デッド・エンジェル 第4話「堕ちた二人」

作:幻影


「だ〜れだ?」
 突然視界をさえぎられるロウ。眼を塞ぐものを両手で掴んでどける。
「誰だよ?」
 ロウが振り返るとそこにはポニーテールの少女が立っていた。
 少女は笑顔でロウを見つめている。
「さっきは助けてくれてありがとう。あたしはメイ・アーマイン。あなたは?」
「ロウ。ロウ・シマバラだ。」
 気さくに話しかけてくるメイに、ロウは呆れたような顔をして答える。
「あたし、あんな弱いものいじめをする人って許せないんだよね。それなのに周りの人たちはただ見てるだけ。だから、あたしが何とかしなきゃって思ってね。」
「それで手も足も出ず、オレに助けられたってわけか。」
 ロウの皮肉っぽい言葉に、メイは顔を膨らませる。
「確かに今の人たちには度胸がないな。けど、身の程をかえりみず無鉄砲に突っ込んでいくのもどうかと思うぞ。」
 ロウの言葉にムッとしながらも、メイはロウの隣に座った。
 太陽の光に照らされた砂浜に座る彼らの目先には、波が静かに揺れている海原が広がっている。
 1時間前、メイは不良たちにいじめられている少年を救うために飛び出し、そんな彼女をロウが助けたのであった。
「あたし、将来は刑事になりたいって思ってるの。」
「刑事?」
「うん。あの子のような思いをしている人たちを守りたいって思ってるの。父さんもこのクリスシティの刑事だったの。でも民間人をかばって、犯人の撃った銃弾を受けて死んじゃった。」
 メイの笑顔が暗くかげってくる。
「父さんは立派な人だった。刑事としても、1人の人間としても。いつもあたしや家族、街の人たちの幸せを願っていたわ。だからこの刑事になりたいって夢も、そんな父さんへの憧れもあるの。」
「そうか・・いつか叶うといいな、その夢。」
 ロウが優しい笑みをメイに見せる。彼の言葉に彼女は再び笑顔になる。
「けど、あんまり突っ込んでばかりで、もしものときがあったら後味が悪いからな。オレがお前を守ってやるよ。」
「ちょっと!後味悪いってどういうことよ!」
 じゃれつくように突っかかってくるメイ。思わず苦笑いするロウ。
「いいって、いいって。オレがそうしたいだけだから。何かあったらオレに頼んでくれってことだけは覚えといてくれ。」
「ウフフ。分かった。覚えとくわ。」
 メイはウィンクをしてロウの言葉を聞き入れた。
「ところで、ロウの夢は何?スポーツ選手?」
 メイはロウの夢を聞いた。
 外見から彼女はたくましそうなイメージのある職(スポーツ選手やアクション俳優など)ではないかと予想していた。
「実はまだはっきりと決まってないんだ。大学でうまく見つけられるとは思ってるけど。」
「大学?」
「ああ。オレ、クリスシティ第一大学に通ってるんだ。」
「うそ!?あたしもあそこの生徒なのよ!」
 メイは満面の笑みを浮かべて、歓喜に湧いている。その姿に、ロウは苦笑いするばかりだった。
 落ち着いたメイが優しく微笑む。
「大丈夫だよ。近いうちに見つかるから。」
「・・・ああ。」
 メイに励まされて、ロウも笑顔を見せた。

