Blood -white vampire- File.10 ポテンシャル・ドレイン

作:幻影


「また1人、オレの力が増した・・」
 さつきを石化され、悲痛の表情を浮かべている志貴の背後、部屋の出入り口にランティスが現れた。不敵に笑う彼に、志貴がゆっくりと振り返る。
「次はお前がこうなるんだ、遠野志貴。お前の持つ“直死の魔眼”が、オレの最高の力となる。」
「お前の思うようにはいかせない。」
 志貴はランティスに鋭い視線を向け、かけていたメガネを外す。直死の魔眼の効果を封じ込めるためのものだ。
 彼の瞳に、死の紅い線が蜘蛛の糸のように張り巡らされて映し出される。もしその線を断ち切れば、その対象は完全に破壊されることになる。
「それで抵抗するか・・だが忘れるな。お前のように常時使えるわけではないが、オレも使うことはできる。」
 ランティスの眼に不気味な紅い眼光が光る。
「少なくとも対抗策には十分だ。」
 彼の視界にも紅い線の群れが映る。Sブラッドの効果で、彼も直死の魔眼を発動したのである。
「安心しろ。殺しはしないさ。殺せばお前の直死の魔眼は手に入れられないからな。」
「そうかい・・だったらこっちは遠慮なくいかせてもらう。」
 志貴はポケットに常備しているナイフを取り出し、刃を出して構える。柄の部分に“七つ夜”と刻まれた宝刀である。
「お前を倒せば、お前のブラッドの力はなくなり、先輩や弓塚さんは元に戻るはずだ。」
「そういうことだ。だがお前はオレの最高の力になる以外に道はない。」
 ナイフの切っ先を向ける志貴に、ランティスはなおも笑みを崩さない。
「たしかに直死の魔眼の効力の前には、Sブラッドであるオレでも受ければ死は免れない。だがそれを見切り、受けなければお前を屈服させることなど造作もない。」
 ランティスの余裕の意味するものはそれだった。相手に直接“死”を与える直死の魔眼でも、見切って回避すれば恐れる力ではない。
 そのための力と能力を、ランティスは十分に備えていた。
「それに、オレはもう1人、力となる少女を手に入れている。」
「何!?」
 ランティスの言葉に驚く志貴。白い吸血鬼が指を鳴らすと、1人の少女が姿を現した。
 白のハイネックを着用した金髪の少女。アルクエイド・ブリュンスタッドである。
 彼女は十字架に張り付けにされた状態で、意識を失っていた。その姿はまさに、神に裁かれようとしている悪魔にも思えた。
「ア、アルクエイド・・・!?」
 志貴はさらなる驚愕を覚えた。その反応をあざけるように、ランティスが笑みをこぼす。
「彼女もここに来ていたんだ。オレがお前を連れて瞬間移動してきた際、一緒についてきていたようだ。」
 ランティスは眼を閉じているアルクエイドの頬を優しく叩く。すると彼女のまぶたが小刻みに揺れる。
「あれ・・わたし・・・?」
 意識を覚醒させていくアルクエイドが、おもむろに呟く。彼女の眼がゆっくりと開かれる。
「ア、アルクエイド・・・!?」
 志貴も困惑を抑えながら声をこぼす。
「あ、志貴・・」
 アルクエイドも彼の姿に気がつく。
「あ、あれ?・・いつの間にこんな・・」
 そして自分が十字架に張り付けにされていることに気付く。手足を拘束する鎖を断ち切ろうと、彼女は吸血鬼の力を解放する。その眼が金色に光り出す。
 しかし、彼女が力を発揮しても鎖は引きちぎれない。
「ど、どうして・・・!?」
「ムダだよ。この十字架には、拘束した相手の力を封じ込める効果を持っている。今のお前に十字架から抜け出す術はないよ。」
 困惑するアルクエイドを不敵な笑みを浮かべて見つめるランティス。十字架の封印によって、彼女は無力となっていた。
