作:幻影
健人を狙ってきたのは、メガネをかけた黒髪の青年だった。
(どういうことなんだ・・・この人からはブラッドの力もディアスの気配も感じない。なのになぜあのようなことが・・・!?)
健人はさっきの、街の中央広場の街路樹が切り倒されるのを思い返していた。
その直前、彼は死を突かれる、命を切られる嫌悪感を感じていた。とっさに反応しなかったら、切られたのは彼だったのだ。
健人は改めて、青年の気配を探る。しかし彼からはブラッドやディアスの気配は感じない。普通の人間だった。
それなのに、なぜその普通の人間が、離れた場所から木を切り倒すことができたのだろうか。
外見からしても力があるようには見えない。身体能力が向上しているようにも思えない。
駆け巡る疑問を振り切って、健人は声を発した。
「君は何者だ!?なぜオレを狙った!?」
健人の問いかけに、青年は息をのんだ。
「決まっている!お前が、この街で起こっている事件の犯人なんだろ!?」
「えっ?」
青年の言葉にしずくが疑問符を浮かべる。
「お前たちは普通の人間じゃない!日が落ちるにつれて、眼の色が紅から蒼に変わった!オレは見たんだ!」
青年は叫びながら、1本のナイフを取り出した。
ブラッドの大きな特徴は、瞳の色が昼間は紅、夜中は蒼に変わる。青年はその変わり様を目撃していたのだ。
そんな健人たちを脅威と感じた青年は、彼らに牙を向けたのだった。
「ちょっと待って!健人はそんなことしない!第一、人を凍らせる力は健人にはないよ!」
しずくが弁解しようとするが、青年は聞く耳を持たない。かけていたメガネを外し、上着のポケットにしまう。
その直後、健人は再び嫌悪感に襲われて眼を見開く。
(まただ・・この心臓を握られているような気分は・・!?)
大きく瞬く健人の眼に、ナイフを構えた青年の姿が飛び込んでくる。
危機感を感じた健人は、ブラッドの力を解放し、血のように紅く染まった剣を具現化する。Sブラッドとして覚醒している健人の力を受けて、剣が淡く輝く。
青年がナイフを振り抜いたと同時に、健人も剣を振り抜く。2人の間には距離があったが、彼らの間の空間に火花が散った。
(どういうことだ・・・彼は確実にオレの“死”を狙ってきている。おそらく、Sブラッドでなかったらあの木の二の舞になってただろうな。)
胸中で毒づく健人。
青年は確実に狙ってナイフを振り下ろしている。相手を確実に死に至らしめる何かを。
(彼には見えているんだ。オレの“死”を。だったら、力を集中させればオレにも見えるかもしれない。)
健人はブラッドの力を眼に集中させる。
Sブラッドは時間さえも操ることが可能の脅威の力である。その力を駆使すれば、対象の心を読むこともできる。
紅い輝きを放ち始めた健人の眼。そこに青年と、彼を取り巻いている紅い線のようなものが映り出す。
思い立った健人が、自分自身に視線を移す。すると自分の体にも、同様の線が引かれている。
「まさか・・君はこの線が見えているのか!?」
思わずもらした健人の言葉に、青年が眉をひそめる。
「お前にも見えるのか、この線が!?」
「えっ?どういうこと?」
疑問の消えないしずくが健人に問いかける。
「彼の眼にはオレたちの他に、オレたちに引かれている、他の人には見えない線のようなものが見えているんだ。」
「線?」
「おそらく、その線を断ち切ると、線を引かれていた対象を破壊されてしまうんだ。」
「ええ。そのとおりよ。」
健人の声に同意の声をかけたのはしずくではなかった。彼女の背後、公園と道路の境に立っている金髪の少女だった。
「また会ったわね。」
「知っているのか、アルクエイド!?」
微笑む少女、アルクエイドに、青年が驚きの声をかける。
「・・君の知り合いだったのか・・?」
力を抑え始めていた健人に、アルクエイドは視線を移して頷く。
「やめなさい、志貴(しき)。彼らは犯人じゃないわ。彼らも犯人を追っているみたいね。」
アルクエイドの言葉を受けて、志貴と呼ばれたその青年はメガネをかけ直す。
「いったいどういうことなんだ?」
地面に剣を突き立てた健人が疑問を投げかける。主の力を失った剣はそのまま消失する。
「志貴が見ていたのは、あなたに引かれている線のようなものよ。」
「線・・やっぱり・・」
笑みを見せる少女の言葉に健人は納得する。彼女は視線を彼から志貴に移す。
「彼は“直死の魔眼”が備わっているのよ。」
「直死の、魔眼・・?」
初めて耳にする言葉に、健人としずくは疑念とともに困惑を抱く。
直死の魔眼。