 波の音が聞こえる。
 さらさらとしたものが体に張り付く。
 意識を取り戻したロウは、暖かい温もりを感じていた。
「んっ!うわっ!」
 ロウは顔を赤らめて慌てて左回りに転げまわった。
 メイが彼の頭を、胸に抱きしめて寝ていたのだ。
「メイ、あの悪いクセはホントだったんだ。」
 ロウはメイと仲のいい生徒の言葉を思い出していた。
 メイは何かを抱きしめていないと眠れないようで、修学旅行のときに、寝ぼけてクラスメイトの頭に抱きついていたらしい。
 そのクセで、彼女はロウの頭を胸にうずめていたのである。
 しかも、今の彼女は上半身に何も着ておらず、彼は直接胸の谷間に押し込められていたのだった。
「ここは・・・」
 ロウは我に返って辺りを見回した。
 ロウとメイが初めて出会った浜辺から少し離れた場所のようで、すでに陽はすっかり落ちて夜空に星がきらめいていた。
「眼が覚めたのね。」
 声のしたほうにロウは振り向く。メイが眼を覚ましたようだ。
 ジーンズをはいているだけの彼女が、こちらを見て優しい笑顔を見せている。普段はポニーテールとしてまとめている髪も、ひもがほどけて流れるようにさらりとしている。
「メイ、お前がオレをここまで・・」
 ロウが訊ねると、メイは小さくうなずいた。
「デッド・エンジェルって、傷が治るの早いんだね。」
 メイが海を見つめて呟く。この彼女の言葉でロウは悟った。
 メイは本当にデッド・エンジェルになってしまったんだ。
 デッド・エンジェルは普通の人間の能力をはるかに超えているため、メイがこの海辺にたどり着いたときには、マリナから受けた傷もほとんど治っていた。
「メイ、お前・・・」
 ロウは悲しげにメイを見ていた。
 彼女はもう人ではない。哀れな堕天使の1人である。
「自分でも驚いちゃったよ。まさかあたしがデッド・エンジェルになっちゃうなんて。・・あたし、ロウを助けたいって強く願ったの。そしたら、体の中から力があふれて、思っただけで力が働いて・・」
 デッド・エンジェルは精神力を使って、強大な力を発揮する。よって、その力の効果は使う者のイメージに左右される。
「メイ・・」
 ロウはメイの体を抱きしめた。その行為にメイに緊張感が走り、ロウは悲痛の思いに顔を歪めながら話す。
「オレなんかのために、お前は夢を捨てて、人であることさえ捨てた。いつまでたってもお前はバカなんだから。」
 ロウはメイの幸せを望んでいた。刑事になる夢を実現させてやるために、彼は彼女を守り抜こうと決意していた。
 だから、メイが人の枠から外れたデッド・エンジェルになってはいけないと願っていた。もしもなってしまえば、彼女も自分同様、人々から忌み嫌われる存在となり、夢である刑事にもなれなくなる。
 しかし、メイはロウを助けるために、彼のその願いを拒んだ。
 あのまま彼を見捨ててしまったら、刑事になったとしても、人々を守りたいという気持ちに欠けてしまうと思っていたからである。
「ねぇ、ロウはいつからデッド・エンジェルになったの?それとも生まれたときからずっと?」
 メイが優しい声でロウに訊ねる。
「オレもお前と同じ、最初はオレも人間だったんだ。だけど10歳のとき、事故で両親が亡くなってな、オレはどうしても父さんと母さんを助けたくて、ひたすら願って求めたよ。力がほしいって。そしたら、背中から黒い翼が生えてきて、ものすごい力が湧いてきたんだ。」
「そうだったの・・」
 ロウの事情を聞き、メイの表情が悲しく曇る。
 ロウが始めてデッド・エンジェルとして覚醒した後、彼は自分の力の秘密を調べて回った。それが人々から忌み嫌われている哀れな堕天使の力だと知ったのは、1ヶ月後のことだった。
 そのとき、彼の正体を目撃した人が周りにいなかったとこが何よりの幸いだった。
「泳ごう!」
「えっ?」
 突然のメイの言葉にロウは呆然となる。
 メイははいていたジーンズと下着を脱ぎ、一糸まとわぬ姿で夜の海に飛び込んだ。
 ロウの緊張がさらに強まり、赤面するばかりだった。
「ロウも泳ごう!けっこう気持ちいいよ。」
 水しぶきをあげてメイが笑顔を見せる。
 彼女の心からの誘いに、ロウも笑顔で答えた。

