Control Lovers vol.4「forever love」

作:幻影


 光の中に飛び込んだアスカとミナミ。
 虹色の輝きに眩ませていた2人の眼が、薄暗い空間を捉えていく。
「ここって・・」
「おそらく、姉さんが創った空間なのだろう。」
 ミナミが不思議そうに、アスカは慎重に周囲を見回す。
 フランが展開したこの空間は、アスカたちが思っている以上に広い場所である。薄暗さとどこからか立ち込める威圧感で、アスカたちは遠近感が掴めなかったのだ。
「大丈夫だ。先に進もう。」
 アスカはミナミの体を寄せて歩き出す。

「ねぇ、本当にこの方向でいいの?」
 ミナミが不安げにアスカに訊ねる。
「分からない。ただ、思うままに進んでるだけだよ。」
「思うまま?」
「多分、メデューサ星人同士の力の交流だと思う。どっちにしても、じっとしていても始まらない。闇雲でもいいから動かないと。」
 確かにアスカの言うとおりだとミナミは思った。
 立ち止まったまま動かなければ、フランにもユカリたちにも会えるはずがない。だったら、闇雲でも移動したほうが事態を良くできるというものである。
「メデューサ星人同士の交流か・・」
 ミナミがぼそりと呟いた言葉を、アスカは聞き逃してはいなかった。
「何にしても、ただの勘だ。頭使い込んでるくらいなら体を動かせってね。」
「それもそうね。アスカにピッタリのセリフだけど。」
「おいおい、それを言うなよ。」
 アスカが苦笑いして、ミナミから笑顔がこぼれる。こんな雑談が、張り詰めていた2人自身の心持ちを和らげていた。
 和やかなおしゃべりをしながら、どこともつかない空間をアスカとミナミは進んでいった。

 空間に入ってから1分弱。
 自分の勘を頼りに歩いてきたアスカたちは、3人の人影を見つける。
 3人とも微動だにせず、呆然とその場に立ち尽くしていた。
「ユカリ!キョウコちゃん!」
 ミナミが叫び声を上げる。
「・・カリン・・・」
 ミナミがユカリとキョウコの心配をする中、アスカはカリンを見続けていた。
 メデューサの力に支配された3人は、喜怒哀楽のない表情をしたまま時間を止めていた。