「これで彼女はオレの手の内だ。息の根を止めることも、力を奪い取ることも。」
「やめろっ!」
 眼を不気味に光らせるランティス。志貴がたまらず彼に駆け寄る。
 しかし遅かった。

     ドクンッ

 アルクエイドに強い胸の高鳴りが襲う。その衝動に彼女は思わず眼を見開いた。
「これで真祖の月姫の力もオレのものとなった。」
 ランティスが歓喜を感じて笑みを強める。
「ではまず、その胸を見せてもらおうかな。」
「何を考えて・・!」
  ピキッ ピキキッ
 アルクエイドが声を荒げた瞬間、彼女のハイネックが破れた。半壊した服からのぞける彼女の素肌は、白い石に変わっていた。
「これは・・・シエルと同じ・・・!?」
「そう。オレが彼女から力を奪い、石化したんだ。このポテンシャル・ドレインで。」
 驚愕するアルクエイドに、ランティスが淡々と語る。
 ポテンシャル・ドレイン。
 対象から全ての力を奪い、自分の力に変質する能力。力を奪われたものは、石のように白く固まってしまう。
 それを受けた彼女は、徐々に体を蝕まれていた。
「まるで、神に裁かれる魔女だな。十字架に捕らわれた彼女は、その邪な力を全て神に奪い取られる。」
 顔を赤らめるアルクエイド、当惑している志貴に語るランティス。しかしその笑みが次第に曇る。
「しかし、実際には神は存在しない。いたとしてもあまりに無力な存在でしかない。」
「どういうことなんだ・・・!?」
 志貴が思い切って、ランティスの言葉に問いかける。ランティスは志貴に物悲しい視線を向けてきた。
「オレは元々、教会で責務を負っていた人だ。だが、オレの家族は教会が仕えている神に殺された。」
「何だって・・!?」
「南十字島(みなみじゅうじとう)の変異事件。時間凍結を引き起こしたと思われるその首謀者が引き起こした企みによって、神は怒りそのいかずちを地上に放った。その閃光に巻き込まれて、オレの家族は全員死んだ。」
  パキッ ピキキッ
 ランティスが語る間にも、アルクエイドの石化は進行していた。スカートが引き裂かれ、足も白く固まっていく。
「怒りに囚われた神はこの世界の大気を動かし、その怒りを地上にはなった。それによって、何の罪もないオレの家族は消された。それでもオレは神に祈った。しかしそのかすかな願いさえも、神は聞き入れてはくれなかった。」
 ランティスの表情に憤怒が浮かぶ。
「そこでオレは、神も自分の感情に流される偉大とは程遠い存在であることを確信した。自分のためなら、他の誰かが救われなくても構わない。そう思っているんだ。だからオレは、絶対的な力を手に入れ、愚かな神に代わる新しい神となるんだ。」
 ランティスの浮かべた笑みは、憎悪に満たされた不気味なものだった。その感情の揺らぎに、志貴は言葉を失っていた。
「その絶対的な力・・遠野志貴、お前の持っている“直死の魔眼”だ。確実な“死”を与えることのできるその能力を手に入れ、オレは神となりこの混沌に満ちた世界を救うんだ。」
 自分が神になり代わることが世界を救う術だと思っているランティス。
「フフ・・笑わせてくれるわね。」
 そんな彼をあざ笑ったのは、石化されていくアルクエイドだった。ボロボロの衣服、さらけ出されていく石の肌にも関わらず、彼女は妖しい笑みを投げかけていた。
「あなたは神なんかじゃないわ。少なくても、神と名乗るあなたが人を弄ぶなんてね。ま、吸血鬼の私がそんなことをいうのもバカらしいけど。」
 呆れたような笑みを見せるアルクエイド。しかしランティスはその言葉で感情を逆撫ですることはなかった。
 石化され肌をさらされているにも関わらず、自分の考えを語る彼女に後押しされて、志貴も言葉を振り絞った。
