作:幻影
「何なんだ、アレは・・・デビルビーストなの・・・!?」
不安の様子を見せて震えている2人の少女の前に立つ悪魔を、夏子は目の当たりにしていた。同じ怪物と思えるが、デビルビーストとは違う。
「街が凍りついたのは、その子のガルヴォルスとしての力だったんだな。」
「えっ・・・?」
悪魔から発せられた声に、夏子は驚きの声をもらす。聞き覚えのある声だった。
悪魔が力を抜くと、その姿が変化する。その姿に夏子は驚愕する。
その姿は、あのときバイクに乗って現れていた黒髪の青年だった。
「こんな・・・あの彼が・・・名前は確か・・・不動たくみ・・・!」
夏子に驚愕と不安が満ちていく。眼前で人間になった悪魔が、あの気さくな青年だった。
「来ないで・・・あなたも、お姉ちゃんを・・怪物だってお姉ちゃんをいじめるでしょ!?」
少女の1人、美優が涙ながらに訴えかける。しかし発動させていた凍結の力は解放しなかった。
「おいおい、何でオレが君の姉ちゃんをいじめなくちゃいけないんだ?オレは見た目にはこだわらないし・・」
たくみは首の後ろに手を当てながら、笑みをこぼす。
「こんな子を危険だの何だのといって傷つけるわけないじゃないか。」
「そうだね。」
視線を向けてきたたくみに、和海も頷く。
「この人たちは大丈夫そうだよ、美優。それに・・」
安堵した彩夏が美優に言い聞かせる。
「この人たち、私たちと同じだよ・・・」
笑みを作り、たくみたちに見せる彩夏。その直後に、2人も微笑む。
しかし美優は、未だに不安の表情を消してはいなかった。
「イヤだよ・・・おねえちゃんが傷つくのを・・・わたし、見たくないよ・・・」
「美優・・・」
「イヤだよ!」
美優は泣きながら、たまらずその場から駆け出す。
「美優!」
彩夏も慌しく妹を追いかける。
「ちょっと2人とも!」
「和海!」
和海も彩夏たちの後を追う。たくみもそんな彼女に続いて追いかけようとする。
が、そこで彼は手に束縛を感じて足を止める。前に進もうとしたところを何かに止められた。
「なっ!?」
何事かと振り向くと、手首に手錠がかけられていた。その視線を上げると、凍りついた街で会った、黒髪の女性警部の顔があった。
「ア、アンタ・・!?」
突然の夏子の登場に驚くたくみ。夏子は顔を強張らせて、彼にかけた手錠のもう一方の輪を握り締めていた。
「悪いけど、私と一緒に来てもらうわよ。」
「ええっ!?」
夏子の言葉に愕然とするたくみ。しかし彼女は顔色を変えない。
「アンタにはいろいろと、聞かなくちゃいけないことがあるのよ。」
念を押してくる夏子に対し、たくみは半ば諦め、ため息をついた。
「和海・・後は任した・・・」
たくみは彩夏と美優を和海に任せ、自分は夏子に連れて行かれることにした。
凍てついた街から泣きながら飛び出してきた美優。悲痛を感じている彼女に、彩夏はついに追いついた。
「待ちなさい、美優!」
彩夏が美優の腕をつかむ。その拍子で美優が足を止める。
「ダメだよ、お姉ちゃん!あのままついていったら、またお姉ちゃんがひどい目にあっちゃうよ!」
「美優、落ち着いて!あの人はあなたと同じ能力を持っているのよ。私のようなビーストとは違う、別の姿を持つ人なのよ。」
「お姉ちゃん・・・」
「だから、私は信じてみようと思うの。あの人たちが力になってくれるって。」
「お姉ちゃんが信じても、私は信じられないよ・・」
それでも美優の不安は消えない。彩夏はひとつ笑みを見せて、
「だったら、お姉ちゃんを信じて。お姉ちゃんなら信じられるでしょ?」
彩夏のこの言葉に、美優の沈痛な面持ちが緩む。
そこへ慌てて駆けつけてきた和海に、2人は振り向く。彼女は息を荒げて、呼吸を整えていた。
「よかったぁ・・追いついたぁ。」
和海が安堵して、彩夏たちに笑みを見せた。
彩夏、美優に追いついた和海は、近くの静かな草原に移動していた。人のいる場所ではいろいろあると考えたからだった。
「ありがとうございます。いろいろ気遣ってもらって・・」
「いいのよ。これも何かの縁なんだから・・えっと・・・」
「彩夏です。牧原彩夏。この子は妹の美優です。」
戸惑いを見せた和海に、彩夏は自分と妹の名前を紹介する。
「そう。私は長田和海。よろしくね。」
「かずみ?」
和海の名を聞いて、彩夏が眉をひそめる。
「ん?どうしたの?」
「いえ、知り合いに同じ名前の人がいるから・・・」
和海がたずねてくると、彩夏はそわそわしながら答える。気になっていながらも、和海はそれ以上聞かなかった。
「ねぇ?お父さんとかはいないの?それとも、2人だけ・・?」
和海が別のことを聞くと、彩夏と美優が沈痛の面持ちになる。
「お母さんはいません。お父さんとは離れて暮らしてるんです。」
(う〜ん、単身赴任かなぁ・・?)
