Blood -white vampire- File.11 真祖

作:幻影


 かつて、神からの完全なる自由を求めた男、不動全。彼はしずくの弟、シュンの覚醒したブラッドの力、あおいの神の力を利用して、神への抵抗を目論んだ。
 しかし健人としずくによってその策略は失敗し、全を初めとしたブラッドたちは消滅したかに思えた。
 彼は生きていた。ただし彼の肉体は崩壊し、頭部だけが無残に虚空を漂っていた。
 そんな彼を発見したのが、教会に属していたランティス・シュナイダーだった。世界に不満を抱いていたランティスは、全の存在に気がついた。
「この人・・・まだ命が残っている・・・だが、邪悪な力を持っている・・・」
「お前・・・オレの存在に気付くとは・・・神に属する者か・・・?」
 見下ろしてきたランティスに対し、全が不敵な笑みを浮かべる。首しか残っていない全の声は、弱々しく響いていた。
「確かにオレは神、教会に属している人間だ。だが、最近オレは神を信じられなくなった。」
「ほう・・?」
「神はオレたち人間には救いの手を差し伸べようとしない。オレたちと同じように、自分の感情のままに動いている。これではオレたちは、世界は救われない。」
 ランティスの眼には悲しみが宿っていた。彼は数日前に家族を奪われた。神の怒りのいかずちによるものだった。
 彼の言葉に耳を傾けていた全は、ふと不敵な笑みを浮かべた。
「お前も神に何らかの不満を持っているようだな。」
「吸血鬼のお前に哀れみを受けるとはな。だがその姿では何もできないだろう・・」
「・・いや、オレがお前に対してできることがひとつだけある。」
 全のその言葉にランティスが眉をひそめた。
「世界を変える力が欲しいか?」
「フッ・・何を言い出すかと思えば・・お前に何ができる?」
 問いかける全に、ランティスが半ば呆れた様子を見せる。
「オレの牙をお前の首筋に当てろ。そうすればお前は自由への力を・・」
「遠まわしな言い方はやめろ。結局は吸血鬼になるんだろ?」
「お前も神への不満を抱いているのだろう?ならば悪魔に魂を売り渡すことに躊躇する理由もないだろう。」
 あくまで悠然とした口調を崩さない全。ランティスの心が次第に揺らいでいく。
「お前に魂を差し出せば、世界を変えられるのか・・・?」
「それはお前次第と言っておこうか。それに、お前にはオレの記憶を全て明け渡す。魂を売り渡すというなら、それはむしろオレのほうだ。」
「お前の、記憶だと・・・?」
「一方的に渡すんだ。必要がなければ切り捨ててしまっても構わない。」
 全の言葉に戸惑うランティス。
 救世主の囁きなのか、それとも悪魔のいざないなのか。その誘惑にランティスの心は動いた。
「どんな力が手に入るんだ?」
「フッ・・それはお前がブラッドになればすぐに理解できる。まるで生まれたときから分かっていたみたいに。」
 その言葉でランティスが満面の笑みを浮かべる。彼の中に神に属する者とは到底考えられない野心が込み上がってきた。
「いいだろう。お前を受け入れよう。この混沌に満ちた世界を変えるために。」
 ランティスは全の首を持ち上げる。そして自分の首筋に運ぶと、全が牙を首筋に入れてきた。
「くっ・・!」
 その直後、全身を駆け巡る何かの強烈な移動に、ランティスはうめく。それは全身の血液が、普段を大きく上回る速さで流れていたのだった。
 鼓動までが速くなり、息遣いも荒くなる。体の中を触られているような快楽がランティスを襲う。
 しばらく続くとその衝動は治まった。ランティスは呼吸を荒げながらも、自分の体が今までのものとは明らかに違うことを実感していた。
「すごい・・・これが・・吸血鬼、ブラッドの力・・・」
 ランティスが自分の両手をじっと見つめる。体から力があふれてきていた。
「そうだ・・これがブラッドの力だ・・・」
 小さく笑みをこぼす全。彼の表情は弱々しくなっていた。
 全は吸血を行わず、牙をランティスに刺して彼をブラッドに変貌させた。この体では、彼の血を全て吸いきっても、再生は見込めないだろうと思っていた。
「オレの記憶とともに、ブラッドの力に関することを全てお前に伝えた。あとはお前が自由に使えばいい・・」
「お前・・・不動全・・・」
「今度はお前が・・・この世界を・・・」
 全はランティスに全てを託すと、その頭部は砂のように崩れて、ランティスの手から落ちていった。
「お前の考えなど知ったことではないが、お前から受け継いだこの力、存分に使わせてもらうとしよう。」
 荒野に響くランティスの哄笑。神に仕えていた青年が、神に敵対する悪魔へと変わった。

