ガルヴォルス 第19話「破滅への序曲」

作:幻影


 たくみに髪を短くしてもらった和海。背中に差しかかるくらいに伸びていた彼女の髪は、肩の辺りで切りそろえられていた。
 切られた髪のかかったシーツをたくみが払う。
 ハサミの使い分けや丁寧な散髪は、バイトによって身に付けた賜物だった。
「まぁまぁって感じだな。プロには遠く及ばないけど、素人には負けてないな。」
「そうね。ありがとう、たくみ。おかげで散髪代ういちゃったよ。」
「おいおい、オレみたいなのに感謝するなんてな。」
 たくみがからかうように笑う。和海も振り向いて笑みをこぼす。
「さて、今度こそ隆さんのところに行きますか、たくみ。」
「ちょっと待っててくれ。ハサミとシーツを片付けてくるから。」
 そういってたくみは、ハサミセットとシーツを持って自分の部屋に駆け込んでいった。短くなった髪をなびかせて、すがすがしく深呼吸する和海。
(これで秀樹さんのことは忘れる。これからはたくみやみんなと精一杯生きるのよ。)
「たくみ、早くしないと置いてくよ!」
 決意を決めた和海が満面の笑顔でたくみに呼びかける。
「あ、おい、ちょっと待ってくれって!」
 たくみが慌しく部屋を飛び出し、足をつまづいて前のめりに倒れる。その姿に、和海は思わず笑いをこぼしていた。
 2人の思いは、みんなと精一杯生きること。その思いを胸に秘め、たくみと和海は歩き出した。
 その願いが、もう叶うことはないとも知らないまま。

