作:幻影
夜が明けて、たくみと和海が戻ってくるのを待ちきれず、飛鳥はシーツにくるまりながらリビングで横になっていた。
朝日が顔に差し込んできたので体を起こすと、隣の部屋から隆が入ってきた。
「おはようございます、先輩。」
「おはよう、飛鳥。たくみくんたちはまだここに来てないんだね?」
「はい。オレも何だか待ちきれなくなって、今までここで寝てしまいました。」
互いに笑みを見せる2人。未だにたくみと和海は店に現れなかったが、2人が無事だと言うことは分かっていた。
「僕も何だか眼が覚めちゃって・・今からコーヒー入れるからね。今度こそ2人が飲みに帰ってくるから。」
そういって隆はキッチンへと進んでいった。自分の手でコーヒーを入れられることを喜んでいる隆の姿に、飛鳥は笑みをこぼしていた。
「ところで、先輩・・」
飛鳥が沈痛な面持ちでたずね、隆がティーカップを取り出しながら聞き耳を立てた。
「もし、自分たちの周りに怪物が現れて、その怪物と共存することはできると思いますか・・・?」
「えっ・・?」
唐突に奇妙なことを聞かれ、隆が飛鳥のほうに振り返る。一瞬きょとんとなるが、隆は笑みを見せて答えた。
「その怪物に、人の心があればね。」
「心が・・」
落ち着いた様子の隆に対し、飛鳥は思わず唖然となる。
「僕はこう思うんだよ。何事も何ものも、外見だけで判断してはならない。怪物の中にも人の心を持ったのもいるかもしれないし、人の心を失くした人間だっている。大事なのは中身だよ。」
「そうか・・・すいません、先輩。つまらないことを聞いてしまって・・」
「いいよ、いいよ。僕もそういう話は嫌いじゃないから。」
飛鳥を励ますように笑いかける隆が、ティーポットに湯を注ぎこむ。
人間とガルヴォルスの共存を望む飛鳥。しかし度重なる悲劇の連続で、彼の理想は次第に揺らぎだしていた。そんな彼のかたくなになっていた心を、隆の暖かい言葉が解きほぐしたのだった。
(ありがとう・・柊先輩・・・)
胸中で飛鳥は、隆に向けて感謝の言葉をかけた。
「おはよう、お兄ちゃん、総一郎。」
そのとき、眼を覚ました美奈が笑みを見せながら部屋に入ってきた。
「おはよう、美奈。」
「まだ、和海たち来てないんだ。」
たくみと和海が来るのを待ちきれない様子の美奈に飛鳥がうなずく。
2人が元気な姿を見せてくるのを待ちわびているのは、ここにいる3人とも同じだった。
「はい、コーヒーが入ったよ。目覚ましの意味も込めて、どうぞ。」
コーヒーを入れたカップを飛鳥と美奈に渡す。
美奈はすぐに砂糖の入った箱に手を伸ばした。彼女はコーヒーは甘くしないと飲めないのである。
そんな彼女に笑みを浮かべて、飛鳥もコーヒーカップに手を伸ばす。
そのとき、彼はただならぬ何かを感じ取って、カップをつかもうとした手が止まる。
(な、何だ、この気配は・・・!?)
突然飛鳥が立ち上がり、その異様な雰囲気に美奈と隆が息をのむ。
(これはたくみたちじゃない。そもそもこれはガルヴォルスじゃない!しかも複数・・・)
「飛鳥?」
疑問を感じる隆の呼びかけにも答えず、飛鳥がゆっくりと店のドアに近づいていく。剣幕の表情のまま。
(ドアの前にいる・・・!)