「本当に神がいるかどうかはオレには分からない。だけど、人を自分の力のための道具としか思っていないお前が、神でない、神になりきれないことは確かだ!」
 真剣な視線を向けながら言い放つ志貴。しかしランティスの優位な態度は揺るがない。
「お前たちはオレの力を上げるための道具などではない。栄えある人柱と思うべきだな。」
「同じことだ。お前が人を弄んでいることに変わりはない。」
  パキッ ピキッ
 アルクエイドを蝕む石化が彼女の手足に到達し、首元を固め始めていた。実際に張り付けにされているものの、この石化の拘束は彼女に見えない十字架への張り付けを感じさせていた。
「アルクエイド!」
「し、志貴・・・」
 叫ぶ志貴に力なく声をかけるアルクエイド。ランティスのポテンシャル・ドレインによって彼女は力を奪われていた。
「志貴・・あなたなら・・自分を貫くことができるはずだよ・・・自分を・・しん・・じ・・・て・・・」
  ピキッ パキッ
 必死に声を振り絞る彼女の唇も白く固い石に変わる。
   フッ
 その金色にも輝いていた瞳にも亀裂が入り、アルクエイドは完全な石像となった。小さな笑みを浮かべたまま、十字架に捕らわれたまま固まった吸血鬼の姫君がここに存在していた。
 その姿はまさに、神によって裁かれた魔女の末路だった。
「これで真祖の月姫の力はオレのものとなった。遠野志貴、オレの考えが詭弁だとしても、お前はオレによって力を奪われる。その“直死の魔眼”を。」
 悲痛のあまり顔を歪める志貴に、ランティスが不敵な笑みを浮かべる。
「そんなことはさせないぞ!」
 そのとき、鋭い声とともに、ランティスに刃が振り下ろされる。ランティスは即座にそれに気付いて、瞬間移動で回避する。
 移動した彼の視線の先には、彼の力の余韻を辿ってきた健人、しずく、あおいが立っていた。健人が瞬間移動した直後、ブラッドの力によって具現化した紅い剣を、ランティスに向けて振り下ろしたのだ。
「ここまで追ってくるとはな、椎名健人。」
 不敵に笑うランティス。
「健人、ちょっと・・!?」
 驚愕して指差すしずく。健人も彼女の差すほうを見て、同様の驚愕を見せる。
 さつきもアルクエイドも、白い裸の石像に変えられていた。ランティスによって力を奪われ、力を失った彼女たちの体は白く固まってしまっていた。
「さつきさんやアルクエイドまで・・・ランティス、貴様・・・!」
 こみ上げる怒りを表情に表す健人。ランティスがそれをあざけるような哄笑をもらす。
「そうだよ。2人の力はオレがいただいた。真祖の月姫の力を得たオレはお前と同等、いやそれ以上の力となった。」
 ランティスが全身に力を入れる。彼の体から白いオーラがあふれ出し、上昇する彼の力を表していく。
「これが・・今のランティスの力・・・!?」
 ひしひしと感じてくる彼の力を、健人は信じられなかった。
 前の戦いでは若干ランティスが健人を下回っていた。しかし2人の少女の力を取り込んだランティスは、健人を上回ることにも成功していた。
 それほどアルクエイドの真祖の吸血鬼としての力は、彼に力の向上をもたらしていたのだった。
「確かにこの通り、オレの力は高められた。しかし、これでも最高の力とは呼べない。」
 力を抜いたランティスが笑みを消す。白いオーラが霧のように消えていく。
「遠野志貴の持つ“直死の魔眼”を手にするまでは。」
 ランティスの視線が志貴に移る。その威圧感に圧されながらも、ナイフを持った彼は構えを崩さない。
 健人もいきり立って出現させた紅い剣を構える。
(今の力を目の当たりにしたら、とても勝てるとは思えない。だが、それでもオレは戦うしかない。)
 屈強の相手を目前にしても、彼は退くわけにはいかなかった。
