白神の巫女 第四話「分家の因果」

作:幻影


 大地が立ち去り、天乃とひなたはゆかりたちに助けられて、家の居間で治療を受けていた。
「ハァ・・ゆかりちゃんの回復術はホントに助かるよ。もしこの力がなかったら、私たちもうダメだったよ。」
 天乃に言われて、ゆかりが照れ笑いする。そこに海奈が神妙な面持ちで声をかけてきた。
「それにしても、何者なのかしら?霊気による攻撃力があなたたちの中で1番強いみなみさんが簡単に倒され、あなたやひなたさんまで・・それに、ゆかりちゃんたちがあなたを見つめる少し前に発した、あの邪悪な気・・」
 海奈は天乃に問い詰めた。強大な気を放つ者。それと対峙した悪しき気の放出。海奈に中に様々な疑問が浮かんでいた。
「みなみの言ってたとおりの人だった。白く長い髪に胴着から少しだけ見えていた傷。大地って名乗ってた。その人は元々、白神家の人間で、同じ白神家から赤ん坊を守ろうとして死にかけたって。」
「大地!?それは本当なの!?」
「お、お姉さま・・・!?」
 突然の海奈の動揺に、天乃を始めゆかりたちも唖然となる。
「ご、ごめんなさい・・本当なら一生話すことはないと思ってだけれど、あの人が生きていて私たちの前に現れたのなら、あなたたちにも知っていてほしいの。落ち着いてよく聞いて。」
 海奈の真剣な言葉に、天乃たちは小さくうなずいた。
「おそらくあなたたちを襲った男は、白神大地(しろがみだいち)。この白神家の正当な跡継ぎになるはずだった私の兄なの。」
 海奈の言葉に、天乃たちに動揺がどよめく。
「お姉さまのお兄さま・・?どうしてその人が白神の一族を狙っているの?」
「分からない。でももしかしたら、あのことを恨んでいるのかもしれない。」
「あのこと?」
 ゆかりが疑問符を浮かべた後、少し沈黙して海奈は再び口を開いた。
「白神の一族が、跡継ぎとなるはずだったあの人を殺めてしまったの。」
 海奈は眼を閉じ、思い返すように話を続けた。
「白神家は元々、本家と分家に分かれていたのよ。霊術や武術の伝統を持つ一族として知られているのが本家、今の白神家なの。そして光である本家とは対称的の、本家を守るために暗躍する闇の存在である分家、黒神の一族。本家のためなら、どんなことにも手を染める。たとえ人殺しでも。」
「分家・・黒神の一族・・」
「本家と分家は相対的な力を扱うため、その関わりが限りなく制限されたの。唯一許されたのが、本家の頭首と分家の頭首の対談のみ。逆らえば例外なく死の制裁が下された。」
 海奈は立ち上がり、黄昏の夕暮れ空を見上げた。
「そしてその制約を破る人たちが現れた。本家の巫女の1人が、分家の男を愛し子をなしていたことが明るみに出たのよ。本家その分家の男と裏切ったその巫女を殺め、そしてその幼い赤子に手をかけようとした。それを阻止しようと、1人の少年が本家の暗殺者たちの前に立ちはだかった。しかしその少年は暗殺者たちの前ではあまりにも非力で、ついに少年は谷底に突き落とされ、赤子もついに暗殺された。その少年が、大地だったの。彼の父である本家の頭首は、自分の息子を誤って殺したと思い込んで姿を消した。」
「でも、その人は生きてたんだね。」
 天乃の言葉に、海奈は振り返ってうなずいた。
「そしてそのことに業を煮やした分家は、本家を滅ぼそうと戦いを挑んだ。しかし、これで分家は壊滅し、黒神の巫女は全滅し、その力を沈黙させられた。今の白神家を確立させた事件でもあったわ。」
「でもなぜですか?処罰を設けてまで、本家と分家を切り離す必要があったのですか?」
 紅葉の問いに海奈が振り向く。
