ガルヴォルス 第11話「捕らわれた蝶」

作:幻影


 鉄也の金属に取り込まれ、吸収されたジュン。しかし彼女は取り込まれる直前、体を振動させて、金属の粘土が付着するのを阻んだのである。
 彼女は鉄也の体内、金属の隙間の中にいた。こうして吸収されることなく、体内に入り込むことに成功したのである。
「一時はどうなるかと思ったわ。でも何とか中に入ることができたわ。」
 薄暗い周囲を見回すジュン。辺りは全て灰色の金属でひしめき合っていた。
「さて、和海さんはどこかな?この中のどこかにいるはずなんだけど・・」
 和海を追い求めて闇雲に金属の道を歩くジュン。時折うごめく壁や天井に戸惑いながらも、和海の気配を探りながらジュンはさまよっていく。
 そしてジュンは、色が赤く染まっている場所へとたどり着いた。
「もしかして、ここが・・」
 ジュンは記憶を巡らせながら辺りを見回す。この近辺に和海がいる。そう思って彼女は視線を移していく。
 そしてその予感は確信に変わった。
「いた!和海さん!」
 ジュンはついに和海の姿を発見した。一糸まとわぬ彼女の体は金属と化し、同じ質の金属の壁に埋め込まれていた。
 ジュンは戸惑いながら、和海の体に触れてみる。彼女の安否を確かめようとしていた。
 人間の生は、心臓を基点とした血液の循環によって長らえている。その衝動によって、必ず音が発生している。ジュンはキャット・ガルヴォルスの鋭い聴覚と、和海の体から発せられている振動を手で捉えることで、彼女の安否を確かめようとしていた。
(よかった。かすかだけどまだ生きてるよ。)
 ジュンが和海の無事に安堵の吐息をつく。和海は金属質に固められていたが、それ以外に異常はなかった。
(このくらいのめり込みなら、引き抜けそうね。)
 ジュンは和海のわきの下に手を伸ばしつかんだ。力を込め、彼女を金属の壁から引きずり出す。
 まるで泥沼から助けられるように救出され、横たわる和海。ジュンに優しく支えられながら、人間の色を取り戻して、眠りについていた。
(あとはここから脱出するだけね。でも、どこが出口なんだろう・・・?)
 ジュンが少し不安になりながら、再び周囲を見回す。鉄也の体内はまさに金属の迷路だった。
 金属の塊に圧縮されて、取り込まれる形で侵入してきたため、どこに出口があるのか見当もつかなかった。
(それに、もうアイツが気付いているかもしれない。早くしないと・・)
 ジュンの中にさらなる不安がよぎる。
 取り込んであえて体の一部にせず、たくみに対する盾として利用してきた和海が引きずり出されたことで、鉄也自身にもその衝動が伝わっているはずである。
「えっ?あれって・・・?」
 そのとき、ジュンが赤く光る金属の球に眼が止まる。
(もしかして、これがアイツの、核・・・!?)
 ジュンが光の球を凝視する。
(こいつを壊せば、アイツは再生することができなくなる。)
 そのとき、和海の声がもれ、ジュンが聞き耳を立てる。人間の姿に戻ったジュンが、眼を覚ました和海を見つめる。
「和海さん、眼が覚めたのね!」
「ここは・・・」
 ジュンに呼びかけられながら、和海が意識を取り戻す。周囲を見回すと、そこは赤い光が照らす鋼鉄の空間だった。
「ここは体を金属に変えるガルヴォルスの中よ。」
「ガルヴォルス?」
「人々を襲ってる怪物のことよ。たくみも私も同じガルヴォルスで、あなたの両親を殺したっていうのも同じ・・」
「私の両親を!?・・・そうよ・・あいつが私の両親を殺して・・・!」
 和海の脳裏に両親を殺した鉄也の顔が浮かび上がり、苛立ちが込みあがってくる。
「あなたはアイツに吸収されたのよ。私も取り込まれたけど、何とか吸収されずに済んだわ。さぁ、たくみが外で待ってるわ。早くしよう。」
「たくみが・・!?」
「うん。今アイツと戦ってるわ。」
 そういってジュンは和海を立たせる。振り返り脱出しようとする和海をジュンは呼び止めた。
「待って。」
「えっ?」
「その前に、こいつを破壊しておかないとね。」
 ジュンが光の球に向かって振り返り、全身に力を込めた。彼女の顔に紋様が浮かび上がり、そして猫を思わせる獣の姿へと変える。
 和海はそれほどの恐れは感じていなかった。彼女がジュンのこの獣の姿を目の当たりにしたのはこれが2回目であり、たくみを受け入れかかっている彼女は、ガルヴォルスの存在を否定しようとはしなかった。
 ジュンは爪の鋭くなった右手を球に突き立てた。球の外装はもろく、刃物を突き刺せば簡単に崩壊してしまうほどだった。
 球は赤い光を失い、真っ二つに割れて崩れ落ちた。
「やったぁ!これでアイツの力は極力抑えられたはずよ!さ、早くここから出よう!今のでさすがにアイツも気づいてるはずだから!」
「えっ!?あ、はい!」
 歓喜の声を上げるジュンが、戸惑う和海を連れてこの場から離れる。
「何をした、お前ら!?」
 そのとき、鋼鉄の空間に声が響き渡った。身構えたジュンの前の床が盛り上がり、そこから鉄也が姿を現した。
「アンタ、どうしてここに!?」
 鉄也の体内に現れた鉄也の姿に、ジュンと和海が驚愕する。
「ここはオレの体の中だぜ。体を変化できるオレがここにいても不思議じゃないだろ?」
 突然の鉄也の出現に、ジュンの中に焦りが込みあがってくる。彼の体内はいわば金属の領域(テリトリー)。勝機がほとんどないに等しいのは、ジュンには分かっていた。
 しかしジュンは諦めるわけにはいかなかった。今は和海を守ることだけを考えることにした。
 下手に逃げたところで、鉄也はすぐに回りこんでくる。ならば和海を守りつつ、出口を見つけてすぐに脱出する以外に方法はない。
(私が何とかするしかない!でないと和海さんは守れないし、たくみだって・・・!)
「和海さん、早くここから離れて!」
 ジュンが和海に指示を送る。
「え、でも、ジュンさん・・!?」
「ここにいたんじゃ、殺されるか、また吸収されるしかないよ。だから、早くアイツの体内から脱出しないと・・!」
 戸惑う和海に言い聞かせるジュン。
「そいつは不可能だぜ。ここはオレの体内。核は破壊されちまったが、それでもお前らを捕まえることぐらいわけはないんだぜ。」
 鉄也が不敵な笑みを見せる。確実に眼の前の2人の少女を捕らえることができると思っているのだ。
 しかしジュンは怖気づく様子は見せない。
「でも、何とかここを抜け出すことは、私の力をフルに使えば可能なはずよ。」
「ほう?だったら見せてもらおうか!」
 鉄也が金属の腕を伸ばし、ジュンたちを捕らえようと迫る。ジュンは和海を抱えて跳び、それをかわす。
 着地して即座に駆け出し、どこにあるかも分からない出口を探る。
「逃げられねぇよ。」
 鉄也は不敵な笑みを浮かべたまま、鉄の床の中に入り込んだ。

