ガルヴォルス 第10話「金属の恐怖」

作:幻影


 和海とのすれ違いで途方に暮れていたたくみ。彼からは気の抜けたため息ばかり出ていた。
 揺らいで辛い思いをしている和海を救いたい。かたくなになった彼女の心を解き放したい。揺るぎない決意を秘めていながらも、たくみはそれを成し遂げることができずにいた。
 迷いうつろうたくみの前に、ジュンがゆっくりとした歩調で近づいてきた。
「ジュン・・・」
 たくみがジュンに気の抜けた声をかける。するとジュンはため息をつく。
「どうしたのですか、たっくん?そんな顔はアンタらしくないですよ。」
 ジュンが律儀な態度を取り繕う。
「さっき、和海さんと会ったよ。」
「な、何だって!?」
 ジュンの言葉にたくみが声を荒げ、彼女に詰め寄る。その切羽詰ったような様子に、ジュンは少し戸惑う。
「ま、待って!今、彼女も迷ってるわ。自分が今どうしたらいいのか。何とか心を整理して、答えを見つけようとしているの。」
「けど・・!」
「もう少しだけ待ってあげて。落ち着いたら、和海さんのほうから話しかけてくるから。それまで待ってあげても大丈夫だから。」
 今すぐ駆けつけて声をかけてあげたいという気持ちが、ジュンの願いを込めた言葉に制される。
 もしも彼女の言葉どおりにして、和海が自分に対して心を開いてくれるなら、たくみは彼女の言葉に従いたいと思っていた。
「分かったよ、ジュン。でもこれだけは聞かせてくれ。和海はどこにいるんだ?そして、会って何を話したんだ?」
 たくみが沈痛の面持ちでジュンに問いかける。ジュンは少し当惑した様子を見せてから答えた。
「彼女なら多分、街の中央広場にいるはずよ。でも会って別れたのは、今から10分ぐらい前のことだし、もう移動しちゃってることも・・」
「そうか・・ならそんな遠くにはいってないはず・・」
「話したことは・・たいしたことじゃないわ。ちょっと励ましの言葉をかけたぐらい、かな?」
 ジュンが和海と話したことを思い返す。彼女はたくみに対する自分の気持ちを語り、和海のたくみへの思いも知ることができた。そして、2人が話し合うきっかけを作るまでに進展が成功したのである。
「そうか・・・ありがとう。いろいろ気を遣わせちまって・・」
 たくみが屈託のない言葉をジュンにかける。
「いいのよ。たっくんのことはいろいろ知ってるからね。こんな私だから、2人の仲を取り持ってあげたいと思っちゃうんだよね。」
 照れ笑いを浮かべるジュンに、たくみは思わず苦笑する。
 自分と和海のために、ここまで力を貸してくれる彼女に、たくみの心に安堵の気持ちがふくらんできていた。
 そのとき、ふと振り向いたたくみの視線の先、広場のほうから、1人の人影が近づいてきていた。外見上、年齢はたくみと変わらないほどの男で、不敵な笑みを浮かべながら彼らのほうに近づいてきていた。
 男はたくみとジュンの眼前で止まり、2人の姿を見つめる。
「な、何だ、お前は・・!?」
 たくみが困惑した様子で男を見据える。
「お前か、不動たくみっていうのは?」
「だったら何だってんだ・・!?」
 男が不敵に問いかけ、たくみが怪訝そうに答える。
「お前もガルヴォルスなんだってな。ヘヘ・・」
 男の言葉に、たくみとジュンが身構える。
「お前もガルヴォルスなのか!?」
「そうさ。オレは黒田鉄也(くろだてつや)。教えといてやるよ。」
 不敵な笑みを見せる男、鉄也。
「和海って女を探して必死でいるようだな。全くご苦労なことだな。」
「何だと!?お前、和海をどうしたんだ!?」
「クッフッフ・・さぁな。」
 憤慨するたくみに、鉄也が憮然とした態度を取る。
「ふざけるな!」
 たくみが声を張り上げ、悪魔の姿に変身する。その姿を目の当たりにして、鉄也がさらに笑みを強める。

