Asfre 第9話「影」

作:幻影


 その日、私は自分の部屋で泣きじゃくっていた。いじめっ子を返り討ちにしたら、逆に私が先生に怒られた。
 正しいとは思っていなかった。でも、間違ってるとも思っていない。
 けど、間違いをしたと先生に言われ、私は泣きながら家に帰ってきた。
 しばらく部屋に閉じこもっていると、姉さんが帰宅してきた。姉さんは泣いている私を見て、すぐに心境を理解してくれた。
「どうしたの、童夢?何かあったの?」
 姉さんは部屋に入ってきて、優しく私に声をかけた。私はその声に顔を上げると、姉さんの笑顔が見えた。
 私は姉さんに事情を話した。姉さんは何回か頷き、その内容を耳に入れた。
「なるほどね。分かったわ。童夢、あなたは間違ってないわ。」
「姉さん・・・」
「それはあなたがすべきだと思ったからそうしたのでしょ?それで誰かが助かるなら、誰もあなたを責めることなんてできないわ。」
 姉さんは私の頭を優しく撫で、流れてくる涙を指でふき取ってくれた。
「自分を信じなさい、童夢。あなたは私以上に優しい子なんだから。」
 姉さんに励まされて、私は元気になれた気がした。泣き止み、笑顔を見せて立ち上がる。
 こうして姉さんは、いつも私を元気付けてくれた。私が姉さん以上に優しいと言われたときは、心の底から喜んだ。
 私よりも姉さんのほうが優しいと思えるのだけど、姉さんのこのこの言葉は何よりも嬉しかった。
 こんな分かち合いがいつまでも続く。あのときの私は、そう思ってならなかった。

 それから何日かすぎた頃だった。
 私が笑みをこぼしながら家に帰ってきた。学校の生徒会長に選ばれたからだった。その仕事で帰宅時間が遅くなってしまったものの、とても嬉しかった。
「もう姉さん、帰ってきてるだろうなぁ。」
 時間はもう夕暮れ時で、もう姉さんが帰ってきてるはずである。玄関を通り、リビングにそのまま駆け込んだ。
「こ・・これって・・いったい・・・!?」
 私は眼の前で起こっていることが信じられなかった。悪い夢でも見ているかと思った。
 部屋の真ん中で姉さんは突っ立っていた。しかし、その体は白く固まっていて、着ていた服もボロボロになっていた。
「ね、姉さん・・・いったい、どうしたの・・・!?」
「ど・・童夢・・・」
 混乱しそうになっていた私に、姉さんはおぼつかない顔つきで返事をしてきた。
「姉さん、いったいどうしちゃったの!?なんで、姉さんの体が石になってるの・・!?」
「それは私が石化をかけたからだよ。」
 泣きながら姉さんに呼びかけていると、いきなり声をかけられて私は振り向いた。
 私の後ろには見知らぬ少女が立っていた。白い髪をしていて、左頬には星と三日月の形をした入れ墨のような痕があった。
 私はとても少女のものとは思えないような笑みを浮かべているこの子の言葉が理解できず、黙り込んでしまった。すると少女はさらに声をかけてきた。
「大丈夫だよ。別に死んだりしないよ。綺麗なオブジェになって、ずっと私のものになるんだよ。」
「な、何を言って・・・!?」
  ピキッ ピキッ ピキッ
 怯えだしていた私が震えながら声を振り絞ると、何かにひび割れる音がした。振り向くと、姉さんの石化が進行して、腕やももを包み込んでいった。
「ね、姉さん!」
 私は必死に呼びかけた。だけど、姉さんはなぜか、小さく笑っていた。まるで石になっていくのを喜んでいるかのように。
「どうしちゃったの、姉さん!?このままじゃ、姉さんは・・・!」
「もう遅いよ。」
 叫ぶ私に、あの少女が再び声をかけてきた。
「あなたの姉さんはもう、私の石化にかけられて、さらにそれが気持ちよくなってきてるのよ。体に直に伝わってくる石の感触が、彼女を高く昇らせてるのよ。」
 少女は笑いながら、ゆっくりと私の横を通り、石になっていく姉さんに近づいた。そしてその石の肌に触れてきた。
「ぁぁ・・・あぁぁぁ・・・・」
 すると姉さんが喜びに満ちた声をもらす。触られることが嬉しいみたいな。
 私はそんな姉さんの姿に愕然となった。体を石にされ裸にされ、こうして体を触られているのに、逆にその行為に喜びを感じていた。いつもの姉さんは、そこにはいなかったようにも思えた。
「そうよ。人はこうして触られると、気持ちよくなってくる生き物なの。」
「姉さん!」
 私はたまらず、再び叫んでいた。しかし、少女に触られている姉さんは、私の声に反応しない。
 少女は姉さんの股に手を伸ばしてきた。すると姉さんは頬を赤らめて叫び声を上げた。
「そして、ここを触られると、人は自分を抑えることができなくなる。ホントならたまっていたものがみんな出ちゃうんだけど、石になった体じゃそれもできないよね。」
 少女はさらに姉さんの体を触る。姉さんの上げる声は、もう声になっていなかった。
  パキッ ピキッ
 姉さんの石化はさらに進み、首から上を残すだけになってしまった。着ていたものは全て破かれて裸になっていた。
「やめて!姉さんにヘンなことしないで!」
 私は姉さんから引き離そうと、少女につかみかかった。しかし私がその肩をつかむと、少女は振り払う仕草をして、私のおなかのあたりに手を伸ばしてきた。
 一瞬何が起こったのか分からなかった。おなかに強い何かが押し寄せて、私の体を突き飛ばしていた。
「キャッ!」
 私は壁に叩きつけられて、体の自由を奪われたような感覚に陥った。体が悲鳴を上げて、思うように動かせない。
 少女が姉さんを弄んでいたときと同じ笑みを浮かべて、私を見下ろしてきた。
「あなたはまだオブジェにはしないよ。だってあなたはまだ成長してないからね。いい感じになったときに石化するから、よろしくね。」
 そういうと少女は振り返り、再び姉さんに近寄った。そして石化していく姉さんを抱き寄せた。
  ピキッ パキッ
 石化は姉さんの顔にまで進み、唇さえも固まっていた。わずかに残っている眼は、悲しんでるというよりも喜んでいるように感じ取れて、私は胸を締め付けられるような気分になった。
   フッ
 その眼さえも石に変わり、姉さんは完全な石像になった。
 私はこの現実が信じられなかった。姉さんがこんなかたちで奪われるなんて。
「これであなたのお姉さんは私のもの。ちゃんと私のコレクションに加えておくよ。」
「ね、ねえ・・さん・・・」
 少女が倒れている私に笑みを見せて、姉さんを引き寄せる。
「しばらくしたら、あなたも石化しにくるから。多分覚えていると思うから。それじゃ。」
 少女は私に手を振ると、姉さんと一緒に姿を消した。瞬間移動だった。一瞬でこの場から消えていた。
「姉さん!」
 私は姉さんに向かって声を振り絞った。前に飛び出したい気持ちだったが、まだ体はいうことを聞かなかった。
 こうして姉さんは連れ去られた。私は姉さんを助けるどころか、姉さんの心を呼び戻すことさえできなかった。