「待っていたよ、アスカ。」
 突然空間に響いた声に振り返るアスカとミナミ。
 その先には右手の指を口元に当てて、フランが薄ら笑いを浮かべていた。
「姉さん!」
「私と一緒にいてくれたら、彼女たちと一緒にいられる。そうなれば幸せでいられるでしょう?あなたも私も。」
「違うっ!」
 フランの妖しい言葉を、アスカは首を振って否定する。
「こんなのは、オレの幸せじゃない!オレは周りのみんなと楽しく暮らす。それがオレの幸せだ!姉さんは、そんなオレの幸せを奪っているのに気付かないのか!?オレの好きな人たちを石に変えて支配して、オレから何もかも奪うつもりなのか!?」
 アスカの悲痛の叫び。苦悩する彼の様子を、ミナミは言葉を発することができなかった。
 しかし、フランはそれを嘲笑うかのように、
「私はあなたのことを想っている。だから、あなたの愛する人たちと、ずっと一緒にいられるようにしてあげたのよ。私はあなたに幸せになってほしいの。あなたのことは何でも知っている。だから・・」
 その言葉を聞くと、アスカの中で何かが崩れた。
 驚愕に満ちていた表情が、怒りと憎しみの色に染まっていく。
「やっぱりだ。あなたは、オレのことを何1つ分かってはいない。」
「何を言ってるの、アスカ?私は・・」
「じゃあ、今オレが何を考えてるのか、分かるのか!?」
「それは・・・」
 フランが動揺を見せる。アスカの鋭い視線が、フランの心に直接突き刺さっているようだった。
「オレのことを何でも知っているなら簡単に言えることなのに・・・あなたはオレを不幸にする悪魔だ!オレの大切なものを奪う悪い人だ!」
「アスカ・・」
 ミナミは悲しげにアスカとフランを見つめていた。アスカの怒りの言葉はさらに続く。
「オレはもうお前を姉さんとは思わない!お前を倒し、石にされたみんなを助け出す!」
 アスカは右手の人差し指をフランに向ける。
「もうあなたの思い通りにはならないわ!フランさん、ユカリたちは返してもらうわ!」
 ミナミも勇んでフランに言い放つ。
 アスカの怒りの言葉で意気消沈していたフランが、不気味な笑いを漏らす。
「フフフフフ・・・私は、私はあなたを信じていたのに・・もういいわ!あなたは私だけのもの!誰にも渡しはしない、アスカ!」
 フランの中で膨らみだす憎悪と欲望。それが強烈な衝撃波となって、アスカとミナミを吹き飛ばした。
「うわっ!」
「キャッ!」
 うめき声を上げる2人を、フランは不気味な笑みを消さないまま見下ろす。
「分からせてあげる。あなたの本当の幸せは何なのか。」
 その直後、フランはその場から姿を消し、立ち上がろうとしていたアスカの眼の前に現れた。そして、アスカの額に右手の指を当てた。
(空間を支配して、ここまで瞬間移動してきたのか・・)
 動揺するアスカが胸中で呟く。指を突きつけられた額から汗が流れ落ちる。
 この一瞬の出来事を目の当たりにして、ミナミはその場を動くこともできなかった。
「あなたを幸せにできるのは私だけ。私以外の人と一緒だと、あなたは必ず悲しい思いをする。だから私と一緒にいて。私の力なら、あなたには絶対に辛い思いをさせないから。」
 アスカに触れるフランの指から淡い光が発する。
 その瞬間、アスカは視界がぼやける気分に襲われた。
(これ・・は・・・)
 意識の糸が切れたかのように、アスカは倒れ込む。まるでつり糸の切れたあやつり人形のように。
「ア、アスカ・・?」
 ミナミが心配そうに声をかけるが、アスカは何の反応も見せない。
「大丈夫よ、ミナミさん。アスカはただ眠ってるだけよ。意識に支配の力をかけているから、私が解かない限り起きないわ。」
「そ、そんな・・アスカまで・・でも」
 怖さを見せるが、ミナミは立ち上がってフランを見据える。
「ここで諦めたら、アスカを、みんなを助けられない!」
 勇気を示すミナミを、フランは妖しく見つめる。
「怖がることはないわ。あなたを奪ったらアスカの眼を覚まさせるわ。そうすればアスカも分かってくれるわ。本当の幸せを。」
「違うわ!」
 フランの言葉を、ミナミは声を張り上げて否定する。
「あなたが幸せにしたいのはアスカじゃない!あなた自身よ!あなたはアスカを利用して自己満足にしてるだけよ!アスカの気持ちを全く無視してるにも関わらず!」
「うるさいっ!」
 ミナミの言葉に苛立ちを膨らませたフランは右手を突き出し、念動力でミナミの体を持ち上げた。
「あなたに何が分かるの!?私の、アスカの何が!」
「私は、アスカの気持ちは分かってるつもりよ。少なくてもあなたよりは!」
「いい加減にしなさい!」
 フランは念動力を発している右手を勢いよく下ろし、宙に持ち上げていたミナミを地面に叩きつけた。
「ミナミさん、あなたは私の支配を受けて石像になるのよ。私に全てを委ねたら、そんな考えも消えてなくなるわ。苦痛も悩みもなくなって楽になれる。ユカリさんやキョウコさんのように。」
「私は負けるわけにいかないのよ。ここで諦めてあなたのいう楽に委ねたら、この後ずっと楽でいられなくなる気がする。」
 必死に自分の気持ちを訴えるミナミ。しかし、フランの念動力に押さえつけられて、起き上がることができない。
「私の力に何の抵抗もできていないのに・・これであなたは私のものよ。」
 フランの左手から黒い霧が発せられる。支配の邪気がフランを取り巻く。
「あなたは快楽の海に沈む。アスカの意識を変えて私の考えを分かってもらった後、あなたの体をたっぷり弄んであげる。」
 フランは邪気の霧をまとわせた左手を持ち上げ、ミナミに向けて腕を伸ばした。
 妖しい表情が一変し、不気味さが表面化しているフラン。
 彼女の念動力から逃れることができず、ミナミの心で支配から抗う気持ちと支配される覚悟が交錯する。
「ぐっ!」
 そのとき、フランは強い苦痛に襲われてうめき声を上げる。
 その瞬間、彼女の念動力が途切れ、ミナミを押さえつけていた圧力が消えた。
