Control Lovers vol.3「the firm resolution」

作:幻影


悪夢の起きた夜が明け、時刻は11時を回っていた。
 陽の光に照らされて、アスカは目を覚ました。重いまぶたを擦りながら時計に眼を通してはっとする。
「いけない!開店時間とっくに過ぎてるぞ!・・あっ、そうか。今日は休みにしたんだった。」
 アスカは昨日のことを思い返していた。ミナミとキョウコと相談して、店を臨時休業することにしたのだった。
 いつもの自分の部屋。いつもの服装。
 何も変わっていないはずの日常なのに、アスカは心に大きな穴が開いたような虚無感を感じていた。
 そんな自分の部屋に、アスカは違和感を覚えた。部屋の中がいつもより乱雑になっているように思え、1番荒れている机の中に手を伸ばした。
 元々はこの部屋は、ミナミの父が3年前に亡くなるまで使っていた場所で、細かな私物を倉庫にしまったこと以外はそのままになっていたのである。
 アスカは荒れた机を整理しながら、不審な点を探りを入れる。すると、住所録代わりにして書き込んでいたメモ帳が無くなっていることに気付いた。
「まさか、ミナミ!」
 アスカは慌てて自分の部屋を飛び出し、家中を駆け回った。
 アスカの脳裏に不安がよぎっていた。寝ている間にミナミがこっそり部屋に入り、机に置いていたメモ帳に書かれた自分の元の家の住所に眼を通し、妹ユカリを助けようと出て行ったのかもしれない。
 ミナミの部屋やキッチン。
 家の中をくまなく探したが、ミナミはどこにもいなかった。
 アスカの不安が一気に膨らんだ。そんな不安を押し殺しながら、アスカは電話の受話器を手に取った。
 心当たりのある家に電話していくが、ミナミは見つからない。そして、キョウコの自宅にも電話をかけた。
「もしもし。あ、キョウコちゃん。アスカだけど。そっちにミナミ来てないかな?」
「ミナミさん?来てませんけど。」
「そうか。もしかしたら・・」
「えっ?ミナミさんに何かあったんですか?」
「朝起きたらミナミがいなくて、もしかしたらオレの家に向かったかもしれないんだ。」
「アスカさんの?昔、アスカさんが住んでいたところですか?」
「うん。だから、もしミナミが来たら、携帯の方に連絡を・・」
「私も探しに行きます!人手は多い方がいいですし!」
「ダメだ、キョウコちゃん!やめるんだ!あっ・・」
 アスカが制止する前に、電話は切られていた。
「くっ!最悪の事態になってしまった!」
 アスカは慌てて裏口から飛び出し、バイクに乗って街を駆け抜けた。

 同じ頃、キョウコも慌てて家を飛び出した。
 駆け足のまま、携帯電話を持ってミナミの携帯にかけた。
「お願い、ミナミさん!電話に出て!」
 しかし、ミナミは電話に出ない。外に出かけるときは常時持って出るとミナミは言っていた。
「ミナミさん、どこにいるの!?」
 息を荒げながら辺りを見回すキョウコ。
 アスカの元の家の場所は知らず、アスカからも聞いていないので、探しても行き当たりばったりになるばかりだが、ミナミのことを心配するといても立ってもいられなかった。
「橘キョウコさんですね?」
 突然声をかけられて、キョウコは体の向きを変えた。
「あなたは・・?」
「私は光野フラン。アスカの姉さんよ。」
「えっ!?アスカさんの!?ミナミさんはどこ!?」
「ミナミさん?私は知らないわ。」
「じゃ、ユカリさんはどこ!?これだけは知らないとは言わせません!」
「ふふ、ユカリさんなら知ってるわ。よかったら案内してあげる。いらっしゃい。」
 笑いながらフランは右手を差し出した。その誘いに導かれるように、キョウコはその手を掴む。
 2人はそのまま黒い霧の中に消えていった。

 アスカは自分の家に行く前にキョウコの家に立ち寄っていた。
 昼間は両親は仕事に出ているため、キョウコだけが家にいるはずである。
 しかし、インターホンを押しても何の反応も無かった。
「まさか・・」
 アスカはすぐにバイクを走らせた。自分の家に向かって一目散に駆け抜けた。
 キョウコやミナミの携帯電話にかける手段があったはずなのだが、心配と不安が絶頂に達していたアスカには、それを思いつくことができなかった。
「ミナミ、キョウコちゃん、無事でいてくれ!」

