Blood -white vampire- File.1 月姫

作:幻影


BLOOD
自らの血を媒体にして、様々な力を自在に操る吸血鬼
その能力故に、人々から忌み嫌われてきた存在

夢描いた遠い空は
茜色の雲のまま
旅人には優しく
続きを魅せているのだろう

 とある街の広場。そこに集まる人々。
 彼らはそこから聴こえてくるギターに感嘆していた。
 椎名健人(しいなけんと)。
 彼は驚異的な力を持った吸血鬼、ブラッドだった。それも、ブラッドの力さえも超えたSブラッドである。
 ブラッドは自らの血を代価にして、様々な能力を使用することができる。その中でもSブラッドは、最小限の血の代償で、時間の流れさえも凌駕するほどの絶対的な力を扱うことが可能である。
 しかし健人は一時期、その力を抑えられず暴走してしまったことがある。
 強大な力は、ときに自分自身さえも脅かす諸刃の刃と彼は心に刻み付けていた。
 彼のギターによる演奏が終わると、人々は盛大な拍手を彼に送る。思わず照れ笑いを浮かべるが、その歓喜とあたたかさが彼の心の支えとなっていた。
「今日もいい曲だったね。」
 そこへ長い黒髪の少女が健人に声をかける。
 真夏(まなつ)しずく。
 彼女も健人と同じブラッドである。行方不明となった弟を助けるために、健人に血を吸ってもらいブラッドとなったのである。
 長い戦いの末、ブラッドの力で失われていた心は取り戻したものの、弟を救うことはできなかった。
「でもなかなかお金が増えないね。」
 しずくのそばにいた長いピンク色の髪をした少女が、ギターケースの中にあるわずかなお金を見て呟く。
 白鳥(しらとり)あおい。
 彼女は人間の中でも、ごくまれにしか存在しない高度な精神エネルギーの持ち主である。その力を解放した彼女の姿は、まるで翼を広げた天使のように見えるという。
 一部からは神に選ばれた聖女と呼ばれることもあったが、あおいもしずくも健人もあまり気にしなかった。
 今は健人、しずく、そしてしずくの弟が飼っていた猫、メロとともに旅をしていた。
「そうなんだよなぁ。まぁ、あんまりお金をねだる気にもならないけど。」
 健人が苦笑いを浮かべながら、白い髪をかく。
「そう心配しないで。私たち、いい仕事先を見つけたから。」
「えっ!?ホントか!?」
 笑顔を見せるしずくに、健人が満面の笑みを見せる。すると彼女は1枚のチラシを見せた。
「この街の有名なカレー店よ。店員が少ないって店長が嘆いてたから、丁度よかったわ。」
 相手は人材が、しずくたちは給料が入る。双方に都合のいい話である。
 かつて何でも屋をやっていた彼女は、多少の自信があった。
「まぁ、オレはここでギターでも弾いてるさ。」
「それはかまわないけど。夢なんでしょ?」
 微笑むしずくに健人は頷く。
「たまにはその店の仕事を手伝いに来るかもしれないけど。」
 健人がそういうと、しずくの笑みが苦笑いに変わった。
 そんな彼女に笑みを見せる健人。しかしその笑みが消える。
 凍りつくような何かを感じて、立ち上がって辺りを見回す。
「健人?」
 彼のただならぬ様子にしずくが疑問符を浮かべる。
(何だ・・オレを突き刺してくるこの眼差しは・・・!?)
 伝わってくる何かに、健人の緊張がふくらむ。そしてさまよっていた視線が、群集の中の一点で止まる。
 白いハイネックに紫のロングスカート。首の辺りまである長さの金髪に紅い瞳をした少女が、微笑んで健人たちを見つめていた。
(アイツか!)
 健人がいきり立って駆け出す。しかしすでに少女の姿は、街の人ごみに消えていた。
 健人はさらにその視線の気配を探りながら、街を駆け抜けていく。しかし少女の行方を発見することができなかった。
「くっ・・見失ったか・・」
 毒づく健人。
「ちょっと、健人!」
 そこへ彼を追いかけてきたしずくとあおいが追いついてきた。しずくは健人のギターを納めたケースを抱えて、呼吸を荒げていた。
「どうしたのよ、健人・・!?」
「いや・・誰かがオレたちを見ていたんだ・・・」
 健人の言葉に、しずくはまだ疑問が消えてはいなかった。
「キャアアッ!!」
 そのとき、街のどこからか悲鳴が響いてきた。健人たちに再び緊張が走る。
 女性のものと思えるその声のしたほうに駆けつける健人たち。
「こ、これは・・・!?」
 駅前の広場にやってきた健人たちが、そこで異様な光景を目の当たりにした。
 集まっている数人の人だかり。その中にはぽかんとした表情をしたまま、1人の女性が氷に包まれていた。
「ウソッ!?凍ってる・・!?」
 驚きの声をあげるしずく。
 体力があまりなく、遅れて到着したあおいも、その光景に愕然となる。
 女性は自分の身に何が起こったのか気付くことなく、一瞬で凍らされたようである。さっきの悲鳴は、その姿を目撃した別の女性のもののようだった。
「コイツは・・・間違いない。これはブラッドの力だ。」
「ブラッドの・・!?」
 氷塊の気配を感じた健人の言葉に、しずくは疑問符を浮かべる。
「ホント・・確かにブラッドの気配を感じる・・・」
 氷塊を注視したしずくも、その気配を感じ取る。
 ブラッドは人間を超えた能力を備えており、力の詳細をある程度補足することができる。もちろん、ブラッド同士の気配も例外ではない。
 健人たちはこの凍結が、ブラッドの仕業であると確信した。
 そのとき、健人は何らかの気配を感じ、上を見上げた。さっき彼らを見つめていた眼差しである。
 駅周辺のビルの一角。その屋上の先端に、さっきの少女が見下ろしていた。
 健人は彼女を鋭く見据えていた。しかし彼女は気付かない素振りを見せて、ビルから姿を消していった。

