Asfre 第6話「華村亜季」

作:幻影


 童夢はゆっくりと進み、部屋の中を横目でのぞき込んだ。部屋の中ではミーナが、人形にされた夕菜を眺めて微笑んでいた。
「おねえちゃん、一緒にあそぼうね。」
 ミーナは夕菜を手に取り、少し角度を変えながら眺めていく。
(ち、ちょっと・・ミーナちゃん・・・!?)
 夕菜が胸中で戸惑う。しかしその心の声はミーナには届いていない。
「それじゃ、さっそくおきがえしましょうね。」
(えっ・・まさか・・・!?)
 夕菜の中に不安がよぎった。
 ミーナは夕菜の着ていた服に手をかけようとしていた。人形の着せ替えのために、指でその切れ端をつまむ。
(ちょっと、ミーナちゃん!?・・やめて・・・!)
 困惑する夕菜。たまらず赤面したい気持ちだったが、人形となっている状態ではそれはできなかった。
(ダメ!ミーナちゃん!)
 やがて上着がめくれ上がり、肌が見えそうになったとき、
「やっぱりお前だったか、人形使いのアスファー。」
 小さな金属音と童夢の声が耳に届き、ミーナは振り向いた。冷たい銃口が彼女を捉えていたのだ。
 人形遊びを楽しんでいる大人しく無表情な少女に、童夢は鋭い視線を投げかける。しかしその視線が、少女のそばにある人形で止まる。
 童夢にはその人形の姿に見覚えがあった。今まで忘れたことがなかった。
 自分の姉を石化し、連れ去ったアスファーそのままだったのだ。
「アハハハハ・・何だよ、その無様な姿は?私の天敵がどういうつもりなんだよ?」
 童夢は人形にされた夕菜に呆れ、あざ笑った。
「まぁいい。アスファーの力を借りるのはしゃくに障るが、これで私の復讐は終わる。」
 童夢が歓喜に満ちた笑みを浮かべて、銃口をミーナの横にいる夕菜に向けた。
「ちょっとあなた、狙う相手が違うじゃない!」
 そこへ亜季がたまらずに童夢を呼び止める。しかし童夢は夕菜から銃口を外さない。
「違わないさ。コイツは私の始末のために今まで戦ってきたんだよ!」
「やめなさい!」
 引き金を引こうとした童夢を、亜季は部屋に入り込んで突き飛ばし、夕菜の人形を抱え込んだ。童夢は舌打ちしながら、それた銃口を再び夕菜に向けて引き金を引く。
 しかし放たれた弾丸は、駆け出した亜季の足元にそれた。その破裂音にも気にせず、亜季は童夢の横をすり抜けて、部屋を飛び出した。
「お前たち!」
 童夢は憤慨して銃を亜季たちに向ける。しかしその直後、不快感を感じて彼女は飛び上がって反転した。
 ミーナの持っていた人形の眼が光りだしていた。その力の発動を察知した童夢は、跳躍してこれを回避したのだった。
 童夢は不敵に笑い、銃口をミーナに向けた。
「そんなに私に殺されたのか?だったら望みどおり始末してやるよ。」
 言い放つ童夢に、ミーナがゆっくりと振り返る。無表情のまま、抱きしめている人形を童夢に向ける。
「やめて!」
 そこへレイナがたまらず叫んだ。自分の娘に銃が向けられているのに、黙っていることなどできなかった。
「ミーナは私の娘なの!だから殺さないで!」
 必死に訴えかけるレイナ。しかし童夢はその声に耳を貸さなかった。そしてミーナも。
「おねえちゃんも、ミーナといっしょにあそぼう?」
 ミーナが無表情で童夢に語りかける。すると童夢は笑みを強め、
「いいよ。楽しい場所に連れてってやるよ。“天国”っていう楽園にな!」