 ヒロキの死によって心を重く沈めていた飛鳥と美奈は、ひとまず店に戻ってきた。店のキッチンでは、隆が新しくコーヒーの湯を暖めていた。
「美奈、飛鳥くん・・」
 隆は飛鳥たちの落ち込んだ様子を見て、言葉を切り出すのをやめた。
「先輩・・・」
「お兄ちゃん・・・!」
 飛鳥が沈痛の面持ちで言葉をもらし、美奈が隆にすがって泣き始めた。隆は何も言わずに美奈をを抱きとめた。
 彼にも気付いていた。ヒロキの身に何かが起きて、帰らぬ人になったことを。
「とにかく、疲れただろう・・少し休もう。不動くんたちが帰ってくるのを待ちながら。今、コーヒー入れてくるから。」
「すみません、先輩・・・」
 悲しみに暮れながら、飛鳥は隆に向けて笑みを作る。

 悪魔への変身を遂げたたくみが、鉄也に鋭い視線を向ける。しかし鉄也は動じず、哄笑めいた笑みを浮かべていた。
「なるほどな。そいつがお前のガルヴォルスとしての姿ってわけか。」
 鉄也が不敵な笑みを見せ続ける。
「さて、オレも真の姿ってヤツを見せてやらないとな。」
 鉄也が笑みを消すと、全身に力を込める。すると鉄也の体から色が消え、形も変わり始めた。
 人の形をとっていた肉体は、金属の壁となってたくみたちの前に立ちはだかった。
「こ、こいつは・・・!?」
 たくみが驚愕の声を上げ、ジュンが動揺を見せる。金属の壁から、鉄也の一糸まとわぬ上半身が浮き上がってくる。
「これがオレの姿、メタル・ガルヴォルスだ!オレの肉体を金属として、さらに吸収したものを全てオレと同じ金属にして力とすることができるんだよ!」
「金属・・!?」
 たくみは眼前の金属に対して思考を巡らせた。
(金属・・・確か、和海の両親は、金属みたいにされて死んでいた。金属・・・!)
「まさか、お前が・・!?」
 思い返したたくみが声を荒げる。
「お前が、和海の両親を・・!」
「あの女の両親を?さぁな。オレは取り込んだ女のことしか興味はないから、金属にして殺したヤツのことなんかいちいち覚えちゃいないな。」
 鉄也が嘆息混じりに答える。その態度がたくみの苛立ちを逆なでする。
「けど、和海って女が言ってたんだから、ホントのことなんだろうな。まぁ、かわいい女以外の誰がどうなろうと、知ったことじゃないけどな。」
「このヤロー!」
 いきり立ったたくみが、金属の壁に剣を振り下ろした。刀身に弾かれた壁は、激しい衝突音を響かせて火花を散らす。
 後退して体勢を立て直すたくみが、再び金属の壁を睨みつける。
「こんな、こんなヤツが、和海の家族の命を奪ったっていうのか・・・!」
 歯がゆい思いで怒号を鉄也にぶつけるたくみ。しかし鉄也は高らかと哄笑を上げるばかりだった。
「お前だけは絶対に許さない!和海のためにも、お前はオレが倒す!」
 剣の切っ先を向けるたくみ。
「オレを倒すだと?寝言もいい加減にしとかないと、バカを見る羽目になるぜ。」
 鉄也が両手を広げると、金属の壁も大きく広がった。そして壁が浮き上がり、鉄の刃が2つ出現する。
「オレの金属の体は伸縮・変幻が自由自在だ!こんなのを作り出すなんて朝飯前だぜ。」
「御託並べてないで早く来いよ。」
 余裕を見せる鉄也の言葉を聞き流し、たくみが前に歩み寄る。苛立った鉄也が、2本の刃を振り下ろした。
 それをたくみは剣で横なぎにして、その刀身を叩き折った。
「なかなかやるなぁ。だが、そんなことで満足するのは間違いだぜ。」
 未だに余裕を見せる鉄也。折られた金属の刃が盛り上がり、復元して元の形を取り戻した。
「この程度のものを再生させるなんて簡単なことだ。それどころか、さらに刃を作り出すことも・・」
 鉄也が言い終わる前に、浮き上がっていたものも含め、全ての金属の刃が弾き飛ばされた。たくみが一閃して刃をなぎ払ったのである。
「御託はいいと言ったはずだ。そんなことより、和海をどうしたんだ?どこにいるんだ!?」
 顔をこわばらせる鉄也に、たくみが鋭い口調で問いかける。
「教えろ!」
