Blood -double black- File.10 消えゆく楽園

作:幻影


「ちょっと、起きてよ、源三じいちゃん!」
 源三の頬を叩くトモ。カオスの攻撃で気を失った彼を、アヤとトモが本部内に運び込んでいたのだ。
 叩かれた拍子で眼を覚ます源三。
「おっ!ここは?」
「本部の休憩室よ、じいちゃん。」
 肩を落として答えるトモ。
 休憩室にはアヤたちの他、数人の隊員たちが落胆していた。
 今回のブラッド部隊の襲撃で、GLORYの勢力は風前の灯となっていた。
 頭を抱えて視界を巡らせる源三。アヤの姿に眼をやる。
「そういえば、お前さん・・」
「ん?」
 疑問符を浮かべるアヤに源三が近づいていく。
「実は女じゃろ?」
「え?」
「中に包帯か何かをきつく巻いておるが、わしの眼はごまかせんぞ。なかなかのふくらみのある胸じゃなぁ。」
 サッカーボールを蹴るみたいに、鼻の下を伸ばした源三の頭にアヤのハイキックが炸裂した。頭を押さえながらのた打ち回る源三。
「お、お前さん、トモよりも物騒な態度じゃのう!年寄りの頭に蹴りを入れるとは!」
「本能むき出しの人に触られると腹が立ってくる。」
 腰に手を当てて呆れ、嘆息するアヤ。トモも呆れ果てて頭を抱える。
「このまま寝かしとけばよかったかなぁ・・・」
 朗らかな空気の放っている3人をよそに、隊員たちの空気は張り詰めていた。
 そして1人の隊員が椅子から立ち上がり、アヤに詰め寄った。
「お前がけしかけたんだろ!?仲間のブラッドを!」
「ちょっと、何を言ってるのよ!?」
 トモが食ってかかるが、隊員は退かない。
「お前が現れたから、ここが今までにないくらいに襲撃を受けたんだ!」
 他の隊員たちもいきり立って、アヤを責めた。
「トモは救世主とか言ってるけど、ホントは疫病神なんじゃないのか!?」
「そうだ!ブラッドは血に飢えた悪魔(ディアス)!絶対に信用なんてできるか!」
「いい加減にして!」
 怒りが頂点に達したトモが、机を叩いて隊員たちを一喝した。
「これ以上アヤを責めるなら、あたしが・・!」
「いいんだ、トモ。」
 苛立つトモをアヤが止める。
「でも、アヤ!」
「いいんだ・・・ブラッドは人の血を吸い取って力を使うディアス。人間から憎まれて当然の存在だ。」
「アヤ・・・」
 沈痛な面持ちになるトモ。アヤはきびすを返して窓から青空を見上げる。
「疫病神・・そう言われるほうが気が楽でいい。」
 アヤは憮然とした態度の隊員たちを通り過ぎ、休憩室を出ようとする。
「何にしても、私はここを出て行く。」
「アヤ、待って!」
「サエを助けに行かなければならない。カオスの企んでいるのが恐ろしいことならば、このまま放置していたら取り返しが付かなくなる。」
「アヤ!」
 出て行ったアヤに続いて、トモもその後を追おうとして出入り口で足を止める。
「GLORYは、解散よ。」
「なっ!?」
 トモの言葉に隊員たちが驚愕の声を上げる。
「リョウ隊長はブラッドにされ、隊員たちもかみ合わなくなってしまっている。こんな状態で組織はもう成り立たない。」
 トモは振り返って物悲しい笑みを見せる。
「もっとも、あたしはもうGLORYじゃないんだけどね。」
 そう言い残して、トモも休憩室を飛び出した。しばらく間を置いて、源三も休憩室を出た。