 体が軽くなったような気分になりながら、ミナミは痺れかかった体を起こして立ち上がった。
 ミナミが見ると、フランの胸を光の刃が貫いていた。彼女の体を1本の剣が突き刺され、その柄を握っているのはアスカだった。
「ア、アスカ・・どうして・・・」
 口から血を垂らし、体を震わせながらフランが首だけをアスカに向けようとする。
「オレにもわずかだけど、メデューサ星人の支配の力があるんだ。空気中の粒子を支配して収束すれば、武器や道具を作り出すこともできる。」
「そ、そんなバカな・・あなたの意識は私が支配したはずなのに・・」
「どんな力でも、人の思いを、人間の心を支配することなんてできない。たとえお前に全てを奪われたとしても、オレたちはお前には絶対に屈しない!」
 意識への支配による頭痛で頭を手で押さえながら、アスカはふらつきながら立ち上がった。
「アスカ!」
 念動力に押さえつけられていた体をふらつかせながら、ミナミはアスカに近づき抱きついた。
「アスカ・・よかった・・」
「ミナミ、オレはもう大丈夫だ。ただ君を守りたいと思った。それだけだったんだよ。」
 アスカもミナミの体を抱きしめる。
「それでも、それでもよかった。」
 ミナミの眼から涙があふれ、頬を流れてアスカのシャツに落ちていく。
 アスカとミナミは、胸を押さえて苦しんでいるフランを見つめた。
 アスカの支配の力は解け、フランを刺していた光の剣は消えていた。
「姉さん、いや、光野フラン、あなたはオレたちを縛れない。この先オレは、ミナミやみんなと暮らし、死ぬまで背負っていく。あなたがみんなにした過ちと、オレがあなたを殺した罪を。」
 アスカの鋭い視線が、傷つくフランをさらに突き刺していく。
「このまま、私は何もできないの・・この力を持っているのに、アスカを幸せにできないの・・」
「違う、違うよ。力があるだけでは幸せにはならない。力の使い方次第で、白にも黒にもなってしまうんだ。」
 アスカの突き刺すような視線が、フランを哀れむ眼差しに変わる。涙が彼の頬を流れ落ちる。
「許さない・・こんなこと、絶対に許さない!!」
 怒りに満ちたフランは血みどろの右手を突き出した。
 その手のひらから黒い煙が勢いよく噴射される。今までの支配の邪気よりも濃い黒さだった。
 アスカとミナミがはっとして煙から逃れようとするが、黒煙は2人に吹き付けられた。
「んっふふふふ。これでもうあなたたちは私のものよ。」
 せきこみながら黒煙を振り払い、アスカが不気味な笑いを浮かべるフランを睨む。
「ムダだ!こんなことをしても一瞬の支配だ。あなたが死ねば全て終わりだ。」
「ふふふふ、それはどうかしら?」
「どういうことなの?」
 フランの言葉に、ミナミが不安を抱えながら聞き返す。
「今の支配の力に私の全てを注いだわ。私の命に支配されたあなたたちは、たとえ私が死んでもその支配は解けない。」
「えっ!?」
「何だとっ!?」
 アスカとミナミが驚愕の声を上げ、お互いを見合わせて顔を紅潮させる。
「これであなたたち2人の幸せは永久不変になった。お互いこのまま想い続けるといいわ。」
「あっ!」
 右手の手のひらを上に向けて震わせ、哄笑を消さないフランの眼の前で、アスカとミナミの着ていたシャツが破れた。
 体が固く冷たい石に変わり、上半身がさらけ出される。
「ふふふふ、これこそ私が願っていたこと。アスカの本当の幸せなのよ。あっはははは・・・」
 かん高い笑い声を空間に響かせながら、フランの体が砂のように崩れていき、跡形もなくなってしまった。
 それをよそに、アスカとミナミにかけられた石化の支配は徐々に体を蝕んでいく。
「ミ、ミナミ、大丈夫か!?」
「アスカ、私は大丈夫よ。」
 石化の影響から引き起こされる麻痺で苦悶の表情を浮かべながらも、必死に笑顔を浮かべて安心感を持たせようとする2人。
「ミナミ、すまない。結局、君を守れなかった。」
「何言ってるの?あなたは私を守り助けてくれた。自分勝手な行動をした私を、そこまで心配してくれた。ありがとうの一言では、とても収まりきらない感謝を感じてるの。」
「ミナミ・・・」
 まじまじとミナミの笑顔を見つめるアスカ。そしてその視線が彼女の胸元に移る。
「・・けっこう胸あったんだな・・・」
「えっ!?・・・もう!」
 突拍子のない言葉に赤面したミナミが顔を膨らませる。そして2人とも小さく笑みを漏らす。
 その間も、石化は2人の下半身に及び、ジーンズとスカートを引き裂いていく。
 それにも関わらず、2人の顔からは安堵がこぼれていた。
「支配って不思議な気分になるね。」
「えっ?」
「底なしの湖に落とされて、奥へ奥へと沈んでいくような。どこかで聞いたような話だけど、水圧に圧されるのと同じで、感覚がなくなって体が冷たくなっていく。」
 ミナミの言うとおり、2人の感覚は麻痺し、体の温もりは失われていた。
 本当だったら雪山の中にいるような気分に陥るはずである。
「でも、なんでだろう、体の奥から湧いてくるものがあって、温かくなっていくの。とってもいい気分・・」
「オレもだよ。もしかしたら、ミナミの思いが伝わってきているのかもしれない。」
「そうかもね。私にもアスカの思いが伝わってくる。そう信じたい。」
 アスカとミナミの衣服は支配の石化でほとんど破れ、石の冷たさが残っていると思われた。
 しかし、彼らにはそれよりも、お互いを思う温かさを強く感じていた。
「アスカ、お願いがあるんだけど・・」
「なんだい、ミナミ?」
「私を支配してほしいの。あなたの支配だったら、喜んで受け入れるわ。」
 ミナミの頬に流れる涙。笑顔で告げる彼女の願い。
 その中に秘めた想いをアスカは理解していた。
「分かった。だけど、オレの支配は支配のうちに入らないかもな。」
 アスカは顔をミナミに近づけた。
 自由の利かない体で、必死に力を込めて寄り添う。
 そして、2人の唇が重なり、心の高鳴りが激しくなる。

