Blood -white vampire- File.9 死徒

作:幻影


 ランティスが遠野家に現れてから次の朝がすぎた。志貴はいつもどおり学校に来ていた。
 秋葉が力を使ったことで気分を悪くし、ベッドで横になっていた。心配になって学校を休もうと考えたのだが、琥珀が彼女の介抱をすると言って、追い出され同然に学校に行かされてしまったのだ。
 授業中も妹のことが気がかりで、雲がわずかしかない空を見つめているばかりだった。そのため、教師に注意をされる羽目になった。
 昼休み、普段以上に疲労を感じて、机に突っ伏す志貴。ここで秋葉を心配しても何にもならず、精神的疲労がたまる一方だった。
「どうしたんだ、遠野?いつもの貧血か?」
 そこへ乾が声をかけてきて、志貴は伏せていた顔を上げる。
「いや・・ちょっと心配事があってな。」
「心配事?何か悩みでもできたか?よかったらオレが聞いてやろうか?」
「いや、大したことじゃないから。」
 聞き耳を立てた乾を、志貴は両手を見せて制する。
 身内のことに関してわざわざ親友を引き込むようなことは、彼はしたくはなかった。
「ところで遠野、弓塚どうしたか知らないか?」
「弓塚さん・・・いや、聞いてないけど。」
 志貴は少し迷いながらも、乾の問いかけに答える。
 彼はさつきがどうなったのか、ある程度は知っていた。彼女はランティスの手中にある。そしてどこに連れ去られたのかも分からない状況だった。
「そうか・・今日学校に来てないようなんだ。昨日から帰ってないとも聞いてるんだが。」
「そうなのか!?」
 あえて驚いてみせる志貴。
「ああ。もしかして、何か事件に巻き込まれたんじゃ・・」
「やめてくれ。そういうこというのは。」
「えっ・・・ワリィ・・・」
 不安の言葉を上げた乾に苛立つ志貴。乾が慌てて詫びを入れる。
 彼よりも事件の詳細を知っている志貴は、何もできない自分を責めるしかなかった。