「光の神である白神と、闇の力である黒神。その2つの力を受け継いだ申し子は、世を滅ぼすほどの最悪の力を宿す。それを避けるために、あのような制度を強いて本家と分家は同意したの。」
「そうだったのか・・」
 みなみが歯がゆい思いに打ちひしがれる。重い空気が漂う中、海奈は再び口を開いた。
「もしあの人が白神の一族を敵にしているのなら、まだあの出来事を恨んでいると思うわ。死の恐怖を体感し、打ちひしがれて今まで生きてきた。幾多の修羅場を潜り抜けて・・」
 海奈は悲痛の表情のまま、庭に出て空を見上げた。日が傾き、夜の闇が覆い尽くそうとしていた。
「お姉さま、どこに・・!?」
「あの人を、大地を探します。私たちを狙っているのなら、まだ近くにいるはずです。」
「それなら私も!」
「あなたたちはここにいなさい!」
 立ち上がろうとした天乃を、海奈は制止した。
「あなたちにこれ以上、危険な目に合わせたくないの。」
 そう言って海奈は家を飛び出していった。物悲しげな彼女の口調に、天乃たちは彼女の姿が消えていくのを黙って見守ることしかできなかった。

 そよ風が吹き、月光が夜の闇を照らしている草原。
 人気のないその場所に、海奈はゆっくりと足を進めていた。
(ここが天乃たちが、大地に襲われた場所から少し離れた草原。おそらく彼はこの辺りにいるはず。)
 気配を探りながら草むらを歩いていく海奈。
 自分の手で大地の心を開かせる。それが白神の巫女でありながら、一族の内乱で何もしなかった自分の償いなのだと彼女は思っていた。
 そして草原に足を踏み入れてから数分がたった頃、穏やかだった風が突然荒々しくなった。
(感じる。白神の凄まじい気を。)
 海奈は身構えて辺りを見回す。近くに人影は見当たらない。
「大地、どこなの!?姿を見せて!」
 海奈が必死に大地を呼ぶ。それに答えたのか、光り輝く球が海奈に向かって飛び込み、彼女は跳躍してそれをかわした。
 彼女がいた場所は、光の球の衝突によって焼け焦げていた。
 海奈が振り向いた先には、白髪の男が鋭い視線で彼女を見据えていた。
「お前、海奈なのか・・?」
 男がゆっくりと海奈に近づいていく。
「大地、本当に生きていたのね・・」
 海奈がうっすらと笑みを見せると、大地は苛立ち気を放出した。その衝動で木々の枝が大きく揺れる。
「海奈、なぜお前が白神の巫女として今を永らえているのだ!?幼い子に手をかけようとした愚かな存在を!」
「大地、聞いて!白神の暗殺者は、あなたの父は、その子を守ろうとした少年があなたとは分からなかったのです!そのことに罪を感じ、お父さまは白神家から姿を消した!事故だったのです!」
「黙れ!そんなざれ言を鵜呑みにすると思っているのか!ヤツらのために、オレは地獄の日々を過ごすことになったのだぞ!」
「信じたくないけれども、本当のことよ!あの出来事の後も、白神家はあなたを探し求めたけれども、結局発見することはできなかった。」
「言わせておけば!光鬼発動!」
 怒号の叫びを上げて、大地が気の球を放つ。しかし海奈はそれをよけようともせず、その体に球を受けさせた。
「滅鬼衝拳!」
 大地は手を休めず、さらに海奈に攻撃を加えていく。
「瞬鬼連・・」
 地面に叩きつけられた海奈にとどめを刺そうとして、大地はそれを止めた。
「なぜ戦わん!?」
 抵抗しない海奈に、大地が問い詰める。傷ついた海奈が体を起こす。
「私は・・あなたを傷つけるわけにはいかない・・!」
「何っ!?」
「大地・・一緒に白神家に戻って・・」
「まだ言うか!」
 大地が怒りに吼え、両手に気を集める。
「その口を黙らせてやる!瞬気連殺!」