「そうか・・・お前は、全の最後の遺産というわけか・・・」
 健人が愕然となりながら、低く呟く。
「遺産と呼ぶとあまり腑に落ちなくもないが、そういうことだ。まぁ、これはオレ個人でやっていることだけど。」
 ランティスが不敵な笑みを浮かべる。
「ポテンシャル・ドレインはオレが思い描いたブラッドの力だ。だが全の記憶から、お前たちのことを知ったのも事実だ。」
 世界を変えることのできる力を求めたランティスは、全の記憶から健人たちのことを知った。そしてはじめは彼から力を奪おうと目論んでいた。
 しかし彼を探しているに連れて、ランティスは新たなる力の存在を知った。
 “直死の魔眼”である。
 対象に直接“死”を与えることのできる特異の能力。遠野志貴が幼い頃からさいなまれてきた力である。
 その効力は、時間を操ることも可能のSブラッドさえも凌駕する。
 ランティスはその力を欲した。“直死の魔眼”を手に入れれば、神の力にも“死”を与えることができる。
 その特異能力こそが、世界を変える絶対の力だということをランティスは確信した。
「さて、遠野志貴と椎名健人、どちらの力を手にすることになるかな?」
 ランティスが健人と志貴に視線を巡らせる。
「さぁ、どちらからオレに力を奪われたいかい?1番の目当てが先か後かはオレもどちらでも構わないけど。」
「ふざけるな!お前の相手はこのオレだ!これ以上お前の好きにはさせないぞ!」
 健人が剣を構え、ランティスを見据える。白い吸血鬼の視線が彼に向けられる。
「その勇気には敬服させてもらおう。だが・・」
 瞬間移動を駆使したランティスの飛び込み。力の強まった彼の剣を受けて、健人の紅い剣が叩き折られる。
「勝てないのに立ち向かうのは、勇気ではなく無謀というものだよ。」
「そんな・・・!」
 アルクエイドの真祖の吸血鬼の力を手に入れたランティスの驚異的な力に、健人は愕然となるしかなかった。
「さて、まずはお前から力を奪うとするか。その後で今度こそ、“直死の魔眼”を手に入れる。」
 ランティスの眼が不気味な輝きを秘め始める。ブラッドの力をはね返されたショックで、健人はとり付かれたかのように動けなくなっている。
「健人!」
 しずくがたまらず飛び出した。ブラッドの力を使って迎え撃つことも忘れ、健人をかばってランティスの前に立ちはだかる。
 眼から力を送ることでかける石化は、相手の眼を見なければ石化はできない。背を向けて健人を守れば、自分も石化されることはない。そう思っていた。
 しかし、彼女の考えは致命的な間違いだった。