「逃げろ!早く!」
飛鳥が顔を強張らせて叫ぶ。何が起こったのか分からず、隆と美奈が一瞬呆然となる。
その瞬間、ドアが力強く開け放たれ、外から何者かが入り込んできた。そして、手にした銃の引き金を引き、発砲してきた。
飛鳥は驚きを隠せない美奈と隆を支え、裏口から店を出る。
弾丸の群れは、店にあった食器やケーキを次々と撃ち抜き破壊していく。屈託のない隆の店が、引き金を引く指によって崩壊していく。
やがて銃声が治まり、店の中はにごりのある煙が漂っていた。複数の人影の前に1人の人物が歩み出る。
「どうやら逃げたようだな。周辺をくまなく探せ!まだ近くにいるはずだ!」
指示を出すと、集団は敬礼を送り店の外へと散っていった。和やかな雰囲気のある隆の店は、恐怖の色に染め上げられて崩壊した。
突然の襲撃を間一髪のところで逃げ延びた飛鳥たちは、駅前の大通りへ駆け込んでいた。人ごみに紛れて、集団の追撃を逃れようとしていた。
「いったい、何がどうなってるの・・!?」
美奈が困惑しながら息をつく。飛鳥と隆は襲撃に対して周囲を警戒する。
(あれはガルヴォルスではなく、人間だった。なぜ・・先輩も美奈も恨みを買うような人じゃないし・・・まさか、オレが!?)
「飛鳥。」
考え込む飛鳥に隆が呼びかけた。飛鳥は慌てて顔を向ける。
「先輩・・・店のほう・・・」
「大丈夫だよ。店は舗装すれば何とかなるよ。それにしても、2人とも無事でよかった。」
気落ちする飛鳥に、隆が笑みを見せる。飛鳥と美奈の無事を案じての心遣いだった。
「とにかく、移動するなら早くしたほうがいいんじゃない?和海のことも心配だし・・」
美奈が心配そうに2人に呼びかける。頷いた2人は再び周囲を見回す。
店のあったほうから、襲撃をしてきた軍服を着た人物が数人駆け込んできていた。彼らは通行人さえも押しのけ、飛鳥を狙うことのみに専念して行動していた。
「なんてムチャクチャな・・!」
「急ごう、美奈、先輩!」
あわただしく言う美奈。飛鳥が2人を促して、その場を立ち去る。
彼らを追う軍人たちは、からんできた一般人にさえ発砲を加え、警察も黙って見届けるだけだった。
飛鳥たちはひとまず、たくみたちと合流するべく彼のマンションを目指した。心当たりのある場所で1番いる可能性が高いからだ。
しかし、中央広場に駆け込んだところで、飛鳥たちは軍人たちに囲まれた。
軍人が彼らに銃口を向け、それを指揮していると思われる軍人が前に出てきた。
「な、何なんだ、これは・・!?」
飛鳥が顔をこわばらせて問いかけると、指揮官が冷静沈着な口調で答えた。
「我々はガルヴォルスの殲滅を任された特別編成部隊だ。飛鳥総一郎、いや、ドラゴン・ガルヴォルス!」
「えっ!?」
指揮官の指摘に美奈が驚く。
「お前たちガルヴォルスは我々人間にとってあってはならない存在。よってこの場でお前を排除する!」
指揮官も手にしていた銃を飛鳥に向けてかまえる。
「やめろ!」
困惑する飛鳥と美奈の前に隆が立ちはだかる。
「何だ、お前は?邪魔をするならたとえガルヴォルスでなくても容赦しないぞ!」
指揮官は顔色を変えずに銃を突きつける。それでも隆は退こうとはしない。
「待ってくれ!ガルヴォルスというのが何なのかはいまひとつよく分からない。でも、あってはならないなんてものはない!」
「先輩・・・」
「お兄ちゃん・・・」
「たとえ違う種族でも、心が通じ合えば分かり合えるはずだ!」
戸惑う飛鳥と美奈の前で、隆が軍人たちに言い放つ。同じ人間の心を持つ者同士なら、必ず分かり合えると隆は思っていた。そして飛鳥も。
「・・言いたいことはそれだけか?」
指揮官は真顔で隆たちに鋭い視線を向ける。隆の真剣な顔がこわばる。
「ガルヴォルスは人間に牙を向ける。その犠牲になった人たちの数は少なくない。そんな相手と分かり合えると思っているのか!?ふざけるのもいい加減にしろ!」