 大地の素早い攻撃が、満身創痍の海奈に叩き込まれた。

 姉のことが気がかりで、天乃が廊下を右往左往していた。
「天乃、少しは落ち着きなよ。こうなっちゃったら、海奈さんが帰ってくるのを待つしかないよ。」
 みなみが呆れたように天乃を落ち着かせるが、天乃のそわそわした様子は変わらなかった。
 外は夜の闇が満ちて、庭先の木々は暗く陰っていた。
「大丈夫ですよ、天乃さん。海奈さんは私たちに、巫女としての指導をしてくれたではないですか。あの人なら必ず何とかしてくれます。」
 紅葉も落ち着かせようと声をかける。
 そのとき、ゆかりが何かの気配に気付き、立ち上がって辺りを見回した。
「どうしたの?」
「近くにすごい邪気を感じるの。今まで感じたことのないくらいに強い・・」
 問いかけてきたひなたに視線を向けないまま、ゆかりは庭に飛び出して、再び辺りを見回す。
 そして暗闇に満ちた林から、1人の男が不気味な笑みを浮かべて彼女たちを見つめていた。
「これが白神の道場か・・かつての威厳はどこにも感じられないな。」
「あ、あなたは・・」
 家を見る男に、ゆかりが問いかける。
「私は黒部涼平。黒神の一族に仕えていた者だ。」
「黒神!?かつての分家の一族・・でも、白神本家と敵対して崩壊したって・・」
 天乃を始め、その場にいた巫女たちが驚愕する。涼平は不敵な笑みを浮かべて話を続ける。
「確かに分家である黒神の一族は本家、白神の一族によって崩壊し、黒神の巫女は全滅した。だが、黒神の一族そのものが全滅したわけではない。このとおり黒神の力を持つ私はここに存在し、新たな活動を実行に移している。」
 涼平は足を進め、天乃に向かって歩き始める。
「そして、私たちの最大の野望である黒神の復活には、白神天乃、お前の力が必要不可欠なのだ。」
 涼平のこの言葉に、天乃たちは押し黙ってしまった。
「教えてやろう。お前には白神の力だけではなく、黒神の力もその体に秘めているのだ。」
「どういうこと・・!?」
 天乃が困惑しながら聞き返す。
「白神と黒神の内乱。白神の巫女が黒神の男を愛したため、白神の一族が黒神の一族を敵と見なし、その男と女を殺し2人の赤子にも手をかけた。だがその子は、握りしめていたお守りが盾になって一命を取りとめ、白神の現正当継承者によって拾われた。」
「それじゃ・・」
「そう。白神と黒神の混血を通わせるその赤子こそがお前だ、天乃。」
 周囲にいた巫女たちが驚愕のあまり、動揺を隠せなくなってしまった。天乃は涼平の言葉が信じられず、体を震わせる。
「ウソ・・ウソよっ!」
「信じたくなくても、これは変えようのない事実だ。その証拠に・・」
 そう言うと涼平が右手を伸ばし、力を込めた。
「!・・えっ!?」
 天乃が驚きの声を上げる。自分の体が突然思うように動かなくなったのである。
 操られた両手が彼女の着ている巫女装束の白衣に手をかけ、脱がそうとしている。
 涼平の右手から放たれる念力によって、天乃の自由は奪われていた。彼女も必死に抵抗するが、両手は完全に涼平の思うがままになっていた。
 脱げた白衣がだらりと垂れ下がり、念力に支配された手が、今度は彼女のブラを外そうとしている。巫女装束の下には何も付けないのが普通だが、恥ずかしさと胸の傷を隠すため、天乃は身に付けていたのである。
「イ、イヤ・・あっ!」
 そしてついにブラが外され、胸がさらけ出された。彼女の胸の間には、縦に刻まれた傷跡があった。
「イヤァァーーー!!!」
 天乃が叫ぶのにも構わず、涼平がさらに話を続ける。
「お前の体には傷が残っている。白神の暗殺者に突き立てられた傷が。」
