Blood -double black- File.9 本部内大攻防戦

作:幻影


 アヤたちが帰還した翌日、源三は自分の研究室を整理していた。サエもその手伝いをしていた。
 研究室はブラッドに襲われる前から部品や資料などの山が並んでいた。
 しばらく整理を行っていると、サエは見覚えのあるものを見つけた。
「おじいちゃん、これって・・!?」
 声を荒げたサエに、源三が振り返った。彼女が見せたのは1本のスティックと携帯電話だった。
「おお、これはサターン!こんなところに隠れていたのか!」
「サターン?これって、破邪の剣だよね?」
 サエの指摘どおり、これは破邪の剣だった。しかしこのサターンは他の3本の破邪の剣とは違い、源三が知りえたブラッドテクノロジーを振り絞って作り上げたものである。
「試しに作ってはみたんじゃが、失敗作になってしまったんじゃ。」
「失敗作?何かあるの?」
「うむ。」
 疑問符を浮かべるサエに、源三は深刻な面持ちで答える。
「このサターンはな、普通の人間でも扱うことのできるように設計したものじゃ。結果、人間にも扱うことはできるんじゃが、1度使えば、そいつは確実に死ぬ。ブラッドでもな。」
「えっ!?死んじゃうの!?誰か使ったことがあるの!?」
「バカを言うな!そんな代物、使わせるわけがないじゃろが!」
 源三が開発した破邪の剣は、危険の大きい諸刃の剣だった。複雑な心境のまま、サエはプルートのスティックと携帯電話を近くの棚に置いた。

 その隣の休憩室。アヤとトモがブラッドの襲撃に備えていた。 
 アヤにオレンジジュースを渡し、ココアを口に入れるトモ。猫舌であるアヤを気遣って、冷たい飲み物を買ってきたのである。
「すまない、トモ。」
「いいのよ。これから戦いは厳しくなる。万全の体勢をとっておかないとね。」
 安堵してアヤはオレンジジュースを口に入れた。
 混乱の治まらない状況下で、この屈託のない休息が2人にとっての安らぎのひと時だった。
 そのとき、本部内に警報が鳴り響いた。椅子から立ち上がったトモとアヤ。そこにサエが飛び込んできた。
「トモ、アヤちゃん!」
「ブラッドが来たのね!?」
 トモの問いかけにサエは頷いた。
「正門から入ってきたよ!」
「分かった。サエはここにいて、みんなを助けてやってくれ。」
「私も行くよ!」
 戦いに向かおうとしたアヤに、サエが食ってかかった。
「ここにはたくさんの避難民もいるのよ。その人たちを逃がしてあげて。」
 トモもサエを言い聞かせて、アヤとともに休憩室を飛び出した。
 サエは悔しかった。力のない自分を。
 ブラッドの力や破邪の剣が使えたなら、アヤやトモと一緒に、何かを守るために戦えたのである。
 無力な自分を呪いながら、サエはゆっくりと部屋を出て行った。