類まれなる特殊能力で、あらゆるものの“死”を線や点で捉えることができる。それらを切ったり突いたりすると、その対象の人物を破壊してしまう。
志貴は普段かけているメガネの効果で、その線を見ないようにしている。ちなみにそのメガネに度は入っていない。
「それにしても、あなたが直死の魔眼を見切って、しかも使うことができるなんてね。」
健人に感心の意を示すアルクエイド。
「いや。これはブラッドの、Sブラッドの力によるものだ。」
「ブラッド?」
健人の言葉に疑問を抱いたのは志貴だった。
健人としずくは、志貴にブラッドのことを話した。
志貴の直死の魔眼の効果を見抜いたのはブラッドの、Sブラッドの力によるものだった。
命の生死に直接かかわる特殊な能力は“時間”に大きく影響しているため、Sブラッドになって初めて備えることができる。
Sブラッドである健人は、志貴が死を狙ってくることを実感し、さらに眼に力を注ぐことで彼も一時的だが直死の魔眼を使うことができたのである。
「そうだったのか・・それであなたは、オレのこの力が理解できたんですか・・」
納得した志貴に健人は頷いた。
「事件の犯人は間違いなくブラッドが引き起こしてるものよ。でも健人は違う。凍らせる力なんてないもの・・」
しずくも沈痛の面持ちで弁解する。
様々な困惑が抜けていないが、志貴は渋々納得したようだった。
「あ、自己紹介がまだだったね。オレは椎名健人。こっちが真夏しずくだ。」
名乗る健人がしずくを指して紹介する。
「オレは遠野志貴。」
志貴も名乗って、健人たちに笑みを見せた。
それからまたも野宿で一夜を過ごそうとした健人たちだったが、アルクエイドに半ば強引に引っ張られ、なぜか遠野家に連れてこられていた。
眼前にそびえ立つ屋敷に、困惑気味だった健人たちは感嘆する。
志貴はアルクエイドの導きに呆れ果てていたが、ここまで来て追い返すのも釈然としないので、結局一晩だけ健人たちを泊めることを決めた。
しかしそこで彼には1つの難点があった。彼の妹の秋葉(あきは)を説得しなければならなかった。
知り合った人をその日にいきなり家に泊めることなど、志貴に対して厳格さを見せる彼女が了承するとは思えない。
もっとも、彼女が兄に対して厳しい言動を見せるのは、名門とされている遠野家の正当継承者としての振る舞いだった。
「と、とにかく、あおいちゃんを呼んでくるね。いつまでもあそこに待たせておくわけにもいかないから。」
しずくはカレー店に預けているあおいを連れてこようと、1人その場を後にした。
「とにかく、秋葉に頼んでみるか。」
断られることを覚悟して、志貴は家の門を開けた。
「了承しますわ。」
秋葉の了承に、志貴は意外そうな顔を見せていた。
あおいを連れてきたしずくと健人も、ただただ唖然となっていた。
志貴の相談を受けて、秋葉はしばし沈黙した後、断ることなく了承したのだ。
「子供を連れた人を外で寝かせるわけにもいきませんわ。」
秋葉は椅子から立ち上がり、食事部屋を出て行こうとし、扉の前で足を止める。
「ただし、お静かに願います。私は騒々しいのが嫌いなので。」
「は、はい・・ありがとうございます・・」
立ち去る秋葉の厳しい口調に、しずくは生返事をする。その直後に、健人も立ち上がって部屋を飛び出していく。
「ありがとう!」
健人の言葉に、廊下を歩いていた秋葉が再び足を止め、振り返る。
「君のおかげで今夜は助かったよ。ありがとう。」
笑みを見せる健人。秋葉は厳しい表情を変えない。
「見ず知らずの人を、簡単に助けようとは思っていません。ただ、あなたたちには、私と何か通ずるものがあると感じたのです。」
「通ずるものか・・・そうかもしれないな。」
健人は安堵の表情を見せて、秋葉に近づいていく。そして立ち止まっている彼女とすれ違おうというところで足を止める。
「君は、吸血鬼だろ?」
この言葉に秋葉の顔に動揺の色が浮かぶ。
「なぜ、そのようなことを・・?」
「分かるんだよ。オレも君と同じ吸血鬼だから。でも君はブラッドじゃない。」
ブラッドである健人は、秋葉が吸血鬼であることを感じ取っていた。
笑みを消し、困惑する彼女に振り向く健人。
「このことを知っている人はいるのか?」
「・・はい・・兄さんと、あと琥珀(こはく)と・・」
「琥珀?」
眉をひそめる健人。しかし秋葉の動揺を察して、あえてこれ以上の追求はしなかった。
「ホントにありがとう。」
改めて感謝の言葉を言って、健人は食事部屋に戻っていった。
健人が戻ると、そこにはしずくや志貴たちの他に、ピンクの髪をした2人の少女がいた。
「それでは、お部屋のほうにご案内いたします。」