 ジュンは和海と走り抜けながら、聴覚を研ぎ澄ましていた。この体内と外を通じる出口を吹く空気の音を聞き分けていた。
(近づいてる・・外への穴に・・・あと、アイツも・・・!)
 ジュンは鉄也の接近にも気付いていた。移動による振動をも、彼女の耳が捉えていた。
「あった!あれじゃ・・!」
 外からのものと思しき光が差し込んでくる穴を見つけて、和海が指差す。ジュンもそれを見つけて、うっすらと笑みをこぼす。
 そのとき、ジュンは背中に激痛を感じ、顔を歪めた。
「あはっ!」
「ジュンさん・・!?」
 和海は、ジュンの身に今何が起こったのか分からなかった。振り返ると、鉄也が金属の腕を伸ばし、その先端の刃がジュンの背中を切り裂いていた。
「言ったはずだぜ。お前らは逃げられねぇって。」
 鉄也が不敵な笑みを見せる。背中を傷つけられたジュンが前のめりに倒れてうめく。
「これで終わりだ。おとなしくオレに吸収されろ。」
 倒れるジュンの床が不気味にうごめき始める。ジュンを今度こそ取り込もうとしている。
「ダメ!ジュンさん!」
 和海が金属に取り込まれそうになるジュンの体を起こす。裸の素肌や手に傷口から流れる血がつくにもかまわず、和海は必死に差し込む光のほうへ向かう。
「か、和海さん・・」
「たくみだったら、多分こうしてると思うし、私も今はこうしたい!」
 自分が助けたいと思うから助ける。傷ついて倒れている人を放ってはおけない。
 和海が今ジュンを助けたいと思う気持ちは、普段たくみが思っていることと重なっていた。
「お前も取り込んでやるよ!」
 鉄也がさらに右手を伸ばす。ジュンが振り返り、鋭い爪で伸びてきた金属の腕をなぎ払った。
「ジュンさん!」
 和海が鉄也が腕を戻しているうちに、ジュンを連れて外に飛び出した。