 長い口付けだった。
 普通に考えても長いほうだと思えるほどだった。
 石化が2人の手や足の先まで到達し、首元に迫ってきた。
 そのため、2人のこの口付けが、永遠のものとなった。

キョウコちゃん、ユカリ、ごめんね。
また今までの生活が送れると思ってたけど、それももうムリみたいだね。
でも、これも悪くはないよ。
このままアスカを好きでいられるんだからね。
どこまでも自分勝手で、本当にごめんね、みんな・・・

オレはやっと、自分の思いを貫くことができたと思う。
結果としたら姉さんに支配されたことになるけど、決して屈してはいないという心の強さを感じる。
ユカリちゃん、キョウコちゃん、みんなと暮らせなくなってしまったな。
カリン、すまない。
裏切るようなことになるけど、今はオレは、ミナミのことが好きでたまらないんだ。
やっぱり幸せは、自分自身でみつけなくちゃいけないんだね。
今、オレはみつけたよ。
ミナミと一緒にいることが、オレの幸せであり、ミナミの幸せでもあるんだ。
体が石になって、ずっとこのままでいることになる。
それでもいいよ。
オレは、この幸せに浸っていることにするよ。

 ユカリとキョウコ、カリンの石の体に亀裂が生じる。
 石の殻が剥がれ、3人の乙女の素肌があらわになる。
「ここは・・フランさんの空間・・」
 キョウコが辺りを見回し、1人呟く。
「ウソ!?私、裸なの!?」
 ユカリが顔を赤くして叫ぶ。ユカリだけでなく、キョウコもカリンも一糸まとわぬ姿だった。
「き、君たちは・・・」
 カリンは今の現状が飲み込めず、キョウコとユカリのやり取りを呆然と見つめることしかできないでいた。
「こうして元に戻ってるということは、フランさんの支配の力が消えたのかしら?」
 広げる自分の両手を見つめるキョウコ。
 そのとき、3人の視線が一点に集まる。
「お、お姉ちゃん?」
「アスカさん・・どうして・・・」
 裸の体を抱きしめ合い、アスカとミナミが口付けを交わしたまま、立ち尽くして動かなかった。
「キョウコちゃん、アスカさんとお姉ちゃん、どうしちゃったの!?」
 ユカリは混乱したまま、両手でキョウコの両肩を掴んだ。
 キョウコはユカリから視線をそらして、
「自分がアスカさんを幸せにできると信じていたフランさんの支配が解かれたということは、フランさんは死んだことになる。それなのに、アスカさんたちへの支配は解けない。」
「それって・・・」
「メデューサ星人は、自分の命を引き換えにすることで、その支配を永続させることができる。つまり、アスカさんとミナミさんは、もう・・・」
「そんな・・・お姉ちゃん、アスカさん・・・」
 キョウコを掴んでいた両手を離し、自分の両腕を掴んで泣き始めるユカリ。
「本当に、本当にアスカなの・・・アスカ・・・」
 カリンは立ち尽くしてアスカたちを見つめたまま、涙を流す。