その一方の、無表情を浮かべている少女が、健人たちを導く。
「えっと、あのぅ・・」
健人は一瞬困った表情を浮かべる。
「翡翠(ひすい)と申します。」
翡翠と名乗った少女は、健人に向かって一礼する。
「琥珀です。よろしくお願いします。」
その後方にいた、笑顔を絶やさない少女、琥珀も自己紹介する。
琥珀と翡翠。2人はこの遠野家の使用人として働いている双子の姉妹である。
姉の琥珀は秋葉に、妹の翡翠は志貴にそれぞれ仕えている。
健人は翡翠に、しずくとあおいは琥珀に連れられて、それぞれの寝る部屋へと案内された。
「それじゃ、おやすみ。」
「おやすみ、また明日ね、健人。」
健人としずくは挨拶を交わし、それぞれの部屋に入った。
小さいとはいえ整った部屋に、健人は開いた口がふさがらなかった。
「どうかいたしましたか?」
翡翠に声をかけられ、健人が慌てて振り向く。
「い、いや、こんないい部屋で寝るのは久しぶりだから・・」
照れ笑いを浮かべる健人だが、翡翠は表情を変えない。
「何かありましたら、遠慮なく申し付けてください、健人様。」
「健人様?いいよ、健人で。オレはそんないいご身分じゃないんだし。」
照れ隠しに苦笑する健人。
「健人様は“健人様”ですから。」
翡翠に言いとがめられ、健人はもはや返す言葉がなかった。
「それでは、おやすみなさいませ。」
翡翠は挨拶をし、健人向かって一礼する。そして体を起こした瞬間、
「えっ・・!?」
ベットに入ろうとしていた健人がとっさに振り返る。そこには、一礼をすませた動作のまま、翡翠が氷塊に閉じ込められていた。
「これは・・!?」
健人は気を張り詰めながらベットから飛び起きた。そして部屋の周り、窓に気を配る。
「これは、ブラッドの気配・・・しかも街と同じだ・・!」
健人は翡翠を凍らせた犯人が同一人物、凍結の能力を備えたブラッドであるとにらむ。まだ近くにいるはずと思い、周囲の気配を探った。
「キャアッ!」
そのとき、あおいの悲鳴が響いた。その声を聞いた健人は部屋を飛び出し、しずくたちのいる部屋に飛び込んだ。
「どうしたんだ、あおいちゃん!?」
健人の叫びにあおいとしずくが振り向く。そしてその部屋には、翡翠と同様のかたちで氷漬けにされた琥珀の姿があった。
「健人、琥珀さんが・・いきなり凍って・・・」
あおいの言葉に健人は息をのむ。琥珀も翡翠のときと同じ、凍結の力を持ったブラッドの手にかかったのだ。
琥珀はしずくたちに笑顔を見せた状態のまま凍らされている。凍結に気付くことなく、一瞬にして凍らされたのだろう。
「彼女もやられたんだ・・街の人たちを凍らせてるブラッドに・・」
周囲に再び気配を巡らせる健人。しかしブラッドどころか、人影さえうかがえなかった。
「どうした!?」
「何事ですか?」
その騒ぎを聞きつけて、志貴と秋葉がやってきた。そして凍てついた2人のメイドの姿に驚愕する。
「いったい、どうなってるんだ・・!?」
「おそらく、街を騒がせてるブラッドの仕業だろう。」
「フフフ、その通りだよ。」
そのとき、不気味な声が部屋中に響き渡った。健人はその声の元を辿ったが、未だに姿が見られない。
「どこにいる!?出て来い!」
健人が呼びかけるが、高らかと哄笑がかえってくるだけだった。
「お断りだね。こうしてみんなの不意をつくのが1番面白いんだよ。」
「何だと!?」
「それに、オレは女たちを自然な姿で凍らせておきたいんだよ。こうしたほうが怯えさせることもないからな。きれいな女が氷の中にいる。キラキラした氷に閉じ込めておくことで、そのきれいさがさらに際立つというもんだよ。」
あざ笑うブラッドに、健人は苛立ちを募らせる。
「貴様・・人間を何だと思ってるんだ!」
「フフフ、詭弁はやめろよ。お前だってオレと同じブラッドなんだ。分かるよ。ブラッドであるお前が、人間に義理立てするつもりか?笑わせてくれる。」
高らかな哄笑の後、ブラッドの声が途切れる。人を弄ぶ凶悪な敵に、健人は怒りをたぎらせた。
怒る健人たちのいる部屋。そこを一望できる場所に位置した木の枝の中。
眼を不気味に蒼く光らせている人影。人々を凍てつかせているブラッドである。
「フフフ、この屋敷にはいい女が多いな。しかも、女の来客までいる。」
健人たちの様子を見つめているブラッド、ブリーズが不適に微笑む。
「とりあえずメイドの2人は凍らせた。すました顔と笑顔がたまらないな。」
凍てついた琥珀と翡翠の姿を思い描き、さらに笑みをこぼす。
「さて、次は誰にするかな・・?」
次の獲物を求めて、ブリーズは力を溜め始めた。