 怒りの変身を遂げた飛鳥。龍の姿となった彼を目の当たりにして、美奈も軍人も言葉を失っていた。
「そう・・いちろう・・・」
 美奈は困惑してその場に座り込んでしまっていた。
「・・・ついに正体を現したか。だが、それもムダなこと。」
 指揮官が手で合図を出すと、銃を2つ持った1人の軍人が、そのうちの1つを指揮官に渡した。
「この新兵器、液体窒素弾は、生ある全てのものを凍結させる。たとえガルヴォルスの再生能力といえど、これを受ければ助かる見込みはないぞ!」
 指揮官が叫ぶと、軍人がいっせいに銃口を飛鳥に向ける。飛鳥は怒りを、荒々しい空気を体から放っていた。
「美奈、これからオレがすることに、眼を背けないでほしい。」
 飛鳥の声に、美奈は頷くことさえせず、ただ呆然と彼を見つめるだけだった。
 彼女の答えを聞かないまま、飛鳥は右手から剣を出現させる。その切っ先を指揮官に向ける。
「その剣1つでは我々の攻撃をかわすことはできん。1発でも受ければ、次第に細胞を凍てつかせ、死に至らしめることだろう。」
「それがどうした?何よりかわす必要はない。」
 余裕の混じった指揮官の言葉を飛鳥は一蹴する。指揮官は眼を見開き、疑問符を浮かべる。
「お前たち全員、この剣で切り裂く!」
 言葉を終えた直後、飛鳥は機敏な動きで詰め寄り、剣を突き立てて指揮官を貫いた。引き金を引く間もなく、指揮官から鮮血が飛び散り、無言のまま仰向けに倒れる。
「た、隊長!?」
 一瞬の出来事に、他の軍人たちが動揺を見せる。
「うろたえるな!1発でも当てれば、そいつを倒せるんだ!」
 別の軍人が冷静を取り戻して、改めて指示を出す。指揮官から剣を引き抜いた飛鳥が彼らに振り返る。指揮官は事切れて、砂のように崩れた。
 発砲を開始する直前、飛鳥は龍の翼を広げて跳躍する。凍結の弾丸をかいくぐり、剣を振りぬいて軍人に斬りかかる。
 反撃に徹しようとする者、混乱し逃げ惑う者。中央広場は壮絶な場所となった。その中で、怒りに身を任せた鬼と化した飛鳥が軍人たちを切り裂き、消滅の末路へと向かわせていた。
 そして想像を絶する混乱が治まったその場所は、おびただしい流血と、砂になった軍人たちの亡がらが残るだけだった。
 立ち尽くしてうつむく飛鳥と、彼を呆然と見つめる美奈。彼女の顔にも知らないうちに鮮血が飛び散っていた。
「総一郎・・・」
 美奈がやっとのことで我に返る。ゆっくりと立ち上がると、そこには刀身が血でぬれた剣を下げている龍の姿を発見する。
 剣を地面に落とした龍の姿が、血で体を濡らした飛鳥へと変わった。
「こ、こんな、ことって・・・」
 美奈が信じられない様子で飛鳥を見つめる。まるで別人とも思えた彼に、近寄ってやるのもためらった。
 恐る恐る見つめると、彼は眼から涙を流していた。
「総一郎・・!」
 美奈は眼の前にいるのが、正真正銘の飛鳥であることに気付いた。彼は何一つ変わっていなかった。怪物へと姿を変えても、心は飛鳥のままだった。
「美奈・・・」
 飛鳥がおもむろに美奈に振り返り、悲痛の表情を見せる。
 彼は血みどろになった地面に両手を打ちつけ、悲しみに暮れる。その辛さが美奈にも伝わり、彼女も涙を浮かべる。
「先輩・・ヒロキくん・・・オレは・・オレは今まで何をやってきたんだ!!」
 飛鳥が悲痛にあえいで泣き叫ぶ。
 共存を望んだ彼の理想の崩壊。心の支えになってくれた隆の死。それらが彼を悲しみのどん底に突き落としていた。
 美奈はそんな彼に近寄ることができなかった。彼女も同じ気持ちと境遇であったし、あまりにも非情な現実と人間の心のなさに憎悪を抱いていたからだった。
 惨劇の場となった中央広場に、飛鳥の悲痛の絶叫がこだましていた。
「これはまた悲惨になったものね。」
 そのとき、1人の女性が悠然とした態度で中央広場に現れた。悲しみに暮れていた飛鳥と美奈が彼女に振り返る。