胸中で疑問を持ちながら、あえて和海は聞かずに置いた。
「今は私と美優。あともうひとり・・・」
「もうひとり?誰かと一緒なの?」
「はい・・近くで休んでますので・・・」
「よかったら、その人に会わせてくれないかな?彩夏ちゃんたちと一緒にいろいろ話をしたいし。」
和海のこの言葉に、彩夏は美優の顔を見た。困惑が抜けない面持ちだったが、姉を信頼しているようだった。
「いいですよ。ついてきてください。」
「分かった。でも、そんなに敬語使わなくてもいいよ。」
彩夏の了承に和海も笑みをこぼして頷いた。
デビルビースト対策本部の会議室に連れ込まれたたくみ。そこには彼と夏子しかいない。
彼女は他の警官を外に出した後、部屋の扉の鍵をかけた。たくみの逃亡を抑えると同時に、外部に極力情報をもらさず騒ぎにさせないためである。
「じゃ、いろいろ聞かせてもらうわよ。まず、アンタのあの姿は何なの?あれはデビルビーストとは明らかに違う。」
「デビルビースト?・・ああ、この辺りで見かける連中のことか。」
「アンタ、ビーストのことを知っているの?」
「知り合いからとりあえずは聞いた。人間がバケモノの姿に変わるんだろ?」
たくみの言葉に、夏子は表情を変えずに頷いた。
「デビルビーストは、人間の中にある凶暴性が覚醒して起こる人の進化よ。その野生にとりつかれた人は、獲物を追い求める獣と化すのよ。」
「なるほどな。伊達にここが対策本部になってないわけだ。」
「そろそろ答えてもらうわよ。アンタは何者なの?」
夏子が真剣な眼差しで、改めてたくみに問いかける。
「ああ。あれは、ガルヴォルスっていうんだ。」
「ガルヴォルス?」
初めて聞く総称に、夏子は眉をひそめる。
「ガルヴォルスも人の進化系だ。人とは違った姿に変わって、人を超えた力を使う。だが、ガルヴォルスの死は完全な消滅。石のように固まった後、砂のように崩れて消えてしまう。骨も残らずにな。」
「それで、そのガルヴォルスとデビルビーストの違いは何なの?どちらも人の進化ということだけど、何か違いがあるはずよ。」
「さぁな。オレのガルヴォルスの知識は、他の人からの受け売りだからな。」
たくみはため息をついた後、しばし考え込んだ。
「ビーストが獣だとしたら、ガルヴォルスは悪魔ってことになるのか?いや、待てよ・・だとしたら和海は・・・」
「言わなくていいわ、そのことは。」
夏子は呆れた様子を見せた後、再び真剣な眼差しに戻る。
「それよりも、もしかして、アンタがあの凍結事件が引き起こしたの?」
「え?オレにはそんな凍らせる力なんてねぇよ。オレもそいつを探してたところで、あのとき見つけたとこだったんだ。」
「何ですって!?まさか、あのときアンタの前にいたあの子たちが・・!?」
「ああ。1人はデビルビースト。頭から猫耳が出てたから、見れば分かるだろ。で、もうひとりがガルヴォルスだ。多分、その子があれを引き起こしてたんだ。」
「そんな・・あんな子が・・・!?」
たくみの説明に愕然となる夏子。
「だが多分、あの子は自分の力を抑えられてないみたいだ。感情が乱れて、その拍子で力を暴走させてるんだろ。」
たくみは沈痛の面持ちになり、眼を閉じる。
「多分、何かわけがあるんだろうなぁ・・・」
思いつめるたくみに、夏子もその悲痛さを感じ取った。
力を持ってしまった者の苦悩。周囲からの偏見。それらはデビルビーストもガルヴォルスも変わらなかった。