 悠然と天乃が恥じる姿を見つめながら、涼平が念力を放っていた右手を下ろすと、彼女に自由が戻る。彼女は恥ずかしさのあまり、自分の体を抱きしめてその場に座り込んでしまう。
「お前がこうして生きていられるのは、握りしめていたお守りが盾となってくれたからだ。それは私たちが黒神復活を図るには、まさに好都合だったよ。」
「このヤロー!」
 話に割り込むように、みなみが悲痛に顔を歪めて涙さえ浮かべている天乃の姿に憤慨し、涼平に飛びかかった。
「白神気光弾!」
 みなみが涼平に向けて霊気を込めた光の球を撃ち込んだ。
 しかし、球が命中する直前で涼平の姿が消え、みなみの背後に現れた。
「よけた!」
「みなみさん、後ろ!」
 紅葉の声に振り返ったみなみの動きを、涼平の放った念力が縛る。構えるゆかりと紅葉、そしてブラと白衣を身に付けなおす天乃をかばうひなたが2人を見据える。
「2つの神の力を兼ね備えた天乃は当然貰い受けるが、お前たち白神の巫女の魂、黒神の復活の生贄として頂くぞ。」
 金縛りに抗うみなみに、涼平が念力とは別の淡い光を与えた。すると痺れるような感覚に陥り、みなみがうめく。
 その直後、彼女の両手両足が灰色の石に変わり、感覚が鈍り始める。
「何なんだよ!?あたし、どうなってるんだよ!?」
 みなみが変わっていく自分の姿に驚愕し、恐怖を覚える。
「これは黒神の一族の間でも禁術とされた呪術。かけた者を石に変え動きを完全に止めてしまう。私はこの呪術を使い、そこから黒神の生贄となる魂を引き出しているんだよ。」
 涼平の右手の光がさらに強まり、みなみの石化が進行する。
「みなみっ!」
「来るな、天乃!」
 天乃が駆け寄ろうとしたところを、みなみが叫んで止めた。
「ヤツの1番の狙いはお前なんだぞ!あたしに構わずに、早く逃げるんだ!」
「でも・・」
 それでも駆け寄ろうとした天乃をひなたが押さえる。
「ひなた、行ってくれ!」
 石化が体にまで及んでいるみなみの必死の言葉に、ひなたはうなずいて天乃を引っ張っていく。
「ありがとな、ひなた・・ぅく・・・」
 普段の体の温かさと石化によって下げられた冷たさが入り混じり、みなみは快感とも不快感ともいえない気分に顔を歪める。
「みなみちゃん、今助けるから!」
 ゆかりと紅葉がみなみを助けようと、悠然と構えている涼平に向かって飛び出した。しかし、彼の伸ばした左手から放たれた衝撃波に2人とも弾き飛ばされる。
「悪いが邪魔しないでもらおう。さて、お前を完全な石像に変え、その魂を抜き取らせてもらう。」
 気絶したゆかりたちに向けていた視線を体がほとんど石に変わっていたみなみに戻す涼平。彼女は感覚がほとんど鈍り、歪んでいた顔から力が抜けて虚ろな表情になっている。
「あま・・の・・ぶじで・・い・・・て・・・」
 無表情になったまま、みなみは涼平の呪術によって完全に石像になった。
 涼平は右手を引き、光を収束させると、みなみの石の体から淡く光る球が引き出される。
 球は涼平の手元で止まり、光が治まる。その中にはみなみが一糸まとわぬ姿でうずくまって眠っていた。
「白神に仕える巫女なら、その魂の強さも人並み外れたもののはず。だが、霊力の強い魂だけでは、黒神を復活させるには足りない。天乃の力を引き出すことが、絶対の条件だ。」
 涼平はみなみの魂を封じ込めた球を紳士ジャケットの裏ポケットにしまい、きびすを返して天乃を追うためにこの場を後にした。
 後に残ったのは石にされたみなみと、気を失って倒れたゆかりと紅葉だけだった。

つづく


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