Blood File.16 S-BLOOD

作:幻影


「こ、コレって!?」
 変わり果てたワタルの姿に、いずみは動揺を隠せなかった。
 ワタルの髪は真っ白になり、体から純白のオーラを放っていた。
「これは・・」
 ワタルは自分の両手を見つめて、今自分からあふれている力を実感していた。今まで使ったことも感じたこともない、ブラッドを大きく超えた力だった。
「くっ・・何がなんでもアンタを!」
 いずみが舌打ちをして、手刀を復元して再びワタルに向けて振り下ろした。
 しかし、ワタルの右手にすでに握られていた紅い剣に受け止められる。
「そんな!」
 いずみが毒づきながら、ワタルの振り払った剣に弾き飛ばされる。体勢を整えようと大きく息をつきながらワタルを見据える。
(なんで、なんでアイツが・・!)
 胸中でうめいた直後、いずみはワタルの剣の速い攻撃に叩かれる。その後にも、眼にも止まらない連続攻撃に、いずみは思考が止まりそうな衝動にさえ襲われた。体を金属に変えても、その攻撃を耐え切ることさえ難しかった。
 やがて振り下ろされた剣を紙一重でかわし、いずみが人の形をとった後、息を荒げる。
「なんという力・・これがS−BLOOD(Sブラッド)・・」
「Sブラッド?」
 いずみの言葉を疑問に感じたワタル。その拍子で力が解かれ、白かった髪がもともとの蒼に戻った。
「そうよ、Sブラッド。ブラッドの力を大きく超えたブラッドのこと。代償となる血の量が大きく減って、その力は時間さえ越えるとも聞いたわ。」
「時間を越えるだって!?」
 ワタルが驚きの声を上げる。
 Sブラッドの力を発動させたワタルの攻撃は、確実にいずみを追い込んでいた。ブラッドの力を強大なものとして使い、その代償を他人の血肉で補っていたいずみの、動きや金属と化した体の強度を大きく上回り、再生能力でさえそれに追いつけなくなっていた。
「とにかく、これでお前は力をもう使えない。これで終わりだ!」
 ワタルが剣を構えて、いずみにとどめを刺そうとする。
 そのとき、背後から体を押さえられ、剣を振り下ろすのを止めたワタル。
 振り返るとそれはあゆみだった。彼女は必死にワタルの腰に手を回していた。
「あゆみちゃん!?」
「ごめんなさい!でもワタルさん、私にはいずみが死ぬなんて耐えられないよ!」
 あゆみが眼に涙を浮かべてワタルに叫ぶ。しかし、ワタルはそんな彼女の腕を振り払おうと手をかける。
「放してくれ、あゆみちゃん!そいつは君の家族や友達を殺し、君をブラッドにしたんだぞ!」
「いずみは、私の妹なのよ・・!」
 その言葉に、ワタルの体から力が抜けて、剣が手からこぼれて音を立てて床に落ちる。
「そいつが、あゆみちゃんの妹・・!?」
「そうだよ・・こんなになっちゃってて信じられないけど、確かに私の妹なの。今の私のたったひとりの家族なのよ。」
 ワタルから戦意が消え、いずみを手にかけることを完全にためらった。
 非情とはいえ、実の妹が殺されるのを見せることは、人として生きるワタルにはできないことだった。
「フフフフ。けっこう甘いね、アンタ。私を殺せる絶好のチャンスだったのに。」
 哄笑を上げるいずみが体力を回復さえて立ち上がる。
「教えてくれ。お前のその力、いったいどこから!?誰に血を吸われてブラッドになった!?」
 ワタルがあゆみを起こしながら、いずみに問いかける。いずみは妖しい笑みを浮かべながらそれに答える。
「お父さん、お母さんに打ちひしがれた私に、優しく手を差し伸べてきた人がいたわ。紅く長い髪をした男の人よ。私はその人に血を吸われて、今の力を手に入れることができなのよ。その直後に考えに考えを重ねた結果、体の形を変える力を確かなものにしたのよ。確か、その人の名前は、ダークムーン。」
「何っ!?ダークムーン!?」
 ワタルが驚愕の声を上げる。
 カオスサンとして力を受け取ったワタルと同時に、ディアスの神ディアボロスからブラッドの力を手に入れた男、ダークムーン。いちごに瀕死の重傷を負わせ、彼女の親友であるあかりをディアスとして覚醒させたのも彼である。
 ダークムーンはワタルに倒され死んでいる。しかし彼はすでに、いずみにディアスの力を植え付けていたのである。
「ワタル!」
 そのとき、いちごもなるとマリアと一緒に、遅れてあゆみの自宅に到着した。
 振り向いたワタルに近寄って、妖しく笑ういずみに視線を向ける。いずみはそれにかまわず、話を続ける。
「私はとってもあの人に感謝してるよ。だって私に復讐のための力を与えてくれたんだからね。結果、お父さんもお母さんも殺せた。こんなに気分がいいのは初めてだよ。」
「やめろ!人を傷つけて喜ぶなんて、人のできることじゃない!お前はもう、人のこころを捨ててしまったのか!?」
「全ては復讐のため。お姉ちゃんにはこれからもっと苦しんでもらわないとね。」
 いずみが言い放ち、あゆみが愕然となる。
「ブラッドとしての狂気に満ちた自分が近いうちに襲ってくるよ。その恐怖に怯える顔が浮かび上がるみたいだよ。」
 そう言うといずみは音もなく姿を消した。あゆみはどこを見ているのか分からなくなったように呆然としていた。
「あゆみちゃん・・」
 いちごはうつむくあゆみの肩に優しく手を乗せる。落としたその肩に、いちごが浴びた返り血がついていた。