「これは、あなたがやったのね、飛鳥総一郎?」
 女性は妖しい笑みを浮かべて聞いてきた。飛鳥が戸惑っていると、女性は話を続けた。
「心配しないで。私はあなたたちに何もしないわ。」
 2人をなだめようとする女性。しかし飛鳥と美奈の警戒心は解かれなかった。
「状況はある程度理解してるわ。美奈さん、あなたのお兄さんのことは、心苦しく思ってるわ。」
「あ、あなたは・・・?」
 美奈は思い切って女性に聞いてみた。
「これは失礼。私は不二あずみ。ガルヴォルスについての調査をしているの。」
「ガルヴォルス・・?」
 あずみの言葉を美奈は理解に苦しんだ。しかし飛鳥が血相を変えて、彼女に歩み寄ってきた。
「これはどういうことですか!?なぜ、人間がオレを・・・やっぱり、オレがガルヴォルスだから・・・」
「・・・その通りよ。」
 沈痛な面持ちで答えたあずみ。飛鳥が後ろめたい気持ちに襲われる。
「ガルヴォルスの存在を知った政府の人間が、ガルヴォルスを危険因子として軍を動かしてきたのよ。そしてその矛先が、あなたにも向けられたわけよ。」
「そ、そんなことが・・・そのために、隆さんが・・・!」
 あずみの語る真実に、飛鳥が苛立ちを隠せなくなる。
「彼らの指摘は間違いではないわ。ガルヴォルスの中には、心を失くした獣同然のものもいるのだから。おそらく、彼らはその凶暴性を恐れたのね。」
 あずみは悲しみを込めた眼差しで周囲を見渡す。血でぬれたこの場所は、彼ら以外に生きている人はいなかった。
「でも、人間にも非のあるところはあるわ。自分とは違った存在、意見は受け入れず、ときに相手の命を平然と絶つこともある。現に彼らはあなたを殺すために、かばい立てした隆さんを容赦なく手にかけた。」
 あずみは硬直したように動かなくなる飛鳥の肩に手をかけた。
「あなたは今まで、あのようなのとの共存を考えていたのよ。」
「こんな・・・!」
 あずみの言葉に飛鳥は怒りを募らせる。非情な態度で隆を殺した人間を。そして彼らと共存しようとしていた自分の過ちを。
 あずみは今度は当惑している美奈に歩み寄る。
「あなたも、こんな不条理を許せるはずがないよね?」
 あずみの問いかけに、美奈の揺らいでいた気持ちがこみ上げてきた。
 目的のためなら手段を選ばない人間の非情さ。兄である隆の命を奪った正義。そして何よりも、ガルヴォルスという忌まわしき存在。
 美奈の中に憎悪がふくらんでいく。
「あなたは、何とかできますか・・?」
 美奈が鋭い視線をあずみに向ける。
「あなたと飛鳥さんが、力を貸してくれるならね。」
 あずみが微笑んで頷く。
「でも、ひとつ約束してくれますか?私の大切な人たちは、助けてあげる、と。」
「不動たくみと長田和海さんね・・・私もそのつもりよ。でも、とりあえずあの2人にも話をしないとね。」
 あずみが笑みを見せると、美奈も笑みをこぼす。飛鳥も2人の意思に同意していた。
 ガルヴォルスの凶暴性は命を無差別に奪う。人間の非情さは心優しき人までも手にかける。こんな不条理が許されていいのだろうか。隆は報われないのだろうか。
 この乱れきった世界に平穏を呼び戻すためには、人間とガルヴォルス、双方を排除しなければならない。あずみは、その答えを知っていて、飛鳥たちがその力となれるという。
「じゃ、私はちょっと用があるから。」
「どこへいくというんだ・・?」
 離れようとするあずみに、飛鳥が問いかける。あずみは振り返らずに答える。
「相談よ。たくみと和海さんに。」
「それならオレたちが。彼らならオレたちのほうが。」
「ここは私に任せて。大丈夫よ。私にも、力があるから・・・」
 あずみが微笑みかけて、再び歩き出した。
(これでいいわ。彼らには悪いけど、飛鳥と美奈さんは私のために働くことになった。)
 飛鳥たちにしかけた軍人たちが、あずみが指揮していたものだということを、飛鳥と美奈は知る由もなかった。