 そのとき、ユカリたちのいる空間が歪み始めた。
「うわっ!」
「フランさんが死んだことで、支配されていたこの空間が崩れ始めてるんだわ。」
 小さく呟きながら辺りを見回すキョウコ。慌てるユカリとカリン。
 3人は石像となったアスカとミナミのいる場所に集まる。
 やがて空間の振動が激しさを増し、視点が定まらなくなる3人。
 気がつくとそこはフランの部屋だった。
 利用していた人を失ったこの部屋には、呆然となっている3人の少女たちと、愛を交わしたまま動かない石の男女がいた。
 誰もが衣服を全く身に付けてはいない。
「ここは・・?」
 今いる場所を知らないため、ユカリは困惑している。
「フランさんの部屋・・私たち、戻れたのね。」
 キョウコがまた小さく呟く。
「アスカ・・あなたは本当の幸せを見つけたのかな・・・」
 カリンは抱き合っているアスカとミナミをその上からさらに抱きしめた。
 涙が止まらない彼女の顔は笑顔だった。
 しかし、彼女には今、自分が愛した人が幸せになったと思う歓喜と、その人の想っているのが自分でないという虚無感が交錯していた。

 その後、背格好がフランとほとんど同じだったカリンがフランの服を代用し、ユカリとキョウコの服を取ってきて、フランの家を後にした。
 石像と化したアスカとミナミは、車を運転できるカリンがシーツに包んでユカリの店に運んできて、アスカが利用していた部屋に置いたのである。
 警察は決定的な証拠が掴めず、事件の犯人をフランであることを特定しないまま、本格的な捜査を打ち切った。
 一方、カリンは居候として、ミナミが今まで使っていた部屋を借りて、ユカリのカレー店で働くことになった。
「アレ?ヘンだなあ。とろみが全然出ないよ〜。」
「もう。水入れすぎですよ、カリンさん。アスカさんより覚えが悪いですね。」
 失敗続きで焦るカリンに呆れるユカリ。
「こんにちは。今日もよろしくお願いします。」
 店の戸を開けて学校から直接やってきたキョウコが入ってきた。
「あ、丁度よかった。キョウコちゃん、何とかしてちょうだい。カリンさんったら、なかなか上達しないのよ。」
 ふくれっ面になるユカリに、キョウコはただ苦笑いするしかなかった。カリンはまだカレー作りに悩んでいる。
「分かりました。しっかり教えますので。」
 キョウコはカリンに笑顔を見せる。
 しかし、その心のうちは笑っていないことをカリンは悟ったのである。
「アスカさんとミナミさん、元に戻るのでしょうか?」
 キョウコがユカリとカリンに聞く。
「私は信じるよ。お姉ちゃんたちの元気がまた見られることを。」
「アスカ、ミナミさん、私たちは待ってるよ。だから、戻ってきたときは、一緒に暮らそう。」
 カリンたちは笑顔で営業に励むのであった。

 カリンたちは、フランの支配の石化を受けた事実と、固く冷たくなっていく気分は覚えていた。
 しかし、完全に石化してから元に戻るまでは、意識を失っていたため、その間の記憶はなかった。
 だから、フランがカリンたちの石の素肌に触れていたことは覚えがなかったのである。
 愛し合っているにも関わらず、アスカとミナミは意識がなくなっているのかもしれない。
 それでもカリンたちは信じて待ち続ける。
 永遠の支配から脱し、再びカリンたちのいる場所に帰ってくることを・・・

終わり


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