デッド・エンジェル 第2話「流行りの天使」
作:幻影
「手がかりが全くないんですか!?」
「は、はい。我々も全力で捜査しているのですが・・」
いきり立つメイに罵倒されて、警官は慌しくなっていた。
ミリィをさらわれ、同時にデッド・エンジェルと出会った夜が明けた日曜日、メイは親友を助けようと懸命になっていた。
しかし、警察に協力を求めても、手がかり無しの一点張り。
メイはきびすを返して警察署を飛び出していった。
「ミリィ、必ず助けるからね!」
メイはミリィを助けようと必死になっていた。
彼女をそうさせていたのは、自分の中にある正義感と友を想う友情だった。
しかし、クリスシティ警察が躍起になって捜索しても見つからない犯人を、彼女が発見できるはずがなかった。
やがて”ぜぇ””はぁ”と息を荒くしていると、ロウが声をかけてきた。
「どうしたんだ?こんなに息を切らして。」
「あっ・・ロウ・・ハァ・・」
メイはロウに事のいきさつを話した。
かつて彼女が不良グループにからまれている少年を助けようと、無謀にも1人で不良たちに立ち向かっていったことがあった。
しかし、1人の女性が複数の男たちに敵うはずもなかったが、そんな彼女を助けて不良たちを撃退してくれたのがロウだったのである。
それからことあるごとに悪人から人を助けるためにメイが立ち上がり、彼女をロウが助けることが鉄則のようになった。
「そういうことだったのか。」
メイの話を聞いてロウはうなずいた。
「うん。だからあたしも犯人を追ってるってわけ。」
メイが意気込みを見せるが、ロウの表情は陰っていた。
「メイ、それはやめたほうがいい。」
「えっ!?なんで!?」
「この事件の犯人は、並外れた力を持っているんだろ?しかも噂のデッド・エンジェルが関わってるんだろ?ヤツも犯人を追ってるわけだから、任せておいたほうがいいと思うんだ。」
「でもこのままじゃ、ミリィが・・」
「頼むから手を引くんだ。お前に何かあったら・・」
「それでも、あたしはミリィを助けたいのよ!」
メイはロウを突き放して、そのまま街の雑踏の中に消えていった。
「メイ・・・」
ロウはメイの消えた人ごみを見つめていた。
一抹の不安を抱えて、ロウは街を駆け出した。
陽が落ちる時刻になっても、メイは街を駆け回っていたが、何の手がかりも得られないままだった。
「もう、全然ダメだよ・・」
思わず愚痴をこぼしてしまうほど、メイの心境はまいっていた。
それでもミリィを助けたいと強く思って再び歩き出し、そして小道の続く角を曲がった。
すると突然、額に何かが当たるのを感じた。
「アレ・・?」
深い水の中に落ちたかのように意識が遠のき、メイはその場に倒れこんだ。
メイと別れた後、ロウは自宅に帰っていた。
沈みゆく夕日を眺めながら、彼は不安になっていた。
メイは親友のために躍起になって犯人を捜しているが、彼女がその犯人に捕まってしまうのではないかと自然と感じていた。
「メイ、何も起こらないでくれ。」
ロウは今打ちひしがれ、わずかな可能性しか考えられないメイの無事を祈ることで頭がいっぱいになっていた。
そのとき、オレンジ色に染まる虚空から何か鋭いものが飛び込み、ロウの横をかすめてテーブルの隅に刺さった。
ロウがその刺さったものに視線を移した。軍人が非常用として常備しているようなナイフだった。
ロウがそのナイフに手を伸ばそうとすると、鈍い音を立ててナイフが淡く光りだした。
「ロウ・シマバラ、いやデッド・エンジェル・・」
周りに人の気配はない。ナイフに言霊が入り込まれているようだ。
声の主はミリィをさらった男、キース・デルタスのものだった。
「メイ・アーマインは私が預かった。助けたければ、リビングデッド教会跡地まで1人で来い。もちろん、人間の姿で来ること。この条件が破られた場合、彼女の命は保障しない。」
ロウはキースの脅迫に驚愕する。
「メイが・・さらわれた・・・」
ロウは困惑と苛立ちに体を震わせた。
恐れていたことが現実となってしまった。
いても立ってもいられない心境の中、ロウは部屋を飛び出した。
「メイ、どうか無事でいてくれ。」
空が夜の闇に染まり、街灯が灯り始めた大通りを、ロウは全速力で駆けていった。
まばらの人ごみをすり抜けて、道を突き進んでいく。
やがて街の外を走り、街明かりがあまり届かない林道を進んでいた。
その先に、古ぼけて半壊した教会が見えてきた。
「あれが、リビングデッド教会・・」
リビングデッド教会。
私有で建てられたこの教会は、人々を騙して金を巻き上げていた神父の逮捕ののち、よくない噂や不幸の事故が周辺で多発したため閉鎖となった「呪いの教会」の異名さえ持つ場所だった。
ロウは教会に入り、講堂の中央まで歩み寄った。
「この下か。」
ロウは、自分の足元が暗く陰っているのに気付いた。おそらく地下に続く道のようで、普通の人間では発見できないようになっていた。
しばらくすると、その場に地下に通じる階段が現れた。特定の人物が接近すると現れる仕掛けになっていたのだろう。