 ブラッド部隊は、GLORYの敷地内にまで侵入していた。力を発動して、隊員や人々に狙いを定めた。
 そこに2つの光の弾丸が飛び込んできた。アヤとトモが破邪の剣のエネルギーを発射したのだ。
「これ以上、お前たちの勝手にはさせないぞ!」
 アヤが鋭い視線を向けてウラヌスの刃を出現させる。
「トモ、援護を頼む!」
 頷いてトモは携帯電話の番号5と決定ボタンを押した。エネルギー発射口からエネルギーの弾丸が連射され、ブラッドたちの進行を阻む。
 そこにウラヌスを振りかざしたアヤが飛び込んでいく。怯んだブラッドたちを次々と切り倒していく。
 やがて部隊を一掃することに成功するアヤとトモ。2人は破邪の剣のエネルギーを消失させて、倒れてうめいている1人のブラッドを見下ろす。
「私たちがいる限り、お前たちの駆逐はさせないぞ。」
 鋭い視線を送るアヤに、ブラッドの男が不敵に笑い出す。
「こんなことで勝ち誇っていていいのかな?」
「どういうことよ!?」
「教えてやるよ。オレたちの目的を。ブラックカオスは完全なる支配のため、人間の娘を生贄として欲している。カオスは今行動している。自ら戦線に赴き、生贄の捕獲を行っていることだろう。」
「人間の娘?ならトモを狙ってくるはず。」
「待って。」
 疑問を感じたアヤにトモが声をかける。
「この敷地内にいる女は、あたしと、サエ・・まさか!?」
 トモはかつてない不安を感じた。ブラックカオスの狙いはサエである。
 振り返った彼女の前に、新たなブラッド部隊が現れた。
「そこをどいて!」
「そうはいかん。カオス様の妨げとなるものを食い止めろとの命令を受けているんだ。貴様らをここから通すわけにはいかん。」
 力を解放して武器を手にするブラッドたちが、アヤとトモの前に立ちはだかる。
 同じようにトモが援護連射を行い、そこをアヤが切り込んでいく。しかし、サエのもとへ駆けつけたいために、2人は攻を焦っていた。
 思うように攻撃が決まらず、なかなかブラッド部隊の防衛線を突破できないアヤ。
(このままじゃサエが・・)
 焦りを募らせるトモが、ネプチューンの発射口をアヤの紛れているブラッド部隊に向けた。
(エネルギーの消費なんて、考えてる場合じゃないわ!)
「どいて、アヤ!」
 叫び声にアヤが振り返ったと同時に、トモが携帯電話の#と6、そして決定ボタンを押す。レーザー砲が発射口から本来を凌駕する威力で放たれる。
 高く跳び上がったアヤの下で、ブラッドたちがレーザーほうに飲み込まれる。
 部隊の一掃には成功したものの、精神エネルギーの消費によってトモがふらつく。着地したアヤが彼女に駆け寄る。
「トモ、大丈夫か!?」
「あたしは平気。それより早くサエのところに行かないと!」
 疲弊した体に鞭を入れて、トモがサエのいる本部に向かう。アヤもその後に続いて駆け出した。

