは男が立ち去ってから少し後のことで、そのとき彼女の周囲に人はいなかった。
 男がみなみを殺さなかったのは、おそらく彼女の命に興味がなかったのだと海奈は思った。放っておいても、自分の命に危害が加わることはないということなのだろう。
「ところで、天乃や他のみんなは?」
 みなみが辺りを見回しながらゆかりに訊ねる。それに答えたのは海奈だった。
「紅葉さんは台所で菓子を作ってます。天乃とひなたさんは散歩です。あんまり家の中に居続けるのはどうかと思って。」
 その言葉に、部屋の空気が和み笑みがこぼれた。しかし、海奈は素直に喜べなかった。
 天乃たちが、みなみを傷つけた男と対峙することになるかもしれない。海奈の脳裏に一瞬、一抹の不安がよぎった。

「ハァ・・ハァ・・つかれる〜・・」
「あ、天乃ちゃん、大丈夫?」
「へいき、へいき!風邪引いてて体がなまっちゃってたから丁度いいよ。」
 大きく息をつく天乃と、彼女に心配の声をかけるひなた。
 最初は散歩のつもりで外に出た2人だったが、いつの間にかかけっこを始めてしまったのである。
 運動神経の優れているひなたは平然としていたが、病み上がりの天乃は息が上がっていた。
「それにしても、こうやって運動して汗を流すのって、大変だけど気持ちいいよね?」
 天乃が笑みを見せると、ひなたが普段見せないような満面の笑顔を向けてきた。
「そうでしょ。何事も全力でやれば、たとえ負けたり失敗したりしても、気分がよくなるって気がするの。」
 青空を見上げながら大きく深呼吸する2人。そのすがすがしさを心地よく感じていた。
 その直後、2人は鋭く突き刺すような衝動を感じた。
「えっ!?」
「な、何!?この気・・」
 すさまじい気の出現に、天乃とひなたが辺りを見回す。すると、彼女たちの背後の草むらに、白い長髪の男が睨み据えていた。
「この気、あの人から出ているよ!」
「すごい・・見たところ、全然力を入れてないのに・・」
 男の放つ威圧感に、天乃とひなたは恐怖を感じずにはいられなかった。
「お前たちも、白神に仕える者か?」
 男が鋭い口調で、天乃たちに訊ねる。必死に声を振り絞って言葉を返す。
「あ、あなたは・・・?」
「オレの名は大地。白神の一族を滅ぼす者。」
 白髪の男、大地が言い終えた直後、ものすごい勢いで天乃たちに向かって飛びかかってきた。
 突進の反動による突風にあおられる天乃とひなたの間に、大地が飛び込んできた。
「キャッ!」
 大地の繰り出した突きで、天乃がうめき声を上げ吹き飛ばされる。
「天乃ちゃん!」
 ひなたが倒れた天乃に駆け寄ろうとしたところを、振り返った大地が気を練って立ち塞がる。
「光鬼発動(こうきはつどう)!」
 大地の放った気の塊が、ひなたの腹部にめり込んだ。数回転倒した彼女は、意識を失くしたのか、そのまま動かなくなる。
「ひ、ひなたちゃん・・!」
 天乃が痛みでふらつきながら立ち上がり、倒れたひなたと振り返った大地を見据えた。
「次はお前の番だ。感じ取っているぞ。お前が強力な霊気を秘めていることを。危険となるものは、今ここで葬ってやる。」
 大地が気を練り、両手が淡く光り出す。傷ついた体に鞭を入れ、天乃は構えをとった。
(なんて強い気。それに速い動きと技。運動神経のいいひなたが、簡単に・・とにかく何とかしなくちゃ。このままじゃ、私たち・・殺される!)
「滅鬼衝拳(めっきしょうけん)!」
 焦る天乃に、大地が拳を振り上げて飛び込んできた。
 天乃はかわそうとするが、大地の技の速さがそれを上回り、打撃の連続攻撃が次々と命中する。
 そして、体勢を崩した天乃に、大地は右手を突き出して左手で右手首を押さえる。
(その構えは・・!)