 いちごがブリーズを倒したことにより、時間を止められていた町の人々は元に戻った。
 しかしそんな街並を歩くあゆみの心は重く沈み、ワタルたちもそのことを痛烈に感じていた。
 なるとマリアと別れ、家に戻ってきたワタルたち。
 いちごはシャワーで返り血を洗い落とし、着ていた服も洗濯機にかけた。
 窓から星空を見ていたワタルも、孤独感に打ちひしがれているあゆみの姿に心を痛めていた。
 家族や友達。今まで親しくしていた人はもうだれもいない。唯一の家族は、心を凍らせた妹だけ。
 ワタルもいちごも声をかけることができず、リビングのテーブルにうつむいているあゆみを見送ることしかできなかった。

 あゆみが寝静まったことを見計らって、ワタルといちごは同じベットで裸で横になっていた。
 2人はときどき互いの体に触れ合いながら気持ちを確かめ合うことをしていた。
 しかし、今の2人の気持ちは憂鬱で、あゆみのことで頭がいっぱいだった。
「オレたち、あゆみちゃんに何をしてやればいいんだろう。」
「私も何とかしたいけど、私にも分からないのよ。」
 2人は苦悩していた。自分たちがあゆみの心の支えにならなければならないことは彼ら自身分かっているのだが、どう接していけばいいのか悩んでいたのである。
 下手をすれば彼女をさらなる孤独に陥れることにもなりかねず、最悪の場合、心を壊してしまうこともありえる。ワタルたちの悲痛は深まるばかりだった。
 静かだった部屋に、ドアがゆっくり開く音が響く。
 ワタルが起きて振り向くと、あゆみが虚ろな表情で部屋に入ってきていた。
「あゆみちゃん・・」
 ワタルは物悲しくあゆみを見つめる。どう声をかけたらいいのか分からず、いちご共々黙り込んでうつむいてしまう。
 重い空気が漂う部屋の中で、口を開いたのはあゆみだった。
「ワタルさん、いちごちゃん、お願いがあるの。今夜は一緒に寝たいんだけど・・」
 あゆみの言葉に、ワタルといちごがきょとんとなる。
「私のこの苦しみや悲しみを、ワタルさんたちにも知ってほしいの。言葉では言えないようなことまで全部・・」
 そしてあゆみの眼から涙がこぼれた。
 ワタルがしばらく考えあぐねていると、代わりにいちごがあゆみに答えた。
「2つの条件を聞いてくれたら、OKしてもいいよ。」
「条件?」
 あゆみがオウム返しに聞き返す。
「1つは、もう少し私たちのことを頼りにしてほしいの。家族でも仲間でもいいから、私とワタルを信じてほしいの。」
「仲間・・家族・・」
 いちごの笑顔を見つめて、あゆみが呆然となる。
「もう1つは・・」
 言いかけて、いちごはワタルに視線を向ける。ワタルはひとつ息をついて、あゆみに笑みを見せる。
「オレのことは、ワタルって呼んでくれよな。」
「えっ?でも・・」
「オレたちを仲間や家族と思うなら、敬語なんて似合わないよ。それに、オレはさん付けされるのが好きじゃないんでね。」
 そう言ってワタルはあゆみに手を差し伸べる。
 あゆみは笑みをこぼして、その手を掴んだ。