 2人夜の海を泳ぎ、水をかけ合うなどして、体を大きく動かした。
 裸で戯れる2人の姿は、まるでアダムとイヴのようだった。
 そしていつしか、頭だけを出して、体を青い海に漂わせた。
「ねえ、ロウ、あたし、ロウのそばにいてもいいんだよね?」
 メイが夜空を見上げたままロウに訊ねる。
「だってあたし、もうロウと同じだから、同じデッド・エンジェルだから・・」
 メイの言葉に、ロウは海に浮かぶメイの体を抱き寄せた。
「ああ。オレとお前は運命共同体。これからずっと一緒だ。」
「ロウ・・・」
 メイもロウの体を抱き寄せた。
 お互いが自分の支えにするかのように、お互いの体に寄り添う。
 朝日が差し込む海の中、2人はお互いの唇を重ねた。
 温もりが伝わってくる。想いが交錯する。
 口付けを交わした相手に、2人は守り抜くことを誓った。

 ロウとメイは夜明けとともに、街の駅に向かって裏路地を通っていた。
 デッド・エンジェルである彼らは堂々と街中を通り抜けることはできない。
 しかし、ラッシュ時の雑踏に紛れて駅まで進むことはできる。ロウはそれを狙って、ビルに隠れて様子を見ていた。
 上着はロウの自室から新しく着込んできた。
「大丈夫か、メイ?オレのじゃ、大きすぎたんじゃ・・」
「ううん。平気、平気。こんなときにぜいたく言ってられないもんね。」
 見たところ、メイが着ている上着はぶかぶかで合っていない。
「ありがとう。服、貸してくれて。」
「困ったときにはお互い様。言っただろ?ずっと一緒だって。」
 困惑していたメイに、ロウは笑みを浮かべて答える。
 メイの自宅までは距離があったため、仕方なくロウの自宅で服を借りることになったのだ。
 駅に向かうであろう群衆を待ちながら、ロウは駅周辺の様子をうかがう。
「こんなところでこそこそしているなんて惨めだね。」
「堂々と出て行っちゃえばいいのに。」
 突然響き渡った2つの声に、ロウとメイは振り返った。
 そこには2人の女性が悠然とした態度で彼らを見ていた。
 2人はそれぞれ赤と青の色の髪をしていて、似たような体格に同じ顔、背中にはロウやメイのものとは違い、悪魔のような翼が生えていた。
「なるほど、お前が新しくデッド・エンジェルになった者か。」
「ちょっと、何よ!?誰なの、あなたたち!?」
 赤髪の女性に指摘され、メイがいきり立つ。
「紹介するわ。私はパール。」
「私はルージュ。ロウ・シマバラ、メイ・アーマイン、デッド・エンジェルであるあなたたち2人を始末してあげる。」
 赤髪のパール、青髪のルージュが飛びかかってきたが、ロウとメイは身をかがめてかわす。
 振り返り、2人の悪魔の姿を見据える。
「見た目どおり、悪魔ね。あたしも戦うから。」
「メイ・・ありがとう。」
 2人は上着を脱ぎ捨て、体に力を込める。
 2人の体から発する覇気が、狭まったビルとビルの間の道を広げ、壁を押しつぶす。
 髪が白く、眼が紅く、背中から黒い翼が広がる。
 その風圧に押されて、パールとルージュは翼を広げて飛び上がり、二手に分かれた。
「いくよ、メイ。」
「うん。あたしは向こうに行くわ。」
 ロウはパールを、メイはルージュを追っていった。