 その夜、健人たちは近くの公園で野宿することにした。これまでの旅の中、こうして野宿することは少なくない。
 所持金の確保のためのしずくとあおいが思い立った最善策だった。健人も慣れていたため、あえて反対しなかった。
 そして夜が明け、しずくとあおいは健人と別れ、別行動を取ろうとしていた。
「それじゃ、行ってくるね。」
「ああ。オレもしばらくしたらそっちに行くよ。」
 健人と別れ、しずくはあおいを連れて、カレー店に向かった。その2人の姿を見送ってから、健人も歩き出した。
 彼が出かけたのは路上での演奏を披露するためだけではない。昨夜の凍結を引き起こしたブラッドを探すためでもあった。
 そんな中で、健人は人のものとは違う眼差しを放つ少女のことを思い返していた。
 彼女がブラッドなのか。彼女が昨夜、女性を凍てつかせたのか。
 一抹の疑念を抱きながら、健人は周囲をうかがいつつ歩き出していた。
 そして街中に差しかかろうとしたとき、
(アイツは・・・!?)
 健人に緊迫が走る。昨夜彼を見つめていた少女だ。
 彼女は彼の姿に気付いているのかいないのか、ゆっくりと近づいてくる。2人の距離が次第に縮まり、そしてすれ違う。
(君は、人間じゃないな・・?)
 健人が少女に心の声を送る。
(そういうあなたもね。)
 少女の声が返ってくる。
(もっとも、君は普通の吸血鬼。ブラッドじゃないな。)
(ブラッド?)
(ブラッドは悪魔種族、ディアスの中で最高位に立つ吸血鬼だ。自分の血を媒体にして、いろんな力を使える。)
(ふぅん。それは便利ね。)
(でも君からはブラッドの力を感じない。だから君は犯人じゃないってことさ。)
(その様子じゃ、あなたも犯人を追ってるみたいね?)
(ああ。あの氷から、ブラッドの気配を感じた。多分、ヤツはまた必ず犯行に及ぶはずだ。)
(そうね・・ところで、あなたは何者?)
(オレは椎名健人。君は?)
(アルクエイドよ。アルクエイド・ブリュンスタッド。)
 すれ違う間に行われた心の会話が終わり、健人と少女、アルクエイドが離れていく。
 彼女は犯人ではない。なぜなら、彼女はブラッドではないから。
 そう思いながらも、健人はこの少女にただならぬものを感じていた。

 昼に近づくにつれ、賑わいを見せ始める街と人々。中央広場の噴水の中心に立っている時計は11時を差そうとしていた。
「さて、今日も1日バイトをがんばりましょう!」
 短い赤髪の少女が元気のある声を上げる。その横で黒のポニーテールの少女が苦笑いを浮かべている。
「その元気のよさで、失敗が減ればいいんだけど・・」
 呆れていたポニーテールの呟き。しかし赤髪は聞いた様子はなかった。
「ところで、今夜カラオケにいかない?お目当ての新曲が入っていそうなのよねぇ。」
 赤髪のこの言葉に、ポニーテールはさらに呆れる。
「私はかまわないけど、あなたお金は?ピンチだって言ってたじゃない。」
「だいじょうブイ。店長に前借りねだるから。あの人けっこう人がいいから聞き入れて・・・」
 赤髪の少女の言葉が言い終わる前に途切れる。
「ちょっと、言いたいことは最後ま・・で・・・?」
 愚痴をこぼそうとしていたポニーテールが視線を移した直後、眼の前の光景を疑った。
 元気を見せていた赤髪が、その元気の表情を見せたまま、氷の中に閉じ込められていたのだ。
「キャアッ!」
 驚愕したポニーテールが悲鳴を上げる。その声に周囲にいた人々も困惑を見せる。
 その直後、動揺を隠し切れないまま、ポニーテールの少女の意識も途切れた。