 ゲートブレイカーに乗ったアヤに、トモが慌てて駆け込んできた。
「あたしも行くわ、アヤ。」
「トモ・・」
 トモの声にアヤが振り向く。
「サエが連れ込まれたのはカオスの支配するブラッドの世界の中心。どんな危険が待ち構えているか分からない。下手をすれば死ぬかもしれないんだぞ。」
「分かってる。」
 トモがアヤの両手を握る。
「あたしはカオスに何もかも奪われた。大講堂のみんなを、GLORYも、そしてサエも・・アイツに虐げられて辛い思いをするくらいなら、死んだほうがマシ。でもあたしは死なない。あたしにはまだ、帰るべき場所があるから。」
 悲痛に顔を歪めるトモの脳裏に、大講堂の仲間たちとその思い出がよみがえってきた。
 ブラックカオスのブラッドの力によって、あの場所の時間は止まったまま。その時間を再び動かし、その場所に、自分たちの楽園に帰る。トモの決意は揺るぎなかった。
「そうだな。お前は自分の楽園を取り戻すために戦っている。そして私の楽園は、そんなお前がいる場所だ。」
「アヤ・・・」
「一緒に取り戻そう。お前と私の楽園を。」
「・・・うんっ!」
 笑みを浮かべるアヤに、トモは涙ながらに頷いた。そしてイーグルスマッシャーに乗ると、源三が本部出入り口から現れた。
「行ってしまうのじゃな・・」
 源三の小さな声に、アヤとトモは頷いた。
「すまないのう。祖父でありながら、サエを守れなかったのじゃからな。」
「そんなことないですよ、源三さん。私が不甲斐ないせいだよ。」
「それならあたしだって・・」
 自分を責める3人。
 サエを守れなかった弱さを無力さとして感じ、困惑を隠しきれなくなっていた。
 押しつぶされそうな空気の中、沈黙を破って源三が口を開いた。
「とにかく、わしはお前たちが3人そろって無事でいることを願っているぞ。」
 2人の手を取って、自らの思いを伝える源三。彼の思いをしっかりと受け止めたアヤとトモ。
「多分、もうここには戻ってこないかもしれないけど、いつか必ず会いに戻りたいと思ってるから。」
「ありがとう、源三さん。私たちはしっかりと生きるから・・・さよなら・・・」
 アヤとトモは笑顔で源三に別れを告げ、それぞれのマシンを発進させてGLORY本部を後にした。

 薄暗い地下室。その中心でサエは眼を覚ました。
「こ、ここは・・・アレ!?」
 サエは自分の姿に驚いた。着ていた衣服は全て脱がされて全裸にされていた。
 もうろうとした意識の中で、サエは自分に起こったことを振り返った。
 破邪の剣、サターンでブラッド部隊を撃退した直後、ブラッドの世界の支配者、ブラックカオスが出現。源三を気絶させ、自らも動きを封じられたのだった。時間凍結の呪縛を受けて。
「トモは・・アヤちゃんは・・・」
 サエはぼやけた視界であたりを見回す。するとその周囲には、壁に埋め込まれる形で固められた、全裸の女性たちが並んでいたのである。
「こ、これって・・・!?」
「邪心の力の呼び水となる者たちだ。」
 驚愕するサエに声をかけたのは、ブラックカオスだった。カオスは悠然とした笑みを見せながら地下室に入ってきた。
「そしてお前は、その中でも最大の鍵となる人柱だ。」
「あなたは・・・」
 カオスの接近にサエが身構えようとする。しかし思うように体が動かない。
「体が・・」
「ムダだ。時間凍結を解除した直後に、体の神経に刺激を与えて、微量に麻痺させておいた。しばらくは動くことはできないぞ。」
 眼前まで迫ってきたカオスに、サエは怯えた様子を見せる。
「恐れることはない。私はお前を傷つけるつもりはない。お前に何かあれば、邪神の力を手に入れることはできなくなるからな。」
 カオスは身動きのとれないサエの体を押さえつけた。必死に抵抗しようとする彼女だが、痺れた体ではそれもできなかった。
「これからお前の体と魂を洗礼する。邪神の力を呼び起こすには、純粋でけがれのない人間の娘が必要なのだ。」
「ちょっと、やめて・・・!」
 嫌がるサエの声を無視して、カオスは彼女への抱擁を開始した。柔らかな肌、ふくらみのある胸を優しく撫でていく。
「イヤ・・・ァハ・・・」
 自分の体を弄ばれ、サエがあえぎ声を上げる。
 そしてカオスの手がサエの胸を揉み始めた直後、カオスは彼女の秘所から愛液が漏れ出したことに気付く。
 カオスは立ち上がり、顔を赤らめて体を震わせているサエを見下ろして嘆息する。
「もう出てしまったのか。ずい分と抵抗力がないのだな。その体と違って、心はまだ幼さが残っているようだ。」
 カオスは再び身をかがめて、サエの体に手をかけた。眼から涙を流しながら、サエは混沌の抱擁に身を沈めていくのだった。