 隆の店に戻ってきたたくみと和海。彼らはその変わり果てた姿に眼を疑った。
「これって・・・!?」
 和海が困惑して、崩壊した店の中をのぞく。たくみもその後に続く。
 中はわずかに煙が残っていた。ケーキや皿が床や壁に散乱し、和やかな雰囲気はそこにはなかった。
「誰が・・・誰がこんなことを・・・!」
 たくみは憤慨して、周囲を見回す。
「隆さんがいない・・・飛鳥さんも美奈も・・・!」
 和海がこの場にいたはずの3人の姿を探す。しかし、そこには3人どころか、人ひとりの気配さえなかった。
 リビングの奥に入っていくと、裏口の扉が大きく開け放たれていた。
「多分、ここから逃げたんだ。銃を撃ったときの煙はあるが、血は見当たらない。」
「それって・・」
「殴られたり締められたりしてなきゃ、まだ生きてることになる。外のどっかにいるはずだ。徹底的に探して、飛鳥たちを合流するぞ!」
 たくみは頷いた和海とともに、裏口から外に出た。前の道路で左右を見回し、思い当たる場所を探る。
 そして再び駆け出そうとしたたくみが、ふと足を止める。
「どうしたの、たくみ?」
 和海が止まったたくみに声をかける。
「和海、今のお前なら気付いてると思うんだけどな。」
「えっ?」
「近くに、ガルヴォルスがいる。」
 たくみの言葉に和海の警戒して周囲に気を配る。
「感じる。私にも分かるわ。確かに、近くに誰かいる。」
 ガルヴォルスは人の進化。普通の人間の能力をはるかに超えている。集中すれば、近くにいる特定の人物を察知することも可能である。同じガルヴォルスならより探しやすい。
 たくみと和海が同時に同じ方向を向く。道路の先から、白い長髪をした女性が近づいてきていた。
「アンタも、ガルヴォルスなのか・・?」
 たくみが緊迫した面持ちで女性に呼びかける。すると虚ろな表情をしていた女性が少し顔を上げて答えた。
「私の名は七瀬。氷の力を持つガルヴォルス。」
 七瀬と名乗った女性の顔に紋様が走る。彼女の姿が白と黒で彩られた、ペンギンへと変わっていった。
「やっぱガルヴォルスか・・!」
 たくみが舌打ちしたと同時に、七瀬が口から白い風を吹きかけてきた。風は勢いがあり、一瞬にして虚を突かれた和海を包み込んだ。
「キャッ!」
「和海!」
 たくみが自分の身をかばいながらうめく。両腕で自分の身を守る和海の体が白い氷に包まれ、氷像のようになった。
「和海!」
「女には美しい姿がお似合い。そして最高の美しさは、この氷のように透き通った白色。」
 七瀬が無表情で凍りついた和海を見つめる。心の中で彼女の姿に喜びを感じていた。
「こ、このヤロー・・・!」
 たくみが怒りを見せて、悪魔に姿を変える。しかし七瀬は表情を変えない。
「ガルヴォルスでも体を凍らされれば生きてはいられない。私のように寒さに強くなかったら、とても長生きできない。」
 再生能力の強いガルヴォルスの細胞も、凍結されればその機能を発揮しない。同じガルヴォルスでありながら、七瀬はその弱点の攻撃と克服を兼ね備えていた。
 しかし次の瞬間、氷像にされたはずの和海の体が光り出した。
「えっ・・?」
「な、何だ!?」
 たくみと七瀬が眼を疑った。七瀬は驚いた様子を見せていなかったが。
 和海の体に付着した氷に亀裂が入る。そして彼女の背中から輝きをまとった翼が広がった。
「そんな・・」
 七瀬が動揺の混じった声を発した直後、氷は光に弾かれたように砕け散った。そこから天使を思わせるような姿の和海が出現した。
「こんな・・・私の氷が破られるなんて・・・」
「私はこの翼の力で、アンタの吹雪から身を守ったのよ。だから完全に凍らされることはなかったのよ。」
 戸惑う七瀬に和海が真剣な眼差しを向ける。ガルヴォルスとして覚醒した彼女の翼が、吹雪に包まれた体を凍結から守ったのである。
「和海・・・よかった・・・」
 たくみが和海の無事に安堵の吐息をもらす。彼に笑みを見せた後、和海は視線を七瀬に戻す。
「この翼の前では、アンタの氷は通じない。いつまでもたくみに守られてるわけにはいかないからね。」
 和海が右手を七瀬に向け、いつでも攻撃と迎撃ができるように備える。表情には出さないものの、七瀬には困惑がうかがえた。
 勝機を失った七瀬はきびすを返し、逃避を始めようとしていた。和海は翼をはためかせ、羽根を数本放つ。
 矢と化した羽根は七瀬の足元をわずかに外した。その衝動によって、七瀬が足をとられてつまづく。
「私は殺さない。だけど、逃がすつもりもないよ。」
 和海が倒れた七瀬にゆっくりと近づく。勇敢ともいえる天使の姿に、七瀬は抵抗手段を見失っていた。
「もうやめて。ガルヴォルスも元々は人間なんだから、私たちともきっと分かり合えるはずだよ。」
 和海は天使の翼を収めて、微笑みかけて手を差し伸べる。彼女に七瀬は戸惑った様子を見せる。
「危ない、和海!」
 そのとき、たくみが血相を変えて、和海を抱えて後ろに飛びのいた。届きそうだった和海と七瀬の手が離れていく。
 その直後、空から一条の光が降り立ち、呆然となっている七瀬を貫いた。
「なっ!?」
「なに、あれ!?」
 たくみと和海が閃光に言葉を失った。光に貫かれた七瀬の体が絶命して砂に還る。
「い、いったい何なんだ・・・とんでもない光が・・・」
 たくみが閃光の跡を見つめて唖然となる。閃光の威力は、簡単に七瀬を塵にし、その周辺を黒く焦がしたのである。
「危ないところだったわね、2人とも。」
 妖しく語りかけてきた声に、たくみと和海が振り返った。
 その先には、腕組みして2人を見つめていたあずみの姿があった。
「ア、アンタ・・・!?」
 たくみが驚いて、悪魔から人間へと姿を戻した。動揺を隠せない2人と悠然としているあずみが向き合っていた。


次回予告
第20話「女神の中の2人」

たくみと和海の前に現れたあずみ。
敵対の意を示した人間とガルヴォルスの対立。
人類の脅威となる神の出現。
その力とは?
そしてたくみの前に立ちはだかる者とは?

「こんな世界を変えるには、もう神さまに頼るしかないのよ・・」

つづく


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