 それから、志貴は気分を害することなく授業を受け、まっすぐ帰路についた。そして家に戻り、玄関で翡翠に会う。
「おかえりなさい、志貴様。」
「ただいま、翡翠。秋葉の具合は?」
「ええ。大分よくなりました。今は自室でお休みになられてます。」
「そうか・・・」
 翡翠の言葉を聞いて、ひとまず安堵する志貴。私服に着替える前に、妹の容態を直接この眼で見ておこうと、彼女の部屋へ向かう。
 そのとき、屋敷のインターホンが鳴った。志貴が振り向いたときには、翡翠が玄関の扉を開いていた。
「はい、どちら様・・・あなたは・・・?」
 翡翠の言葉が詰まり、志貴が眉をひそめて外をうかがう。そこで彼も動揺を見せる。
「ゆ、弓塚・・・!?」
 彼らの前に、ランティスにさらわれたはずのさつきが現れていた。
「弓塚さん・・・無事だったのか!?よく戻ってこれたよ・・・」
 彼女が帰ってきたことに安堵の言葉をかける志貴。しかし彼女がいつもとは様子が違うことに気付き、笑みを消す。
「どうしたんだ、弓塚さん・・・?」
 志貴が困惑しながら問いかける。すると彼女が小さく妖しい笑みを浮かべる。
「その様子だと、今帰ってきたところみたいね、遠野くん。」
「えっ?」
 さつきが妖しく語りかけてくる。明らかに普段の彼女とは違う。
「一緒に来てもらえないかな?・・・オレと一緒に。」
「お、お前・・・!?」
 さつきの発する声が変わり、志貴が眼を疑う。
「志貴さん・・!」
「悪いけどメイドさん、迂闊なことはしないほうがいいよ。」
 志貴の前に出ようとしていた翡翠に、さつきが呼び止める。そしてポケットにしまいこんでいた何かを取り出し、手を振る。
 すると鋭いものが飛び出てきた。それは携帯用の小型ナイフだった。
 さつきはそのナイフを自分の首に向ける。
「お前、何を・・!?」
「迂闊に動かず、オレの言うとおりにしたほうがいいよ。今の彼女はオレの意のままに動く。オレが念じれば、彼女はこのナイフで自分の首をかき切ることなんて造作もない。」
 ランティスに操られるさつきが不敵な笑みを浮かべている。人質を取られる形となり、志貴と翡翠は動けなくなっていた。
「お前、何を企んでいる!?オレに用なら目的を言え!」
「フフフ、そういきり立たないでくれ。これからその用件を言おう。」
 焦りを見せる志貴に微笑をもらすさつき。
「まず2人きりで話をしたい。メイドさんはひとまず戻ってくれないか?妹さんに知らせても構わないけどね。」
 さつきの言葉に翡翠は躊躇していた。
 志貴の世話と面倒を見るのが彼女の本来の務めである。彼を守ることもその範囲内である。ここでランティスの要求をのめば、彼の無事は保障されない。
 しかし、ランティスの要求を拒めば、今度はさつきの無事が保障されなくなる。そうなれば志貴が傷つくことにもなる。
「翡翠、中に入っててくれ。そして健人さんたちに連絡を。」
「ですが志貴さん、それでは志貴さんが・・・」
「大丈夫。アイツはオレの力が目当てなんだ。その力を手にするまでは、オレを殺すつもりはない。そうだろ?」
「フフ、そういうことだ。分かったら退散してもらおうか、メイドさん。」
 志貴の指摘にランティスが相づちを打つ。心にためらいを残したまま、翡翠は屋敷に戻るしかなかった。
 玄関の扉が完全に閉じられたのを確認して、志貴はさつきに視線を戻す。
「これで話がしやすくなっただろ?」
「ああ。」
「それじゃ、そろそろ弓塚さんを解放するんだ。彼女にこれ以上危害を加えるなら、オレはお前のいうことは聞かない。」
「フフフ、そう邪険にしないでくれ。彼女はお前の案内人だ。解放するのはオレのところに連れてきた後だ。」
「分かった。ついていく。だけどそのナイフはしまってくれ。落ち着けない。」
「いいだろう。」
 さつきが首に向けていたナイフを離し、その刃をしまってスカートのポケットに入れる。
「言っておくが、スキを狙ってナイフを取り上げてもムダだ。その気になれば、彼女の中にあるオレの血を媒体に、彼女の体を傷つけることも可能なんだから。」
「ああ。オレはそんなことはしない。弓塚さんに手荒なことはしたくない。」
 不敵に笑うさつき。しかし志貴は気にした様子もなく、彼女に近づいていく。
「では行こうか。」
「ああ。」
 志貴が頷くと、さつきは右手を空に向けた。するとその周囲の空間が歪み、2人の姿が消えた。

「秋葉様!」
 琥珀がベットで安静にしている彼女の私室。彼女の介抱をしていた琥珀が、突然ドアを開けてきた翡翠に振り返る。
「どうしたの、翡翠ちゃん?秋葉様がお休みになっているのよ。」
「姉さん、大変です!志貴様が・・!」
「えっ?志貴さんが?」
 翡翠の言葉に琥珀が眉をひそめる。
 翡翠は琥珀に先程の出来事を話した。ランティスがさつきの体を借りて、志貴を連れて行ったことを。
「私は健人様に連絡を入れてきます!」
 翡翠はそういって部屋を飛び出していった。再び静寂が訪れた部屋で、琥珀は眠る秋葉を見つめた。