 さらにたくみは、金属の壁を縦に、そして横に真っ二つに切り裂いた。体勢を崩された鉄也が、舌打ちしながら人の形への再生を図る。
 立ち上がり顔を上げる鉄也。そこにたくみの剣が突きつけられる。
「いい加減に言え。和海はどこだ?言わないと再生できないくらいにバラバラにする!」
 言い放つたくみ。しかし鉄也は不気味な笑みを見せる。
「そいつはムリなことだ。オレを倒せるヤツはいない。」
「何っ!?」
「オレの中には小さな核のようなものがある。そいつはオレの体を形成している心臓であり、オレの思い通りに体の中を移動できる。そいつを破壊すればオレを倒せるわけだが、この核を正確に突くなんて不可能に近いぜ。」
「だから言っただろ。再生できないくらいにバラバラにするって。そうすれば、その核ってやつも攻撃できるんだから。」
「もちろんそれだけじゃない。あのとき、オレの体の完全な一部にしないでおいてよかったぜ。」
 鉄也の言葉を疑問に感じるたくみとジュン。鉄也が不敵な笑みを浮かべたまま、右手を広げて伸ばした。手のひらが金属質になって盛り上がり、形を変えていく。
 金属の手が人の形をとった。
 その姿に、たくみとジュンが驚愕する。
「そんなことって・・・!?」
「か、和海!」
 当惑したたくみが叫ぶ。鉄也が具現化したのは、一糸まとわぬ姿の和海の上半身だった。
「この女はオレがしっかりと取り込ませてもらったぜ。いい女はオレの渇きを満たし、さらに力を与えてくれる。女たちもオレの体の一部となったことで、永遠の命を持つことができた。これほどすばらしいことはないぜ。」
 哄笑が続く中、鉄也の手の中に吸い込まれていく和海。
「和海!」
 たくみが手を伸ばすが、和海は再び鉄也の中に戻っていった。
「このままオレをバラバラにしたら、この女も死ぬことになるぜ。オレの核に隣接するように配置してあるから、助けるのはオレを倒すよりもはるかに難しいことだぜ。」
 鉄也の卑劣な手口に、たくみは思わず剣を引いてしまった。鉄也から危機感が遠ざかっていく。
「汚いぞ、お前!こんなやり方で・・!」
「それがどうした?戦いなんて勝ったヤツが生き残るんだよ。だったらどんなやり方をしようとお構いなしなんだよ。なぁに、気にせず倒しちまえばいいことだ。簡単だろ?」
 鉄也が戸惑うたくみを挑発する。和海を盾に取られ、攻めることができなくなっていた。ジュンもそのことが気がかりになり、うかつに手を出せなくなっていた。
「相手を倒すことに迷うなんて、アマちゃんだねぇ。だったらオレがお前の息の根を止めてやるよ。」
 鉄也が満面の笑みを見せ、両手から具現化した刃を繰り出した。戦意を失いつつあったたくみが剣を振るわないまま、刃が彼の体を切り裂いた。
「ぐあっ!」
 傷つけられた体から鮮血が飛び散り、たくみがうめき声を上げる。
「たくみ!」
 ジュンが声を荒げ、駆け寄ろうとする。
「く、来るな、ジュン!」
 しかしたくみが彼女を制する。
「こんなヤツに、オレが負けるわけにはいかないのに・・・!」
 たくみが傷ついた体に鞭を入れながら立ち上がる。
 何としてでも和海を助け出したいという気持ちが、彼を突き動かしていた。しかし彼女が鉄也に捕らわれている今、その思いが逆に彼を苦しめていることも事実だった。
「そんなに大事か、その女が?まぁいろいろ苦労してるっていうのも、この女の記憶から分かることなんだけどな。」
「何っ!?和海の心を読んだというのか!?」
「ああ。オレは取り込んだヤツに関する情報を全て手に入れることができるんだ。過去や記憶、そいつから見た周りにいるヤツらに関することもな。」
 和海の体だけでなく、心の中まで取り込んだ鉄也に、たくみの苛立ちは増していた。その憤慨の姿を、鉄也はあざ笑いながら話を続ける。
「そう悲観するなよ。そろそろ息の根を止めて楽にしてやるよ。」
 鉄也は両手の刃を消し、右手を不気味に変形させていく。たくみが剣を構えて迎撃に備えるが、戦闘意欲が見られなくなっていた。
「たくみ!」