(シエルさんやさつきさん、アルクエイドを助けるためにも・・)
「オレはお前を倒す!」
 心で呟いていた心の声が、言葉となって健人の口から放たれる。ランティスがそんな彼に向けて右手を伸ばす。
「今見せたオレの力が分かっていない、というわけではなさそうだな。負けられない理由でもあるのか?」
「ああ。みんなを助けるために。みんなの思い、夢を守るために、オレは戦うんだ!」
 首をかしげて見せるランティスに、あくまで真剣な構えを取る健人。
「正義とも友情とも取れる動機だな。まぁいいさ。オレの今の力で、椎名健人、お前を屈服させてやろう。」
 ランティスが右手を広げ、白いオーラを収束させる。それが白い剣へと形成していく。
「これはポテンシャル・ドレインとしてではなく、ブラッドとしての力だ。つまり、オレ自身の能力さ。」
「誰の力だろうと関係ない。お前を倒し、みんなを助け出す!」
 健人は剣を振りかざしてランティスに飛びかかる。紅と白の刃がぶつかり、大きく火花が散る。
 だが、全く余裕を見せるランティスに対し、健人は必死だった。
「以前と比べてお前の力を感じない。月姫の効力は絶大だったようだ。」
「くっ・・押さえるのに精一杯だなんて・・・!」
 笑みを見せるランティスと、顔を歪める健人。少しでも気を抜けば、白い力に圧倒されてしまう。
「もういいだろう。そろそろはね返させてもらうよ。」
 ランティスが剣に力を込める。すると白い剣に帯びている光が強まり、その衝動で健人が突き飛ばされる。
「ぐあっ!」
 剣を手から離し、健人が床に倒れて横たわる。視線を上げると、ひとまず剣を下ろすランティスが悠然と見下ろしてきていた。
「健人!」
 しずくとあおいがたまらず健人に駆け寄ろうとする。
「来るな、しずく、あおいちゃん・・」
 彼女たちを立ち上がりながら呼び止める健人。戸惑いながら足を止めるしずくとあおい。
「ヤツは強力なSブラッド・・君を傷つけさせるわけには・・・」
「健人、私だって健人が傷つけられるのを待ってるつもりはないよ。」
 低くうめくように声を振り絞る健人に、しずくは優しく微笑む。
「たとえ敵わなくなって、私も戦う!みんなのために、私たちを信じてくれる人たちのために!」
 しずくがブラッドの力を解放し、健人が使用しているものと同じ紅い剣を出現させる。彼女の脳裏には、弟、シュンの顔がよみがえっていた。
 健人と出会い、音楽家か歌手になるという夢を強めた少年の笑顔。健人やしずくたちは今、その夢を受け継いでいるのである。
 その思いと夢のためにも、彼女もここで引き下がるわけにはいかないと思っていた。
「なるほど・・体は吸血鬼になっていても、心はあくまで人間であり続けているわけか・・」
 ランティスが小さく笑みをこぼす。
「オレは初めからブラッドだったわけではない。元々は人間だったんだ。」
「人間・・・!?」
 ランティスの言葉に、健人やしずくたちは耳を疑った。
「だけど、世界の混沌に不満を持っていたオレは、ある人との出会いでブラッドになり、世界を変える力ときっかけを手に入れた。」
 彼の満面の笑みが、当惑する健人に向けられる。
「椎名健人、お前にとってゆかりのあるブラッドだ・・・不動全(ふどうぜん)さ。」
「なっ・・・!?」
 この言葉に健人は驚愕し眼を見開く。
「そう。オレを吸血鬼にしたのは、ブラッドの少年を使って神から自由を手にしようとした男さ。」
「そんな・・・そんなバカな・・・!?」
 健人やしずくたちを陥れたブラッドの男。その存在が、再び健人たちの前に立ちはだかっていたのだった。

つづく


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