 アヤとトモの指示通り、サエは本部内に避難していた人々を、源三とともに誘導していた。2人と一緒に戦いたい気持ちを抑えながら。
 そんな中、数人のブラッドがこの本部内に入り込んできた。
「なっ!?もう入ってきおったか!」
 この事態に振り返った源三が声を荒げる。
(やっぱり、私が何とかしないと!このままじゃ、みんながブラッドに・・)
 決意を固めたサエが、源三の研究室に飛び込んだ。
「おい、サエ、どうしたんじゃ!?」
 彼女の姿に気付いた源三が研究室に顔を出す。サエが棚からサターンのスティックと携帯電話を取り出していた。
「サエ!これを使ったら、死んでしまうぞ!」
 止めに入ろうとした源三に、サエが視線を向けた。
「人には必ず、何かを守るために戦うときがあるのよ!たとえ命を賭けてでも!」
 サエは源三に言い放って、ブラッド撃退のために研究室を飛び出した。
(トモ、アヤちゃん、私戦うわ!私だって戦えるってこと、証明してみせる!)
 サエはサターンスティックに携帯電話をセットして、番号1と決定ボタンを押した。光の刃の出現したサターンを持って、ブラッドたちに戦いを挑んだ。
「やああぁぁーーー!!」
 大声を上げながら、サエがブラッドたちに向かっていった。闇雲にサターンを振り回しながらも、ブラッドたちに攻撃を命中させていく。
 サエは次々とブラッドたちを倒し、そしてついに、1人残ったブラッドと一騎打ちになった。
 サエはガムシャラにサターンを振り回しながらも、ブラッドと互角に剣を交えていた。
 そして剣を振り払った際、ブラッドの剣が手から弾かれた。
「いまっ!」
 この好機に、サエは携帯電話の#と1、そして決定ボタンを押して剣の威力を上げてブラッドに突き立てた。
 剣はブラッドの腹部を貫いた。紫の炎を上げて、ブラッドの体が焼かれ落ちた。サターンの力によって絶命したのだろう。
 サターンのエネルギーを切って、その場に座り込むサエ。そこへ源三が血相を変えて飛び込んできた。
「サエ!サエ、しっかりしろ!」
 声を荒げて歩み寄る源三。しかしサエは何事もなかったようにきょとんとしていた。
「サエ?」
「おじいちゃん、何ともないよ・・・」
 サターンを使用した人は絶命すると源三は言っていた。忠告した源三も使用したサエ自身も、彼女がなぜ無事でいるのか疑問に感じてならなかった。
 そしてその不安は次第に歓喜へと変わっていった。
「私、生きてるよね・・?」
「おおっ!サエ!」
 2人に満面の笑顔が浮かび、手を取り合って喜ぶ。
「やったー!私にも破邪の剣が使えたよ!」
「どうやらわしが思いつめてただけだったようじゃ。わしの技術は完璧!まだまだ若い連中には負けんぞ!」
「じゃ、トモたちを助けに行くね。ここの人たちの避難は終わったみたいだし。」
 サエが調子をよくしてサターンのスティックに再び携帯電話をセットした。しかし、サターンの電源が入らない。
「あれ?」
 焦りながらいろいろボタンを押してみるサエ。しかしサターンは全く反応しなかった。
「どうなってるの、おじいちゃん?」
 サエの問いかけに、源三は憮然とした態度で答えた。
「うむ。わしの作った破邪の剣は、1回だけの特別製だったんじゃな。」
「偉そうに言うことじゃないよ!」
 涙眼で言い放つサエ。サターンは完全に作動しなくなってしまった。
 肩を落とすサエと頭を抱える源三。
 2人しかいなくなった本部の出入り口前に、1人の男が音も立てずに姿を現した。
 長い白髪をした長身の男。ブラッドの世界の統治者、ブラックカオスである。
「ついに見つけたぞ、人間の娘よ。」
「お、お前は・・!」
 驚愕する源三に、カオスは右手から光の球を発射した。球は命中し、源三が前のめりに倒れてうめく。
「おじいちゃん!」
 源三をかばうように、サエが数歩足を前に進める。しかし彼女の視線の先にカオスの姿がなかった。
 カオスの姿を求めて視線を彷徨わせるサエ。その背後に、カオスが不敵な笑みを浮かべて音もなく現れた。
 サエが振り返る間もなく、カオスは右手から閃光を放った。それに飲み込まれるサエ。
 光が治まり、呆然となったサエの姿が現れる。しかしその姿は陰りのある灰色に変わり、身動きひとつ見せなくなった。
 サエはカオスのブラッドの力によって、時間凍結をかけられてしまったのである。
「これで、邪神の力を呼び起こす人柱はそろった。」
 カオスが悠然と、硬直したサエの姿を見つめる。彼女の思考も時間も完全に停止してしまっていた。
「サエ!」