 一瞬眼に飛び込んだ大地の構えに、天乃は見覚えがあった。右手から気の奔流を放出して敵を倒す技、白神気光砲である。
「瘴鬼放刃(しょうきほうじん)!」
 大地の右手から閃光が放たれる。天乃がその光に、爆発に飲み込まれる。
 立ち込める煙を見据える大地。治まっていく爆煙の中、天乃が左腕を押さえながら息を荒げている。
 大地の気を受けて、巫女装束が半壊して左上半身がさらけ出し、押さえる左腕から出血していた。
「これだけの技を受けてまだ立ち上がる力があるとは。だが、今度こそ終わりだ。オレを抹殺しようとする白神の一族は、決して生かしてはおかん。」
 満身創痍の天乃を見据えたまま、大地がゆっくりと近づいていく。
「な、なんで・・私たちを、白神の人を狙うの・・?」
 天乃に問われ、大地は進める足を止めた。
「私たちがあなたに何をしたっていうの!?何も憎まれるようなこと・・」
「そうか。お前は何も知らないのだな。」
「えっ?」
 大地の言葉に、天乃が疑問符を浮かべる。
 しばしの沈黙の後、大地は再び話を続けた。
「教えてやろう。オレは元々は、お前たち白神の人間だ。」
 鋭く言い放つ大地の言葉に、天乃は驚愕して声が返せなくなる。
「今から17年前のある日、オレが見たのは血まみれになって事切れていた男と女、そして泣き叫ぶ赤ん坊と取り囲む男たちだった。」
 大地は拳を握り締めて、顔を悲痛で歪める。
「男たちはその赤ん坊に殺意を向けていた。いても立ってもいられなかったオレは、その子を助けようと男たちの前に立ちはだかった。だが、男たちは強靭な技の持ち主で、オレは手も足も出なかった。そして崖にまで追い詰められ、気を受けて谷底に突き落とされた。その直前に見たのは、オレの父でもある白神家の頭首だったのだ。」
「ち、ちょっと待って!白神家の頭首があなたの父親なら、あなたはお姉さまの、お兄さま・・!?」
 天乃が困惑して漏らした言葉に大地が驚愕する。
「お姉さまだと!?お前、海奈の妹だというのか!?」
 声を荒げる大地に、天乃は小さくうなずいた。
「でも、ホントの姉妹ってわけじゃないの。私が赤ん坊だったときにお姉さまに拾われたの。」
 物悲しく語る天乃。大地は左手で頭を押さえ、苛立ちを感じていた。
「黙れ・・黙れ!そんな戯言でオレを騙すつもりか!?父も白神家の者も、オレを殺そうと企んだ!お前もオレが葬るべき敵だ!」
「違うよ!私は騙そうなんて・・!」
「黙れ!瞬鬼連殺!」
 必死に抗議する天乃の言葉を聞かず、大地が一気に詰め寄って彼女にみなみを撃退した技を繰り出した。
 痛烈な打撃の猛攻が、眼にも止まらない速さで彼女に襲いかかる。
(このままじゃ、殺されちゃう!このままじゃ・・!)
 悲鳴さえ上げることもできない天乃が、胸中で恐怖を覚える。連続で繰り出される攻撃の痛みが、次々と体に蓄積されていく。
(そんなの・・)
「そんなのイヤだあぁぁぁーーーー!!!」
「何っ!?」
 声を振り絞って叫ぶ天乃の体から、凄まじい閃光が放たれ気が流出する。突然の彼女の出来事に驚愕する大地が、その光の圧力で吹き飛ばされる。
 体勢を立て直してうまく着地した大地。その視線の先で、ふらふらしている天乃から黒い霧のような気が漏れ出していた。
「これは、白神の霊気ではない。強烈な邪気、瘴気があふれ出ている。この気はいったい何だ・・!?」
 驚愕する大地に向かって、あふれ出した瘴気が稲妻のように飛び散り、彼を圧倒する。
「ぐっ!このままでは無事では済まんな。退くしかないか。」
 うめく大地が少し後ずさりしながらもうろうとする天乃を見据えてから、跳び上がってその場を後にした。
 それから瘴気が勢いを失くし、力を消失した天乃はそのまま意識を失って倒れた。
 心配になったゆかりと紅葉が彼女たちを発見したのは、それから数分後のことだった。

「お、お願いです!助けて!もうあのような失敗はしませんから!」
 泣き叫ぶ女性に、男が不敵な笑みを見せる。彼の雑用を任せられた彼女の体は、すでに首から下が灰色の石に変わっていた。