 眼を見開き、童夢は躊躇なく引き金を引いた。弾丸が人形のわずか横をすり抜け、ミーナの胸に命中する。
「・・・・・っ!」
 レイナの顔が信じられないような表情に変わる。非情の弾丸が、容赦なく彼女の娘の体を貫いたのだ。
 人形を手放し、力なく倒れるミーナ。その無表情は決して変わることなく、その場から動かなくなってしまう。
「あ、あなた・・・どうして・・!?」
 混乱とも思える動揺に体を震わせるレイナ。しかし彼女の気持ちなど、童夢にとっては気に留めることではなかった。
「アスファーはみんなを脅かす。始末しなければ、たくさんの人が傷つくんだよ。」
「ふざけないで!あなたは私を、ミーナを傷つけたわ!正義の味方を気取らないで!」
 レイナがミーナの亡がらを胸に抱き、涙ながらに童夢に叫ぶ。しかし童夢は表情を変えない。
 そのとき、童夢は凍りつくような殺気を感じた。この部屋を包んでいた気配がまだ消えていなかった。
 ミーナから離れた人形が、誰も触れていないのに突然動き出した。そしてゆっくりと童夢に振り向く。
「まさか・・お前が・・!?」
 童夢の顔が強張る。人形の体に不気味な光が灯る。人を人形に変える眼からの光と同じものだった。
 これが本当のアスファーだった。幼い心を利用して、ミーナを操って自分の運び役とし、人々を次々と人形に変えていたのである。
「人を人形にしていたアスファーが人形だったなんてな。笑わせてくれる。」
 呆れて失笑する童夢。しかしレイナは逆に抑えきれない怒りに見舞われた。
「あなた、最低な人だわ!ミーナはアスファーじゃなかった!アスファーに心を奪われてただけだった!それなのにあなたは・・!」
「たとえアスファーでなくても、アスファーに思うように操られた。それだけでそいつの罪だ。」
「子供の行いを罪というの!?」
 怒りが頂点に達したレイナ。そんな彼女に、童夢は躊躇なく銃口を向けた。
「アスファーに味方するなら、そいつはもうアスファーと同じだ。邪魔するなら、お前も殺す。」
 鋭い視線と殺気を放つ童夢。レイナは気おされ、そのまま押し黙ってしまう。
「もちろん、お前は見逃すつもりはないけどな。」
 童夢は再び銃口を人形に向ける。人形は声を発さず、ただ童夢たちを見据えていた。
「遅い!」
 人形が眼を光らせた直前、童夢は跳躍してその呪縛を回避する。そして間髪置かずに引き金を引き、人形の体に弾丸を撃ち込んだ。
 撃たれた人形の体から強烈な破裂音が巻き起こる。その衝動に耐え切れず、人形は上半身と下半身に弾き飛ばされる。
 命の尽きた人形は、床に落ちて光を失った。
「これで終わりだ。」
 残骸となった人形を冷ややかに見下ろす童夢。
 その直後、部屋の隅や箱に置かれていた人形たちが光り出し、全て人間になった。アスファーによって人形にされていた人々が元に戻ったのだ。
「あっ!元に戻った・・・!」
「ゆ、夢じゃ、ないよね・・・?」
 周囲の人々がそれぞれ、元に戻れたことに対して反応を見せる。
 そんな中で、レイナはどうにもならない心地に陥っていた。ミーナの死に悲しみに暮れ、他のことを気にすることさえできなかった。
 童夢は変わらぬ表情で、周囲の人々やレイナを気にも留めずに、部屋を出て行く。
「ん?」
 そこで童夢は眉をひそめた。亜季と夕菜の姿がない。アスファーが倒れ、夕菜も元に戻ったはずである。
「逃げたか・・いや、逃がさない!」
 童夢は内に秘めた怒りをたぎらせ、家を飛び出した。