 そのとき、ブラッド部隊の猛攻を突破してきたトモとアヤが駆けつけてきた。その声に振り向くカオス。
「・・ブラックカオス・・!」
「サ、サエ・・・!」
 アヤとトモは、カオスと変わり果てたサエの姿に驚愕する。彼女を背後から優しく抱きしめるカオス。
「これはこれは、ブラックナイトと元GLORY隊員。おそろいでようこそ。」
「ブラックカオス、アンタの狙いはアヤとあたしのはずでしょ!サエを離しなさい!」
 悠然とした態度のカオスに、トモが叫ぶ。アヤにもカオスに対する苛立ちを抱えていた。
「心配するな。この娘は私の支配を完全なものとするための栄えある人柱となる。傷つける気など毛頭ない。ただ、逃げられると困るので、凍結させてもらっただけだ。」
「アンタは・・アンタはどこまで人を弄べば気が済むのよ、カオス!」
 怒りが頂点に達したトモが、いきり立ってカオスに向かって飛び込んだ。
「仕方がないな。」
 カオスはサエから離れ、腰に下げていたスティックを手に取り、携帯電話を差し込んだ。
「これは!?」
 ネプチューンを振り下ろすトモを前にして、カオスは番号7と決定ボタンを押した。すると振り下ろされたネプチューンの刃が、スティックの発射口で止まる。
「破邪の剣!?まさかこれは!?」
 アヤが驚愕の声を上げる。トモがネプチューンを強引に押し切ろうとしても、カオスには通用しない。
「そう。これは破邪の剣。その中でもエネルギーの操作に長けている剣、プルートだ。」
 不敵に笑うカオスの前で、ネプチューンの光の刃が変形し始めた。そしてそのエネルギーがプルートの発射口に吸い込まれていく。
「プルートの特殊能力。それはエネルギーの吸収、反射、無力化。今お前の持つネプチューンのエネルギーをプルートが吸い取っている。」
「何だって!?」
「たとえ同じ破邪の剣の力でも、このプルートの力の前では無力。」
 ネプチューンの刃がプルートに完全に吸収され、トモが体勢を崩して前のめりになる。そこにカオスが彼女の腹部に、平手を押し当てる。
「ぐっ!」
 うめき声を上げるトモが押されて倒される。
「トモ!」
 アヤはウラヌスの発射口をカオスに向け、番号4と決定ボタンを押した。発射口からエネルギーの球が発射される。
「意味のない言動は見苦しいな。」
 カオスは携帯電話の番号8と決定ボタンを押し、エネルギー反射を発動する。アヤが放った光の球が壁に当たるように止まり、そしてアヤに向かってはね返る。
「なっ!」
 アヤは横転してはね返った光の球を回避する。しかしその爆発によって吹き飛ばされる。
 倒れたトモとアヤを見下ろして、カオスがプルートの電源を切る。
「今回は戦うつもりはなかったんだがな。だが心配するな。お前たちの戦いの舞台は用意してある。私とプルートの前に、お前たちは無力に等しいがな。特に私が邪神の力を得ればなおさらだ。」
「邪神だと・・!?」
「そうだ。邪神の力を得れば、私の力は格段に上がり、支配を完全なものとする。そしてこの娘は、その最大の鍵となるのだ。」
 カオスは固まったサエの肩に手を乗せる。彼女は呆然とした表情のまま、その場に立ち尽くしていた。
「助けたければ来るがいい。私は待っているぞ、ブラックナイト。」
(そして、ブラックエンジェル。)
 カオスはサエを連れて、トモとアヤの前から姿を消した。
「サエ!」
 アヤが立ち上がって数歩駆け出す。
 アヤはうずくまるトモを見下ろす。彼女はカオスの攻撃の痛みでうめいているわけではなかった。サエを連れて行かれたことが悔しかったのだ。
「サエーーーー!!!」
 トモの叫びが、GLORY本部に響き渡った。

 炭素凍結させた女性を保存していた地下室で、ブラックカオスは気を失っているサエを見下ろしていた。時間凍結を解かれた彼女は、着ている衣服を全て脱がされて全裸にされて横たわっていた。
 その姿を扉の前で見つめるレイ。
「こいつはナイトとともにいた娘。」
「そう。彼女は邪神の力を呼び起こす鍵。そしてナイトをおびき寄せる糧ともなる。」
 カオスが振り返ると、レイの背後に1人の男が現れた。不敵に笑うカオス。
「私の邪魔だけはしないでよ。」
 レイが横目で男に言い放つ。
「レイ共々、その力を存分に発揮してもらうぞ、元GLORY隊長、リョウ。」
 カオスの言葉にリョウは無言で頷いた。彼の眼光が薄暗い地下室の中で不気味に光った。

つづく


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