怒号とともに指揮官は発砲した。弾丸は隆の眼前のコンクリートの地面に命中した。
「今のはただの威嚇だ。だが次は外さん。死にたくなかったらそこをどけ!」
指揮官が再び隆たちに銃口を向ける。
「逃げるんだ、先輩!」
飛鳥が飛び出し、体を張る隆を後ろに突き飛ばした。指揮官の放った銃弾が、飛鳥の右肩に当たった。
「総一郎!」
「飛鳥!」
美奈と隆が出血する肩を押さえて顔を歪めている飛鳥に駆け寄る。
「く、来るな・・・早く、逃げ・・・!」
飛鳥が必死に声を振り絞るが、2人は聞かずに彼を起こそうと手を貸す。
「これは好都合だな。どちらにしても、お前は我々に駆逐される以外に道はない。次でとどめをさしてやる!」
傷ついた飛鳥に向けて、指揮官は非情な態度で銃をかまえる。周囲の軍人も銃をかまえて飛鳥たちを敵視している。
「先輩、オレは大丈夫です・・美奈を連れて逃げてください・・・!」
「飛鳥、何を言ってるんだ!早く病院に連れて行かないと!せめてたくみくんたちのところまで・・!」
振り払う飛鳥に隆が血相を変えて言い返す。傷ついた飛鳥を放っておくことなど、情の強い隆にはできないことだった。
「相手はガルヴォルスだ!お前たちも撃て!」
指揮官が軍人たちに命令を下す。その直後、軍人たちは手にかまえている銃の引き金を引き、発砲を開始する。
「飛鳥!」
隆が美奈と傷ついた飛鳥の前に立ちはだかった。放たれた弾丸の群れが、背中を見せた隆に撃ち込まれる。
「ごはっ!」
隆が嗚咽して、力なく飛鳥と美奈に倒れかかる。
「先輩!」
「お兄ちゃん!」
飛鳥と美奈はこの出来事に眼を疑った。2人をかばった隆の背中には痛々しいほどの鮮血が滲んでいた。
「飛鳥、美奈・・大丈夫だったみたいだね・・・」
「先輩・・・オレたちをかばって・・・!」
笑顔を作る隆に、飛鳥が体を震わせる。
「先輩、どうして・・・!?」
「飛鳥・・僕の性格は分かってるはずだよ・・・誰かを守るためなら、体を張るって・・・」
自分の思いを飛鳥と美奈に語る隆。しかし彼の声は弱々しかった。
「飛鳥、僕は知っていたよ。きみが何らかの事件の当事者だってことは・・・」
「先輩・・・」
「詳しいことまでは分からなかったけど、あえて聞こうとはしなかった・・・きみや美奈のことを思ってしたことだったけどね・・・」
「お兄ちゃん・・・しっかりして、お兄ちゃん!」
美奈が大粒の涙を流して叫ぶ。そんな彼女の頬に、隆が優しく手を差し伸べる。
「大丈夫だよ、美奈・・・お兄ちゃんはこんなことじゃ負けないよ・・・新しく店を出して、またみんなとにぎやかにケーキを作っていくんだ・・・」
「お兄ちゃん・・・」
「み・・・な・・・」
微笑む隆の手が美奈のつかむ手からこぼれ落ちる。脱力して崩れ落ちる。
「先輩・・・?」
飛鳥は何が起こったのか一瞬分からなかった。
「柊先輩!」
飛鳥が信じられない気分で叫んだ。隆が自分たちをかばって命を落としたなどとは、とても信じられなかった。
美奈も隆にすがって泣きじゃくった。兄がこんなかたちで死ぬなんて。
「バカなヤツだ。ガルヴォルスをかばい立てして、自ら死を選ぶとはな。しかも、それは無駄死にしかならないということも分からずに。」
なおも銃をかまえる軍人たちの言葉。それが飛鳥の悲しみを怒りに変えた。
隆を美奈に預けて、涙ながらにゆっくりと立ち上がる。
「総一郎・・・?」
呆然と呟く美奈に、飛鳥は振り向かずに口を開く。
「美奈、オレの本当の姿から、眼をそらさないでほしい・・・」
「えっ・・・?」
飛鳥の言葉の意味が分からず、美奈が聞き返す。
「これがオレの、本当の姿だ・・!」
飛鳥が両手を強く握り締め、全身にも力を込める。
「あああぁぁぁぁーーーーー!!!」
天まで響きそうな飛鳥の叫び。彼の顔に異様な紋様が浮かび上がる。
「飛鳥・・・?」
美奈は飛鳥の変化を理解できないまま見つめる。すると彼の姿が、龍を思わせる怪物へと変わった。
「あ、あす・・・!?」