 翡翠からの連絡を受けて、健人としずく、あおいはカレー店での仕事を放り出して、外へ飛び出した。ランティスの操るさつきに連れて行かれた志貴を追い求めて、彼らは街を駆け抜けていった。
 しかし志貴やさつきの行方は分からず、彼らは公園の広場の傍らに集まった。
「ダメ、いない・・・2人とも、あのランティスって人も見当たらない。」
 しずくが参った様子で、首を横に振る。
「これだけ探したら、気配ぐらいは感じ取れるはずだ。瞬間移動を使ったんだろう。」
「それじゃ、もう志貴さんたちは・・」
 健人の言葉にあおいが不安になる。
「いや、まだ手はある。」
「えっ?2人を見つける方法があるの?」
「ヤツの瞬間移動も、さつきさんを操るのも、必ずブラッドの力を使っているはず。だからこの痕跡を辿れば、2人の行方もヤツの居場所も分かるはずだ。」
「ホント!?じゃ、シエルさんも・・!」
 健人の案に、あおいが今度は喜びを見せる。しかし健人は素直に喜ばない。
「まだ助けられる保証はない。ヤツは石化した人の能力を手に入れられる。その力が蓄積されれば、Sブラッドのオレでも勝てるかどうか・・・」
「それじゃ、どうしてランティスは志貴くんを・・・?」
「オレもヤツもSブラッドだ。その能力は時間の束縛さえ受け付けない。だが、直接死を与える効果は、Sブラッドでもはね返せない。その1つが“直死の魔眼”なんだ。」
「直死の魔眼・・・志貴くんが持ってて、健人も使ったんだよね?」
「一時的だけどね。いくら力をつけても、直接死を与える効果ははね返せない。だからランティスは一時的でしか使えないその力を常時使えるように、志貴を狙ったんだ。」
「そうか・・じゃ、早くその痕跡を辿らないと!」
 しずくの言葉に健人は頷き、ランティスの力を探って意識を集中する。
 水や空気に乗って流れていく力。つかみ所はなかなかないが、時間の流れの一点に必ず存在している。その中の特定の力を、健人は捉え、かざしていた右手を握り締める。
「つかんだ!・・この距離なら瞬間移動で行ける!」
「行こう、健人。」
 しずくが健人の手を取り、意識を預ける。
「私も一緒に連れてって。」
 そこへあおいが声をかけ、健人としずくが振り向く。
「あ、あおいちゃん!?」
「ダメだ、あおいちゃん。君をみすみす危険なところに連れて行くわけにはいかない。君はシエルさんを見ててくれ。」
「そのシエルさんのためにも、私は行かなくちゃいけないと思うの。たとえ何の力にもなれないとしても、シエルさんのために私は戦いたいの。」
 真剣な眼差しを健人に向けるあおい。彼女の決意と思いは本物だった。
 心の底から親しくなった代行者の少女。同じ神の力を持つ者同士による好感なのか、あおいはシエルを姉のような存在に感じ始めていた。
 だから、自分が彼女を助けたい。それが今のあおいの揺るぎない決意だった。
「健人やしずくが連れて行ってくれなくても、私だけでシエルさんを助けに行くから・・・」
「あおいちゃん・・・」
 健人は戸惑った。ランティスは恐るべき力を備えたブラッドである。そんな相手でも、あおいは戦いに赴こうとしている。
 その願いを振り切ってまで彼女を連れて行かないのは、健人にはできなかった。
「・・分かった・・・一緒に行こうか、あおいちゃん。」
「うん。行こう。」
 笑みを見せる健人に、あおいも笑みを返す。
「それじゃ、オレの手を取ってくれ。一気にヤツのところに行く。」
 健人の手にしずくとあおいが触れる。そして健人が感じた力をたぐり寄せて、その場所を突き止める。
「よし、行くぞ!」
 健人が念じると、3人はその場から姿を消した。

 まばたきをした直後、そこは別の場所になっていた。
 志貴はランティスの力で、屋敷と思しき場所の部屋に連れて来られていた。
 そこで彼は部屋の中の光景に眼を疑った。周囲には裸の女性の石像が並べられていた。
「どうだい?美しくなった女性たちの姿は?そしてこれが、オレの力の証でもあるんだ。」
 志貴の前に立っていたさつきが、妖しい笑みを浮かべながら振り返ってきた。
「シエルもオレに傷を負わせなければ、ここにいられたんだけど。」
「オレはここに来たんだ!姿を見せろ!それと、いい加減弓塚さんを解放するんだ!」
 志貴がランティスに操られているさつきに憤慨する。
「そう興奮しないでくれ。今すぐ弓塚さつきを解放しよう。」
 さつきが口元に当てていた手をゆっくりと下ろす。
「オレの血による洗脳はね。」
「えっ?」