 人気のない空き地に立ち止まったルージュとメイ。
 お互い向かい合う堕天使と悪魔。
「1人でここまでよく来たわね。ほめてあげるわ。でも私には勝てないわよ。」
 ルージュの右腕が変形を始め、鋭く巨大な刃に変わった。
 刃を振り上げ、メイに飛び込むルージュ。その姿を見据えるメイ。
(あたしにも、あたしにもできるはず。ロウと同じ力を使うことが。)
「剣よ。」
 メイの呟きとともに、彼女の右手から紅い剣が出現し、ルージュの攻撃を受け止めた。
「うぬっ!」
 メイの剣に振り払われ、ルージュはひとまず後退する。
「なかなかやるわね。でもこのくらいでは私には!」
 ルージュがいきり立って、再びメイの飛びかかる。
 刃を脇に据え、メイを貫こうとしている。
(見える。相手の動きが、まるでスローモーションでも見ているように。)
 メイに備わったデッド・エンジェルの身体能力が、ルージュの動きを捉える。
「やああっ!」
 ルージュの刃はメイの頬をかすめ、メイの突き出した剣はルージュの腹部を突き刺していた。
「がはっ!」
 ルージュが吐血してうめき、うずくまる。
「こんな・・こんなことって・・・」
 ルージュはメイの紅い剣に体を貫かれたまま、その場に倒れて動かなくなった。
 メイは、自分の手で命を殺めたことを自覚した。
 これが戦い。これがデッド・エンジェルの力と宿命。
 メイは、体力的にも精神的にも参っていた。
「すごいねぇ、君。デッド・エンジェルの力を短期間でここまで使いこなすとは。」
 突然発せられた声に、メイは顔を上げる。
 視線の先には、デッド・エンジェルに変身しているカオス・クラインの悠然とした姿だった。
「あなたは・・」
 メイが身構えてカオスを見据える。
「浮かび上がれ。」
 カオスが右手を上げると、メイは重力に逆らって浮かび上がる。
「キャッ!ちょっと、何よ!」
 メイが空中でじたばたするが、浮かび上がった体を移動させることができない。
「だけど、私の力には遠く及ばないけどね。」
 カオスは黒い翼を羽ばたかせ、宙に浮かぶメイに近寄った。
 メイがうめきながらカオスを見返している。
「眠れ。」
 カオスの指がメイの額に触れた瞬間、メイは意識を失って宙に浮かんだまま動かなくなる。そして、デッド・エンジェルとしての黒い翼が消失し、髪もブラウンに戻っていく。
 彼女の体を抱きかかえ、カオスが満面の笑みを浮かべる。
「愚かな人間たちは駆逐しなければならない。それには、ロウ・シマバラ、君は邪魔な存在なんだよ。」
 堕天使の少女を連れて、カオスは音も立てずに姿を消した。

 一方、ロウはメイが飛んだ場所とは反対の方向にある高層ビルの屋上で、パールを相手に壮絶な戦いを繰り広げていた。
 ロウは紅い剣を握り、パールは右手を刃に変えていた。
 2人の刃がぶつかり、こすれていく。
「裏切り者のデッド・エンジェルは、どこの世界に行っても裏切り者扱いされるのさ。」
「それでもオレは、オレたちは生き続ける。オレはメイと一緒なら、どんな困難にも耐えられる。」
「そうかい。だったら、これも切り抜けられるはずよ!」
 パールの左手も、鋭い刃に変わってロウを狙う。
 ロウはそれに気付き、すぐさまパールの懐に飛び込んで左手の刃をかわす。そして剣を捨て、パールの右腕を掴んで背負い投げを見舞う。
「あうっ!」
 床に叩きつけられ、パールがうめき声を上げる。
「魔は闇に還れ。」
 ロウは再び紅い剣を具現化して、パールの胸を貫いた。
「ギャァァーーー!!!」
 パールが断末魔の叫びを上げて、真紅の炎に包まれて消滅した。
 ロウは剣を床に突き立てて息をつく。
「なかなかの力だね。それに、彼女もかなりの力を持っているようだし。」
 声がしたほうをロウが振り返ると、意識を失っているメイを抱えたカオスが不敵に笑っていた。
「メイ!」
 ロウが声を荒げて驚愕する。
「彼女は私が預かる。堕天使の森公園の中央広場で待っているよ。君には最高の死に場所を用意しているよ。」
「待て、カオス!・・うぐっ!」
 ロウがカオスに詰め寄ろうとするが、デッド・エンジェルの力を使いすぎたために思うように動けない。
 動きの鈍ったロウの眼の前で、カオスはメイを連れ去って消えていった。
「メイ・・くっ・・・」
 ロウは舌打ちしながら、デッド・エンジェルへの変身を解き、屋上の壁にもたれかかる。
「メイ、何が何でもお前を助け出す。今のオレにはもう、お前に頼るしかないんだ。」
 ロウは虚空を見上げながら、体力の回復を計った。
 パールの刃に体の所々に斬りつけられたが、デッド・エンジェルとしての体は、人間を超越した生命力と復元力を秘めていた。

 そして、その日の夜。
 傷を完治させたロウは、雲1つない星空を見上げていた。
 ロウは黒い翼を広げ、夜のクリスシティを飛び上がった。
 堕天使の森を目指して。

つづく


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