 着ていたものを全て脱ぎ捨て、あゆみはワタルといちごの間に入った。
 冷たい夜の風が立ち込める部屋で、2人の温もりがあゆみの肌に伝わっていく。
「う・・ぅく・・」
 体温の変化に、あゆみは思わず声を漏らす。
「お願い、ワタル、いちごちゃん、やって・・」
「あゆみちゃん、ホントにやっていいの?」
 いちごがあゆみに問いかける。
「構わないわ。私に触って。」
 自分の胸に置いていた手をどかして、ワタルたちに体を委ねるあゆみ。
 ワタルは小さく頷いて、あゆみの胸に手を乗せる。手の感触と温もりが、彼女の心を揺さぶる。
「あ・・ぁぁ・・・」
 あえぎ声を上げるあゆみ。ワタルはさらに彼女の胸を揉み解していく。
 そしていちごもあゆみの胸を揉み始めた。高揚感と高鳴る鼓動があゆみの心身を満たしていく。
 彼女は込み上げてくる快感に顔を歪め、小刻みに震える。
「もっと・・もっとやって!」
 ついに叫び声を上げるあゆみ。
 彼女は心のどこかで忘れたかったのだ。親友や肉親の死を。せめてその悲しい記憶を、心の奥底にしまいこみたかったのだ。
 そのためなら、どんな刺激でもかまわなかった。たとえ自分の体を弄ばれることになっても。
 しかし、ワタルといちごが自分を仲間だと言ってくれたことで、そんな心配は和らいだ。彼らは自分の気持ちをしっかりと受け止めてくれる。そして自分も、彼らの気持ちをしっかりと受け止められるだろう。あゆみはそう思っていた。
 そして2人は、あゆみの肌を舌で舐め始めた。今まで感じたことのない快楽が、彼女の心を高ぶらせる。
「あぁ・・あぁあ・・・!」
 あまりの刺激にあゆみの体が浮き上がる。
「ダメ・・もう、出ちゃう・・あっ!」
 あゆみが大きく息をつく。ワタルといちごは、下半身に粘り気のあるものを感じ取った。
 おそらく、あゆみの秘所から愛液があふれ出たのだろう。そのことに恥じらい、顔を赤らめるあゆみ。
 ワタルたちはさらに彼女の胸を揉んでいく。再び刺激にあえぐあゆみ。
「これ以上は、わたし・・」
「かまわない!もっと出すんだ!嫌なことも全部一緒に!」
 あゆみの胸を揉み解すワタルの手にさらなる力が入る。あゆみの背が反れ、上げる叫びは言葉になっていなかった。
 さらなる愛液があふれ出ていくのを、あゆみはもうろうとする意識の中で感じ取っていた。
 辛い出来事を忘れ去る勢いで、彼女は脱力して意識を失った。