 アヤとトモはサエの救出のため、ブラックカオスの気配を察知しながら爆走していた。
 2人の心にあるのは、サエを助け出し、カオスを倒し、自分たちの楽園を掴むこと、それだけだった。
 そしてカオスがいると思われる街が見えてきた頃、2人はただならぬものを感じ、警戒した。
「やっぱり待ち構えてたね!」
「数は50は軽くあるな。」
 トモとアヤの指摘どおり、街と荒野を隔てている場所には、ブラッド部隊が防衛線を張っていた。
「だが、かまわない!」
「このまま突き崩すわ!」
 アヤとトモはそれぞれ、ウラヌスとネプチューンを引き抜いて、光の刃を出現させた。ブラッド部隊も力を使って、武器を具現化させていた。
 2人は超マシンを進め、その真っ只中に飛び込んだ。
 迫ってくるブラッドたちを、破邪の剣と超マシンの突進力が切り込んでいく。
「カオスは、サエはどこ!?」
 攻撃を続けたまま、トモがアヤに訊ねる。アヤは気配を探って、2人の居場所を推測する。
「この街の中心、2人とも同じ場所にいる!」
「よし!このまま一直線に突っ込むわよ!」
 ブラッド部隊の防衛線を突破し、アヤとトモが待ちの通りを直進する。
 やがて巨大な建物の前の門にたどり着いた。
「あたしに任せて!このイーグルスマッシャーは、スピードを突進力には自信があるのよ!」
 トモは身をかがめて、固い鉄の門に向かって突進した。しかし、突破できるはずの門の前に、イーグルスマッシャーが弾き飛ばされた。
「キャッ!」
 その拍子で転倒するトモ。
「トモ!」
 アヤは停車してうめくトモに駆け寄る。彼女は体を小刻みに震わせていた。
「この門、電撃が流れてる・・!」
「なっ!?」
 トモを起こしたアヤが、倒れたイーグルスマッシャーに近寄った。コンピュータ画面に「ソウコウフノウ」の文字が点灯していた。
「コンピュータは無事だが、しばらくは走れないな。マシンはここで待機だ。」
「そうみたいね。残念だけど・・」
 トモとアヤは後ろめたい気持ちを抑えて、立ちはだかる門に視線を向ける。
 アヤは携帯電話の番号7を押して、ウラヌスに光の斧を出現させる。大きく振りかざし、門に向けて叩きつけた。
 門は稲光の火花を散らしながら、粉々になって吹き飛んだ。
「やった!」
「このままサエのところに行こう!」
 アヤとトモは門を潜り、門番を務めていたブラッドを破邪の剣の刃でなぎ払い、建物の中に入り込んだ。次々と出現するブラッドたちを、アヤとトモは破邪の剣を使って斬りつけ、さらに奥へ進んでいく。
 そして2人は突き当たりに差しかかった。左右への分かれ道が続いていた。
「どっちに行けば・・」
 トモが左右を見回して、検討を付ける。いくら攻撃力に優れているウラヌスでも、道と道を隔てる壁でなければ突き崩すことはできない。
「別れて捜そう。」
 アヤの言葉にトモが振り向く。
「危険が高くなるが、捜す効率も高くなる。サエを助け出すには、こうしたほうがいいのかもしれない。」
 考えあぐねた結果、トモはアヤの考えに賛同した。
「分かったわ。あたしは左に行くね。」
「私は右だな。絶対に死なないでくれ、トモ。」
「あなたもね、アヤ。」
 互いの無事を信じながら、トモとアヤはそれぞれ反対の方向へ進んでいった。