 その頃、亜季は夕菜を連れて真昼の街を駆けていた。夕菜が元に戻っても、その気構えは変わらなかった。
 人形使いのアスファーを始末すれば、今度は夕菜が狙われる。それだけはどうしても避けたいと、亜季は必死になっていた。
(早く・・早くあの人のところに!・・・あの人なら、夕菜を助けてくれたあの人なら・・!)
 亜季は以前夕菜が童夢に撃たれたとき、その弾丸の除去を行ってくれた真紀なら、きっと自分たちを助けてくれるはず。そのことを信じて、亜季は街を駆けていった。
 そのとき、横をすり抜けようとしていた電信柱に破裂音が響いた。
「えっ!?」
 亜季は驚き、恐怖を覚えながら立ち止まり後ろを振り返る。そこには童夢が鋭い視線と銃口を向けていた。
「この私から逃げられると思ってるのか?」
「あ、あなた・・・!?」
 童夢の登場に戦慄と恐怖を感じていく亜季。夕菜も怯えて亜季の後ろにすがり付いている。
「前にも言ったはずだ。そいつは必ず私が殺すと。」
「夕菜、逃げなさい!あの人は私が何とかするから!」
「えっ!?でも亜季さんが・・!」
 逃げるように促す亜季に、夕菜は心配の声をかける。
「早くしなさい!あの人の狙いはあなたなのよ!」
「お前たちは私から逃げられない。分かってるはずだ。」
 慌しくなる亜季たちに、童夢は冷たい言葉をかける。
「行って!真紀さんのところに!」
「亜季さん!」
 呼びかけた亜季は、夕菜が呼び止めるのも聞かず、殺気立っている童夢に真正面から飛び込んだ。
 童夢が歯を強く噛んで、銃の引き金を引く。しかし亜季は放たれた弾をすり抜け、童夢の体をつかんだ。
「お願い、夕菜!」
 夕菜は必死に促す亜季を困惑しながら見つめる。しかし彼女の願いを受けて、涙ながらに振り返り、そのまま駆け出す。
「くそっ!放せ!放さないと、お前もただではすまないぞ!」
「それでも、私は!」
 振りほどこうとする童夢を必死に押さえ込もうとする亜季。
「夕菜は私が守る!あなたなんかに手は出させない!」
「邪魔するな!」
 憤慨した童夢は、かまわずに銃の引き金を引いた。放たれた弾丸が、押さえ込んでいた亜季のわき腹に命中した。
 撃たれた亜季は激痛を感じ、童夢を押さえていた腕から力が抜ける。痛みに顔を歪め、その場に倒れこみうずくまる。
 力を抜き、うめく亜季を冷ややかに見下ろす童夢。
「邪魔をするから、そういう風に苦しい思いをすることになるんだ。退かないと、命の保障はないぞ。」
 童夢は再び銃を亜季に向ける。このままうずくまったままか、抵抗の意思を見せなければ、夕菜を再び追おうと考えていた。
 もはや立ち上がることもできないと察し、童夢銃の構えを解いて夕菜を追おうと振り返る。しかしその足が止まる。
 振り向くと童夢の足を亜季がつかんでいた。満身創痍の体に鞭を入れ、夕菜を守ろうと必死に食らいついていた。
「お前、まだそんな力が残ってたのか!?」
 驚愕する童夢が亜季の手を振りほどこうとするが、亜季は離そうとしない。
「行かせない・・・」
「何!?」
「あなたを、夕菜のところには行かせない・・・!」
 亜季の必死の抵抗に、童夢は我慢がならなくなり、彼女の顔に銃口を突きつけた。
「あの子はかけがえのない存在なの。私にとっても、みんなにとっても!だから、そんなもので脅されたり傷つけられたりしても、私はあなたに立ち向かう!」
 亜季の願いを込めた叫びが響き渡った瞬間、童夢は眼を見開き、引き金を引いた。