それでも人の心を持とうとしているたくみのような人も存在している。
問題なのは外見ではなく、その中にある心のあり方。夏子はそのことを改めてかみ締めたのだった。
「おおよそは分かったわ。とりあえず話はこれで終わりよ。」
夏子は椅子から立ち上がり、たくみに背を向ける。
「また話を聞くかもしれないから、そのつもりでね。」
「ああ。だけど、あんまりオレたちのことを広めないでほしい。あんまり騒ぎにしたくないんで。」
たくみが言うと、夏子はひとつ息をついて答える。
「あまり確証をつかんでいないのに、そんなことするはずないでしょ。それに、警察には守秘義務があるのよ。」
「すまない。助かるよ。」
かすかに笑みを見せた夏子に、たくみは安堵して見せた。
夏子に連れられ、たくみは警察署に出ていた。そこでジュンが複雑な心境で待っていた。
「ジュンさん・・・」
たくみも複雑な気持ちになる。夏子はそんなたくみに向かって、
「私が呼んだのよ。近しい人にまで何も言わないのはよくないからね。」
「世話をかけてホントにすまない。恩に着るよ。」
たくみはひたすら頭を下げるしかなかった。
「これはどういうことなの!?何かやったんじゃ・・!?」
心配をしてくるジュンに、たくみは肩を落とす。
「不動ジュンさんですね?」
そこへ夏子が代わりに、ジュンに声をかけてきた。ジュンが頷くと、夏子は話を続けた。
「私は、デビルビースト対策本部を受け持つ、秋夏子です。あなたのことは知っています。」
夏子の真剣な言葉に、ジュンは息をのむ。モデルをしている表の彼女ではなく、ビーストに変貌する裏の彼女を指していた。
「たくみの助言から、事件の犯人を特定することができました。どうか、力を貸してあげてください。」
夏子の言葉にジュンの気が緩む。嫌悪の言葉を投げかけられると思っていた彼女は、意表を突かれる形となった。
胸中で安堵して、ジュンはたくみに視線を向けた。たくみも小さく頷いてみせる。
「行こう。和海が一緒だから大丈夫だとは思うけど・・」
和海と2人の少女の行方を追おうと、外に眼を向ける。するとそこには、たくみのバイクが置かれていた。
「あっ!オレのバイク!」
「部下に頼んで運んできてもらったのよ。あのままあそこに置いておくのは悪いでしょ?」
驚くたくみに夏子が説明する。それを聞いた彼は、自分のバイクを眼で点検する。
「よし。傷はない。キーも付いている。先輩のゲンコツくらわなくてすむぞ。」
点検を終えバイクが無事であることを確認したたくみが苦笑いする。
「2輪車の2人乗りは違反だということは知ってるわね?」
夏子の指摘に、バイクに乗ったたくみが冷や汗をかく。苦笑がさらに強まり、ふとジュンに顔を向ける。
「いいわ。私は後から追いつくから、先に行って。」
「け、けど・・」
「長田さんに必要なのは私よりあなたよ。行ってあげて。」
笑みを見せて見送るジュン。たくみは戸惑いを隠すことができなかった。
「すまない、みんな・・・それじゃ、お先に。」
たくみは喜びをかみ締めて、メットを被ってバイクを走らせた。
和海を連れて、彩夏と美優は街外れの通りにやってきていた。街と違い、人通りが少なくなっていた。
「ところで、和海さん・・」
「何?」
彩夏が声をかけてきて、和海が答える。
「どうして、私たちにここまで優しいのですか?」
「どうしてって・・」