 突然の鉄也の異変に、たくみは呆然となっていた。力の源となる核を破壊された鉄也は、ガルヴォルスの姿を失い、苦痛にもだえていた。
(どうしたんだ!?とどめを刺そうとして・・)
 状況が今ひとつのみ込めないまま、たくみは立ち上がる。ガルヴォルスとしての治癒力は、傷ついていた彼の体を回復させていた。
「おのれぇ・・・あの女がぁぁーーー!!!」
 空をとどろかす鉄也の叫び。その直後、突然2人の間に、ジュンと和海が姿を現した。
「和海!ジュン!」
 2人の姿にたくみが叫ぶ。ジュンはガルヴォルスに、和海は一糸まとわぬ姿になっていた。
 たくみが慌てて2人に駆け寄る。
「ジュン、和海、大丈夫か!?」
「私は大丈夫。でも、ジュンさんが・・・」
 言葉をにごらせる和海から、たくみは視線を倒れているジュンに向ける。ジュンは背中を傷つけられ、血がにじみ出ていた。
「ジュン!」
「たくみ・・・私は平気よ・・」
 たくみの呼びかけに力なく答えるジュン。その横から和海が沈痛な面持ちで言う。
「ジュンさん、私を助けるために戦って、体を張ってくれたの。でも、私をかばって傷ついて・・・!」
「ジュン・・・!」
 たくみは歯がゆい思いをかみ締めていた。命がけで鉄也の体の中に入り込み、捕らわれていた和海を助けてくれたのも、たくみを思えばこそだということを彼は分かっていた。
 助けたいから助ける。たくみがしてきたことをジュンは実行したのである。
「このヤロゥ・・・オレが取り込んだ獲物を、よくも剥がしたな!」
 憤慨した鉄也が残った力を振り絞り、右手を金属の刃に変えて伸ばしてきた。
「しまった!」
 たくみが振り返るが、迎撃が間に合わない。
 そのとき、たくみは和海とともに突き飛ばされる。満身創痍のジュンが2人を押し倒したのである。
「ジュン・・・!?」
 たくみはジュンを凝視していた。ジュンが物悲しい笑みを浮かべていたからだった。
 そんな彼女の体を、鋼鉄の刃がが貫いた。彼女から激しく鮮血が飛び散る。
 その光景に、たくみと和海は眼を疑った。
「ジュン・・・!?」
「ジュンさん!」
 たくみは呆然となり、和海が眼に涙を浮かべて叫ぶ。血を大量に流すジュンが脱力して倒れる。
「くそっ!獲物が1人つぶしちまったか!」
 右手を戻した鉄也が舌打ちをする。
「このヤロー・・・よくもジュンを!!」
 たくみは、爆発させた怒りの矛先を鉄也に向けた。剣を握り締めて飛び出し、鉄也に向けて剣を振り下ろす。
 力を使い果たした鉄也の体を、魔剣が真っ二つに切り裂く。
「がはあぁぁーーー!!!」
 絶叫が上がる中、鉄也の体が鈍い音を立てて倒れる。核を破壊された金属の体は、再生することなくバラバラに砕け散った。
 滅び行く鋼鉄の残骸を見下ろすたくみ。そして剣を捨てて振り返り、人間の姿に戻ってジュンに駆け寄る。
「ジュン!しっかりしろ、ジュン!」
「ジュンさん!」
 たくみと和海が必死の思いでジュンに呼びかける。力を失った彼女の姿も人間に戻っていた。
「たく・・み・・・」
 ジュンがうっすらと笑みを見せ、力なく声を返す。たくみは悲痛の思いでジュンの血まみれの体を支えた。
「よかった・・・2人とも・・無事で・・・」
「しゃべるな!すぐに病院に・・!」
 たくみがジュンを抱えて立ち上がろうとしたとき、ジュンがゆっくりと和海に手を伸ばしてきた。和海は涙をこぼしながら、ジュンのその手を握る。
「たくみ・・わたし、守ったよ・・・たくみが守ろうとしてたものを・・・」