 キョウコが気がつくと、そこは暗く静かな何もない場所だった。
 ただ、その近くには2つの人影が点在していた。
 2人とも衣服を一切身に付けておらず、素肌が白く虚ろな表情のまま立ち尽くしていた。1人はショートヘアの20歳前後の女性、もう1人には見覚えがあった。
「ユ、ユカリさん!?」
「そう。今のユカリさんは私のもの。そしてアスカを取り戻すための大事な人よ。」
「どういうことですか?それに、ここって・・」
 キョウコは不安を押し殺しながら、辺りを見回す。
「ここは私が創った世界。一定量の空間を支配すれば、こんなこともできるのよ。私の自室の押入れを出入り口として、ここと家をつなげているのよ。」
(アスカさん・・・)
 キョウコはフランに怪しまれないように、スカートのポケットの中の携帯電話のスイッチを押した。
 記憶の中の操作方法と指の感覚を頼りに、アスカの携帯につなげていく。
 それをよそに、フランはユカリの石の頬に触れて、話を続ける。
「2人を元に戻す方法は2つ。支配の力をかけた人が支配下に置かれた人の支配を取り除くこと。または、支配の力をかけた人が絶命すること。そのどちらかでしか、その人の支配は終わらないわ。」
 そのとき、アスカの携帯につながった。内緒話のようなアスカの声が、キョウコのスカートのポケットから漏れてくる。
「キョウコちゃん、キョウコちゃん!何かあったのかい!?」
 アスカが必死に呼びかけてくるが、キョウコたちのいる場所では、耳を澄まさなければ聞こえないほどの声でしかなかった。
 キョウコはあえて電話に答えず、フランとの会話で自分のいる場所を知ってもらおうとしていた。
 そのとき、キョウコの携帯がポケットから飛び出してきた。電話をつなげてから全く手をつけていない携帯は宙に浮かぶ。
 フランがユカリから離れ、右手を差し出していた。彼女は念動力で携帯を持ち上げ、右手を握り締めると同時に携帯が爆発した。
「私が気付いていないと思ってたかしら?」
 念動力を放っていた右手を下ろし、フランがキョウコに近づいていく。キョウコは後ずさりするが、恐怖する彼女の動きはゆっくり歩くフランよりも遅かった。
 やがて追いついたフランがキョウコの体を抱きしめ、耳元に囁く。
「どっちにしても、ミナミさんが私を追い求める限り、アスカも必ずここに来る。だからあなたには、2人の気持ちに拍車をかける役になってもらうわ。」
 フランの体から邪気が立ちこめる。しかし、恐怖と混乱が渦巻いていたキョウコは、その場を離れることができなかった。

 アスカが自分の家に到着した直後に、キョウコから電話がかかってきた。しかし、彼の呼びかけにキョウコが答えることがないまま、連絡が途切れてしまった。
「まさか、キョウコちゃん!」
 アスカが慌てて家に飛び込もうとする。
 そのとき、門を通ったアスカに誰かが突っ込んできた。
「うわっ!」
 その突進に押されて、アスカは突っ込んできた人と一緒に倒れる。
「いったーっ!」
「イテテテ、もう、何なのよ!」
「あっ!ミナミ!」
 うめき声を上げるアスカが見上げた先には、ミナミの姿があった。彼女も頭を手でさすって悲痛の声を上げていた。
「アスカ!どうしてここに!?」
「オレのメモ帳、勝手に持ってっただろ?ここを調べて来ると思ったよ。」
 ミナミはうつむき、そのまま黙り込んでしまう。アスカは立ち上がり、ミナミに声をかけた。
「仕方がない。ここまで来たんだ。一緒に行くか。」
 そう言ってアスカはミナミに手を差し伸べた。
「う、うん。ありがとう。」
「だけど、絶対にオレのそばを離れるな。」
 アスカはミナミを抱き、家の玄関を見つめる。
「昨日も言ったけど、オレはこれ以上、誰も失いたくないんだ。」
「分かったわ。でも、私だってあなたを守りたいわ。」
「ミナミ・・・」
 ミナミが笑顔でアスカに寄り添う。アスカからも思わず笑みがこぼれる。
「行きましょう!」
「ああ!」
 アスカはミナミを連れて玄関の戸を開けた。