「この下にメイが・・」
困惑する思いを秘めて、ロウはその暗い階段を下りていった。
「ん・・んん・・・」
メイが意識を取り戻したその場所は暗く、視界がはっきりしていない。
「な、何なの!?」
体を動かそうと力を入れると、手足が縛られていることに気がついた。
背には大きな十字架が点在し、彼女はそれに張り付けにされていた。
「眼が覚めたかい?」
この空間に響いた声に、メイは視線を下に向けた。
眼の前で彼女を笑みを浮かべながら見上げている男に見覚えがあった。強大な力を使ってミリィを連れ去った男だった。
「あなたは!?」
声をかけるメイに対して、キースは指を唇に当ててくすくすと笑う。
「いい光景だ。まるで西洋の聖女のようだ。」
「ここはどこなの?」
メイの問いを聞いて、キースは指を鳴らした。
すると空間に明かりが灯り、キースとメイの周りにはたくさんの女性たちが立ち尽くしていた。
いすれも肌や衣服が灰色で、瞬き1つしていなかった。
「ミリィ!?」
メイは女性たちの中にいたミリィの変わり果てた姿を見つけて驚愕した。
「いったい、ミリィに何をしたの!?」
「いいだろう?彼女たちは私の美しいコレクションたちさ。誰もが私が選んだ美女ばかりだよ。」
奇怪な笑いをするキースの眼が不気味に光り、メイが恐怖して顔をこわばらせる。
「そして君はおそらく、私の最高の作品になることだろう。」
「な、何を言って・・・」
困惑して震えるメイの前で、キースの体が変形を始めた。
その光景を目の当たりにして、メイは声まで震わせて言葉を発することができなかった。
姿を変えたキースは、爬虫類のような形を成して怯えるメイを見つめていた。
「さぁ、すばらしいショーの始まりだよ。」
キースは大きく開いた口から唾液が滴る舌を出して、張り付けにされたメイに伸ばした。
「イヤ!やめて!」
声を荒げるメイの叫びを無視して、キースの舌が彼女の肌をなでる。
粘り気のある唾液が彼女の肌に落ちて流れていく。
気分の悪い感触に思わず体が硬直してしまうメイだが、手足を縛られているため身動きがとれない。
「いい素肌だ。この質感もたまらないよ。」
キースが感嘆の声を上げながら、なおもメイの肌を舌でなでていく。
鳥肌の立つような気分とかつてない恐怖に、メイは意識が遠のきそうになる。
「さて、そろそろ完成させてしまおう。題して、”哀れな堕天使”。」
キースは舌をメイから離した。そして勢いをつけて彼女の胸に舌を突き刺した。
「あっ!」
胸を打つ振動に、メイは思わず声がもれてしまった。
舌の奥から盛り上がるように塊が移動し、メイの中に入っていく。
メイはさらに不快な気分に陥った。体の中に何らかの液体が流し込まれ、血液と混ざり合っているような感覚を味わっていた。
そして、手足の先と、舌の刺さった胸から灰色に変色し、その部分に自由が利かないことにメイはさらに恐怖を感じた。
「どうなってるの!?体が石になってく〜!」
「今、舌を通じて君の中に流し込んでいるのは私の体液。これを体に流し込まれた人は、体が硬質化して石のようになっていく。」
キースが悠然と自分の力を解説する。
「そして本当の姿を見せた私は、唾液さえも石化の力を持っている。ただしこれはただの物質だけに効果があり、生き物には通用しないんだ。」
やがて石化が体中を覆いつくし、恐怖を放出しているメイの表情も緩んでくる。
「もうダメ・・助けて・・デッド・・エン・・ジェ・・ル・・・」
黒い翼の堕天使の名を呟いて、メイは虚ろな表情のまま動きを止めた。
彼女から舌を離し、キースが満足げに小さく笑う。
「すばらしい!曇りのない表情。力なくだらりとしたその姿。まさに堕天使の姿そのままだ。」
キースは再びメイの石の肌に舌をつけた。
「どうだい?すばらしい作品になった感想は?」
(体が全然言うことを聞かない。ホントに石になっちゃったんだ。)
メイの心の声が、キースの脳裏に響く。
石にされた人は意識は残るが、その体に直接触れないと石化した人の心の声を聞くことはできない。
「さて、ここからはあの人の頼んだことだ。せいぜい楽しんでもらわないと。」
(いったい何をするつもりなの?)
「デッド・エンジェルを誘い出すのさ。」
(えっ!?)
キースの言葉にメイは驚愕する。そしてキースの視線が、背後の出入り口に向けられる。
「ついに来たようだ。」
その出入り口から、1つの人影が現れた。
困惑した顔をしたロウが息を切らして、キースの姿を凝視する。
「お前、あのときメイの友達をさらっていったヤツか!?」
「いかにも。私はキース・デルタス。たった今、私の最高の作品が完成したところさ。」
キースの言葉を聞いてロウがのぞき込むと、十字架に張り付けにされたメイが灰色の石像に変わっていた。
「メイ!」
声を張り上げて駆け寄ろうとするロウの前に、爬虫類のような怪物が立ちはだかる。
「ここからはあの人のシナリオ。彼女にかけられた石化を解くには、私の魔の力を消し去るしかない。早く見せてくれ。デッド・エンジェルの力を。」
(えっ?)