    ドクンッ

 健人としずくに強い胸の高鳴りが襲う。彼女はそれが信じられず、ひどく動揺した。
「これって、石化をかけられたってことだよね?・・・どうして・・・ランティスの眼は見てないのに・・・!?」
 健人を抱いたまま困惑するしずく。彼女たちを見つめて、ランティスが哄笑を上げる。
「真夏しずく、まさかポテンシャル・ドレインが、相手の眼を見なければかけられないと思っていたのかい?それは大きな間違いだ。ポテンシャル・ドレインは、光を放つオレの視界に入った全てのものに対して有効なんだよ。」
  ピキッ パキッ パキッ
 ポテンシャル・ドレインをかけられた健人としずくの上着が引き裂かれる。石化が2人の体を侵食し始めた。
(これが、体が石になるってことなのか・・・体が言うことを聞かない・・自分の体じゃないという実感が伝わってくる・・・!)
 健人は石化による束縛と不思議な感覚に襲われていた。石化を受けた経験のあるしずくと違い、彼はむしろ石化をかける側だった。
 彼はSブラッドとしての力を覚醒させた直後、その強大な力に歯止めが利かなくなり、欲情に駆られることがあった。その暴走で、しずくにも危害を及ぼしていた。
 今、彼女を蝕んだ石化が、彼女だけでなく彼にも及んでいた。加害者を切り捨てた彼は、その被害者となろうとしていた。
(呼吸が荒くなってくる・・落ち着けない・・・しずくもあのとき、そして今もこんな気分を体感していたのか・・・)
「どうだい、健人?かつて加害者となっていたお前が被害者の立場に立たされる気分は?」
 呼吸を荒げる健人の表情を見つめて、ランティスが微笑む。
  ピキキッ パキッ
 続いて健人のジーンズ、しずくのスカートが引き裂かれる。体中を締め付けられるような感覚に襲われた健人が眼を見開く。
「大丈夫、健人・・・」
 そんな彼にしずくが笑みを作って声をかける。
「私は大丈夫だから・・・」
「しずく・・・」
 健人が呼吸を整えようとしながら、しずくの顔を見つめる。2人の眼にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「健人も感じてるんだね・・体が石になってくのがどんなのか・・・」
「ああ・・全く体の自由が利かない・・・周りから何をされても、全く抵抗することができない・・・」
 自分の体が人のものとは違う別のものになり、固くなっていくという感覚と心境の変化。しずくに与えたものを、彼女とともに健人は体感していた。
 彼のその言葉を聞いて、しずくも戸惑いを隠せなかった。
「健人、私が一緒だから・・・私もこの気分、一緒に感じていくから・・・」
  パキッ ピキッ
 しずくを抱きしめる健人。2人の体が完全に白い石に変わり、顔にまで石化が及び始めていた。
「すまない、しずく・・君を守れなくて・・・」
「いいよ。健人は悪くないよ。謝るのはむしろ私のほう。ブラッドでありながら、私は何もできなかった・・・」
「そんなことないよ・・・」
 健人が、頬が白い石になっていくしずくの顔を見つめる。
「君がオレを励ましたり勇気付けたりしてくれたから、今のオレがある・・君のおかげだ・・・」
「健人・・・」
  ピキッ パキッ
 健人としずくの唇が白く固まる。
(みんなゴメンね・・・助けること、できなくて・・・)
   フッ
 仲間への謝罪を込めた心を声を発した後、しずくと健人は完全に石化に包まれた。
「健人!しずく!」
 あおいの悲痛の叫びが、部屋にこだました。
「とりあえずは、大きな力を手に入れることができた。ブラッドの少女、そしてSブラッドの男の力を・・・」
 ランティスが満面の笑みを浮かべ、強大な力を手に入れたことに喜びを感じていた。しかし、これで彼の心が満たされたわけではない。
 直接相手に“死”を与えることのできる“直死の魔眼”を手に入れて、初めて彼の心は満たされるのである。
「さて、今度こそ手に入れさせてもらうよ。遠野志貴の持つ“直死の魔眼”を。」
 ランティスが困惑している志貴に振り返り、ゆっくりと歩を進める。そこへあおいが割り込み、両手を広げて立ちふさがる。
「今度は私が相手をします!シエルさんを、健人を、しずくを助けるためにも、私は戦う!」
 ランティスを見据え、完全と身構えているあおい。
 彼女は自分が神に選ばれた少女であることを知っていた。その力が、健人たちの力さえ取り込んでいるランティスに到底及ばないことも分かっていた。
 それでも立ち向かわなければならないことも、彼女は決意していた。
「お前も勇気があるようだな。もっとも、それは健人やしずくの影響でもあるようだ。知っているよ。お前が神の娘であることは。だけど、今のオレの力はその神でさえ凌駕する。そしてそれは“直死の魔眼”を取り込んだとき完成する。」
 ランティスが右手をあおいに向けて伸ばす。それでもあおいはその場を動かない。
 そこへ志貴がゆっくりと前に出てきた。彼の様子に真剣だったあおいの顔に戸惑いが浮かぶ。
「あおいちゃん、ここはオレに任せてくれないか・・」
「えっ?志貴さん・・・」
 志貴はしまっていたメガネを取り出し、困惑の様子を見せたままのあおいに手渡す。
「これを預かっていてほしい。取られたものを取り返したら、オレはこれを取りにくるよ。」
「志貴さん・・・」
 笑みを見せる志貴に、あおいは作り笑顔を返す。彼女に常備しているメガネを渡してから、不敵に笑っているランティスに視線を戻す。
 彼にはたくさんの大切なものがあった。弱い自分を支えてくれる人たちがいる。
 アルクエイド、秋葉、シエル、そして健人、しずく、あおい。
 たくさんの人たちから、たくさんの大切なものを受け取った。彼らを取り戻すために、遠野志貴は白い吸血鬼、ランティス・シュナイダーに立ち向かおうとしていた。
「たとえお前に全然敵わないとしても、オレはお前から、オレの大事なものを奪い返す!」
 志貴は手に持っていたナイフの切っ先をランティスに向けた。“直死の魔眼”との併用で、相手を完全に破壊することができる。
 絶対的ともいえる力となったランティスを倒す唯一の手段がこれだった。“直死の魔眼”の前では、どんな力だろうと関係ない。
 それを考慮しているはずなのに、ランティスは悠然とした態度を崩してはいなかった。
「確かに“直死の魔眼”なら、今のオレでも十分に対抗することができる。オレの最大の天敵といってもいい。しかし・・」
 ランティスの眼が紅く光りだす。その彼の視界に、無数の紅い線が張り巡らされる。
「オレも一時的とはいえ、“直死の魔眼が使えることを忘れないでほしい。」
 その言葉に志貴は動揺を見せる。相手に“死”を与えるという勝機が激減した。
 絶対的な力を手にするため、ランティスはブラッドの力を解放し、白い剣を握り締めた。

つづく


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