「そ、そんな・・・そんなことがあったなんて・・・」
 沈痛の表情で、夕菜が童夢の顔を見る。童夢もやるせない表情を浮かべていた。
「それから私は決心したんだ。姉さんを奪ったアスファーを、この手で始末してやる。」
 拳を強く握り締める童夢。
「それが姉さんの望んでいないことは分かっている。けど、私は、この怒りを抑えられないんだ・・・!」
 童夢は打ちひしがれていた。姉を奪われた悲しみと怒り。その憎悪を望まない姉の姿と、幼き自分の姿。
 様々な想いが、彼女の心の中で交錯する。
「童夢、あなたは姉さんのことが好きなんでしょう?」
 夕菜は真剣な眼差しで童夢に語りかけた。童夢は我に返ったように夕菜に振り向く。
「もしも童夢が姉さんのことを心から想っているなら、姉さんの想いを裏切っちゃダメだよ。」
 涙ながらに訴えかける夕菜。彼女の眼には涙があふれていた。
「私だって、亜季さんを悲しませたくない。だから、私はもうあなたを殺さない。」
「私が、お前を殺そうとしてもか?」
「それでも、私はあなたを、ううん、誰も殺したりしない。亜季さんの願いであり、私の願いでもあるから。」
 決意を込めた夕菜の真剣な眼差しが、童夢の揺らいでいる心に突き刺さる。純粋な少女の気持ちに、童夢の殺意が霞み始めていた。
「とにかく、私がしなければいけないと思うのは、姉さんを助けることだ・・」
 童夢も何とか決意を示す。しかし夕菜と違い、彼女の心は揺らいだままだった。