    ドクンッ

 そのとき、さつきが強い胸の高鳴りに襲われ、体が反れる。
「弓塚さん!」
 志貴が倒れていくさつきに駆け寄り、その体を支える。
「弓塚さん!しっかりするんだ、弓塚さん!」
「ん・・・遠野、くん・・・」
 志貴の呼びかけに、さつきが小さく呟く。
「よかった・・アイツの呪縛が解けたんだね。」
 安堵する志貴。さつきがゆっくりと体を起こして立ち上がる。彼女の眼には生気が戻っていた。ランティスの呪縛が解けたのだ。
「あれ?遠野くん、わたし・・ここは・・・?」
 さつきは周りを見て困惑する。操られていたときの記憶がなかったようだ。
「弓塚さん、詳しい話は後だ。とにかくここを出よう。」
「う、うん・・」
 さつきが1人で立ったのを確認して、志貴は部屋の出入り口を探した。その扉を見つめ、そこを目指そうとさつきに振り向いた。
  ピキッ ピキッ ピキッ
「えっ・・!?」
 志貴は眼を疑った。突然、さつきの制服の上着が裂け、胸が石化を始めていた。
「ゆ、弓塚・・・!?」
「と、遠野くん・・・どうなってるの、コレ・・・!?」
 志貴とさつきが困惑する。突然彼女の体が石化を始めた。シエルと同じような石になり始めた。
(どういうことなんだ!?・・・オレのところに来たときには、もう石化をかけられていたっていうのか・・・!?)
 志貴が思考を巡らせる。その問いかけを聞いていたかのように、どこからかランティスの声が響いてくる。
「悪いけど、とりあえずその子の力もいただいておくとするよ。シエルと比べたらたおしたものではないが、塵も積もれば山となるからね。」
「おいっ!弓塚さんにかけていた洗脳は解放したんじゃないのか!?なぜ彼女の体が・・・!?」
 未だに姿を見せないランティスに向けて、志貴が怒りの叫びを上げる。
「フフフ、その子に与えたオレの血には、もうひとつ別の思念を送っていたんだ。洗脳の呪縛が解かれたら、その子にポテンシャル・ドレインがかかるようにね。」
「何だと・・・!?」
  ピキキッ パキッ
 さつきの石化が彼女のスカートを引き裂いた。振り向いた志貴、裸にされていく彼女が顔を赤らめる。
「弓塚さん・・!」
「ち、ちょっと・・・遠野くんに・・見られてる・・・」
 自分の素肌を志貴に見られて、さつきが混乱する。普段から彼に対して消極的な彼女は自分の裸を見られ、どうにもならない心境に陥っていた。
「ダメ、遠野くん・・・見ちゃダメだよ・・・」
 混乱の中、さつきが思わず笑みをこぼす。その悲痛さが彼女の眼に浮かび上がっている涙に現れていた。
  パキッ ピキッ
 この間にも、石化は彼女の手足の先に到達していた。志貴が困惑を抑えて、彼女の石の両肩に手をかける。
「と、遠野くん・・・!」
 自分の肌を触れられ、さつきがさらに困惑する。
「弓塚さん、必ずオレがお前を、シエル先輩も元に戻してみせる。」
「えっ!?でも・・」
「アイツはオレの力を手に入れたがっている。よほどの力なのか、それともこの力が怖いのか。どっちにしても、まだこっちに勝機はまだある。」
「遠野くん・・・」
「オレを信じてくれ。必ず助けるから・・」
 決意を秘めた志貴が、さつきに笑みを見せる。すると彼女は安心感を抱き始めていた。
 彼女は昔、彼に助けられたことがある。彼に託せば、本当に助けてくれると彼女は信じていた。
「との・・の・・・くん・・・ムリ・・しない・・・で・・・」
 石化に拘束されていくさつきが、必死に振り絞った言葉がそれだった。
  ピキッ パキッ
 そしてその唇さえも白い石に変わる。
「弓塚・・・!?」
 固まっていく彼女の困惑に揺らぐ志貴の心。
    フッ
 涙を流していたその瞳も白く固まり、さつきは完全な石像となった。
「弓塚!」
 志貴は眼を見開いて叫ぶ。しかしさつきはもう反応を示さない。彼女は一糸まとわぬ白い石像となっていた。

つづく


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