「ジュンさん・・・!」
「泣くことはないよ・・・私がそうしたいって、思った、だけだから・・・」
 泣く和海に優しく微笑むジュン。そして視線を再びたくみに移す。
「たっくん・・・ひとつ、言っておくね・・・」
 ジュンがたくみに昔の呼び名で語りかける。
「不動たくみ・・・私は、橘ジュンは、不動たくみが・・好きです・・・不動たくみは・・私のこの気持ちを、受け取って、くれますか・・・?」
 ジュンの言葉にたくみは戸惑いを感じた。彼は今までこのような感情の言葉をかけられても、さほど気にすることはなかった。
 少しの沈黙を置いて、たくみは口を開いた。
「すまない、ジュン・・・オレは・・オレは・・・」
 すまない気持ちで返事をするたくみに、ジュンは笑みを見せる。
「これ以上言わなくてもいいよ・・・たくみは、和海さんのことを・・すごく気にしてるみたいだから・・・」
「ジュンさん・・・」
「でも、これだけは確かだから・・・私のこの想いが、あなたを守っていくから・・・」
「ジュン・・・」
「たっくん・・・和海さんを泣かせたら・・・許さないからね・・・」
 ジュンは満面の笑顔のまま眼を閉じた。すると、和海のつかむ手、たくみが支える体が固く冷たくなった。
「ジュン・・・?」
 たくみと和海は自分の眼を疑った。真っ白になったジュンの体が崩れ落ちた。たくみの腕から、和海の手から砂のように零れ落ちる。
 命を失ったジュンは、その面影さえ完全に消え去ってしまった。
「そんな・・・!」
「ジュン!」
 和海が泣き崩れ、たくみも砂になったジュンの亡がらを握り締めた。
「ああぁぁーーーー・・・!!!」
 たくみは砂の上にうずくまって泣き叫んだ。幼い頃からの親友を思い、彼は涙が枯れるほどに泣き続ける。
 砂を握り締め、たくみは打ちひしがれる。そんな彼に、和海も悲しみのあまりすがりつく。
「たくみ・・わたし、たくみのこと・・・!」
「和海・・・」
 悲しみに暮れていたのは和海のほうだとたくみは思った。孤独にさいなまれていた彼女の心を取り戻してくれたのは、自分ではなくジュンだった。
 今度は、今度こそは自分が、和海を守ってあげなければならない。たくみは胸中で決意を固め、着ていた上着を裸の和海にかけてあげた。
「たくみ・・・ありがとう・・・」
 涙ながらに感謝の言葉をかける和海。
「オレは、そうしたいと思っただけだ・・ジュンがそうしたように・・・」
「たくみがそうしたいと思ったから、ジュンさんもそうしたんじゃないかな・・・」
 言葉を交わすたくみと和海。しかし素直には喜べなかった。
 ジュンの言動はすれ違っていた2人の心を引き合わせ、彼女の死が2人の決意を強めたのだった。
「たくみ、私はもう恐れない。たくみのことも、ちゃんと受け止めるから。」
 和海の沈痛な表情での言葉。それは自分自身との葛藤に辛さを感じていたたくみにとって、かけがえのない励ましになった。
「ありがとう、和海・・・ありがとう・・・ジュン・・・」


次回予告
第12話「増殖する影」

和海の前に現れた青年、荒木秀樹(あらきひでき)。
範囲を拡大させていく怪事件。
人々に迫る黒い影。
凶暴化するガルヴォルスに立ち向かうたくみ。
あずみの抱いていた恐るべき事態とは?

「あのガルヴォルスが、この街にも現れるなんて・・」

つづく


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