 童夢と夕菜、そしてアスファーの今後の対処に関する緊急特別会議を終え、真紀は妖しく微笑んでいるメデュースに駆け寄った。
「あら、三船さん。今回の会議は有意義なものだったわ。いろんな意味で。」
 真紀の姿に気のない言葉をかけるメデュース。その言動にかまわず、真紀は溜めていた疑問を彼女に向けた。
「改めてうかがいます。あなたはなぜ、速水夕菜の姿そのままなのですか?」
「速水夕菜?ああ、あの子のことね。」
「白髪に星と三日月の痕(タトゥー)。これほど特徴的な彼女と全く同じ姿をあなたはしている。これはいったい、どういうことなのですか?」
 真剣に問いかける真紀だが、メデュースはからかうような笑みを浮かべている。
「そうね。あなたには特別に教えてあげるね。」
 そういってメデュースは立ち上がり、真紀の耳元で囁いた。すると真紀は驚愕し、眼を見開く。
(バ、バカな・・・こんなことが・・・!?)
 言葉を失った真紀を背に、メデュースは廊下を進み始めた。
「あまり他の人には言わないでね。騒がれるとちょっと困るから。」
 そう言い残して、メデュースは真紀から離れていった。
(まさか・・・速見夕菜と、あのメデュースが・・・!)
 メデュースから語られた言葉に愕然となり、しばらくその場から動くことができなかった。
「三船隊長!」
 そこへ軍服に身を包んだ男が真紀に駆け寄ってきた。真紀は我に返って、平然を装う。
「捜索中の人物を発見しました。」
「見つけたのか!?それで、どちらを見つけたのだ?」
「2人です。」
「2人!?2人とも見つけたのか!?」
 真紀が次第に冷静を乱していく。隊員が虚を突かれた表情を一瞬浮かべるが、すぐに話を続ける。
「はい。とある女性が2人を保護しているようです。今のところ衝突は見られませんが、いつあのときのようなことにもなりかねません。いかがいたしましょう?」
 隊員の問いかけに、真紀は少し考えあぐねてから答えた。
「ただちに2人を保護し、連れて来るんだ。私も現場に向かう。」
「えっ!?隊長自ら保護を受け持つのですか?」
「そうだ。すぐに向かうぞ。」
「り、了解です!」
 隊員は慌しく一礼し、その場を後にする。
(このまま彼女を野放しにしていくわけにはいかない。メデュースと接触する前に、私が・・!)
 真紀は焦りと不安を抱えながら、童夢と夕菜のいる場所へと向かった。

「おーい、夕飯ができたよぉ。」
 夕飯を作っていた神楽が、童夢と夕菜を呼ぶ。この日は簡単にカレーを調理していた。
 落ち着いた様子の夕菜、そしてぶっきらぼうな表情の童夢が顔を見せてくる。
「お待ちどうさま。今日は神楽特性カレーだよ。」
 特性と言ってはいるが、特に独特な工夫はされていない。
「カレーなら軽く作れて軽く食べられるからな。非常食としても十分に扱える。」
「あたしの料理の腕前をバカにしないでほしいね。今回は軽くカレーにしたけど、他にもいろいろ作れるからね。これでも1人暮らしの身だからね。」
 澄ました顔で語る童夢に、神楽は鼻高らかに返す。
「まぁいいさ。とにかくいただこうか。」
 気にせず童夢はカレーを口にする。夕菜はすでにそのカレーをおいしく食べていた。
 後片付けをひと段落させて、神楽も自分の作ったカレーに手をつけようとした。
 そのとき、部屋のチャイムが鳴り響き、スプーンを持った手を止める神楽。
「ん?こんな時間に何の用なんだ?」
 ひとつ息をついて席を立つ神楽。童夢と夕菜も気にはしていたが、そのままカレーを食していた。
 神楽は急ぎ足で玄関に駆け、ドアを開けた。
「はい、どちら様ですか?」
 間の抜けた声で、来客に対応する神楽。ドアを開けた先には、軍服に身を包んだ女性が立っていた。
「沖田神楽さんですね?」
「はい。そうですが・・?」
「ここに、芝童夢と速水夕菜がいるはずです。呼んでいただけませんか?」
「え?誰です?あたしは知らないですが、何かあったんですか?」
 とぼけた顔で軍服の女性、真紀の対応をする。すると真紀は真剣な眼差しで、内ポケットにしまっていた銃を取り出した。
「ここにいるのは調査で分かっているのです。すぐに2人をここに連れて来なさい。」
 真紀が向けた銃口。神楽は胸中で、この事態が尋常ではないことを悟っていた。
(まずい・・こいつら、童夢と夕菜を探している連中か・・!)

つづく


幻影さんの文章に戻る