「私と美優は、人とは違った力を持ってます。私は見た目でもそれが分かりますし、美優も街ひとつを凍らせてしまうほどの力があります。だから周りは私たちを嫌ってるのに、あの人や和海さんは・・・」
「私がそうしたいからよ。たくみと同じ理由だと思うわ。」
和海の答えに、彩夏は一瞬虚を突かれた気分になる。
「そうしたいからって・・・それだけ、ですか・・・?」
彩夏はたまらず悲痛の面持ちになる。単純な理由で助けられていいものだろうかと、自問さえしたい心地だった。
「私たちは普通の人とは違う。その気になったら、人なんか簡単に殺せてしまう力を持ってる。そんな私たちを・・・」
「でも、こうして人間でいようとしてるんだよね?」
悲しい顔をする彩夏に、優しく語りかける和海。
「たとえ見た目が人と違ったって、人の心をちゃんと持っていれば、それは人だって言い切れるよ。だから私とだって、みんなとだって分かりあえるよ。」
「和海さん・・・」
「私たちは、心でつなげられると思うから。」
心からビーストとガルヴォルスの姉妹を気遣う和海に、彩夏の張り詰めていた緊張が解かれた。
人でないものになったことでの周囲からの偏見。姉の傷つく様を見せられ、持っていた力を暴走させてしまう美優。
様々なことから、激しく打ちひしがれてきた彩夏にとって、和海の優しい言葉はこれ以上にない励みになった。
「ねえ!着いたよぉ〜!」
そのとき、2人の前を歩いていた美優が足を止め、2人を呼び出した。
そこは1つの区画に置かれた1件の家だった。外からはその庭が見て取れた。
「もしかして、ここが?」
「そう。ここが私たちの家・・少し前までは、お父さんも一緒だったんだけど・・・」
少し気落ちする彩夏。和海も思いつめた表情を浮かべる。
美優は持っていた家の鍵を使い、玄関の扉を開ける。彼女に続いて、彩夏と和海も中に入る。
「お邪魔しま〜す。」
返事が返ってこないと思いつつ、とりあえず挨拶をしてみる和海。
彩夏がリビングの電気をつける。電気はまだ使えるらしい。
「お姉ちゃん?かずみお姉ちゃん、どこ〜?」
「え?私ならここに・・」
「違いますよ。ここで一緒に住んでいる人ですよ。寝てるのかな?」
呼びかけている美優に疑問符を浮かべる和海に、彩夏が訂正を加える。美優が呼んでいるのは、ここにいるはずの人らしい。
「は〜い。」
彼女に答える声が響いてきた。この声に和海は2階へ通ずる階段を見つめた。
「この声・・!?」
聞き覚えのある声だった。先日思い返していた声とピッタリと重なっていた。
その階段を下りてきた人に、彼女は眼を疑った。
「こんな・・こんなことって・・・」
彼女ははじめ、これが夢なのではないかと思った。しかし、これが夢ではないことはすぐにわかった。
短い茶髪。幼さの残る表情。夢でも見間違いでもなかった。
「タッキー・・・」
和海から次第に笑みがあふれてくる。対面したその少女は、紛れもなく滝浦和美(たきうらかずみ)だった。
「えっ?・・・その声・・もしかして・・・」
和美の顔からも笑みが浮かび上がる。
「おーちゃん!」
「タッキー!」
階段から駆け下りてきた和美と和海が抱き合う。叶うはずもない思っていた再会に、2人は喜びを感じ合った。
次回予告
第5話「再会」
滝浦和美は生きていた。
親しき友の再会を、心から喜ぶ和海。
戸惑うジュンに寄り添う和美。
2人の心が再びひとつに紡がれる。
そしてたくみと和海も、その思いを確かめる。
「もう絶対に、和美とは別れないから・・・」