キースの言葉にメイは疑問符を浮かべる。
(ロウがデッド・エンジェル!?そんなこと、あるはず・・)
困惑するメイの視線の先で、ロウがキースを鋭く睨みつけている。
「そんなに見たいなら見せてやる。オレはお前から、メイを助けなくちゃいけないんだ!」
いきり立つロウに、メイの困惑と驚きがさらに強まる。
ロウの体に力が入り震える。
黒かった髪が白くなり、眼が紅くなり、着ていた上着が裂けて背中から黒い翼が広がった。
(そ、そんなことって・・・)
石像になったメイが困惑しながら見つめる中、ロウが自分を助けた堕天使の姿に変わった。
白い髪、紅い瞳、黒い翼。彼女が憧れを抱いていたデッド・エンジェルそのものだった。
「さぁ、哀れな堕天使の最期だよ。ケンタロスの恨みも晴らしてあげないと。」
キースがロウ目がけて舌を伸ばしてきた。ロウは黒い翼を羽ばたかせて飛びあがり、それをかわした。
ロウから外れた舌が床を叩く。
「剣よ。」
ロウの呟きとともに、手の中に紅く輝く剣が現れる。
紅い剣を振り下ろし、伸びた下を切り落とす。
「ぐああぁぁーーー!!!」
あまりの激痛にキースが咆哮を上げる。舌の中に溜まっていた体液が床にこぼれ、すぐに固まっていく。
着地したロウが苦しみあえぐキースを見据える。
「それがメイたちを石に変えたものか。どうやら、酸素と窒素に触れると、その体液はすぐに固まってしまうようだな。」
「ぐっ・・」
ロウが指摘したことは図星だった。
キースの体液は空気に直接触れると、質が変化して一瞬で固まってしまうのである。
だから舌に守られながら体液を流し込んでいたのである。
「悪いがお前には闇に還ってもらう。自分の欲のために魔と一体化してしまったお前の運命(さだめ)だ。」
ロウは翼を羽ばたかせて素早く詰め寄り、手に持つ紅い剣を振り下ろし、キースの脳天を切り裂いた。
「ああぁぁーーー!!!」
かん高い叫びを上げながら、キースが体を痙攣させて倒れ込む。
切り裂かれた頭から血を流して、人間の姿に戻った。
「く・・うう・・・」
うめき声をあげて、キースは眼前に着地したロウを見上げる。
死に悶えるキースの姿を、ロウも無表情で見下ろす。
「これまでだ。お前の命が尽きれば、お前の魔の力は消滅してメイたちにかけられた石化も解ける。」
静かに話すロウを、キースが不気味にあざ笑った。
「いつまでもおめでたい人だ。これこそがあの人が考えたシナリオ。」
「何だ、そのシナリオというのは?」
「ふっふっふ、分からないのかい?私が石化した人にはまだ意識がある。体の自由が利かなくなること以外は全て石になる前と変わらず、五感も生きている。」
「ま、まさかっ!?」
キースの言葉にロウが驚愕する。
「そう。君の正体を街中に知らせることだよ。これで君は逃げ回るしかなくなり、時期にそれもできなくなる。これからじっくり苦しむといいよ。さすがだ、あの人は。フフフフ・・・・」
不気味な笑いが小さくなり、キースの体が蒼い炎に包まれ、燃え尽きて消滅した。
ロウが動揺を隠せないまま、その炎を見つめていた。
「バレた・・オレの正体が、メイに、みんなに・・」
最も恐れていたことが起こってしまった。
デッド・エンジェルはその力ゆえに、人々から恐れられ嫌悪されている存在である。
自分がその1人だとすれば、街の人は避けようとするはずである。
そんな不安を抱えていると、キースによって石像にされていた女性たちが人間の色を取り戻した。ミリィも、メイも。
「うわっ!」
メイを縛っていた手足の束縛が解け、彼女はそのまま床に倒れる。
「イテテテテ・・あっ・・」
頭を抱えて痛がっているメイが、ロウに視線を移した。
怯える堕天使が混乱して体を震わせている。
「・・・メイ・・・」
ロウは慌ててこの部屋を飛び出した。まるでとてつもない恐怖から逃げ出すように。
その姿からメイは視線を外すことができなかった。
ロウがデッド・エンジェル。
その事実に、メイは心を落ち着けることができないでいた。
「私たち・・・」
「よかった!やっと戻れたよ!」
キースの石化が解け、喜びや驚きなど、いろいろな反応を示す女性たち。
「メイ!よかった・・・」
ミリィが呆然としているメイに寄り添った。
「メイ・・?」
ミリィがさらに声をかけてもメイは反応を見せない。
デッド・エンジェルの正体による動揺で頭がいっぱいで、メイはミリィの声さえも耳に入っていなかった。
つづく
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