 父さんと母さんが突然いなくなった。私はひとりぼっちになった気がしてならなかった。
 常連のお客さんがいろいろ手伝ってくれたり励ましてくれたりしてくれたけど、私の悲しみを和らげるだけで消し去りはしなかった。
 1人で父さんたちが営んでいた海の家で働いてから3年がたったある日、私はあの子と出会った。その白い髪の女の子は、海から流れ着いていた。
「ちょっと!しっかりして!」
 その子はまだ息をしていた。急いで病院に連れてって、医者に診せた。
 診察の後、医者は彼女は記憶喪失に陥っていると申した。それ以外の部分には異常はなかった。
 名前さえも忘れていたその子に、私は速水夕菜と名づけた。夕暮れの海に咲いた華という連想を用いて思い描いた名前だった。
 それから私と夕菜は、楽しい日々をすごしていった。夕菜はとても記憶を失くしているとは思えないほど、明るく振舞っていた。それが私の沈んでいた心を暖めてくれた。
 私は切望した。こんなすぐにでも叶うような生活の日々を。
 だけど、そんな簡単な願いも、たったひとつのきっかけで壊れてしまう。それでも、私は夕菜との生活がとても幸せだと思う。
 そう・・・私は幸せの中で・・・

「真紀さん、こっち!急いで!」
 夕菜が慌しく真紀に呼びかける。
 アスファー対策部隊本部に駆け込んだ夕菜は、つかの間の休息をとっていた真紀を発見する。事情を聞いた真紀は血相を変え、簡単な武装を整えて夕菜の案内を受けて走り出していた。
(ばか者が!あれほど民間人に手を出すなと言っておいたのに!)
 苛立ちを胸に秘めて、真紀は夕菜と急いだ。
 そして亜季が夕菜を逃がした場所にたどり着いた。そこで夕菜と真紀の足が止まり、表情が凍りつく。
 確かに亜季はそこにいた。しかし彼女はうずくまったまま、全く動こうとしなかった。
「亜季さん!」
 夕菜は眼を疑うような面持ちで亜季に駆け寄った。真紀は困惑し、黙ったまま2人を見つめる。
「亜季さん!しっかりして、亜季さん!」
 夕菜はたまらない面持ちで亜季に呼びかける。すると脱力していた亜季の手が小さく震える。
「ゆ・・・夕菜・・・よかった・・・無事・・なのね・・・?」
 顔を上げた亜季が小さく笑みを見せる。夕菜はたまらない心地で、眼には涙を浮かべていた。
「泣かないで、夕菜・・・あなたが無事でいたことが・・・私はとても嬉しいのよ・・・」
「真紀さん、早く病院に!亜季さんが死んじゃうよ!」
 夕菜が振り向き、真紀に呼びかける。しかし真紀は困惑した様子を見せる。
「ダメだ。今の彼女は致命傷を受けてしまっている。医療部に運び込む前に命を落とす。もはや手の施しようがないのだ。」
「早く!急いで!」
 真紀の状況分析を、夕菜の叫びが一蹴する。押されたような衝動を感じ、真紀は亜季を見下ろす。
「わ、分かった。持てる力を全て出し尽くそう。」
 真紀は頷き、意識のもうろうとしている亜季の体を抱える。
「死ぬな、お前!お前が死ねば、この子やたくさんの人々が悲しむぞ!」
 真紀も必死の思いで亜季に呼びかける。
「だ・・・大丈夫・・ですよ・・・私がいなくなったら・・・夕菜が悲しみます・・・」
 亜季がうっすらと微笑んで、必死になっている2人の姿を見つめる。
「だから・・・私は・・・ちゃんと生きます・・・これから・・・も・・・」
 満足そうな微笑みを見せた直後、亜季の手がだらりと下がった。
「えっ・・・?」
 真紀は疑うような気分に陥り、急いでいた足を止めた。
「真紀さん、こんなところで立ち止まらないで!」
「いや・・この人が・・・」
 血相を変えている夕菜に、真紀の言葉がにごる。
 亜季の姿に眼が留まった夕菜にはすぐに分かった。だが信じたくはなかった。
(息が・・・ない!?)
 彼女を抱え、人体の知識のあった真紀もすぐに気付いた。
「亜季さん・・・どうしたの・・・?」
 夕菜は困惑しながら亜季に手を伸ばす。しかし亜季は反応しなかった。
「起きてよ・・・亜季さん・・・」

つづく


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