 ジュンが猫に似た獣の姿に変身し、鉄也に飛びかかった。その衝突で、たくみに定めていた狙いがはずれ、鉄也が放った金属の塊は右方向に飛んでいった。
「ジュン!」
「たくみ、しっかりして!これじゃ、和海さんは喜ばないよ!辛いのは分かるけど、戦うことを諦めないで!」
 鉄也を見据えたまま、ジュンがたくみに言葉を投げかける。ガルヴォルスに変身した彼女の姿を見て、鉄也が興味を示す表情を浮かべる。
「お前もガルヴォルスだったとはな。こいつはいい獲物だぁ。ガルヴォルスの女を取り込めば、オレの力はさらに上がる。さっそくお前を吸収し、たくみを殺し次第、和海と一緒に完全に取り込んでやる。」
 鉄也が満面の笑みを浮かべて、金属質の右手を伸ばしてきた。しかしジュンの素早い動きと跳躍力によってかわされる。
「なかなか素早いな。」
 舌打ちをしながら、鉄也が笑みを見せるジュンに振り返る。
「そのくらいのスピードじゃ、私は捕まえられないよ。」
「・・果たしてそうかな?」
 互いに余裕を見せる2人。鉄也の様子を不審に思うたくみ。
「オレの金属は全てオレの思い通りに形を変え動く。そう・・」
 たくみからそれた金属の塊が,粘土のように形を変える。
「オレから分かれた金属全てな!」
 ジュンの背後から、金属の塊が壁となって大きく広がった。
「ジュン、後ろ!」
 たくみが叫び、ジュンが振り返ると、巨大な壁が彼女に迫ってきた。ジュンは取り込まれ、粘土のようにうごめく塊が彼女を圧縮していく。
「もらった!」
 鉄也が指で引き寄せると、金属は彼の体に付着した。塊と一体となり、再び元の姿を取り戻す。
「こんなことが・・・ジュンまで取り込むなんて・・!」
「いいぞ。また1人、いい女を吸収したぞ。この快感がまたたまらないんだよなぁ。」
 憤慨するたくみと、ジュンを取り込んだことに対して歓喜に沸く鉄也。
「しかもガルヴォルスの女。これほど極上な獲物はないぜ。オレの力は格段に上がった。お前のいう卑怯な手段を使わなくても、十分お前に勝てるぜ、不動たくみ。」
 鉄也が苛立つたくみに振り返る。金属に変えた右手が伸び、たくみの腹部を突いてそのまま吹き飛ばす。
「ぐほっ!がっ!あっ・・・!」
 横転するたくみがうめき声を上げる。うずくまった彼の口から血反吐がこぼれ落ちる。
 和海だけでなく、ジュンまでも鉄也の金属の体に取り込まれてしまった。なす術を見失ってしまい、立ち上がることでさえためらいを感じていた。
(どうしたらいいんだ・・・和海もジュンも吸収されて、手も足も出ない。オレにはもう、何もできずにやられるのか・・・)
 呆然とするたくみの中に、弱気な思考が巡る。2人の少女を救おうとすればするほど、自らの戦意をかき乱すことになってしまう。
 右手を鋭い刃に変えた鉄也が、不敵な笑みを浮かべながら近づいてきた。
「いつまでも悲観することはねぇよ。今度こそとどめを刺してやる。」
 鉄也が刃を、力なく倒れているたくみの顔に向ける。
 そのとき、激しい衝動を感じ、鉄也の顔が歪んだ。
「ぐっ!な、何だ!?」
 激痛にあえぎ、その場でふらつく鉄也。力への集中が乱れ、刃に変形させていた手が元に戻る。
「どうなってるんだ!?」
 自分の身に何が起こったのか分からず、鉄也が体を震わせる。満身創痍のたくみが彼の異変に気付き、もうろうとする意識の中で彼の姿を見上げる。
(これは・・・!?)
 たくみも鉄也の異変に疑念を抱いた。消えかけていた光が再び差し込んできたように、たくみは思っていた。


次回予告
第11話「捕らわれた蝶」

突然の鉄也の異変。
危機感を感じた金属の脅威が、傷ついたたくみに再び襲いかかる。
和海とジュンの安否は?
たくみは捕らわれた2人の少女を救い出せるのか?
鋼鉄の壁を打ち砕けるのか?
悲しき過去の因果に今、終止符が打たれる。

「私のこの想いが、あなたを守っていくから・・・」

つづく


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