「悪いがそれはできんな。私が使用しているカップを割ってしまったことは些細なことだ。つまりお前は、私に仕えることを選んだ時点で、私に魂を捧げる運命だったんだよ。」
 怯える女性の石の肌を、男はゆっくりと手で撫でていく。彼らがいるその場所は、揺らめく2つの炎が暗闇を照らしている祭壇だった。
 人としての暖かさと石になった冷たさが入り混じって、込み上げてくる快楽にどうにかなりそうなところを押し留めて、女性が必死に男に助けを求めていた。
「それに、せっかくここまで石化したのに、元に戻したら意味がなくなるよ。禁術にされたこの呪術も、かなりの霊力を消費するから。お前の魂は黒神(こくしん)の復活のため、体は私の渇きを埋めるために役立つんだ。恐怖することではなく、むしろ光栄に思うべきことだ。」
 歓喜を与えるように妖しく語りかける男。しかし女性はそのことに喜べず、石化が進むに連れて恐怖が込み上がり、そして顔から力が抜けたまま、完全な石像へと変わっていった。
「少しばかり顔に恐怖が残ってしまったが、まぁいい。その魂、引き抜かせてもらうぞ。」
 男が石化の呪術の使用のため伸ばしていた右手を握り締めると、石化した女性から淡く光る球が出てきた。球はゆっくりと男の手元に引き寄せられ、その輝きが消える。
 球は石化させた女性を一糸まとわぬ姿で閉じ込めている水晶だった。彼女は身をかがめたまま眠っている。
「さぁ黒神よ、また1人、生贄となる魂を捧げよう。」
 男が水晶を持ったまま壇上に上がり、淡い輝きを放っている水の入った水槽の中に水晶を落とした。水槽には大量の水晶が沈んでおり、裸の女性がそれぞれ閉じ込められて眠っていた。これらは全て、男が石化の呪術を用いて、生贄のために引き抜いた魂である。
「かなりの魂が黒神の生贄として捧げられた。しかし、それだけでは足りない。黒神と白神、それぞれの力を受け継ぐ巫女の霊力が必要だ。だが、あの内乱によって、黒神の力を使う巫女は滅び、その邪気は完全に絶たれた。周囲はそう思っているが、生きているはずだ。黒神と白神のそれぞれの民の間に生まれた少女が。」
 祭壇の暗い天井を見上げながら、物思いにふける男。背後から近づいてくる足音に、男は笑みを浮かべながら振り返った。
 姿を現したのは、眼鏡をかけた鋭い目つきの女性科学者であり、憮然とした表情のまま男に語りかけた。
「またあんな悪趣味なことをやったのね。黒神の人たちの考えることは理解できないわ。」
 石化された女性に眼をやって、女性科学者は頭に手を当てて呆れる。男が息をついて答える。
「まさか、そんな嫌味を言うためにわざわざここに足を踏み込んだわけではないんだろ?何事だ、ミーナ?」
 ミーナと呼ばれたその女性は、からかうように答える男の態度にむっとしながらも話を続ける。
「馴れ馴れしく呼んでほしくないわ、黒部涼平。いや、黒神涼平(くろかみりょうへい)と呼んだほうがいいのかしら?アンタは私の援助によって生きながら得ているのだからね。そんなことよりも、ようやく発見したわよ。黒神の力を持つ少女を。」
「何だって!?」
 ミーナの語った言葉に、涼平と呼ばれた男が驚愕する。
「アンタの情報通り、17歳前後の少女だったわ。しかもついさっき、エネルギー感知分析装置にアンタとよく似た気を感知した。色で言えば黒。白を表す白神の気を発していたその少女から少しの間だけ放出していたものだ。」
 ミーナの報告を聞き、涼平が歓喜のあまり哄笑を上げる。
「同じ少女から放たれた相対的な2つの力。間違いない。あの赤ん坊が生きていたんだ。」
 至福に心を満たした涼平に、ミーナの呆れかえった声さえ聞こえていなかった。
「2つの神の力を持つ少女よ、必ず私が手に入れ、黒神の復活の生贄にしてくれる。2つの力の放出こそ、黒神復活の最大の条件なのだ。アハハハハ・・・」

つづく


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