 サエを探し求めて、トモは必死にまっすぐに伸びていく廊下を駆けていた。
(おかしい。誰も襲ってこない。誘い出されてるの・・?)
 一抹の不安を感じながら、トモは突き当たりの扉を開き、大広間に足を踏み入れた。そこには長身の男が立ちはだかっていた。
 足を止めたトモを待ち受けていたのは、彼女のかつての上司であり恩師のリョウだった。
「隊長・・」
「GLORYを脱退した君に、私を隊長と呼ぶ資格はない。」
 リョウが鋭い視線をトモに送る。トモは困惑を押し殺し、真剣な眼差しを取り戻す。
「ではリョウさんに聞きます。あなたは表向きにブラッド撲滅を図りながら、上層部共々、裏でブラックカオスの策略に加担していた。違いますか?」
 覚悟を秘めたトモの問いかけに、リョウは不敵に笑って見せた。
「少し違うな。私も始めは知らなかった。GLORYがブラッド壊滅の部隊であると信じていた。だが、私は知ってしまった。上層部はブラッドのスパイであり、1人の人物の捜索を目的としていたことを。」
「1人の人物?」
「ブラックナイト、彼女はアヤと名乗ってはいるがな。」
「アヤを!?」
 リョウの答えにトモが驚きの声を上げる。
「ブラックカオスが率いていた科学部隊が、ブラッドテクノロジーを用いて破邪の剣を開発したのは君も知っているだろう。だが、その部隊の中にいた反逆者が、3本あった破邪の剣のうち、2本をどこかに持ち去ってしまった。反逆者は処罰したものの、ウラヌス、ネプチューンは行方知れずとなった。だが、当時隊員だった私は偶然にもネプチューンを発見した。GLORYのとってこれ以上ないほどの発掘だった。」
 リョウが笑いを浮かべて数歩右往左往してみせる。
「だが、破邪の剣はその威力と反動のため、普通の人間には扱うことができなかった。君を除いてな。」
 リョウの語る真実に、トモは動揺を隠せなかった。
「私は今、破邪の剣に勝るとも劣らない力を得た。そう、君の憎むブラッドの力をね。」
「バカな・・そんなこと・・・」
「ブラックカオスの計画を阻止するならば、私は君を排除しなければならない。」
 その言葉にトモの迷いは薄らいだ。
「分かりました。あなたがブラッドとしてあたしの前に立ちはだかるなら、あたしはあなたを倒します。サエを助けるために、あたしの楽園を取り戻すために。」
 トモは光の刃を作り出しているネプチューンを構えた。彼女の覚悟を悟ったリョウは、右手を伸ばし、ブラッドの力を使って紅い剣を出現させる。
「ならば私も全力で君の相手をしよう。」
 構えたリョウに向かって、トモはネプチューンを振り上げて飛び込んだ。勢いよく振り下ろされた剣を、リョウは造作なく受け止め、すぐさま弾き飛ばした。
 力に押し返されたトモが後ずさりして体勢を整える。
「すごい力・・」
「君も知っているはずだ。私の剣の腕は、GLORYの中で1、2を争うほどだと。しかも、今の私はブラッドの力が加わっている。絶対的となった私の力に、君は勝つことができるかな?」
 悠然と笑うリョウ。トモは身構えて、リョウを鋭く見据える。
「だったら、遠距離攻撃で。」
「甘いぞ、トモ!」
 ネプチューンの形状を銃に変換しようとしたトモに切っ先を向けたリョウの剣から、光の刃が矢のように放たれた。虚を突かれたトモの左腕を刃がかすめる。反射的に回避行動をとっていなかったら、心臓を貫かれていただろう。
 左腕を押さえて、トモが再びリョウを見据える。リョウはひとまず構えを解いてトモを見返す。
「言ったはずだ。今の私にはブラッドの力があると。ブラッドの力の形状は様々。その程度の覚悟と力量では間違いなく死ぬぞ!」
 リョウの覇気がトモに伝わる。その威圧感に、彼女は押しつぶされそうな気持ちを必死にこらえた。

つづく


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