 アスカの家は何の変哲もない普通の家だった。しかしアスカにとっては、悪夢の場所でもあった。
 楽しい思い出があるはずなのに、それ以上に苛立ちを感じていた。
 アスカは玄関を通り、迷わず階段を上っていった。ミナミもその後をついていく。
 アスカが向かおうとしていたのは、姉フランの部屋だった。そこに姉がいるという確証はどこにもなかったが、それでもアスカは進んでいく。
「ねえ、警察に連絡した方がいいんじゃない?」
 ミナミがぼそりとアスカに聞く。アスカが振り向かずに答える。
「いや。警察でも軍隊でも、メデューサの支配の力には太刀打ちできないだろう。真相を知っても、その人の思考を支配して記憶を消してしまえば、これ以上にない証拠隠滅になる。」
「そんなにすごいの?支配の力っていうのは?」
「力の度合いにもよるけど。」
 話しているうちに、アスカたちはフランの部屋の前にたどり着いていた。
 部屋のドアを開けると、そこにいたのはフランではなく、アスカの家の住所を知るはずのないキョウコだった。
「キ、キョウコちゃん!?」
 ミナミが思わず声を上げる。2人は部屋に飛び込み、キョウコに近づく。
「キョウコちゃん、キョウコちゃん!」
 アスカがキョウコの二の腕に手をかけ、体を起こして立ち上がらせる。
「大丈夫かい、キョウコちゃん!?」
 アスカがキョウコに声をかける。ミナミも心配そうにキョウコをみつめる。うつむいたままのキョウコが重い口を開いた。
「アスカさん、ミナミさん、私・・」
 その瞬間、キョウコのはいていたスカートがバラバラに引き裂かれた。白く冷たくなった下半身が、アスカとミナミの前にさらけ出される。
「キョウコちゃん、まさか姉さんに!?」
「ごめんなさい、アスカさん。私が余計なことをしなければ・・」
 アスカの顔から焦りがにじみ出る。思わずキョウコの腕を掴む手に力が入る。
 支配の石化で麻痺していく感覚の中で、キョウコは必死に笑顔を作る。
「私、ユカリさんを見つけたのに、フランさんの支配の力を受けてしまいました。フランさんの支配の力が途切れない限り、私はずっと裸のままでいることになるでしょう。」
 キョウコにかけられた石化が上半身を蝕み始め、シャツもその変化に巻き込まれて破れていく。
「ねえ、アスカ!キョウコちゃんたちを元に戻すことはできないの!?」
 ミナミは悲痛の訴えをアスカに投げかける。それに答えたのはキョウコだった。
「石化を解くには、支配の力を取り除くしかないです。つまり、フランさんが解除するか、フランさんが死ぬか・・」
 その言葉にアスカは驚愕する。
 ここまで事態を進めてしまい、今まで自分の説得を聞かなかった姉が、自ら支配の力を解くはずがない。つまり残されたもう1つの方法、自分の姉の命を絶つ以外にキョウコたちを助けることができない。
 だが、それはアスカにとって非常に酷なことだった。親しい人たちを救うためには、幼い頃から自分を育ててくれた姉を殺すしかない。
 苦悩の末、アスカは決意を固めた。
「ミナミ、キョウコちゃん、オレは戦うよ。」
 そう言ってアスカはキョウコの石の体を抱きしめた。石化の影響で感覚が失われつつあったキョウコの鼓動が一気に高まった。
「必ずオレが元に戻してやる。君も、みんなも。そしてもう1度みんなで、一緒に暮らそう。」
 アスカに抱かれたまま、キョウコの石化が首元に及んできた。
「ありがとう・・アスカさん・・・」
 キョウコから笑顔が消える。石化が顔の力さえ奪ってしまい、彼女もまた虚ろな表情のまま、瞳さえも完全に石に変わった。
「キョウコちゃん・・うう・・」
 ミナミは泣きじゃくり、キョウコの石の肩に寄り添って涙を流した。白く冷たくなった体に大粒の涙が流れ落ちるが、石像と化したキョウコは、何の反応も示さない。

「フフフフ、やっと帰ってきたわね、アスカ。」
 少し広めのフランの部屋。その押入れの前にフランは薄ら笑いを浮かべていた。
「姉さん・・・うわっ!」
「キャッ!」
 振り向いたアスカとミナミに、強烈な圧力がかかった。
 フランの右手から放たれた念動力が2人を吹き飛ばし、部屋の壁に叩きつけた。
 石化したキョウコの体に腕をかけて、2人が痛みに顔を歪めるのを見つめるフラン。
「ユカリさんを手に入れればミナミさんは必ず助けに来る。そうすればアスカも動いてくれる。ついてきなさい。あなたたちが探している人たちに会わせてあげる。」
 そう言うとフランはキョウコを抱えたまま、押入れの戸を開けた。その先には虹色に輝く光が張られていた。
 フランはキョウコを連れて、その光の中に入っていった。
「キョウコちゃん!」
 ミナミが慌てて立ち上がり後を追おうとしたところを、アスカが腕を掴んで止めた。
「1人で行くな!一緒に行こう。」
「アスカ・・」
「大事な人は、もう失いたくない。だからオレのそばを離れるな。オレが守る。」
 アスカは立ち上がってミナミを抱きしめた。彼の想いと決意が、ミナミに強く伝わっていく。
「ありがとう。でも私だってあなたを守れるわ。それに、私だってアスカのそばから絶対に離れない!」
 ミナミもアスカを強く抱きしめた。2人の想いがお互いの心を交錯する。
「たとえどんなことになっても、アスカと一緒だったら平気よ。」
「ミナミ、オレもだよ。みんなを助けて、一緒に幸せな生活を送ろう。」
 アスカとミナミは誓った。今そばにいる大切な人を守ることを。フランの支配からユカリたちを解放することを。
 決意と覚悟を秘めて、2人は光輝く出入り口の中に飛び込んでいった。

つづく


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