 中央広場から響いてきた悲鳴が、健人の耳にも届いた。
 彼は急いで広場に駆けつけた。その噴水前には、氷に包まれた2人の少女がいた。
 一方は元気ある様子で、一方は動揺を見せて凍らされている。おそらく2人とも、一瞬にして凍らされたのだろう。
 健人は周囲を見回した。悲鳴を聞いてそれほど時間はたってなく、犯人はまだ近くにいるはずだった。
 しかし事件を目の当たりにした人々のために、犯人の姿さえ見つけることができなかった。
「くそっ!」
 白昼堂々と人々を凍りつかせていくブラッドの行動に、健人は毒づいた。
「健人?」
 そこへ声がかかり、健人は振り返った。そこには困惑の表情を浮かべているしずくの姿があった。
「しずく?どうしてこんなところにいるんだ?」
「あの店、配達も行っていて、私もこの近くに運んでてその帰りなの。」
 健人の問いかけに答えるしずくは、店のものと思われる配達用バイクを連れていた。
「ところで健人、これって・・・」
「ああ。またブラッドの仕業だ。」
「もしかして、昨日健人を見てた人が・・」
「いや、それは違うよ。」
「えっ?」
「少し前にその女性に会ってきた。だけど彼女からはブラッドの気配を感じなかった。」
「それじゃ、誰が・・・」
 深まっていく困惑。一瞬にして人々を凍てつかせていくブラッド。
 健人の苛立ちと焦りは募るばかりだった。

 その日の夜、健人としずくは中央広場にいた。
 彼がギターを披露するために訪れていたのだが、事件に対して警察がやってきていたため、それもできない状況にあった。
 あおいは店長のまかないのカレーをいただいている頃だった。そんなことを脳裏によぎりながらも、彼らの苦悩は深まるばかりだった。
「オレやみんなが笑顔でいられる場所。それを守るために、オレは戦う・・!」
 自分の居場所を守るため、健人は決意を見せようとする。
「そうだね。私も戦う。」
 しずくも同様に決意する。
「もう、あんな思いをするのは辛いから・・・」
 彼女の眼に悲しみが宿る。
 ブラッドの力を持った弟との別れ、そして死。その酷な出来事を繰り返したくない。
 しずくだけでなく、健人もそう思っていた。
 そのとき、健人に緊張が走った。
(何だ・・この感覚は・・・!?)
 胸を締め付けられるような思いを抱えて、健人は周囲を見回す。
(これはいったい・・・まるで、何者かにオレの中にある死を直接狙われているような・・・!)
 不快感は次第に募っていく。誰かが健人を狙って見定めている。
 ブラッドでもない。アルクエイドという少女でもない。
 心臓に直接刃が突きつけられた嫌悪感を感じた瞬間、
(そこか!)
 健人はその殺意を放っているものの居場所を見出す。
 建物と建物の隙間にいたため、その正体は陰って見えない。しかしそれが1本のナイフを振り上げるのが一瞬見えた。
「危ないっ!」
 危機感を感じた健人が飛びのき、何事が分からずにいたしずくを押し倒した。
「ち、ちょっと、健人!?」
 顔を赤らめているしずく。その直後、何かが壊れる音がして、健人が顔を上げる。
 彼らの背後にあった街路樹の1本が突然倒れた。刀で竹を切るようなかたちで、木は斜めに切られて道をさえぎるようにして、大きな音を上げて倒れた。
 近くに人がいなかったのが幸いして、負傷者は見られなかった。
「くそっ!」
 健人は立ち上がり、そのものを睨み付けた。するとそれはきびすを返して、暗闇の中に消えていく。
 それを追って駆け出す健人。
「あ、待って!」
 しずくもその後を追う。
 彼らのブラッドとしての視野は、その影を的確に捉えていた。
 そして人気のない公園の中で、その人影は足を止めて振り返る。健人たちも追う足を止める。
 その人物は、メガネをかけ制服を着用している黒髪の青年だった。

つづく


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