「高瀬、どうだ?何か情報は手に入ったか?」
「ダメですよ、石田さん。あれ以上の進展がありませんよ。」
 町の警察署で設置された特別調査班の本部として設けられた一室で、高瀬が手渡した調査書を眺めながら、彼の上司である警部、石田が愚痴をこぼす。
 最近多発する奇々怪々な事件に対し、警察署が直々に発足させたものである。
 数々の手がかりや情報を入手してはいるものの、どれも決定打に欠けたが多く、捜査は行き詰まり謎は深まるばかりだった。
「先日の飛行機消失、2ヶ月前の女性誘拐、キャンドルマスター、そして今日の町民硬直。謎が謎を呼ぶ腹立たしい心境だ。」
「女性誘拐事件は、被害者の女性が全員衣服を脱がされた状態でそれぞれの自宅で倒れていて、ほとんどの人が、体が石になったとか言ってましたし。しかも、犯人は捕まらないまま、担当調査班は捜査を完全に打ち切りましたし。」
「バカバカしい!そんな非現実的なことがあってたまるか!」
「石田さん、落ち着いてください。このコーヒーでも飲んで。」
 高瀬がなだめながら、暖かい缶コーヒーの1つを石田に手渡す。
 その被害者の言ったことが事実であり、犯人であるいちごのかつての親友、あかりはすでに死亡していた。高瀬は半信半疑だったが、現実的である石田はきっぱりとこれを否定した。
「あと、1つ気になることがあるんです。」
「気になること?何だ?」
「あくまで噂ですけど、この世界に強力な力を持った吸血鬼がいるって。確か、ブラッドって種族で。」
「そんな根も葉もない噂、鵜呑みにするな!我々は警察だ。そんなおとぎ話やオカルトなんかに振り回されてるんじゃない!現実を見ろ!」
「しかし、そうなれば全てのつじつまが合いそうだと思わなくもないのですが。」
「いい加減にしろ!」
 ほとんど飲みきった缶を握ったまま机を叩く石田。高瀬も信じていたわけではなかったが、結果的に石田を怒らせてしまったようだった。
「警部、大変です!」
 するとそこに1人の警官がドアを開けて入ってきた。
「どうしたんだ、騒々しい!」
 石田が怒りを引きずったまま声を荒げる。
「すいません。ですが大変なんです!例の飛行機消失事件の被害者と思われる1人を、目撃したという証言が取れました!」
「何っ!?」
 警官の報告に石田が立ち上がる。
「情報提供者は、飛行機の乗客だったその人と面識があったようで、買い物の途中で見かけたと言ってました。」
「本当か!?高瀬、乗客名簿を持ってこい!」
「はいっ!」
 報告を聞いた石田が高瀬に指示する。消失した飛行機の乗客のリストが写真つきで載せてあるものである。
「これです!この人です!」
 ページをめくっていく名簿の1ページを警官が指差した。
「水島あゆみ、16歳。間違いないか!?」
「はい。確かに彼女だと言ってました。」
 石田が念を押し、警官が答える。
「しかし、あの飛行機ははるか上空で消えたんですよ。それなのに、まるで何事もなかったようだったと。」
 警官の言葉に、石田も高瀬もそのことを疑問に感じた。
 逃げ場のない上空で飛行機は消えた。何とか逃げ出したとしても、落下による衝撃で無事でいられるはずがない。ところがそれもないと証言者は言っていた。
 双子の兄弟なのではとも思ったが、名簿では彼女には妹がいるが双子ではない。
 事件謎と警察の苦悩は強くなる一方だった。
「とにかく、その目撃した場所と付近を徹底的に調査、彼女を発見次第、事件をさらに追及するぞ。」
「はいっ!」
 石田の指示に、高瀬と警官は高らかに返答して部屋を飛び出した。
「水島あゆみ、か・・」
 石田は名簿に載ったあゆみの写真を見下ろした。
 ついに警察の調査のメスが、彼女に迫ろうとしていた。

つづく


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