美奈が飛鳥の姿に眼を疑い、唖然となる。飛鳥は深く息を吐いて、紅い眼光を軍人たちに向けていた。
薄明かりの灯る大きな部屋。その1つの明かりに照らされる、1人の少女が立っていた。
彼女の着ている服はほとんど破けていて、さらけ出された肌は白くひび割れていた。
「わ、わたし・・・石になってく・・・」
少女は息を荒げながら声をもらす。彼女は左腕、左胸、尻、秘所が白い石に変わっていた。
「どう?もう気持ちよくなってきたでしょ?」
そこへ1人の女性が歩み寄ってきた。長い髪をなびかせて、少女に妖しい笑みを見せていた。
「これは新しい命を生み出すためのもの。あなたはその世界を広げるために、私に全てを委ねるのよ。」
女性は動けない、いや、動こうとしない少女の石化した胸に手を当てた。自分の胸を撫でられ、少女のあえぎ声がさらに強まる。
「こうされるともっと気持ちよくなってくるでしょう?私の石化はその人を心地よくさせる。戒めともいえる衣服を全て剥ぎ取り、生まれたときの解放された姿のままでい続けられるのよ。」
ピキッ パキッ
少女の石化がさらに広がる。少女に固まっていく衝動と女性に撫でられる感触が襲う。
石化は少女に固まった部分を満遍なく触れられている感覚を与えていた。こみ上げてくる快感がたまらなくなっているが、石になった秘所からは愛液は出なくなっていた。
「これから、どうなるの?・・このまま石になって、この気持ちをずっと感じていられるの・・・?」
少女が小さく笑みをこぼしながら女性に語りかける。すると女性は笑みを見せたまま頷く。
「そうよ。あなたは私のオブジェとして、ずっと私と一緒にいるのよ。大丈夫。私の石化は絶対に壊れない。私に任せておけば、あなたは永遠に生き続けられるのよ。きれいな姿のままね。」
女性は少女の紅くなった頬に手を伸ばす。開放感に身を沈めて、少女は女性に弄ばれる。その行為を彼女自身も楽しみながら。
パキッ ピキッ
石化は少女の手足の先まで達し、女性の触れる頬にまで及び始めた。まるで石像になることを望んでいるかのような笑みを少女は浮かべていた。
「そうそう。笑ってくれないと、これからが楽しくならないからね。」
女性も笑みを返し、少女の顔が石に包まれていくのを見つめる。笑みを形作った唇もツインテールをかたどった茶髪も白く固まっていく。
フッ
そして爛々と輝いていた瞳にも亀裂が入り、少女は一糸まとわぬ石のオブジェとなった。
「これで、また新しい世界への道が開かれたわ。」
女性は少女の唇に自分の唇を重ねた。彼女も自分の愛情に快楽を感じていた。
「石化が完了すると同時に意識を失うけど、それが戻ると意識も感覚も残ったまま。十分に実感できるわ。世界に光が差し込む光景を。」
女性は唇と離した後、少女の石の体にさらに手を伸ばした。今の少女は意識を失っていた。
女性は少女の体をさらに撫で回した。手足、胸、尻、秘所。女性は抗うことのない少女を弄んだ。
しばらく触れていると、女性は少女から体を離した。
「そろそろ出かけなくちゃならない時間ね。」
女性は腕時計を見て、少女に背を向けた。
「また会いに来るわよ。この乱れた世界を変えるためにもね。」
女性はゆっくりと部屋を出て行く。彼女と少女の後ろには、多くの裸の女性の石像が並べられていた。
(あなたたち2人が、この世界の新しいアダムとイヴとなるのよ。それがあなたたちの罪の償いとなるのよ。悪魔と天使、不動たくみ、長田和海。)
女性は唇に手を当てて微笑みながら、廊下を歩いていく。2人のガルヴォルス、たくみと和海を見据えながら。
次回予告
第19話「破滅への序曲」
平和を志す非情の正義。
その弾丸が飛鳥の思いを粉々に撃ち砕いた。
そしてその矛先が、たくみと和海にも迫る。
人間とガルヴォルスの対立。
たくみたちの新しい戦いが始まる。
飛鳥に未来は訪れるのか?
「オレは・・オレは今まで何をやってきたんだ!!」